BRAVERS STORY 〜交錯する時の欠片達〜 〜第十七話「歩むべき理由」〜 「ん……あ、あたし……」 薄靄の掛かった視界に日の光が射し込み、レアは意識を取り戻した。目の前には果てしなく高く、雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。 その光景に目を奪われることしばし、彼女は、ようやく自分が仰向けに寝転がっていることに気が付いた。上体を起こすと、気持ちの良い風が頬を撫で、髪の間をすり抜けていった。 「目が覚めたか」 「ええ、もうバッチリ……ってうわ!!」 横から聞こえる声に、軽く伸びをしながら答えたレアは、その声の主を見て思わず仰け反った。 「シ、シン!?」 「安心しろ。危害は加えん」 凄みのある声で言われても、少しも安心できなかった。 「こ、ここは? そうだ、マインドさんに、ゴラス、他のみんなは!?」 周りを見回すと、地平線まで広がる、何一つ視界を遮るモノのない平原が、ただ雄大に広がっていた。青い空と、緑の草原の大地が、ここにあるモノの全てと言ってよいだろう。 「霊峰スピリチュアルを越えた、サウスタイルの内陸だ。ここにはこの光景しか存在しない。付いて来い、皆が待っている」 「みんなって、みんな居るの?」 「しばらく進んだ先にな。早く来るんだ」 シンに促され、レアは起き上がると、素直に彼に従った。こんなところで逃げても隠れる場所などないし、追いつかれるのがオチだろう。少なくとも、みんなが居るというのだから、安心できるはずだ。 そうして、しばらく進むと、遠めには判らなかったが、天へ突き出すように大地に埋もれている数個の岩を発見した。そして、その岩の中心に、囲まれるようにして大きなドーム型のテントが一つ設けられていた。 「あれが、そうなのね」 「そうだ。【聖杯】も、そこにある」 「え? 嘘!?」 「嘘ではない」 「でもさ、そんなに簡単にバラしちゃってもいいわけ?」 「……ならば、自分の目で確かめることだな」 シンはそれだけ言うと、それ以上、口を開くことはなかった。そして、テントの間近まできたところで、レアはゴラスの姿を見つけた。 「ゴラス!」早速彼女は彼に呼びかけ、駆け寄った。彼も彼女のことに気が付き、軽く片手を挙げて呼び掛けに応じた。 「無事だったみたいっすね」 「もちろん。まあ、けっこう酷い目に遭ったけどね」 「それは、すまなかったな」 不意に、テントの影から彼女の声に答える声がする。マインドだった。 「どちらかというと、精神的になんですけどね」 冗談めかして言ったレアは、マインドの肩に止まっているスパイルを見て、首を傾げた。 「その肩に止まっているのは……ペットか何かですか?」 「誰がペットじゃ! コイツの方が、ワイのペットのようなモンや!」 ペット扱いされたスパイルは、初対面にも関わらず、目を見開きレアに怒鳴り散らした。 「うわ!! 烏が喋った!?」 「烏やない! ワイは精霊! 精霊スパイル様や!! 覚えとけ小娘!!」 「それくらいにしておけ」 羽を広げていきり立つスパイルを宥めるように、マインドは言った。彼の声にスパイルは若干冷静さを取り戻したようで、改めて値踏みするようにレアの顔を見た。 「……オマエが、ゴラスの主――いや、相棒か」 「え? ゴラスを知ってるの?」 スパイルの口からゴラスの名を聞き、レアはスパイルとゴラスの顔を交互に見比べた。ゴラスは、少し間を置いて頷いた。 「お前と知り合う前に、ちょっとした関係だったっす。まさか、マインドさんと組んでいるとは思わなかったけど」 流暢に言葉を並べる彼に、スパイルはフンと鼻を鳴らした。 「オマエこそ、まさか、こんな小娘とつるんどるとはな」 「……もしかして、仲悪いのかしら?」 スパイルの言葉に含まれる剣呑な空気を感じ取り、レアはゴラスを見て言った。 「僕としては、残念な話なんっすけどね。彼はどうも、僕が好きじゃないみたいなんだ」 「何はともあれ、昔話はいつでも出来るだろう。今は、レアを彼女に引き合わせることが先だ」 マインドは一旦話を打ち切り、レアの方へ向き直った。 「彼女? 誰ですか、それ」 「お前が探している、【聖杯】を持つ者のことだ」 そこで、レアに追いついてきたシンが言った。彼女は振り返り、訝しげに眉根を寄せた。 「持つ者って、【聖杯】は、もう誰かの手に渡っていたってこと?」 「遺跡に眠っているような宝と同一視するな。【聖杯】は、昔から彼女と精霊の手によって、この地で守られているのだ」 「そ、そーなの?」 「今のご時世、宝といえば遺跡と相場が決まっているっすからね。先入観を持っていても、仕方がないといえば、そうなんっすけど」 「ま、まあいいわ。どんな形にしても、【聖杯】はあるって噂は本当だったんだから」 レアは多少落胆の色を見せたが、すぐに気を取り直して言った。 「でも、トレジャーハンターとして人様のモノを盗るのは御法度よね……」 「どちらにしても、盗むことに感心はできないな」 マインドは一息吐いて、改めて彼女に口を開いた。 