「BE WITH YOU」



世界が灰色に染まる時、人は『英雄』を求めた。
『英雄』は、己の存在意義も分からぬまま、ただ無心に戦い続けた…。
ただただ、無心に…。
そして『英雄』は、灰色の世界を浄化する。
自らの魂を糧として…。
人々は、彼女の尊き行動を称え、彼女を『聖女』として奉る。
それを美徳と誤信しながら…。



『少女』の声は…届かない?



「…ふぅ。」
もはや慣れ親しんだ広い広い空間の中、私は独り、溜息をこぼす。
慣れ親しんだ言葉を思っても、涙を流さなくなった私…。強くなれたって事なのかな?
…そんな強さ、欲しくなんかないけどね…。
ふぅ。
再び溜息。たった独りの空間の中、その振動は響き渡る。
哀しく、哀しく…。
「独り、か…。」
…後悔してないと言えば嘘になる。それでも私は、そうするしかなかった…。
でなければ…あいつに縋ってしまうから…。
許されざる罪を、犯してしまうから…。



「…ただいま。」
「……。」
「…? どうした、アナスタシア…。俺の顔を忘れたとは言わさないぞ。」
「…忘れるわけないじゃない。なんだかんだ言って、私達、ずっと一緒に居たんだからさ…。」
「……。」
「…おかえり、ルシエド。」
ファルガイアに存在する全ての『悪』を断ち切った後、ルシエドは再びここに帰ってきた。
私以外の誰も居ない、私の心以外の何も無い、『アナスタシアの世界』へ…。
「…早かったね。もう少し、向こうに居ても良かったのに…。美味しいものとか、珍しいもの、 いっぱいあったでしょ? あ、そうだ。ベリーカフェって、まだやってた?私、あそこの ブラッドベリーティーが好きだったんだよね♪」
「…アナスタシア。」
「そうだ! 私、アナタが居ない間、料理の練習したんだ♪ もう、こないだみたいに『くそ不味い』なんて言わせないんだから♪」
「…アナスタシア。」
「さて! そうと決まれば早速料理だ! ルシエド、長旅で疲れてるでしょ? そこで待っててよ♪」
「……。」
私は、まだ何か言いたげなルシエドの言葉を聞こえないフリして、神殿の奥へと消える。
彼の言葉。本当は、ちゃんと聞こえてた。そして、彼が伝えたがってる言葉も、痛いほどにわかる…。
でもね。それは私にとって、あまりに辛くて、あまりにも許されざる傷痕だから………………
聞こえないフリをしたんだ…。
そのくせして、心の何処かでは、彼の言葉を待ってる自分がいる…。
…我が侭だよね、私。



「ごちそうさまでした♪ ふっふ〜ん♪ どうよルッシー♪ なかなか美味だったでしょ?」
「…まぁな。」
「わっ! 何よそのリアクション! 『良いお嫁さんになるぜ』ぐらい言って欲しかったさぁ…。」
「……。」
久しぶりのにぎやかな食卓。私も、いつも以上にハイテンション。
それはきっと、独りじゃない事の喜びと…。
彼に喋らせない為の、必死の抵抗だったんだろう。
…無駄だって事は、充分に分かってるのにね。
「…アナスタシア。」
「ん? なぁに? 遊んで欲しいの? だったらあっち向いてホイしよう♪ 向かい合ってじゃんけんぴょんってね♪ でも、かくれんぼはダメだよ。見つけてくれないと、すごくすごく寂しいもん…。」
「…アナスタシア。」
「ん? 他のがいい? じゃあね、じゃあねぇ…。」
弱い私の必死の抵抗。
ルシエドが私の名前を………………………『聖女』じゃない『私』の名前を……………呼ぶ度に、ずっと続けてきた、必死の抵抗。
でも、そんな子供の遊戯がずっと通じるほど、彼だって甘くない。
それに…。
「アナスタシア。」
「……。…なぁに?」
それに…私自身、心の何処かで観念していて…。それ以上に、心の何処かで求めていたんだと思う。
…彼がくれる、最後の魔法を…。
「…ファルガイアには、もう焔の災厄は居ない。カイバーベルトとやらも、もはや存在しない………。…………全ては…終わったんだ。」
「…そうだね。アシュレー君達、強くなったよね。ルシエドが一緒に居たおかげかな?」
「…もう一度言うぞ。全ては終わったんだ。もう…戦う必要なんて無いんだ。」
「……。」
不器用なりに、彼が伝えてくれようとしてる言葉。
すごく不器用なんだけど…ううん、不器用だからこそ、私にはちゃんと伝わる。
彼の声も、言葉も、内在する意味も…。
…でも、私は…。
「…分かってる。そんな事、分かってるよ!」
「……。」
私は弱いから…。自分を許す事が出来るほど、強くないから…。
「だったら…。だったらルシエドにも分かるでしょ? 戦う必要が無いって事は…もう、『英雄』なんて必要無いんだよ! 私は…ファルガイアには必要無いんだよ!」
「……。」
運命を変えられるほど、強くないから…。
心をさらけ出せるほど、強くないから…。
「…アナタが言いたい事、痛いほど分かる。以前、アシュレー君も言ってくれた言葉だから…。」
「……。」

