――光と闇、それは対極を為す定められた理――


――光の影に闇はあり、闇の中に光はあり――


――闇の中に真の光あり、光の中に真の闇あり――


――『白』と『黒』、それは互いに引き合うことを定められた、宿命の理――


BRAVERS STORY
〜交錯する時の欠片達〜


〜第五話「双紋の導き」〜


 北の大陸ノウティカ。今は亡きインダストリアル王国の統治の下、機械技術が発展した大陸。 そのため、大陸を大きく横断する山脈の中には、古代の遺跡が多く、その中には未知の遺産が埋没 していると噂され、冒険者たちが最も多く訪れる大陸となっている。
 そんな影響もあってか、魔族出現から長い時を経て、各地に点々と現在の世界では珍しく 『町』と呼べるものがある。大掛かりな国規模の自治体制は取れてはいないが、人々は各々の やり方で、慎ましくも力強く生きている。
「マスター、どうしてもダメだって言うのね?」
 町の一角にある酒場に、真剣な声が響く。声の主は、まだ若い少女。15、6歳といったところ だろうか。彼女はカウンターに座り片手にグラスを握り締め、頑なに、壮年のこの酒場の主人を 見据えている。その表情は極めて真剣そのものであった。
「…見たところ、あんた子供だろ? 生憎と、うちには子供に出す酒はないね」
「はぁ〜、融通がきかないね。こんな世の中じゃ、子供だって飲みたくなるってもんでしょ?」
「うちは健全な酒場を目指してるんでね。あんたに出せるのは水くらいだよ。ほれ、俺の奢りだ」
 苦笑して、マスターは少女の持つグラスに水を注ぐ。頬杖を突き、グラスを満たす透明な 液体を見つめ、少女は一気にそれを飲み干すと、カウンターに突っ伏した。
「水はタダで常識でしょーが。もういいわよ。あたし、もう寝るから…」
「ふてくされられても困るんだけどねぇ…、まあいいか」
 一息つく事にして、主人は眠ってしまった少女を改めて観察した。
 さっさと追い返しても良いのだが、久々の、それも今日『二人目』のこの客を無下に追い返す こともどうかと思ったため、主人はこの客の相手を先程からしていたのだ。
 ポニーテールにした桜色の髪は肩まで下がっており、丸いサングラスが頭上に掛けられている。 中央に赤い宝石が付いている、皮製の厚手の胸当てと、動きを阻害しない程度の短めのスカート、 ごついブーツ。そして、右の上腕に凝った模様が施されたバンダナを巻き付けられている。
 この大陸ではそう珍しくはない、冒険者『BRAVER』だ。テーブルに鉄のような、金属で作られ た棒が立て掛けられている。おそらく、彼女の武器か何かだろう。
 店に入ってきたかと思えば、酒を要求し、挙句の果てには堂々と居眠り(それも、寝つくまで の間が短いときてる)をするとは、なかなかの性格だ。将来は有望かもしれない。
 おそらく、この少女には少なくとも一人は仲間がいるはずだ。少女一人で旅が出来るほど、 今の世界は平和ではない。主人は、また一つ溜息をついた。
 仲間が迎えに来るのを気長に待つことにしよう。そう思い主人がカウンターの奥に引っ込もう とした時、彼の思惑を裏切り、意外と早く少女の迎えは訪れた。
「ちょいと、お邪魔しまっす…と、いたいた。ったく散々探させやがって…」
 両開きの、古びた木製のドアを押し開け、酒場に入ってきたのは一人の青年だった。
 跳ね上がった灰色の前髪は、まるで虫の触覚のように見えて奇妙だった。あとは肩の一歩手前 まで自然のままに伸びている。黒いシャツの上に袖のない上着を着て、ズボンはベルトで固定して いる。この青年もまた少女と同じバンダナを、こちらは左の太股の部分に巻き付けていた。
 黒く透き通った目で、店内を見渡し少女を見つけると、青年はわざと音を立てて少女に歩み 寄った。少女はそれに気付いていない。本格的に眠りに落ちているようだ。しばらく少女を静かに 見下ろす青年。主人は、その成り行きを何の気なしに見守っていたが、次の青年の行動に驚いた。

 ――ガンッ!! 

