BRAVERS STORY 〜交錯する時の欠片達〜 〜第四話「束の間の出遭いと別れ」〜 「――!? なんだ…?」 身に疼く何かを感じ、ガーディアは目を覚ました。 嫌な夢でも見たのだろうか、覚えてはいないが、気分が良いとは言えないことは確かだった。 「…ん、なんだよ…なんかあったのか?」 「あ、起こしちまったか?」 眠たい声で目を擦りながら起きあがるキトに、ガーディアは振り返った。 「いや…まあいいけどな。で、なんかあったのか?」 もう一度同じ問いをするキトに、彼は少し表情を険しくした。 「…どうやら、通達みたいだ」 彼はそう言うと、暗がりの中懐を探った。彼の懐から手が引き出されると、淡い緑色の光が 漏れた。魔石である。 「…どうしたんですか…?」 「マルソー…お前も起きちまったか、お前らちょっとこっち来い」 まだ夜も深くに目覚めた二人は、彼に言われるがままに彼のように近寄った。 「シン…俺の仲間からだ…」 緑に輝く魔石をジッと睨むように見ながらガーディアは言った。すると、魔石から姿は 見えないが、威圧的で、どこか風格のあるような声が聞こえた。 「ガーディア、不測の事態が起こった。奴が来るぞ…」 「石が喋った!?」 「シッ…! 勘違いすんな。魔石はこうして通信代わりに使う事も出来るんだ。もっとも、 魔力の使いに長けてる者にしか出来ないような真似だけどな…」 「そ、そうなのか…」 「ああ。それよりもシン、奴ってまさか…」 押し殺した声で、疑問と言うよりも、確かめるような感じでガーディアは言った。 「お前の思っている通り、ギアトだ。どうやら我々は監視されていたらしい」 「ホントかよ…作戦はどうなる?」 「案ずるな。不測の事態には、その場において最善となる行動に移す。よって、今からお前たち を塔の頂上へ転送する。その魔石から手を離すな」 「なに!? ちょっと待て、まだ準備が…」 「時間が無い」 戸惑うガーディアの言葉があっさり切り捨てられると、魔石が輝きを増し、一瞬閃光のように 光り視界が塞がれた。 「――…な、なんだぁ!? どうなってんだよこれ!?」 次に目を開けると、たちまち周囲の景色は変貌していた。眼下に広がるのは、夜の闇と 月明かりに染まった雲だけで、星が散りばめられた深い濃紺の空が頭上には果てしなく広がっている。 「ここ…塔の、頂上…?」 マルソーは、大きく見開いた瞳を周囲に巡らしている。 周囲には壁も無く、自分たちの居た階層よりはやや狭いが、充分な広さがあった。 「私の能力『マーキング』の効果だ。己の魔力を一部場に染み付かせ、己が内包する魔力と 外部に付けた魔力を共鳴させることにより、遠く離れていてもその場所に瞬時に移動することを 可能にする、転移魔法の一種だ。2、3箇所が限界ではあるが、充分だろう」 彼らの背中に声がかけられる。魔石から聞こえてきた声と同じだ。反射的に振り返ったキトと マルソーは、その声の主の姿を見た瞬間声を上げた。 「ま、魔物!?」 鋭利な黒い二本の角と、炎のような鬣を持つ巨大な狼、獣型の魔族がそこに佇んでいた。 「よう、随分な出迎え方だな…」 「――え!? あ…」 マルソーは、臆することなく、むしろ自然に接するようにその魔族に歩み寄るガーディアを 見上げ、驚いて言った。 「シン! こいつはちと無茶し過ぎなんじゃないのか?」 「…ほう、お前の口から意外だな… だが、異存はないはずだ」 「俺は、な。けど、こいつらはまだ全てを知ったわけじゃない」 ちらりとガーディアは後ろを見て言う。そこで、彼は初めてポカンとこちらを見ている二人に 気が付いた。 「あっと、心配するこたねえぜ。こいつが、俺の仲間のひとり…この場合は一匹か? まあ、とにかくそういうわけだ。