BRAVERS STORY
〜交錯する時の欠片達〜


〜第ニ話「監獄塔バベル」〜

 深い緑の森の奥に、一人の男の姿があった。首を巡らし辺りを注意深く観察し、慎重に森の 奥へと進んでいる。鳥や獣の気配すらなくなるほど奥にたどり着くと、男はそれの名を呼んだ。
「シン」
 ガサリと音をたてて男の前の茂みが揺れた。男の声に答えてそれは出てきた。
 紫の肢体に紅蓮の鬣を揺らし、頭部には全てを貫く漆黒の二本の角。闇に浮かぶ鋭い金の瞳が 深く輝き、全てを引き裂く爪と牙にかかる獲物を狙いすます。巨大な『獣型』の魔族、魔獣だ。
「何か用か? 期日は後数日あったと思うが」
 その魔獣は人語を操り男に話しかけた。男は慣れた様子で魔獣に返す。
「シン。後少し延ばせないか?」
「駄目だ。それはできない」
 魔獣――シン――はあっさりと男の提案を否定した。
「ガーディア、お前は数少ない『ブレイバーズ』の一員だ。そろそろ感付かれてもおかしくない。 これ以上ここに留まることは危険だ」
「…情報を掴んだんだ。近い内に『ギアト』がバベルに視察に来る」
「ギアトだと? …お前の探し物か。だが、それならばなおさら駄目だな」
「シンッ!」
 ガーディアがシンに詰め寄り彼の目を見た。シンは毛一つ動かすことなく静かにたたずみ、 落ち着き払っている。
「先も言ったはずだ。お前は大切なブレイバーズの一員。我々はお前を失うわけにはいかない。 それに、親友が死に逝く様を見過ごせるほど、私はできてはいないぞ?」
 口の端を軽く持ち上げるシンに対し、ガーディアは黙って彼を見つめるしかなかった。
「作戦は明後日、『監獄塔バベル脱獄』を決行する。私もサポートに回るからな」
 そう言い置き、背を向けて立ち去ろうとするシンだったが、ガーディアは慌てて彼を呼び 止めた。
「ああっと、そうだ。忘れるところだった。その作戦に、子供を二人連れたいんだが…」
「…見込みはあるのか?」
 シンが顔を少しだけ横に向けて振り返る。
「多少、な。足手まといにならないようにするからよ。頼む」
 しばらく沈黙した後、シンは口を開いて告げた。
「わかった…。だが、足手まといになるようならば放って行くぞ。今回の作戦は『お前自身』が 最優先だということを忘れるな」
 彼の目が厳しく光り、横顔がガーディアを見据えた。
「…了解。ありがとよ、相棒」
 シンは僅かに目を伏せ頷いた。ガーディアもまた深く頷き、森の中へ消える親友の背中を 見送った。