『一緒に行こう。』

「でもね、それは許されないの。…………………だってもう、『英雄』なんて必要ないんだもの。『聖女』なんて、必要ないんだもの………………。」
「…だが、お前は必要だ。」
「……。」
「確かに、『剣の聖女・アナスタシア』も、『悲劇の英雄』も必要ない。だが、一人の人間であるお前を…………………よわっちい『少女・アナスタシア』を拒む理由なんて、何処にも無いだろう?」
「…ルシエド。」
…嬉しかった。
ずっと待っていた言葉を、ずっと示して欲しかった言葉を、私に伝えてくれた事…。
嬉しかった。
泣きたいぐらいに、抱きしめたいぐらいに、嬉しかった。
「…行くぞ。お前の欲望は、ここに止まる事じゃない。そうだろう?」
「……。」
ルシエドらしい、少し強引な言葉。
なれない仕草で、手を取るように差し出された前足も、滑稽だけど、優しくて…。
嬉しかった。
流されてしまいたいほどに、キスしてしまいたいほどに、嬉しかった。
…それでも、私は…。

「…ごめん。」

「…ごめん。私、行けない…。」
「何故!? 何故行けない!?」
「……。」
「どうして! どうしてお前は…。」
ルシエドの目が、少しだけ潤んでいる様に見える。
泣いてくれてるの? 私の為に、泣いてくれてるの? こんな我が侭で、弱虫の、私なんかの為に…。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。私は…。」
「……。」
ごめんね。
アナタの優しさ、嬉しかった。
不器用なアナタの言葉、すごくすごく、嬉しかったよ。
…でもね、私は行けない。
たとえアナタが何を言ってくれても、どうしても消えてはくれないの…。
『私は必要無いんじゃないか』っていう、厭らしい感情が、消えてくれないの…。
嬉しいのに、その言葉に縋りたいのに…。弱い私が、それを許してくれないの。
ごめんね。
私、アナタに迷惑かけっぱなしだよ。
もう、良いんだ。私の事は、もう良いんだよ。
だから、お願い。どうか、私を置いて…。

「…行って。」

「お願い……。アナタはファルガイアに行って。そして、アシュレー君や、ファルガイアの皆を……そして、未来を担う子供達を、助けてあげて……………。それが、私の……………アナタのマスターである、アナスタシア・ルン・ヴァレリアの、最後の欲望です……………。」
「…………アナスタシア。」
「……………お願いです! そのまま行って下さい! 声を立てずに、振り返らずに、この世界から抜け出して下さい!…最後の最後ぐらい、強い私で居させてよ……………。」
「……………。」
足音がする。力強くも、哀しい足音。
足音は、段々と遠ざかっていって、少しずつ、少しずつ、その振動を失っていった…。
やがて、私以外の吐息も途絶え、広すぎる空間が、再び私を支配する。
「……………………………さよなら。」
涙声のままの、最後の強がりは、もう届かない…。



「…ふぅ。」
もはや慣れ親しんだ広い広い空間の中、私は独り、溜息をこぼす。
もう、誰の帰りも待つ事は無い、たった独りの空間…。
「……。」
後悔していないと言えば嘘になる。泣きたいぐらいに、嘘になる。
でも、こうするしかなかったんだよね…。
だって、私がファルガイアに戻っても…きっと、彼を苦しめる。
私の中に内在する、暗くて重い感情が、彼を苦しめてしまうから…。
…そして、私の中に芽生え始めてる、許されざる罪も…。
「…お腹…すいたな。」
場違いなほどに、他愛無い呟き。自分自身、おかしくて笑える。
涙が出るほどに、おかしくて、おかしくて…。
…ごはん、作らなきゃ。でも、作りたくないな…。
どれだけ頑張って作っても、もう、一緒に食べてくれる人は…。