噛み付かないから安心していいぜ」 ガーディアは簡単にシンの紹介を二人にした。シンは彼の言葉に口を挟むことはなく、呆れた 様に彼を見ている。 しかし、ガーディアの言う通りだとしても、シンの姿はそこにいるだけで充分威圧的で近寄り 難いものがある。初めて彼と会う二人から見てみれば、他の魔族とシンはなんら変りのない存在に しか映らないのだろう。二人は怯えの残る、戸惑った視線を途切れ途切れに彼に向けるばかりだった。 「私のことはいい。それよりも…」 あえてシンはふたりに構うことはなく、顔を突き出し 咥えた袋をガーディアに差し出した。 「おお! さすが相棒、頼りになるぜ」 「軽口を叩く暇があるならさっさと用意しろ」 「へいへい…こいつとも十年ぶりの再会だな。錆び付いたりしてないだろうな」 ガーディアは嬉しそうに袋に手を突っ込み、中から二つ腕輪のような物を取り出した。そこ には拳大くらいの青い珠――闘石――がはめこまれていた。彼は機嫌良く両の上腕にそれを装備した。 「どうだ、久し振りの感想は?」 シンがガーディアに尋ねる。 「いたって良好だぜ。ついでに肩ならしといこうか…」 ガーディアが額に巻いた赤いバンダナをつまんで目深に被る。彼の目つきは鋭く周囲を睨み つけていた。 「こっちの行動はお見通しってわけか…、来るなら来やがれッ! まとめて相手 してやるからなッ!!」 「あまり挑発的になるな。それに、もう来ている…」 ガーディアと背中合わせとなり、シンも態勢を低くして身構えていた。キトとマルソーは 何のことかわからずにただ二人の会話を聞いているばかりであった。 「なあ、来てるって何が来てるんだ?」 怪訝に二人に尋ねるキトに、ガーディアは不敵に 笑って見せた。 「俺達を歓迎してくれるってよ。お前達は俺とシンのそばから離れるなよ!」 空気がざわめき震えるような振動が肌に伝わってくる。多くの何かがその気配を露にした。 闇に紛れて見えなかったのか、黒々とした肉体の翼を有したヒトでは在らざる者たちが周りを取り 囲んでいた。 「魔族…、有翼種のモノだな、統率もとれているようだ」 シンが敵を冷静に分析し、情報を伝える。 「へぇ、まあそんなことはどうだっていいけど よ。ホント…久し振りだぜ。いっちょやったるか」 静かに息を吸い込み、吐き出す。目の錯覚か、ガーディアが装備した腕輪の闘石から、蒼白い 靄のようなモノが現れているように見えた。 「リャアアアアアアッ!!!」 それは錯覚ではなかった。ガーディアが一喝すると、その靄は爆発的に広がり眩い光彩を 放った。 「こ、今度はなんだ!?」 「驚いたか? これが俺の能力『闘気(オーラ)』ってやつだ。魔術師が魔力を具現化するよう に、俺は闘気を具現化できる。伸縮自在、硬質化させたり弾丸みたいに飛ばしたりと、俺の思うが まま。その上、この腕輪『リミットアーム』の闘石に予め闘気を貯めておけば、そうそう燃料が 尽きることはない」 「そうは言っても、そうして甲として使うのがほとんどだろう」 その蒼白の靄の正体は、彼自身の闘気が形を為さない状態のモノだった。今、彼の闘気は腕と 手を覆い、甲となっていた。 「まあな、なんたって俺は肉体派だからよ。それじゃあ…行くぜ…!!」 ニヤッと笑うと、ガーディアは魔族の群れに飛びこんだ。彼の勢いは凄まじく、次々と 襲いかかる魔族を倒してゆく。ただ殴り倒すだけのような単純な乱暴な戦い方なのだが、その嵐の ような攻撃は何者も寄せ付けない。 「すげぇ…」 「…あいつは元々闘争心の塊のような奴だからな。久々の戦いに体が疼くのだろう」 彼が戦う姿を初めて見、茫然と目を見開く子供二人にシンは僅かに口元を緩めて言った。 「あいつ、あんなに強かったのか…」 ガーディアの前では、魔族の群れも紙切れの軍隊のごとく、次々と薙ぎ倒されていく。 