「さて、覚えたか?」
 キトが右手に持った、淡い緑色に輝く手の平サイズの小さな玉をマルソーの前に差し出して 示した。彼の仕草からは面倒くささが見え隠れしている。
「え…と、それが『魔石』、ね?」
 やや顔を俯け、真剣な顔つきで唸りマルソーが答える。
「正解。それでは、こっちは?」
 次に彼は左手に持った、青く輝く玉を差し出す。
「それは『闘石』ね」
「そ、もう覚えたみたいだな」
 今度は壁を指先で軽くつついて言う。
「そして、オレ達の仕事はこの壁に魔石を埋めることだ。いいな?」
 彼の最後の確認に彼女はしっかりと頷く。ホッとしたように彼は深く溜息をついた。
「ったくガーディアのやろう、オレにこんな役目を押し付けやがって…」
 朝――と言ってもこの塔からは外が見えないのでなんとも言えないが――目を覚ますと ガーディアの姿はなかった。そのため、本来ならば彼がマルソーに教えるはずのことをキトが代わり に教えていたのだ。
 ブツブツと一人で文句を言う彼をマルソーは不思議そうに首を傾げて見ていた。
「作業は一日のノルマを果たせば終了。ただし、魔族が週単位で定期的に監視に来る。作業の 行程が予定よりもずれていたりした場合は…まあ、言わなくても想像つくよな? 一人さぼれば ここに居るやつら皆に被害がいくわけだ。連帯責任ってやつだな。ま、普通にこなしてれば問題ない」
「すごい…」
「は?」
 しきりに感心した様子でマルソーは青い瞳を輝かせてキトを見つめている。その様子に彼は 思わずたじろいだ。
「キトって色んなこと知ってるんだね。わたしと同い年くらいなのに」
「…まあ、な。ガーディアに散々ふきこまれたからな」
 照れくさそうに頬を掻く。彼女の尊敬の眼差しに、まんざらでもなさそうな感じである。
「おいおい、全部俺からの受け売りなんだから偉そうにするなよ〜」
 キトは背後からの不意打ちにギョッとして振り向いた。何時からいたのか、そこには ガーディアがからかうような笑みを浮かべて彼を見下ろしていた。
「て、てめぇ…いつからいた?」
「さあて、いつからでしょう?」
 おどけた調子で言うと、彼は肩に担いだ大きめの皮の袋を床に下ろした。
 袋の中からは肉――魔物か野生の動物かはこのさい気にしないことにしている――気の実 など、食料が入っていた。
「今回の『狩り』は成功みたいだな」
 ここでは食料は自分自身で調達しなくてはいけない。そのため働く者、食料を調達する者 など、チームを作りそれぞれの役割を振り当てそれをこなすのだそうだ。その食料調達をここでは 『狩り』と呼んでいる。
「ま、何はともあれ腹ごなしだ。遠慮せずに食いなさい」
 その場に腰を落ち着け、二人は勧められるがままに用意された食べ物をつまみ始めた。
「で、朝早く起きて一体何してたんだ?」
「何言ってんだ。俺はお前達のためにこうして食料をだな…」
 キトが投げかける意味ありげな視線をガーディアは軽く受け流した。キトは仏頂面で食い 下がる。
「それだけじゃねえだろ。何か隠してやがるなッ!」
「そうなんですか?」
 急に立ち上がって怒鳴るキトに驚き、マルソーがガーディアの顔を見た。やや顔を持ち上げて ガーディアはキトを見据えた。
「まだ知る必要はない。その内話してやるよ」
「そんなにオレが信用ならねえのか…」
「少なくとも、会ってまだ数ヶ月のガキじゃあ信用出来ねえな」
「オレはガキじゃねえッ!」
 また怒鳴るキトに困惑して周りを見まわすマルソーであったが、いつものことと言った風で、 特に気にかけることもなく他の者は自分の作業に集中していた。
 ガーディアは一つ大きく溜息をつき、諭すようにキトに言った。
「そういうとこがガキなんだよ。分かったよ、ここじゃマズイから今晩にでも話してやる。 マルソー、お前にも付き合ってもらうけど、いいか?」
「は、はい。わたしは別に…」
「よし。それじゃあさっさと食ってしまえ。仕事の手順はやりながら教えてやるから…」
 二人にそう言うと、ガーディアはまた一つ深い溜息をついて、諦め顔で呟いた。
「話すなら早いうちがいいか…。やれやれだな…」


「甘いな。シン」
 ガーディアと別れ自分の隠れ家に帰ろうとする途中、シンを呼び止める者がいた。同じく この魔族の巣窟と化した西の大陸に潜伏している男だ。
「聞いていたか」
 シンは視線を上げて巨木に寄りかかるその見た目二十代ほどの整った顔立ちの男を見た。
 男を見てまず目に付くものは、ほぼ男の背丈と同じほどの鈍い金属の輝きを放つ大きさの大鎌 。そして、三日月の内側に満月を足したような形をした、顔の右半分に装備した月色の仮面だろう。 白金の髪は左の前髪だけが伸びており、顔の左半分をすっかり覆っている。動きに支障が出ないよう に軽装で、腰の上ほどまである深紅のマントを身に付けている。
「ふん、まあな」
 目にあわせて仮面に開けた穴から、冷えた赤い瞳がシンを見下ろしていた。
「構わないだろう。お前の役割には影響はないのだし」
「確かにそうだがな。しかし『ギアト』か…現在地上に存在する魔族の統括者にやつはどんな用 があるのだ?」
「お前が他人の事に興味を持つとは思えないが…?」
 ジロリと探るようなシンの瞳に動じず、男は変わらぬ表情で鎌を手に取り巨木から離れ、 シンを睨みつけた。
「ふん。確かにどうでもいいことだな。俺は俺の任務をこなすだけ。だが勘違いするな。俺が この任務を受けたのは、俺自身の目的のためだ。俺が『ブレイバーズ』に属し、この鎌を振るう 理由もそこにある」
「分かっている。お前のその強さ、頼りにしているぞ、ラクルス」
 大鎌を肩に担いだ男――ラクルス――は振り返ることなくそのまま背を向けて立ち去った。
「ガーディア…お前はまだ『ギアト』を信じるのか…」
 念じるように目を閉じ、シンはガーディアを胸に思い杞憂した。



〜後書き〜
どうも第二話ひ魔人でございます。
新たにキャラが二名登場させてみました。
プロローグで出てきた大鎌を持った仮面の男についてはもろばれですね。ラクルスがそうです。
もっと後半に登場予定だったのですが、出したかったので出してしまいました。(をい)
いやしかしオリジナルって気ままにやれていいですね。全部好き勝手ってわけにはさすがに いかんのですが。(笑)
では、また3話があることを祈って…(座礼)


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