あんなに低く見える星空に

この手をどんなに伸ばしても

虚空を握り締めるだけ


堕ちてゆくがする


堕ちてゆきたいと

そう願った


苛立つくらい緩慢に

だが確実に

より深き奈落へと

堕ちてゆく感触


破滅してる……



侍神異聞伝
―逢魔ヶ刻の雪―

之刻
Answer for・・・





 静かに淡々と落ちる、冷雨の雫の音が閑夜に響く。

 夜鳥の声も、狼の遠吠えも響かぬ、丑三つ時……。
 この庵を訪れる者は無く、薄暗いこの部屋の中で動く存在は唯一、この俺だけだった。

 床から酒瓶を取り、角杯を満たす。
 窓より三日月を眺め、一気に飲み干した。

「夜半の三日月……か。大吟醸の肴としては、悪く無いな……」

 そして俺は、囲炉裏の火を消して、横になって瞑目した。



チチ……チチチ……
 最初に知覚したのは、小鳥の囀りだった。
「朝か」
 枕横の時計を確認すると、午前八時。
「……まあ、頃合ではあるな」
 起き上がり、窓から空を仰ぐと、昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。
 雲一つ無く、柔らかな陽光が辺りを照らす。
 俗に言う『いいお天気』という奴か。
 水瓶から柄杓で水をすくい、寝起きの喉を潤した。
「……そろそろ、ヴァルハラに登城するか」
 服を着替え、腰に長年の愛刀<ディザイスァー>を腰に差し、俺は外へと出た。


「いい風だ……」
 俺は一人、大通りをヴァルハラに向かいながら呟く。
「よう、レイフォン。これから出勤か?」
 後ろから掛けられる、陽気な声。
 振り返ると、よく見知った顔が、そこにはあった。
「フレイか」
 この男の名はフレイと言い、俺と同じく第三位神の一人だ。
「出勤ゆーな出勤。俺はいつもの剣術指南だ」
 ……ん?
「……お前はどうしてここにいるんだ?」
 俺は、素朴な疑問を切り出した。
 コイツは本当なら、紅焔国ムスペルヘイムとの国境での小競り合いで、陣頭指揮に当たって いる筈だ。
「まさか……妹恋しさに帰って来たんじゃあるまいな?」
 コイツなら、十分ありうる。
「フレイアは美人だからなー。お前が心配するのもわかるが……」
「違うッ!!断じて違うッ!!」
 とたんに顔を紅潮させて襟首を掴んで来る。
 ……面白い。遊べるぞコイツ。(鬼)
「おいおい、赤くなってンな事言っても、説得力無いぞ」
「だから、人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!」
 あー楽しい。(爽)
「まあ、冗談はそれくらいで止めておくか」
「冗談だったんかい」
 そこでやっと、襟から手を離す。
「まあとにかくオレは、オーディン様に呼び出されたんだよ」
「じーさんに?」
 このヴァルハラの主にして戦聖国アースガルドの王、<戦老神>オーディン。
 あのじーさん直々の呼び出しって事は……。
「……<ラグナロク対策委員会>の臨時会議か?」
「ああ……それしか考えられないさ。お前には召集掛かって無いのか?」
 とたんに、フレイの顔が真剣味を帯びる。
 しかし、ここ1週間は毎日登城しているが、そんな話は聞いていない。
 ……俺には関りの無いミッションという事か。
「俺には掛かっていない。まぁ頑張って、あの会議室で睡魔とでも闘ってくれ」
「ぐはぁ……ソレが一番辛いんだよなぁ〜。オレの席って窓際で、日当りいいんだよ〜。 いつか席替わってくんない?」
「却下だな」
「くっそぉ………何でクジ引きで決めようとか言い出したんだロキの野郎ッ!!貴様にだけは 決してフレイアはやらんからなーーーーーーッ!!」
 彼がそう高らかに叫んだ直後。
「おや、私をお呼びになられましたか?」
「うぎゃーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「ロキか」
 いきなり背後から声を掛けられて絶叫するフレイを尻目に、俺はそう呟いた。
「おや、レイフォン様もご一緒で。貴方は驚きませんね」
「お前が神出鬼没なのは、いつもの事だからな。……と言うかむしろ、絶対出てくると読んで いた」
「それはそれは」
 彼はそう言って、笑いながら丸眼鏡に手を当てる。
 この男の名は、<欺瞞神>ロキ。
 俺達と同じく第三位神の一人なのだが、『トリックスター』という不名誉な二つ名を付けられ ている。
 まあ、魔導の実力に関しては、アースガルド屈指なのだが。
「おい、フレイ。……?」
 ……ショックのあまり、叫んだ顔のままで石化している。
「……(ニヤリ)」
 俺の頭の中に、ある考えが浮かんだ。
「なあロキ、油性ペン持ってないか?」
「えぇ、持ってますけど……成程」
彼も、俺が何をしたいのかに気付いたらしい。
凄いぞ流石は"悪戯"を司る神。