「では、行こうか」 「待て。ワイは、ここに残るで。ちょっと、そこのヤツに言いたいことがあるんや」 ゴラスを横目で一瞥し、スパイルはマインドに言った。マインドは一瞬考えるように間を置いてから頷いた。 「わかった。そちらは、構わないかな?」 「別に構わないっすよ。行って来なよ、レア。僕は、ここで留守番をしておくっす」 「そう? そう言うなら、あたしは何も言わないけど……」 「なら、早く行くぞ。ガランが待っている」 「ガラン……それが、さっきから言っている彼女の名前ですか?」 テントの中へ入っていくシンの背中を見ながら、レアはマインドを見上げて訊ねた。彼は「そうだ」と頷くと、右腕を軽く持ち上げ、スパイルを肩から飛ばした。 「それでは、私も行こう。お前は、ゆっくり彼と話しておくといい」 「ああ、そうしといたるから、さっさとガランに会ってこい」 ゴラスの肩に移ったスパイルは、片方の羽を広げてマインドとレアを送り出した。 「……あんな小娘ひっかけよってからに、どういうつもりや」 二人の姿がテントの中へ消えたのを確認し、スパイルはゴラスに言葉を掛けた。まさか、主があのような女だとは思っていなかった。だが、ゴラスは何事もないように笑い、 「こればっかりは、僕の意志じゃどうにもならないっすからね。あいつが僕を目覚めさせた。それだっす」 「あんな小娘やと、オマエの力に呑まれるのがオチやぞ。わかっとるんか!?」 「それは、あいつ次第っすよ。どう化けるか、まだ判らないじゃないか」 「アホ……この世で、オマエを扱える者なんて、そうそうおるはずあらへん」 「だからこそ、じゃないのかな? 『黒の紋章』を、この僕を使役するんだ。それくらいのリスクを背負ってもらわなきゃ、話にならないっす」 「それは百も承知や! せやから、その時がくるまでにワイらが使い方教えたらなあかんのやろうがッ! にも関わらず、オマエは正体も明かさんと、相棒気取りか? 何を企んとるんや!?」 「僕はね、お前みたいに師匠気取ってられるほど、器用じゃないっすよ。僕は、僕のやり方でやらせてもらう」 スパイルの説教じみた言葉に、ゴラスはうんざりしたように息を吐き、肩をすくめ、 「でもね、そういう『白』、お前だってそうでしょ? 僕たち紋章の化身は、不適格者による力の暴走を抑えるため、外に出てきているんだ。この時点で、マインドさんも、レアも、僕たちを扱うには力が及ばないということっす」 「それでも、オマエは、あの小娘を信頼して外に出てきているんやないのか? 気に食わんヤツなら、目覚めさせた、その場で消し去ることだって可能なはずやぞ……」 「それは、気紛れっす。もともと、僕の封印は不完全なモノだったんっすよ。前の主と、無理やり引き裂かれてしまったために、ね」 「なんやと? それは、どういう――」 「つまり、僕には前の主との契約が、まだ残っているってことっす。『黒の紋章』の本体は、まだ、僕の本当の主の中に眠っているってことっすよ。レアは、本当の主が目覚めるまでの、仮宿に過ぎない」 スパイルは、背筋に嫌な悪寒を感じた。ゴラスの言っていることの意味を、理解したためだ。ゴラスの言葉を信じるなら、昔、彼、つまり『黒の紋章』を宿していた存在は、まだ生きているということに他ならない。 「エレメンタルを潰したヤツらが、まだ、おるってことなんか……!!」 滅び行く国の記憶、それは、かつて平和だった時が、脆く踏み躙られた一夜の出来事であった。【聖杯】を求め、精霊国家エレメンタルを滅ぼした、四人の魔族たちの一人に、『黒の紋章』の所持者はいた。 「真なる魔族を復活させるために、鍵となるモノが、『神』と、『神の子』、そして【聖杯】……僕の予想では、切っ掛けとなるのは、おそらく【監獄塔バベル】っすね」 「――!? まさかオマエ、主の復活を企んどるんやないやろうな!?」 「いや、たとえ契約が生きていても、ここに居ないんじゃ仕方が無い。今の僕の主は、あくまでレアっす。でも、事と場合によって彼らが復活するというのなら、僕の立場も変わってくるってことっすよ」 「それが、オマエの選択か……」 「と、言うよりは、運命かな。僕の意志は関係ない。どちらにつくかは、どちらの力が強いか。負ければ消える、それだけっす」 当然のように言うゴラスに、スパイルは苛立ちと共に、諦めの感情も抱いていた。ゴラスは、己の存在に、あまりにも忠実過ぎる。 だが、それ以上に気になるのは、バベルと魔族の関係だった。ギアトが管轄する、魔族の力の象徴とも言える、西の大陸ウェンブレイスにそびえる、天を貫く監獄塔。 これから、こちらが行うであろう作戦を考えると、嫌な予感を抑えることは難しかった。BRAVERSガーディアを救出するという、今回の作戦に。 テントの中は簡素な佇まいで、テーブルや寝台など、暮らしに必要とされるであろう最低限のモノしか揃っていなかった。飾らない質素な家といった感じで、【聖杯】のような物騒な代物が置いてあるようには、とても思えなかった。 