その光景を目の当たりにし、キトは心底驚いていた。 今のガーディアは、普段自分が接しているモノとは違った気を感じる。戦う彼の顔は生き 生きしているように見えた。 「――! きゃあッ!!」 マルソーの悲鳴が聞こえる。 シンの体にしがみついている彼女の視線の先には、標的を変えた魔族の群れが迫っていた。 三人に襲いかかろうとした魔族の群れ。しかし、次の瞬間にその群れの全てが吹き飛ばされた。 ただ吹き飛ばされた、視覚ではそうとしか説明できない光景だった。 「そして当然ながら、私もそれなりに強いぞ…」 涼しい顔で静かに言うシン。どうやら 彼がいまの魔族を吹き飛ばしたようだ。 静かな殺気を含んだ金の瞳に睨まれ、魔族の群れは本能的に悟ったのか、怯えたようにシンを 遠巻きにした。 「どういう集団だよ… ブレイバーズって…」 「こういう集団だよ! 愉快じゃねえか、打倒魔族を志す勇士、おもしれえじゃねえか…俺は その話に乗ったんだ」 背中越しに視線を送り、言葉をなくしたキトに笑って見せるガーディア。 戦いに身を置く彼の顔は、自分たちに接する時とは違った意味で楽しそうだった。 「…その打倒すべき相手…どうやら来たそうだぞ…」 魔族が特有に感じるそれをいち早く 察知し、血のざわめきをなんとか堪えながらシンは身構えた。 「そうか…ようやっとお目見えか」 ガーディアは、正面からその者を迎えた。彼が十年越しに待った、その者を。 「随分と、手間取っているようだな…」 何もない空間から声が響いたかと思うと、突然竜巻のような旋風が巻き起こった。 「うおッ!? 今度はなんだぁ!?」 「きゃあッ!!」 旋風に煽られて子供二人は立っているのもままならず、体が浮き上がりそうになった。素早く シンが二人を庇うように、巨体で彼らにかかる風を防いだ。恐れていたはずだったが、二人は思わず 彼の体にしがみついていた。 「…ブレイバーズ、勇敢なる者たちか…」 背中に背負った大剣が目立つ、魔族を統括する男、ギアト。彼は深緑の瞳を、穏やかとも とれる風に三人と一匹に向けた。 一方、塔周辺の平原では数多の魔族が一人の男を取り囲んでいた。鋭く光彩を放つ 大鎌が、より男を冷たい印象にさせている。 「たった一人でこれだけの数を相手にしようなんてなぁ、とんだバカだぜコイツ…」 「敵うはずねえのによぉ…どうしてやろうか…」 魔族の群れは、ラクルスを口々に罵り、嘲る。彼はそれを鬱陶しく思い目を瞑り、眉を ひそめて聞き流すことに努めていた。やがて、目を開くと彼は冷たい声で言った。 「黙れ、俺にお前たちのゲスな声を聞かせるな」 夜の静けさに凛として響く声に、ピタリ と魔族の動きが止まる。そして、静かな嘲笑の声が次々と溢れてきた。 「それじゃあ、今すぐ 聞けないようにしてやるゼェ」 「たったヒトリで、バカなヤロウだ。魔族をナメルナよッ!!」 一斉に八方から襲いかかる魔族の群れ。魔族の手がラクルスに掛かるその瞬間、彼の仮面の 奥にある鮮血の瞳から、静かな殺気が溢れ出した。 スッ…―― 白銀に月光が映えたかと思うと、ラクルスに襲いかかった魔族は、全て無残に切り裂かれ 大地に屍を晒していた。ラクルスは、その場を微動だにしておらず、静かに佇んでいる。変わった ことといえば、肩に担いだ鎌に血がついていることぐらい。だが、彼はそれすらもなかった事の ように冷ややかな視線を魔族たちに送っている。 空気が丸ごと殺気にすりかわり、一呼吸でもすれば全てが終るような錯覚に陥りそうだった。 魔族側の呼吸はほとんど停止したに等しい状態になっている。 「もう、来ないのか?」 挑発的な言葉にも殺気を隠さず言い放つ。