 きゅぽんっ。

 ロキが油性ペンのキャップを外す音が、澄んだ朝の空気にやけに爽快に響く。
「やはり定番は、額に"肉"か?」
「そうですね……しかし、極めてポピュラーですから、ちょっとオリジナリティーを加えて……」
 そう言うと彼は、何やら小声で呪文を呟く。
「……ディ・ラ・リューヴィ!」
 彼の詠唱が終わった刹那、白い霧がペンを包み……。

 ぽむっ。

 やけにコミカルな音と共に、極上の筆ペンへと変化した。
「おおッ!!」
「ふっふっふ……通信教育で書道八段を取得した私の実力、篤と御覧あれ」
「……お前、何時の間にンな事やってたんだ(汗)」

 しゅっ、しゅ、しゅっ、しゅ、しゅ〜、しゅ〜しゅ〜しゅっ!

「……完成です」
「凄い達筆だな……」
 むしろ、これしきの事に全神経注いで珠の汗浮かべてるロキが気になるが。
「では次は……瞼に眼を描いてみましょうか。少女漫画風に瞳に星散らせてみたり」
 言うが早いかロキは、呪文を唱えてホワイト、スクリーントーン、カッターナイフ、Gペン、 etc……………貴様、一体何者だ。(汗)
 そしてロキが不敵な笑みを浮かべ、筆をフレイの瞼に当てた刹那―――。
「何をやっとるんだ御主等(汗)」
「「わ゛ぁーーーーーーッ!!」」
 後ろから掛けられた声に俺達は絶叫し、ロキは筆を取り落とした。
「ト、トールか……」
「トール様、おはようございます」
 ロキはそう言いながら、手に持っていた物を後ろに隠す。
「一体何なんじゃい」
 このムサいオッサンは第二位神の一人、トール。
 見た目こそ単なるマッチョなオッサンだが、その能力から<雷神>と呼ばれ、恐れられて いる。
 純粋な戦闘能力ならば、オーディンに継ぐ実力者だ。
「それに、何でフレイは固まっておるんじゃ……起きろッ!!」

 ごいぃん。

 のどかな朝の情景に轟く、クリスタルゴーレムを冷凍マグロで殴ったような鈍い音。 (どんな音だ)
 トールがその手に<雷槌ミョルニル>を出現させ、フレイの後頭部を殴ったのだ。
 これが<雷神>たる彼の能力である。
 俺達のような第三位神以上の存在は、皆このような能力を持っているのだが、それは追々 述べる。
「う……あ……」
「おお、起きたか」
 道端に突っ伏して呻き声を上げるフレイを見遣り、満足気に呟くトール。
「……起きた事は起きたみたいだが……何か、あらぬ方向見て手ェ振ってるぞ」
「石化さえ治ればそれで良し」
「……」
 一応突っ込んではみたものの、予想通りの突っ込みが返って来て意気消沈。
 そうだ……この人はそういう人だ……。(泣)
 横ではロキがフレイを揺さぶり起こしているが、何やら『おばあちゃんが………』とか 『お花畑に、蝶々が……………』とかいう返答しか返って来ないらしい。
 ……コイツのばーちゃん生きてたよなー……相当錯乱してるなー。(汗)
 丁度その時。