「はじめまして。わたしは、ガラン・ドークと申します」 そして、その【聖杯】の持ち主である、ガランを目の前にして、レアはしばらく言葉を失っていた。 白い肌に憂いを感じさせる神秘的な薄紫の瞳、先端を軽く纏められていた青い髪は、澄んだ水のように背中を流れ、膝ほどまで届いていた。袖口が大きく広がった白いブラウスを羽織り、足首が隠れるほどのロングスカートを履いている。決して派手ではなく、控えめな印象を受ける衣装だった。 一言で言えば、美人だった。それは外見だけのモノではなく、彼女の持つ母性、内面的なモノが合わさることで、ある種完璧な形として存在していた。 「え、ええと、あたしは……」 緊張とは無縁のような性格のレアだったが、ガランを目の前にして、次の言葉が中々出てこないでいた。彼女が持つ特有の穏やかで神秘的な雰囲気に、レアの持ち前である快活な空気が呑まれているようだった。 「彼女がレア。【聖杯】を求めて、この地にやってきたそうです。ガラン、彼女の処分は、どの様にするつもりですか?」 レアが言葉を選びきらないうちに、マインドが彼女をガランに紹介した。 「す、すいません。マインドさん……えっと、処分って、何ですか?」 思考がうまく回っていないのか、疑問を口にするレアに、マインドは淡々と答えた。 「キミの処分だ。【聖杯】を手に入れるために、キミはこの地に来た。いわば、略奪行為と言える。罰が必要だろう」 「そんな! 何の権利があって!!」 「彼女が、今回の私の依頼主だ。この地を危険に脅かす、不穏な輩を捕らえるというな」 「逃げようとは思うなよ」 レアの背後には、シンが控え、彼女が逃走する隙を一瞬たりとも与えていなかった。 「じゃ、じゃあゴラスは……? ゴラスはどうなんですか? あいつ、あたしの相棒ですよ」 「彼は、キミが気を失っている間に、既に話は付けてある。後は、キミだけだ」 「……そう硬くならないでも結構ですよ。罰と言うには、少し語弊がありますから。わたしたちは、貴女に協力を願いたいのです」 彼女の緊張を和らげるように、ガランは自ら柔らかく微笑んで言った。同姓ながら、思わずドキリとしてしまう。これが、大人の魅力と言うやつだろうか。 「この地へ来ることは、決して容易なことではありません。しかし、それだけの力量を備え、ここまで来た方に、わたしたちは協力をお願いしているのです」 「なんだか、話がいまいち見えないんですけど……」 レアは、マインドに戸惑った視線を向けて言った。 「魔族を、この世から消し去る。それが、彼女の願いだそうだ」 「魔族を消す?」 訝しげな顔をするレアに、ガランは真剣に頷いた。 「そうです。現在、この世界に蔓延る魔族たちを、葬り去るのです」 「ちょ、ちょっと待って! なんだか、いきなり凄いスケールの大きい話なんですけど……」 「……そうですね。いきなり、こんなことを言われても……申し訳ありませんでした。では、順を追って説明いたします。シン、貴方が連れてきた、あの子たちも呼んで下さい」 「判った」 シンは踵を返し、去り際にレアを一瞥すると、外へ出て行った。あの子たちとは、おそらくマルソーとキトのことだろう。 その頃、マルソーとキトは、テントから若干離れた場所に、リールを連れて自己紹介を兼ねた話をしていた。 「お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、悪い人じゃないみたい。安心したわ」 「悪い人? なんだそりゃ」 リールは、マルソーとキトを順に見て、マインドと同様のことを言っていた。 「精霊が、アタシに教えてくれるわ」 唐突に悪い人じゃないと言われ、眉をひそめるキトに、リールは言った。 「精霊? それって、なんなのかな?」 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、精霊を知らないの?」 まるで、知っていて当然のことを訊かれ、リールは逆に戸惑ったようだった。 「知らないな。教えてくれるって言ったが、何処にいるんだ?」 さっき出逢ったばかりだというのに、何処で教えてもらったのか。キトは、胡散臭げに訊ねてみたが、リールは、そんな彼の態度に不満そうだった。 「今も居るわ。アタシの側に、精霊は居るの」 「居るって、居ないじゃないか」 「居るの!」 「だから、オレたち以外に何も居ないって――」 「キト……大人気ないよ」 リールに反論して否定するキトに、リールは信じてもらえずに少し泣きそうな顔をしていた。この場合、彼が折れるべき状況であっただろう。 「お兄ちゃん、嫌いよ……」 沈んだリールの背中を慰めるようにマルソーは抱き、キトに批難の視線を向けた。しかし、彼は肩を竦めてため息を吐き、 「子供(ガキ)は苦手なんだ」 「それは、お前が子供だからだろう」 「あ、シン!!」 「――だあぁ!? どこから湧いて出やがった!?」 