距離はそのままのはずなのにジリジリと迫り来る 恐怖感が彼の存在をより大きく、より絶対的なものにしていた。 「何を怖気づいている! このバカどもがッ!」 魔族の群れの後方から怒り猛る声が すると同時に、魔族の断末魔と血が吹き出したのが見えた。地鳴りのような足音は前進し、下級 魔族は恐れたように道を開けた。逃げ遅れた魔族はあえなく餌食となり血潮を大地に撒き散らされた。 やがて、口に己の同胞である魔族を含んだ巨大な白狼がラクルスの前に現れた。白狼は己の 牙に突き刺さった同胞を鬱陶しそうに地面に吐いて捨てる。 「…お前がこいつらのボスか?」 「いかにも…我が名はドゥーム。キサマか、ブレイバーズというのは?」 「ふん、まあな」 ラクルスは答えることに嫌悪感を露にして吐き捨てるように短くそう言った。 「ち…まあそんなことはどうでもいい。死ぬ前に一つ俺の質問に答えてもらおうか」 短い舌打ちの後、仮面から覗く目が更に鋭く殺気を増す。その殺気に大気が震え木々が ざわめいた。 「寝ぼけたことを! これから死ぬ者に答える義理などないわッ!」 叫びざまにドゥームがラクルスに猛然と襲いかかる。大地に盛り上がった巨木の根のような 太い爪が前足から一気に突き出された。 「――!!」 だが、ラクルスは既にそこにはおらず、白狼の爪は大地を吹き飛ばすだけに終わった。そして、 次はなかった。 「ふん、話にならんな」 上空から聞こえる声にハッとして上を見る。跳躍したラクルスは見上げたドゥームの顔面に そのまま蹴りを入れた。顎から叩きつけられ、勢いで白狼の体は大きく跳ね上がった。ドンと跳ね 上がった体が落ちて大地を振動させる。 ラクルスはドゥームの首筋にまたがるように着地し、その喉元に大鎌を潜り込ませ押し当てた。 冷酷な冷たさを持つ鈍い銀に光る鎌は血の気を引かせた。 「ひっ…!」 今までの威勢はもはやなく、ドゥームは怯えた子犬のように全身を震わせて短い悲鳴を上げた。 「さて、質問に答えてもらうぞ。多くは問わん。一つだけだ」 「な…何が知りたい…それに キサマ…いったい何者…ッ!! ガアアアアアアッ!!!」 ドゥームは突然起こった激痛に絶叫する。ラクルスの掌は彼の頭を鷲掴みにし、ギリギリと 締め上げていた。ミシミシと頭蓋が砕けようとしている音が耳に入る。 「黙れ。お前には答える義務はあれど、質問する権利はない!」 怒りを抑え、頭蓋に減り込んだ指先をわずかに外す。そして、時が止まったような夜の静けさ が一瞬だけ戻った時、ラクルスはその質問を口にした。 「『北の破壊神』はどこにいる?」 「な!? 北…破壊…神…そう言えば聞いたことがあるぞ。その仮面、携えた大鎌…まさか… お前が…」 喉に押し当てられた鎌ギリギリの所で顔を動かし、またがるラクルスをなんとか 目に捉える。冷徹に見下ろした仮面から覗く赤い目が恐ろしい。 しかし、白狼が見るのはそれではない。覆い隠されたように伸びた左の銀の前髪。その合間 から覗く左目。それは、確かにそこにはなかった。 「その失われた左目… まさか、お前が…『死神』…!!」 もはや疑問は確信へと変わり疑いの余地はなくなった。いちいち叫ぶドゥームを煩わしそう に、ラクルスは口を開いた。 「魔族の間ではその方が通りが良いらしいな。答えろ。お前は知っているのか? …デズルート をな」 凄まじい憎悪と怨嗟をこめた声で最後の名を言う。憎悪がそのまま喉に押し当てた大鎌 に伝わり冷たさを増す。少し引くと全身に冷たさが走り、声を出すこともままならなくなった。 「デズルート…名は知っているが…居場所は知らない…」 「そうか、なら死ね」 目の前の現実を告げる死の宣告が白狼の体を恐怖から奮い立たせた。 「…そう簡単に 死んでたまるか! このままではギアト様に示しがつかんッ!」 