ザッ…。



「……。」
「…ただいま。」
「……。」
「…? どうした、アナスタシア…。俺の顔を忘れたとは言わさないぞ。」
「…忘れるわけないじゃない。なんだかんだ言って、私達、ずっと一緒に居たんだからさ…。」
「……。」
突如として、私の目の前に現れた人影。紫の狼ではない、人影…。
そこにいたのは、長身の男の人…。
紫の髪に、金色の瞳。 多少の鋭さは残るものの、端整な顔立ち…。
雰囲気が『あの人』に似てるその姿。
たとえ形を変えたとしても、私には驚くほどにその正体を認識できた…。
少しの驚きと、中くらいの戸惑いと…。
…大きな大きな、嬉しさを込めて…。



「…おかえり、ルシエド。」



「驚いたなぁ…。ルシエドって、人型にもなれるんだ?」
「…………狼の姿は、いわゆる俺の『力の形』の一つに過ぎない。どちらかと言えば、この姿の方が、本来の俺なんだろうな……………。」
「そうなんだ…。」
私の隣に腰を下ろしたルシエド。
限りなく近い距離に感じる彼の横顔は、不思議なくらいに私の心を高鳴らせる…。
「…どうして…。」
…どうして。
その後の言葉が、上手く出てこない。
どうして、その姿を私に見せたの?
どうして、ファルガイアに行かなかったの?
どうして…私の側に戻ってきてくれたの?
…聞きたいことは沢山あるのに、言葉も勇気も、出てきてくれない。
やっぱり、弱虫なのかな、私…。
「……。」

ぎゅっ…。

「…!!?」
「…これが答えじゃ…不満か?」
「…ルシエド。」
突然の熱と温もり。
私の肩にまわされた彼の腕は、逞しくて、温かくて…。
何でだろう? 頬が熱くなって、心臓がとくとくと高鳴って…。
…あったかく感じる。
ふと横を見たら、限りなくゼロに近い距離に、ルシエドの顔が見える。
彼の頬も、少しだけ紅くなってるのが、なんだか可愛い。
…だからかな。ちょっとだけ、意地悪してみたくなる。
「…不満だよぅ。ちゃんと言ってくれなきゃ、分かんないよぅ…。」
「……。」
意地悪…。ううん、やっぱり違う。
私は弱いから、すごくすごく心が弱いから、不安なんだ…。
言葉にしてくれなくちゃ、不安なんだよ…。
…ごめんね。

「…どうして?」
「この姿なら、お前をこうして抱き寄せる事が出来るから。」

「…どうして?」
「ファルガイアには、アシュレー達が居る。未来を担うのは、あいつ等や、あいつ等の次の世代達の役目だろう……………。」

「…どうして?」
「……。お前をおいて行けるわけないだろう。だって、俺は…。」
「……。」



俺は…お前を愛してしまったから…。



「……。」
「…ガーディアンである俺が、人間であるお前を愛してしまった事…。後悔はしてないぜ。たとえそれが許されざるものだとしても、俺は…俺の『欲望』を偽る事は出来ない。」
「ルシエド…。」
…ずるいよ。
アナタの方から、そんな事言うなんて、ずるいよ。反則だ。
そんな風に優しくされたら…。どんどん大きくなっていくじゃないか…。
私の中の、許されざる思いが…。
ガーディアンであるアナタに抱いた『許されざる罪』が、どんどん大きくなって、
止まってくれないよ…。心が…止まってくれないよ…。
「……。うっ…うぅ…うぅぅ…。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「……。」
私は、弾けた様にルシエドの胸に飛び込んだ。
溢れ出るのは、涙だけじゃない。私の中に、ずっとずっと眠らせていた、弱っちい私の、ちっちゃなちっちゃな欲望達…………。
「寂しかった! 寂しかったよ! 独りは嫌! 独りは嫌なの! 英雄(生け贄)なんてなりたくなかった!………………なりたくなかったよぉ…。」
「……。」
私の叫びも、弱さも、想いも…。ルシエドは、何も言わずに受け止めてくれる。
彼の大きな胸の中に、全てを受け止めてくれて、ちょっとだけごつごつした掌が、私の髪を撫でてくれる………………。
やっぱり彼は不器用で、ちょっとだけ痛かったけど、その痛みが嬉しかった。
それが、私が独りじゃないんだって証明のような気がして…。
やがて、ルシエドは…私の瞳をじっと見る。逃がさない様に、じっと、じっと…。
…大丈夫。逃げたりしないよ。アナタの前から、逃げたりしない。
だからお願い。聞かせて欲しい。たった一言の、約束を…。
そんな私の心の声が聞こえたのだろうか。ルシエドは、静かに…でも、確かなる声で、私に告げる。
…ずっとずっと願っていた、私の欲望を…。