不意に背後からする声に振り返り、キトは身を仰け反らせて叫んでいた。シンは呆れたように息を吐き、厳しい目つきをした。 「まさか、気配も読めなかったのか? 気が緩んでいる証拠だぞ」 「ドーク様の、お話は終わったの?」 「いや、これからだ。マルソー、キト、お前たちにも聞かせなければならない話だ」 「シンは?」 「とうに聞いた話だ。必要は無い。リールの相手は私がしておくから、行って来い」 「わかったよ……じゃ、行くかマルソー」 「あ、うん。それじゃ、リールちゃん、またね」 どこか急かすようなシンの言葉に、キトはマルソーに呼びかけて歩き出した。マルソーはリールに軽く手を振って、彼の後に付いて行った。 「シン……アタシは、聞かなくてもいいの?」 「ああ。お前は、聞かなくても構わないことだ」 「……そう、わかったわ」 ふと疑問を口にするリールに、シンは何事も無い様子で答えた。一瞬、リールは更に疑問の表情を浮かべたかのように見えたが、すぐに頷き、その表情を隠した。 「皆さん、全員お集まりのようですね」 テントの前に揃ったマルソー、キト、レア、ゴラス、マインドとスパイルを順に見て、ガランは言った。全員、少し緊張した面持ちで彼女に注目している。 「では、話しましょうか。皆さんには、わたしたちの目的を成し遂げるために、協力してもらいたいのです」 「目的だって?」 訝しげに口を開くキトに、ガランは頷いた。 「そちらのお二人には、まだ話していませんでしたね。これからお話しします」 「あたしの聞き間違いじゃなかったら、魔族を滅ぼすってことだけど……いまいちピンとこないのよね」 「え!? 魔族を……?」レアの言葉に、マルソーが血相を変えた。 「それは、本当なんですか?」 「その通りです。マルソーでしたね。安心して下さい。貴女の思っているようなことは致しませんよ。シンも、この件の協力者なのですから」 魔族というなら、シンも立派な魔族ということになる。マルソーの気持ちを汲み取り、ガランは微笑んで言った。彼女の言葉にマルソーは胸を撫で下ろし、落ち着きを取り戻した。 「少々言葉が悪かったようですね。わたしが言うのは、魔族の源を断ち切ることと考えてもらって構いません」 「源とは、何を指すのだろうか?」 「【悪しき心】や。地上に伝わる、魔族の生まれを語った御伽噺やろう」 マインドの疑問に、スパイルが訳知り顔で答えた。 「ああ、それなら知ってるっす」御伽噺という言葉を聞き、ゴラスが薄く笑い、口を開いた。 「――かつてこの世は【悪しき心】で溢れていたという。 大地に根を下ろした【悪しき心】は地上を覆い尽くさんばかりの勢いで増え続けた。 それを嘆いた地上の【神】は一つの【箱】に【悪しき心】を封印した。 そして地上につかの間の平和が訪れた。 しかし永い時が経過する中で、【悪しき心】は確実に増え続けていた。 ついに【箱】は、その重みに耐えることができず壊れてしまった。 再び地上に【悪しき心】に覆われようとした。 突然の事態にもはや新たな【箱】を創っている暇はなかった。 そして【神】はついに最終手段を実行した。 己の半身を封印の柩とし【悪しき心】を封じたのだ。 だがそれだけでは【悪しき心】を全て封印することができなかった。 残りの弱った【悪しき心】は逃げ場を求めた。 【悪しき心】の逃げ場はあらゆる人の心。 【悪しき心】に魅せられたモノを人々はこう呼ぶようになった。 【魔族】、と――こんな感じだったっすかね」 魔族が地上に生まれた経緯を語った、人々の間では有名なモノであるが、大概が迷信として、子供に聞かせる訓戒のようなモノとなっている。 「抽象的な語りになっていますが、これは真実を語っています。それには、まず事の発端から語らねばなりません」 ガランは口調を正して語り始めた。 「昔、この世界を治める五大国家があったことはご存知ですね?」 「北のインダストリアル、西のガート、東のマナ、中央大陸のラジェスト、そして……この地、南のエレメンタル、だな」 マインドの回答に、ガランは静かに頷いた。 「そうです。そして、その一つ、北の国家インダストリアルは、レールマウンテンにある物資の豊かさを利用して、巨大な軍事国家へと発展しました。その力は強大なモノで、次々と他の大陸の国家まで侵略をし、その勢力を伸ばしたのです。 しかし、他の四大陸、インダストリアルの圧政から逃れて来た人々のが協力体制をとったことにより、苦しいながらも戦況はインダストリアルが不利となりました。その時、インダストリアルが最終手段として開発していた兵器が、今の【聖杯】と呼ばれるモノなのです。それが、魔族の始まりでした」 「だが、インダストリアルは負けたのでは? 大戦に敗北した結果、インダストリアルはレールマウンテンに兵器を廃棄し、半永久的に隔離、封印することを制約によって義務付けられたと聞くが」 「確かに、歴史上ではそうなっています。しかし、敗北とは少し違います。インダストリアルは、自滅したのです。