不意に暴れられ、大鎌が喉から外れラクルスはドゥームの背から投げ出された。空中で なんとか態勢を整え着地すると、殺意を込めた目を輝かせ牙を剥き出しにしたドゥームの姿が 目前に迫っていた。 「死ねええええええええええッ!!!」 ラクルスに対する恐怖を叫びで覆い隠し迫るドゥーム。だが、彼は慌てた様子もなく、むしろ 緩慢な動作で片手に持った大鎌を迫る白狼に突き出した。 「消去(デリート)」 ラクルスがその一言を言い放った瞬間全てが終わった。その場から彼は一歩も動いていない。 「ラクルス…バルス…、死神…」 ――勝てるわけがない… 神速の域で振り上げられた大鎌によって縦に分断されたドゥームの体は彼の左右に分かれて 飛び、大地に崩れた。噴き上がる鮮血だけが生きた温かさだけを保ち彼の体にまとわりついてくる。 「魔に近しい者ならあるいはと思ったが…無駄足だったか…」 残された魔族は『死神』 という言葉を深く恐れた様子で、ドゥームがやられると蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していた。 「今回の俺の任務は、雑魚の掃除だったな。これでいいだろう」 用件を済ませたと解釈すると、彼はもうその場を立ち去ろうとしていた。それ以上の関心は もはや彼にはなく、この場に留まる義務も義理も、理由もなかった。 「来たかい… ギアト」 見た目はさほど人とは変わらぬ姿をしていたが、それの 放つ気は常軌を逸していた。それが肌から伝わってくる。こいつは、間違いなく敵だ。キトと マルソーは直感的にそう感じた。 「…下がっているんだ」 シンは、子供二人を隠すように体を寄せた。 「ありがとよ。いざとなったらすぐ逃げるんだぜ…」 「わかっている」 ギアトを見据えたまま、シンに礼を言うガーディア。意味がわからず、二人を交互に見る キトとマルソー。言い知れぬ不安が二人の胸を覆っていく。 「な、なんだよ二人して! おい、ガーディアッ! どういうことだよッ!!」 ガーディアに噛み付くように、前に進み出ようとするキト。だが、それはシンの巨体に あっさりと遮られてしまった。 「黙っていろ。これは、あいつの戦いなんだ。あいつは十年間、 この時のために費やしたんだ。邪魔をしてはいけない…」 シンにギロリと睨まれると、情けなくも足が竦んで動けなかった。ガーディアは一瞬、詫びる ように視線を二人に送ると、再び視線をギアトに戻した。 「俺は待ったぜ…あんたに、またこうして会えるのをな」 「私を…? どこかで会ったかな…」 「俺はあんたをよく知ってる…ちょっと変わっちまったが、その面…間違いねえ」 ギアトの顔を一点に見つめ歯噛みするガーディア。 「生憎と覚えがないな。どこかで会っているのなら、印象が薄かったのかな?」 「だったらぶっ叩いて、記憶覚ましてやるぜッ!!」 ガーディアの闘気が爆発的に上がる。炎のように蒼白く燃え立つそれは目視で確認できた。 「ギアトッ! 俺はあんたを止めないといけねえんだッ!!」 そう叫ぶが早いか、 ガーディアは床を蹴り、一直線にギアトに躍り掛かった。彼の繰り出す闘気を纏った拳を、ギアトは すかさず受け止める。 「く、この気…これがブレイバーズというわけか…」 受け止めた掌は弾かれ、ガードが 開く。そこへ間髪いれず一撃が飛びこんできた。その拳は、ギアトの顔面を捕え、彼の体を宙に 浮かせ吹き飛ばした。 「体はまだなまっちゃいねえぜ。まだまだこんなもんじゃねえんだ。本気出せよ、俺はあんたに 伝えなきゃいけない事が山ほどあるんだからよ」 大の字に倒れたギアトは、ゆっくりと起き上がる。口の端から流れた赤い血を拭い、彼は ガーディアを見据えた。 「…いいだろう。