「俺がお前の側に居る。俺達は…ずっと一緒だ。」



「…後悔してない?」
ベッドの中、生まれたままの姿の私の問い掛けは、まるで孤独に怯えた子供の様。
……………馬鹿だよね。さっきまで、あんなに激しく求め合ったって言うのに、繋がってなかったら、途端に不安になるなんて…。
「……。」
そんな私を見て、ルシエドは優しく頭を撫でながら…優しいキスをくれた。
「…後悔なんてするわけないだろう?」
弱虫な私の為に、ちゃんと言葉にする事も忘れない。その不器用な優しさが、なんだかおかしかった。
「…何がおかしいんだ?」
「あはは…。何でもないよ。嬉しくて、胸がどきどきしただけ。」
「ふぅん…。どれどれ?」
「…えっち。」
他愛無いやり取り。きっと、私達以外には決して見せ合う事の無いだろう、色んな心の顔をさらけ出す事。それはきっと、私がずっと求めてた事で…。ほんの少しの勇気で、手に入れられたんだろう。たとえ、この世界に誰が居なくても、もう寂しくない…。
二度と、『むこう』に行けなくても、彼さえ居てくれればそれで良い…。
それを強さと呼べるかどうかは不安だけど、それでも、私は強くなれた…。
だからもう…後悔はしないよ。
たとえ…。



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。



「…? な、なんだこの音は…。」
「……。」
「!!? バ、バカな…。世界が…『アナスタシアの世界』が…崩壊してるだと?………くっ! アナスタシア! 服を着たらすぐにここから出るぞ! 急げば、ファルガイアゲートに飛びこめるはずだ!」
「…行って。」
「!? アナスタシア!?」
…大丈夫だよ。私はもう、弱くない。
アナタがくれた強さがあるから、もう、私は怖くない…。
一度だけだったけど、抱いてくれたから、後悔もないよ。
…たとえ、こうなる事が分かっていたとしても。世界中の人々が、私を拒んだとしても…。
「何言ってるんだアナスタシア! 一緒に来い! 早く!」
「…ダメだよ。私は一緒に行けない。だってこれは、ファルガイアの人々の下した決断だもの…。未来には、過去の『過ち』は存在してはいけないの……………。私は……………やっぱり『存在』してはいけなかったんだよ…。」
「…アナスタシア…。」
「…今度はマスターとしてではなく、アナタの恋人として言わせて…。生きて。生きてここから出て、ファルガイアに逃げて…。そして…アナタを愛してしまった、弱虫な女の子の事、ちょっとでもいいから、覚えていて…。」
「……。」
…えへへ。
どうかな? 私、泣かずに言えたよ。少しは強くなれたよね。
笑うから…。アナタの為に、笑顔でいるから…。この笑顔を、持ってって…。

ぎゅっ!!

「!!?」
「…言ったはずだぞ。俺がお前の側に居る。俺達は…ずっと一緒だって…。」
「ルシエド…。」
…なんで?
なんで、アナタはそんなに優しくしてくれるの? なんで、私の『本当の欲望』をあっさり見抜いてしまうの? 強く抱きしめる彼の手に、何度も何度も問い掛けたくて、でも、許してくれない。彼の強さと熱が、戸惑いも、痛みも、全部全部浄化してくれるから…。
刹那。ルシエドが私の方を見る。
それは、これから消え逝く者とは思えぬ程に、優しい笑顔…。
「ずっと一緒だ…。」
「…ルシエドォ…。」