 タッタッタッタッ……。

 遠くから近付いて来る、軽快な足音。
 ふとそちらを仰ぐと、フレイと同じ金髪の少女が、こちらに向かって息を切らせて走ってくる。
 フレイの妹にして第三位神の、女神フレイアだ。
 世界一と謳われる美貌が息を喘がせて、泣き出しそうな瞳でこちらを見詰める。
「ハァ、ハァ……あ、皆さんおはようございます。あの……お兄ちゃんに何かあったような 気がして、走って来たんですけど………………」
 ……流石は兄妹。
 お互いの魂の繋がりを使って、兄の危機を察知したという訳か。
「お探しの、廃人フレイ君です」
「うう……ああ……」
 ロキが、そっとフレイ(何か光の階段が見えるとか言っているが)を差し出す。
「ああお兄ちゃん!!こんな変わり果てた姿になって!」
 フレイアは慌てて治癒のルーンを施す。
 フレイの体が穏やかな燐光に包まれ、徐々にその眼に生気が戻ってくる。
「ッ……フレイア〜〜〜〜♪」
「きゃっ♪」
 フレイの双眼がいきなりカッと見開かれ、光の速さでフレイアに抱きつくッ!!
「公衆の面前で止めんかシスコン兄さんッ!!」

 ごりゅっ。

「ぐぼっ!?」
 俺の振り下ろしたディザイスァーが、フレイの後頭部を打ち据える。
「安心しろ。峰打ちだ。……まぁ、俺はトールと違って分別あるからな」
「どういう意味じゃいソレは」
「おお、聞こえていたか」
 トールの突っ込みを軽く受け流して、フレイの方に向き直る。
「それはそうと、そろそろ行かんと会議に遅れるのではないか?」
「「「……あ゛」」」
 フレイ、そしてトールとロキの三人の声が重なった。
 ……何だ、コイツ等も出席するのか。
「あああああ忘れてたッ!!フレイア!レイフォンに襲われないように気を付けろよッ!!」
 そう言い残して、フレイはヴァルハラに駆け込んで行った。
「襲うかッ!!……ったく、アイツは……」
「では、私も失礼」
「儂も、行くとするか」
 ロキとトールも、ヴァルハラに入って行く。
「あ。二人とも、またです〜」
 フレイアはぴょんぴょん跳ねて、二人に向かって手を振る。
 が、とたんに静かになった場の空気が、重くのしかかる。
 女性と二人っきりというのは、どうも苦手だ。
「ん……じゃあ、俺も行くかな」
「ああ、兵士達の修練ですか?頑張って下さいね〜♪」
「ああ」
 俺はフレイアに軽くLサインを送り、ヴァルハラに向かって歩き出した。
風の音が……冷たい。



 怜悧な緊迫感に満ちる、朝の修練場。
「……アンタが来てるとは、珍しいな」
「ああ……今日は貴様に用があって来た。フェンリルの捕縛を手伝え」



―続く―



<能書>
 ええもぉ、後書っていうかむしろ能書さ(謎)
 ちなみに拙者、WA以外でキッチリした小説書くの初めてなので、ちょっぴりヤバ気ッス(汗)
 今回の語り役となった彼は、<侍神レイフォン>という名前です。
 オリジナルの神で、ちょっぴり名前がお気に入り♪
 レイフォンにするかレイファンにするかで、丸三日悩みました(おい)
 ちなみに、フレイアに関してですが、フレイアとフレイヤどっちにするか悩んで、
「入力の楽なフレイアに決定!!」となりました(実話)
 fureia,fureiya……たった1文字の差が、彼女の命運を分けました(爆)
 この小説…………………北欧神話を知っている人にしかわからない上に、北欧神話フリークに 絶対バッシング受けるよな(泣)
 しかもこの最初の文……拙者が一番好きなとあるロックバンドの歌詞をパクッてたり(おい)
 タイトルも、ラグナロクにしようかと思ったけど、某スニーカーと被るから没。
 あ、今回のを読む限りではギャグと思われそうですが、一応はシリアス小説です(汗)
 それなりに長い小説になりそうです。
 では、御付き合い宜しくお願い致します!!


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