【聖杯】によって生み出された、邪神によって」 ガランは忌わしいモノの名を口にするように、一瞬、表情を険しくした。 「【聖杯】とは、人の意志の侵食し、精霊を一つの意志に染め上げる兵器なのです」 「精霊? 話の途中で悪いんだが、リールも精霊とか言っていたぜ。精霊ってなんなんだ?」 「あん? このガキは、精霊のことも知らんのか? シンのヤツに何を教わったや」 「な、ガキだと? オレは――」 「スパイル、突っかかるような言い方をするなよ。すまないな、キミ」 反発して何か言おうとするキトに、素早くマインドが非礼を詫びてその場を取り成した。機会を逃し、キトは開きかけた口を大人しく閉じる他なかった。 「精霊は、この世界……星を支える意志無き力、とでも言ってくべきかな。私たちにとって、精霊は活力の源であり、魔法の原動力でもあるんだ」 「オマエらは怪我をすれば、かすり傷程度なら放っておけば勝手に治るやろ。星も同じや、傷つけば自分でなんとかしようと自己治癒能力を働かせよる。その能力を担うのが精霊や。そして、精霊が与えられる対象は、星の上で生きとるワイらも含めた全生命に対してや。その活力を得て、ワイらは魔法を使ったり、怪我を治したりして生きとるってわけや」 「精霊がなければ、自らの傷を治療できなくなり、星は度重なる傷により死ぬ、ということだ。もちろん、その上で生きている私たちも、無事ではすまない」 「簡単に言えば、かつてのインダストリアルは、ワイらに与えられるはずの精霊全部を独り占めして、更に星から吸い上げた精霊を使って悪事を働こうとしとったわけや。その時に使われたのが、【聖杯】や」 「えっと……つまり、精霊がいなければ、わたしたちは生きていけないんですよね?」 「極論してしまえば、そういうことになるな」 「精霊なくして僕たちは生きていけない。そして、精霊を奪い、一つに統合してしまう【聖杯】。面白くない話っすね」 「講釈は解ったけど、結局、邪神って何のことなの?」 レアはガランに質問し、横道に逸れかけた話を元に戻した。 「邪神とは、【聖杯】によって集められた精霊より生み出された、魔族の親とも言える存在なのです」 「親?」 「そうです。邪神は瘴気を用いて、他の生命の中に侵食し、形そのものを改変させるのです。それが、魔族と呼ばれる存在なのです」 「御伽噺の中にあったやろ。【悪しき心】の逃げ場は人の心やと。【悪しき心】は、邪神の放つ瘴気のことやろうな。人間の訓戒に変わったようやが、何も人間に限ったことやない。動植物や無機物にも見境なく、瘴気の侵食は起こっとるわ」 「おい、ちょっといいか? 魔族の元が、この世界で生きる命だっていうなら、オレたちも魔族になる可能性があるってことなのか?」 複雑な顔をして訊ねるキトに、ガランは真剣な顔で頷いた。 「ありえないことではないでしょう。しかし、しっかりと個人としての人格が形成されていれば、侵食されることはありません。本来一つの意思しか宿らぬ肉体に、邪神の意思が入り込む余地はないのですから」 「大戦の末、邪神の力も半減しとるからな。滅多なことでは侵食されることはないやろう。あるとするんやったら、よっぽど精神が疲れてボロボロな時か、人格が形成される前――生まれて間もない頃か、母親の胎内におる時に侵食されて突然変異するか、そんなモンやろうな」 「一つ質問!」 険しい顔つきで、レアが話に横槍を入れた。 「魔族を倒すことが目的だって言ってたけれど、具体的な方法はあるわけ? 今までの話を全部信じるなら、全ての魔族を倒すなんて、はっきり言って不可能よ」 「その心配には及びません。全てが一つの意思が分散したモノなら、その元となる存在を断てば、連鎖的に意思は消えていきます」 「……それは、邪神を倒すってことですか?」 「そういうことです」 マルソーの出した結論に、ガランは頷いた。 「おい、ちょっと待てよ。御伽噺の中じゃ、邪神は封印されているんだろ? 倒す必要があるのか?」 「アホ。全てが封印されとは言うてへんやろ。完全に封印されとったら、魔族なんて生まれとらんわ」 「そう……邪神の全てが封印されているわけではありません。しかし、その意思を具現化させるだけの意思は備わっていないため、他の生命に侵食して意思を助長しているのです」 「今は潜伏しているだけで、機を伺っている状態ってことやな」 「じゃあ、どうやって倒すんだよ。目に見えない相手に剣を振れって言うのか?」 「そうやない。相手が見えないなら、引きずり出してやればいいんや。【聖杯】を使い、瘴気を一つに集めて叩き、封印する」 「そんなことができるんですか?」 「瘴気は、精霊が邪神に侵食されて出来たモノですから可能です。問題は、瘴気の量です」 「……なるほど、確かに問題っすね」 「なるほどって、何か解ったの?」 納得顔のゴラスに、レアが不審な目で彼を見た。 「この大陸につくまでに見ただろう。『黒衣の霧』をね。あれは全て瘴気っす。それを全て集めるとなると、さあどうなる?」 「わたしたちまで、呑み込まれる……?」 「そうです。