全てを飲む込む光の中。
3度目のキスは、涙の味がした。


「…っ…。…っっ…。…!!?」
「…ようやく目覚めたか。」
「……。」
こ、ここは…? 俺は、一体何を…。
そんな俺の心の中の問い掛けに答えるかの如く、隣に居た男が声を出す。
「…………ここは、ファルガイアの南に位置する名も無き島だ。『古代の闘技場』などとも言われているがな…。」
「…ファルガイア…。」
…どういう事だ? ここはファルガイアなのか? にしては、以前と雰囲気が…。
…ダメだ。光の中に飲み込まれた後の記憶が…。
「…!? アナスタシア!?」
「……。」
「おい! お前、アナスタシアを知らないか? 俺と一緒に居たはずなんだ!」
「…?」
「…言っても信じてもらえないかもしれない。だけど、アンタだって知ってるはずだ。剣の聖女、アナスタシア・ルン・ヴァレリア…。彼女が俺と一緒に…………。」
「…剣の聖女? 誰だそれは? それに…、ここにはお前さんしか居なかったぞ。」
「!!?」
そ、そんなバカな…。
アナスタシアの名を知らない人間など、ファルガイアに居るはずは無い…。
…いや、それよりも…。
「…アナスタシア…。」
…彼女がここに居ない。そして、俺はのうのうと生き延びている…。
これが、神様のくれた運命だと言うのなら…。
こんな運命…欲しくなかった…。
「俺は…俺は、また守れなかったのか…。アイツを…守れなかったと言うのか…。」
…守れなかった。
アイツの笑顔も、泣き顔も、心も、約束も…。
俺は、守る事が出来なかったんだ…。
何が強さだ…。何がガーディアンだ!!
俺は…大切な存在一人すら、この手の中に繋ぎ止める事が出来ずに…。
「…弱虫のたわごとはすんだか?」
「!!?」
突如として、俺の思考の中に入ってきた、男の無情なる声に、俺は言い知れぬ不快感を覚える。
…だが、言い返す事すら出来ない俺自身は、もっと不快だが…。
そして、そんな俺の思考を気にせずに、男は言葉を続ける。
「…無くしたものは見つけ出せばいい。欲しいものは手に入れればいい…。それだけだ。」
「!!?」
「……………少なくとも、オレはそうして生きてきた。失われた記憶、本当の強さの意味、そして、オレの存在価値…。誰にも邪魔はさせない。オレは…オレの道を行くだけだ…。」
「……。」
刹那。男が手を伸ばす。
その目に宿した光の色は…俺にすらその全てを見抜けぬまま。
敢えて言うならば…彼の目は、俺と似ている気がした。
「一緒に来るか? 無くしたものを探しに…。」
「…どうして、俺にそんな事を?」
「…きっと、お前が考えてる理由と一緒だ。」
「……。」
…何故そうしたのかは、俺自身分からない。だが、俺は確かに彼の手を取っていた。
だがそれは、俺が彼に従う事を認めた訳ではない。
ただ、自分自身の欲望の為に…。たった一つの、譲れぬ願いの為だけに…。
「…そういえば、アンタの名前は?」
「…分からない。オレには両親の記憶が無いんだ。顔はおろか、名前すら覚えていない…。」
「そうか…。だったら…。」

−ブーメラン―

「…ブーメラン?」
「そう。必ず戻ってくる。必ず約束を果たして、自分自身の元へと戻ってくる。そんな願いと戒めを込めて、ブーメラン。…どうだ?」
「…悪くは無いな。」
そう言って、少しだけ静かに笑う男…いや、ブーメラン。
その瞬間、俺の新たなる旅が始まる…。


(アナスタシア…。待っててくれ。俺は、必ずお前を見つけ出す。そして、その時は再びお前と…。…約束、必ず果たすから。絶対に、お前を独りぼっちにしないから…。)


刹那、風が吹く。
風は静かに、二人の髪を揺らす…。
俺の紫の髪、そして、ブーメランの寒色系の蒼い髪を…。




I wanna be with you Everlastingly...




〜完〜


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<あとがき>

ジュークボックス劇場・「Be with you」でした♪
実はこの話、様々な場所に、三部作として投稿したものの、最後の章なんですね。
「I wanna」「Everlasting」という二つの作品がありました。
それらはそれぞれ、アナスタシアとルシエドの絆を、違った視点から述べたもの。
…で。何故か「Be with you」が無いなと思ったのが、三部作にしようと思ったきっかけだったり(笑)元々、話の概要自体はある程度出来てました。幾つかの例外を除いて…。
最後のシーン(ブーメランとの出会い)などは、めっさアドリブ(笑)
…ブーメランの髪の色の意味、分かりましたか?(謎にやり)
とにもかくにも、こんな感じ…。少しでも、何か残ってくれれば嬉しいです♪




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