我が邪神具『ブラスト』の風に飲まれて消えるがいい」 背中の大剣に手をかけ、素早く抜き放ち切っ先をガーディアに突きつける。透き通った薄紫の 刀身が、美しくも不気味な光彩を放っていた。 「そうこなくっちゃな、行くぜ!!」 「待て! ガーディア!! 迂闊に飛び込んでは――!!」 その大剣から恐ろしい邪気を 感じたシンが叫ぶ。しかし、彼の進行はもう止まらなかった。 「ふ…凌ぐまでもない。散れ…」 ギアトが僅かに腕をを振ると、それに共鳴するかのように大剣が唸りを上げた。 ――シュン―――……!!! 「――な…!?」 防御も何もかもすり抜け、疾風が一瞬にしてガーディアの全身を駆け、血飛沫を空に 舞わせた。彼の体には鋭い刃物で切られたような傷が数え切れぬほど刻まれていた。 あまりにも呆気ない、一瞬の出来事に痛みを感じる暇もなかった。わけがわからず、彼は 茫然と仰向けに倒れていた。 「やはり、この程度か…」 「この程度だと…? バカ言ってんじゃねえよ…まだ…終わっちゃいねえぜ…」 ガーディアは必死に手足を奮い立たせ、荒い息遣いでなんとか立ち上がる。鮮やかな赤色の 血が全身から抜け落ちてゆき、意識を保っているのもままならない。少しでも気を抜けば運が良く て気絶、あるいはそのまま死ぬことは確実だった。 「…逃げろ。これより任務を遂行する」 「…今回の任務は、お前が最優先だと言ったはずだ…、だが、お前は言っても聞かないだろうな」 「わかってるじゃねえか」シンが諦めたように息を吐くと、ガーディアは笑った。 「な、何言ってんだよ! オレたち一緒にこっから出るんだろ!? お前も言ってたじゃねえ か!!」 「今は場が悪い。全員が都合よく逃げきれるほど、相手は弱くねえ」 叫ぶキトを突き放すようにガーディアは言った。だが、キトはそれでも彼に食い下がってくる。 「嫌だ! オレは嫌だからな!! 一緒に逃げるんだ、あんた一人どうして置いていけるん だよッ!!」 「ふぅ…やれやれ、これだからお前はガキだってんだよ…まだガキの内は、大人の 言うことを聞くもんだぜ。…悪いな、一緒に行けなくて」 ガーディアの狙いすました手刀が、素早くキトを打つ。瞬時にキトの意識は薄れ、彼の視界は 不鮮明に歪んだ。 「一応、お前のことは理解しているつもりだ。こうでもしねえと、お前 退かないだろ?」 「こ…のヤロウ…」 文句を言う間もなく、気絶させられたキトはドサリとガーディアの体に倒れこんだ。 ガーディアは彼の体をひょいと担ぎ上げると、シンの背中におろした。 「マルソー、お前も乗りな。乗り心地は保証できねえけど、お前はキトより物分かりは いいだろ?」 怯えてシンにしがみついている彼女の頭にポンと手を置いてガーディアは 言った。マルソーは彼の顔を一度見上げ、寂しげに俯いて彼の足にしがみついた。 「…いつか、必ずまた逢える…」 「いつですか…」 マルソーは泣き声で、実際に 涙ながらにガーディアに訴えるように言った。 「いつかって…いつですか…?」 「…うーん、そうだなぁ…こういう文句を使うから、大人は嘘吐きって言われるのかもな…」 ガーディアは足にしがみつくマルソーを抱きかかえ、自分の目の高さに合わせて言った。 「…約束ってのは、果たさないといけねえもんだ。約束が有効な限り、それが俺の生きる 理由になる。だから、ここでお前と約束しておく。いつか必ず逢おう。それがいつかは俺にも わからねえが、生きていれば、必ず果たせる」 最後に、不安を綺麗に洗い流すようにな笑みを作ると、彼は気絶したキトの傍に彼女を おろした。 「って言っても、濁してる事には変わりねえか? ま、ようはお互いの心構え次第、どれだけ それを大切にできるかってことよ。シン…」 「判っている。