例え集めようとしたとしても、膨大な瘴気を制御できないのです。そこで、別の発想が必要でした。たとえ一つが膨大でも、切り分けて倒せば、その量を減らすことが可能なのではないかと」 「魔族の実力は、侵食された瘴気が濃密で大きいほど強大なモノや。個体を倒せば、その意思と同化した邪神の意思も瘴気ごと消滅するって寸法やな」 「では、この地上で最も実力が高い魔族と言えば、お分かりになりますか?」 「ギアトか……」 キトとマルソーは、思わずお互いに顔を見合わせていた。 「そう、地上における魔族の統括者を倒せば、あるいは……。しかし、それでも不十分だと、わたしは考えています」 「【原初の意志(オリジナルフォース)】やな」 「【原初の意志】? なんのことですか?」 「【原初の意志】とは生命を媒体としない、瘴気そのものから具現化した魔族のことです。何の混ざりも無い、純粋な瘴気ゆえに、その力は通常の魔族とは桁が違います。しかし、その反面、瘴気が少なければ、肉体を持つことは難しい存在です。現在はその力を失い、邪神と同じく潜伏中ではありますが、復活すればこの上ない脅威となるでしょう」 「けど、潜伏中なんだろ。大丈夫なんじゃねえのか?」 「いえ、近年、世界での魔族の増加率は上昇傾向にあります。黒衣の霧が、その範囲を徐々に広げつつあるせいもありますが、その鍵を握るのがギアトです。ギアトは、【原初の意志】の魔族を解放しようとしていると、わたしは独自の調べで確信しました」 「へえ、それはまた……仮に、その【原初の意志】が復活したら、世界はどうなるんっすかね?」 「滅びるでしょう」 興味本位のゴラスの問いに、ガランはきっぱりと答えた。 「過去、邪神との戦い末路、【聖杯】に封印されようとした邪神は、その身を分散させ、完全な封印を避けたのです。そして、長い時を経て、その分散された邪神の意志は具現化し、【原初の意志】と化しました。【原初の意志】は瞬く間に世界を死の大地へと変えました。【原初の意志】は戦いの中で力を使い果たしましたが、今も復活の機を待っているはずです。そして、その戦いの結果、大半の精霊が失われ、現在の世界があるのです」 「……なんか、矛盾した話だな」 そこで、釈然としない顔で、キトが話に横槍を入れた。 「完璧に理解したわけじゃないけどよ、アンタたちは魔族を消したいんだろ? けど、結局はその【原初の意志】って根元みたいなヤツを倒さないと、瘴気は消えないんじゃないのか?」 「そうですね……貴方の言う通り、【原初の意志】を倒せば、瘴気の多くは消え去るでしょう。しかし、【原初の意志】の力は世界を再び崩壊に導きかねません」 「だが、放っておいてもヤバイ事態には変わりはないぜ。だいたい、アンタ何者なんだよ。まるで、見てきたみたいな言い方じゃないか」 「……ええ、わたしは知っています。真の魔族の力と、その恐ろしさは、今でも目に焼きついて離れません……」 呟くように言うガランの言葉に、場が水を打ったように静まり返っていた。 「正直に言います。わたしは、本来ならば生きているはずのない人間なのです。わたしが生きていたのは、これから数百余年、もう数えることもしなくなりましたが……遠い過去、魔族誕生の時代に生きていたのです」 「魔族誕生……それは、本当のことなのか?」 半ば呆然とした風に言うマインドに、ガランは頷いた。 「当時のわたしは、精霊国家エレメンタルの王女でした。精霊の加護の強いわたしたちの国は、代々【聖杯】の管理を担っていたのですが、そこを【原初の意志】の魔族に狙われたのです。戦いの末、【聖杯】は守ることができましたが、その代償に、わたしは永遠の命を持って【聖杯】を守る義務を負ったのです」 気の遠くなるほどの歳月を思い返すがごとく、ガランの言葉は深い響きを持っていた。彼女の命が、何よりも重く、それでいて空虚に見える。 「にわかには信じ難い話だが……では、【聖杯】はいったい何処にあると? 見た所、この大陸には強力な封印も、力も感じられなかったが……」 「常任はわからないでしょうね。【聖杯】は、貴方の目の前に封印されているのですよ。わたし自身が、その封印の柩なのですから」 ガランは自身の胸に手を添えて、静かに事実を告白した。 「己の身体を柩とすることで、わたしは【聖杯】を封印しているのです。わたしの身体は、呪われているのと等しい存在なのです。だからこそ、わたしは、この呪われた魔族との因縁を断ち切りたいと願い、生きてきたのです」 「その方法が、魔族をこの世界から消す……ですか」 「そのために、シンの協力のもと、わたしは地上の強者たちに力を貸してくれるよう願いました。共に魔族を消し去るために」 「あたしたちが強者ってこと? 買い被りなんじゃないかしらね。世界を滅ぼすような危ない奴らと戦う力なんて……」 「この地にたどり着けたのならば、素質は十分にあると、わたしは判断しています。ですが、命を懸ける以上、無理強いもできません。