私は優先事項に従おう」 漆黒の翼が、二人を乗せたシンの背中に広がる。それを見てガーディアはおかしそうに口元を 緩めた。 「さすが、やっぱ俺たち相性いいぜ」 「そうだな…、後は目の前のモノを食い止めて くれればいいのだが」 「…わかってるって。心配しなさんな」 血が流れすぎてのぼるほども無かったのか、 落ち着いた目でガーディアはギアトを見据えた。 「逃げる気らしいが、無駄だ。下手に動くと次は首を吹き飛ばすぞ」 脅しではなく 明らかに本気さを含んだ声で、ギアトはブラストをガーディアに突き出して冷徹に宣告した。 「そいつは怖いね…けど、こればっかりは譲れねえのさ! さあ行けッ!!」 「ブラスト…無音の刃となりて、敵を撃てッ!!」 ギアトが気を集中させると、ブラストは風を纏い、そこから無数の刃が飛ばされた。 「させるかよッ! 壁(ウォール)!!!」 ガーディアが両手を振りかざして思いきり床に叩きつけると、瞬時に彼の闘気はフロアの 端から端まで伝わり、次に柱のように高くそびえ、巨大な壁を創った。 ――バアアアアアアアアアアンッ!!! 真空の鎌と闘気の壁が激しく ぶつかり合う。一見して互角にも見えるが、壁は次々と振りかかる風の刃に少しずつ削られて いっている。散らされた闘気が閃光のように輝き周りを包んだ。 「ちぃ!! なんてバカでかい魔力なんだ…!! やっぱキツイぜ…」 大粒の汗が額から頬をつたい、首筋に流れ落ちる。悲鳴を上げる体に鞭打ち、ガーディアは 必死にそれに耐えた。 「逢ったばかりの子供たちに、どうしてそこまで肩入れできるのだろうな…」 「逢ったばかりだからだよ。さっさと行かねえかッ! 俺だってしんどいんだよッ!!」 「お前らしいと言えばそうなるか…。必ず生きろ。お前は必要だからな、また逢おう…!」 これ以上の停滞は無益と悟り、シンは翼を羽ばたかせ一気に天へ舞い上がった。 「頼んだぜ…相棒」 それを見届けると、ガーディアは壁の結界を解いた。さんざん風の刃を打ちつけられた それは、もはや崩壊寸前だった。 「…逃げたやつらを追うのはもう無理か…お前は餌だ。まだ生かしておく」 もはやガーディアが戦意喪失と見たギアトは、ブラストを鞘に戻し彼に歩み寄った。 「一つ…聞きたい……、お前は…ガーディア…って男を…知っているか…?」 息も絶え絶えに霞む視界にギアトを捉えてガーディアが尋ねる。ギアトからの返答はあまり にも短いものだった。 「知らんな」 「く…どうしても…駄目なのか…」 ギアト…俺はあんたを止められない のか…、あんたは俺の―― 視界と同じくしてギアトの顔もまた深く意識の底に沈み落ちる。ガーディアの意識は、そこで 途切れた。 「っくしょおッ!! なんなんだよおお前らはぁッ!!!」 塔からかなり離れた地点、巨木が群れをなす隠れるには申し分のない森の中でキトと マルソーはおろされた。 目覚めたキトは、ここが塔の外で、自分がガーディアに逃がされたのだとわかるやいなや、 シンに掴みかからんばかりの勢いで迫っていた。 「落ち着け、状況的にああするしか方法がなかったんだ。私とて、本意ではなかった」 「仲間なんだろ!? あの魔族普通じゃねえじゃねえか! 殺されたらどうすんだよ!! 助けるのが仲間じゃないのかよ!! なんであっさり引き下がれるんだよ!!」 「では、名残惜しく引くことに躊躇えば良いのか? 退却に手間は必要ない。急がなければ 全員やられていた」 「ふざけんなッ!! 冷てえよ! あいつが死んだらお前のせいだ!!」 「…お前にあいつの何がわかる?」 「え? ――ッ!!?」 不意にシンの上げた前足をキトの両肩に押し当て、そのまま彼を押し倒した。黒々と輝く 鋭い爪が彼の肩に食い込み、息がかかるほど近くに顔を詰め寄らせる。 