判断は、これから話す、わたしたちの計画を聞いてからにしれもらえませんか?」 「作戦だと?」 「はい。ガーディアからの連絡によって、近いうちに監獄塔バベルにて大掛かりな儀式が行われるようです。おそらく、オリジンの復活とみていいでしょう。わたしたちは、これを阻止するために、バベルに潜入します」 「ガーディアが?」 ガランが口にした名前に、マルソーとキト、特にマルソーが強い反応を示した。 「彼は、ギアトの目的を探るためバベルに潜入した、わたしたちの仲間なのです」 「マジかよ……」 「ええ。十年前に、バベルを脱出していれば、彼もこの場にいたはずでしたが……このことは、貴方たちの方が詳しいはずですね」 十年前にバベルで出会ったガーディアの存在は二人にとって大きく、彼との再会は一つの到達点であり、今日まで生き抜いてきた支えでもあった。 「今回の作戦は、ギアトの計画を阻止すると同時に、ガーディアをわたしたちの下に取り戻すことも含まれています。できるならば、この作戦の要となる部分を、貴方たち二人とシンに担ってもらいたいと思っているのですが」 「ガーディアを……助ける……」 「――いいじゃねえか。オレは反対しないぜ」 迷ったように言葉に詰まるマルソーに対して、キトは淀みない声で言った。彼はマルソーに視線を向け、 「怖気づいたのか? 別に迷うことはないだろ。魔族には興味はないが、オレたちの目的は、もう一度ガーディアに会うって約束を果たすことだ。シンの得意な計算に乗せられている気もするが、丁度良いじゃねえか」 「キト……」 彼の言葉にマルソーはしばらく俯き、やがて顔を上げた。その瞳に、迷いはない。 「うん、わかったよ。一緒に頑張ろう」 「青春してるわねぇ……羨ましい限りだわ」 「一人で感心してるんじゃない。僕たちがどうするか決めたっすか?」 マルソーとキトの様子を見て、しきりに頷いているレアに、すかさずゴラスが言葉を投げた。 「さあね。もう少し考えてみないと、わからないわね。それくらいの時間は貰えるんですよね?」 「ええ。それは、もちろんです。決断ができれば、わたしに言ってください」 「了解です。それじゃあ、あたしたちは席を外しますね。マインドさん、少し付き合ってもらえませんか?」 レアは頷くと、マインドの方へ視線を向けて言った。 「私がか? それは構わないが」 「じゃあ、決まりってことで。行きましょう。ほら、ゴラスも付いてきなさい」 半ば強制的に、レアはマインドとゴラスを連れて行ってしまった。 「えっと、わたしたちは、どうしようか?」 三人を見送った後、マルソーがキトに訊ねた。 「特にやることもないな。とりあえず、シンのところに戻るか。あいつの口からも、色々聞き出したいからな」 キトは溜息混じりに呟き、ガランへ向き直った。 「構わない……よな?」 「まだ時間は慌てるほどのモノではありません。シンも、貴方たちに話しておきたいことがあるそうですから」 「話したいこと、ですか?」 「……行こうぜ。直接訊けば分かるさ」 マルソーに声を掛け、キトは促すように背を向けて先に歩き出して行った。それに彼女は「待ってよ」と、彼の背を小走りに追いかける。ガランは、儚いモノを見つめるような瞳で、今はまだ小さな二人の背中を見送った。 テントが見えなくなるほど遠ざかった場所で、レアはようやく足を止めた。 「この辺りでいいですね。それでは、お話時間にしましょうか」 「いったい、何を話すつもりなんだ?」 「決まってるじゃないですか! 立て続けに色々あったから、すっかり訊きそびれちゃいましたけど、何でマインドさんが居るんですか!? 魔族を滅ぼすとかいう計画にも参加してるっぽいし、いったい何してるんですか!?」 突然、今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのごとく、興奮した声でレアは一気に捲くし立てた。 「それは、こちらも同じことだ。【聖杯】などという不確定な情報を頼りに命の危険を冒してまで、この地にやって来たキミの行動理念が解らないところだな」 「それは、好奇心がなくて冒険ができますかっ、てことです」 「好奇心で命を張るのも、どうかと思うっすけどね」 「バカもここまで来れば、立派なモンやとは思うがな」 「な、何よ。あたしを苛める気?」 ゴラスとスパイルの言葉に、レアは若干たじろいで言った。 「苛めるつもりはないが……そうか、好奇心か。私も、キミと同じかもしれないな」 「え? マインドさんも、【聖杯】に興味を?」 「いや、私の場合、遺産の類よりも、魔族にだな。【聖杯】は、その手段に過ぎない。この地に来たのは、そのためだ。スパイルがシンと顔見知りだったため、労せず渡ってこれたんだ」 「ま、全てはワイのお陰ってことやな」 自信有り気に胸を反らすスパイルを、レアはまじまじと見つめながら、口を開いた。 「君がシンと知り合い? どっちかというと、捕食されるような感じみ見えるわね」 「たわけ! シンとワイは対等な仲やぞ。それに、その気になったらアイツに引けをとることもないわい!」 「――ご、ごめんごめん。分ったわよ。悪かったわ。そんなに怒らないで。で、それはさて置いて、質問に答えてくださいよ、マインドさん」 今にも飛び掛ってきそうな勢いのスパイルに多少面食らった様子だったが、気を取り直してレアは再びマインドに言った。 「私が何を考えているか、ということか。言わなければ、納得はしてくれそうにないな。仕方がない」 「物分りの良い人って好きですよ、あたし」 「それは光栄だな」と、マインドは若干苦笑気味に息を漏らし、話を始めた。 「私がこの計画に協力するのは、魔族が私にとって、究明すべき謎だからなんだ」 「謎、ですか?」 「ああ、私の暮らしていた町は、魔族に滅ぼされてね。しかし、その滅ぼされ方が腑に落ちなかったんだ」 「滅ぼされ方……っすか」 「魔術士を多く育てていた私の町は、結界によって魔族から町を守っていたのだが、ある日、いとも容易く魔族が町に侵入し、滅びの火を放ったんだ。強固な結界を破るなど、強力な魔族の群れだったわけではなかっにも関わらずに、だ」 脳裏に浮かぶ光景から目を背けるように、マインドは瞳を閉じ、最後は呟くように言った。 「なるほど。それが、魔族化と何らかの関係があると踏んだわけっすね」 「そういうことだ。私は、私にとって魔術の師でもある祖父に助けられ、命を拾うことができた。それから二人で旅をするようになってね。今思えば、その時既に祖父は、魔族の正体が何であるかと言う、可能性の一つに行き着いていたのだと思う。その確たる証拠をつかむために、数々の魔族にまつわる遺跡などを訪れ、歴史を探求した。そして、【聖杯】という遺産にたどり着いた」 「そして、現在に至るというわけですね。でも、今までの話を聞く限りでは、謎は解決したんじゃないんですか?」 生命を侵す瘴気による魔族化と魔族。おそらくマインドの町は、魔族化した何らかの者によって滅ぼされたのだろう。が、マインドは横に首を振った。 「私とて、ここで聞いた話を全て鵜呑みにしているわけではないさ。自分の目で確かめなければ、証明にはならないからね。私の町を滅ぼした者の正体と、祖父が立てた仮説は正しかったのかをこの目で確かめる。そのために、私は魔族と戦うんだ」 「そうなんですか……」 レアはマインドの言葉を聞き、しばらく黙って考え込んだあと、笑みを作った。 「そういうことなら、あたしもお手伝いさせてもらいます。もともと、【聖杯】を見るのが目的だったんですけど、こんなに面白いことは他になさそうですからね」 「――な、この小娘、本気か!?」 「ま、そういうと思ってたっすけどね。それじゃ、僕も引き下がるわけにはいかないっすね。一枚噛ませてもらうっすよ」 「遊びやないんやぞ! 魔族ってのはな――!?」 文句を言おうとしたスパイルの口を塞ぎ、レアは強気な顔で口を開いた。 「いいじゃないの。あたしは、あたしの意志で選ぶのよ。誰にも文句は言わせないんだからね。……それに、このまませっかくの再会を無駄にするのも、惜しいしね。遊びじゃないですよ、やるからには、真剣に楽しむ覚悟で臨みますから」 「そういうことで、これからしばらく、一つよろしくっす」 「何を言っても、曲げない信念を持っているようだな……私からは、何も言わないよ。ただ、お手伝いなどと、私の為に危険に遭わせたくはないな」 「なら、あたしはあたしの人生を楽しむために、魔族と戦います。世界がこのまま廃れていくばかりって知ったら、なんだか、嫌ですもんね」 「……気楽なモンやな。どうなっても知らんぞ、ワイは……」 スパイルは苦い思いで言うと、ゴラスの顔を一瞥した。これも、お互いに惹かれ合うということなのか。彼は、これから先の戦いに、一抹の不安を抱いていた。 監獄塔バベル。魔族統括者ギアトによって建設中である、天へと伸びる果て無き塔で、事は起きようとしていた。 「機は熟した。いよいよ、バベルは瓦解する」 塔の屋上で、背に身の丈を越える程の大剣を持つ一人の魔族が眼下の世界を見下ろしていた。 「しかしギアト様、例の人間たちの集まりが、我らの行動を嗅ぎ付けているようですね」 ギアトの言葉に答える声が、上空より響いた。翼に孕ませた風を激しく唸らせながら、巨大な大鷲が降りる。恭しい口調で進言する彼もまた、魔族であった。 「嗅ぎ付けようと関係ない。私は、私の使命を全うするだけだ。父への忠誠に懸けてな」 「そうだぜ……忌々しい人間どもに、魔族の恐ろしさをオレが直々に叩き込んでやる……!!」 ギアトの背後に控える巨大な銀狼の魔族が唸り、喉を鳴らし、烈火の瞳を燃え滾らせていた。 「ノスフェラ、ドゥーム。邪魔者はお前たちが排除しろ。お前たちに与えた【聖杯】の力、この戦いで示してもらうぞ」 「仰せのままに」 振り返り、新たな力を与えた腹心の魔族たちに告げ、ギアトは虚ろな瞳で空を仰いだ。 「もうすぐだ。あと少しで体現できる。私たちの悲願が、そう――」 邪神の復活。そして、世界崩壊への幕開けだ。 |