キトは、爪の食い込んだ肩の痛みを感じるのも忘れ、驚きと恐怖に声を出す事もできないで いた。金の瞳に釘付けにされたようで、瞬きもできなかった。 「あまり調子に乗るなよ小僧。私はあいつが望んだからこそ、お前たちを生かすのだ。本来 ならば、お前たちは私にとって予定外、邪魔な存在だったのだ。私はあいつの意志を汲み取って やったに過ぎない。そうでなければ、誰がお前のような足手まといを連れるものか…」 怒りを抑圧した声、爪の食い込みがさらに増していく。 「…ごめんなさい」 怯えたような、震えた泣き声でマルソーは言った。 「…ごめんなさい…わたしたちのせいで…ごめんなさい…」 顔を涙で濡らし、頬を 紅くして彼女はひたすら謝っていた。それを見たシンはキトから体を離し、マルソーを包むように 体を寄せた。 「…すまなかった、マルソーと言ったな? 気に病むことはない。あいつがそれを望んだのだ。 私は、あいつの意志を尊重しただけだ。お前たちは悪くはない、ただ、運がなかったかだけだ…」 諭すように、静かにマルソーに言葉をかけるシンの瞳は穏やかになっていた。 そんなシンに安堵感を覚え、彼女は小さな体を彼の首周りに埋めるように押しつけて、 ぐずりながら言った。 「…ありがとう」 「っつぅ…、なんだよ…そういう面もできるんじゃねえか…」 落ち着きを取り戻すと肩に激痛が走ったが、なんとか堪えながらキトはシンに憎まれ口をきく。 「それ相応に感情を持ち合わせているのでな。それと、一つ言っておく、ガーディアがあのまま 殺される可能性は低い。生きてさえいれば、必ずまた出逢える。お前たちにその意志があるなら、 生き延びる事だ」 「なんでンなことがわかんだよ…? 言い切れるモンなのか? 心配じゃねえ のかよ?」 自信に溢れた瞳で言い切るシンに、キトは納得できずに疑問を並べる。シンは軽く息を吐いて、 笑みを作って見せた。 「信じればこそだ。お前たちも信じてやれ。心配するばかりが仲間では ないはずだ。再びあいつと逢いたければ、強くなれ。この世界で生きていけるくらいにな。他を 駆逐する強さ…そんな力が必要な世界だ…」 「…あんたは、それをくれるのか?」 「お前が望むなら、私はそうしよう。あいつが 残した置き土産、無下に扱うわけにもいくまい…」 「…生きます、わたし…生きます。だから…おねがいです…力をください。これでお別れなんて 嫌です…約束を守りたい…」 「そうだよな…もう一回あいつに会って、文句言ってやらねえと な…絶対に、生き抜いてやる…!」 「決まりだな…辛いだろうが、耐え抜け。現在(いま)を 生きる事は、未来への糧に必ずなる」 ――始まりの欠片達は互いを求め、再び巡り逢わされる―― ――求めた力は己を縛る鎖となり、儚き夢は夢想へ消える―― ――隠された想いはいつしか戦う糧となり、苦しみとなる―― ――自ら背負った運命にも気付かずに、現在を生きる欠片達―― ――再びこの歯車が動き出す時、欠片達は一つの場で邂逅を果たす―― ――更に十年の歳月を経た時、始まりは新たな始まりを告げるのであった―― 〜後書き〜 2話書いたのはいつだったか…どうも、ひ魔人です。 なんとか書いたんですが、伏線引きまくりの話でした。話中にも、最後の詩的なやつの部分 にも、これからの展開に関わるキーワードは多々あります。まあ、それまで作者が書き続けれればの 話ですがね…(爆) えー、それはさておき、このプロローグ的な話は、あと数個あります。 最後の部分にもあるように、この時より十年後で本筋が進むわけですね。 次の話の『時』は、この時より5年後、本筋開始の5年前の話になります。 次回はいかなる欠片達が現れるのか、ちらりとでも見てやってくれれば幸いでございます。 それでは(座礼)。 |