 盛大な打撃音が店内に響く。青年は握った拳を高く振り上げたかと思うと、そのまま それを少女の頭に振り下ろしたのだ。
 バランスを崩して席から転げ落ちた少女は、赤くなった鼻を押さえながら、涙目になった朱い 瞳を瞬かせ、無言で見下ろす青年を睨みつけた。
「ゴ、ゴラス…いきなり何すんのよーッ! このバカッ!!」
「黙れ。町に着いたと思えば、宿は僕に任せてさっさと行って。レア、僕はお前の保護者 じゃないぞ。まったく…」
 まだ言い足りなさそうな様子だったが、ゴラスと呼ばれた青年はひとまずそこで言うのを 止めた。そして、レアと呼ばれた少女は起き上がり、服の埃を払ってずれたサングラスを頭の上に 戻した。
「で、少しくらい情報は集まったんだろうな?」
「へ? じょーほー?」
 まだ痛そうに頭をさする手をピタリと止め、それを初めて聞いかのような顔をして、レアは ゴラスを見つめた。
「未成年のお前が、酒場に用といえばそれくらいだと思うんだけどなぁ…」
「そ、そうよッ! 情報収集、うん、今からそうしようと思ってたとこなのよッ! ねえ、 マスター。この辺にめぼしい遺跡とかない?」
 わずかに震えるゴラスの拳に気付いたレアは慌てて弁解すると、カウンターに乗り出して 主人に尋ねた。
「痴話喧嘩なら外でやって欲しいね… 見た所、あんた達ブレイバーだろ?」
「ええ、そうっすよ。一応ね」
 コロリと態度を変えて愛想良くゴラスがマスターに答える。少し乱暴なようだが、それほど 悪いやつでもないらしい。もう一度、主人は二人を交互に見て、店の隅の方を顎で示して言った。
「そういうことなら、あの奥に居座ってる客に聞いてみるといい。俺は生まれてこの方、町の外 には出たこともないんでね」
 店の隅には、他とは切り離されたようにテーブルが一つあった。そのテーブルには確かに人が 座っている。二人はその男を見て、一瞬眉をひそめた。
 濃い紫紺のマントに見を包んだその男は、マントと同種の布を覆面として自分の顔を覆って いた。肌が除くのは左目と口周りだけ。男の座っているところは影になっており、彼に暗い印象を 与えていた。
「東から渡ってきたらしいぜ。結構前からこの町に滞在してるみたいだ。面白い話が聞けるかも な」
「東…イースタからか。まあ、聞いてみて損はなし、と」
 男の外見に少し気圧されたが、気を取り直してゴラスは男の方に歩いて行く。レアも彼の後に 続いた。
「ちょっと、いいですか?」
 人懐っこい笑みを浮かべて男に話し掛けるゴラス。飲みかけの水が残るグラスをテーブルに 置くと、男は二人を一瞥し頷いた。
「どうも。僕の名前はゴラス・ラック。こっちは一応相棒のレア・ティリー」
「よろしくお願いします」
「…マインドだ」
 マインドと名乗った男は、二人にさほど興味を持たない様子で、残った水を飲み干した。
「東から来たそうっすね。お一人で?」
 ゴラスは差し障りのないところから話を切り出した。マインドは少し答えに詰まった様子で、 やがて口を開いた。
「今は、一応一人だな」
「一応って、誰か連れの方がいるんですか?」
 要領を得ないマインドの返答に、レアが首を傾げた。
「パートナーがいるのだがな。少し訳ありで今は別行動をとっている」
 そこで初めて無表情を崩して、マインドは落胆したように溜息をついた。どうやら本当に 訳ありのようだ。
「喧嘩でもしたんすか…?」
 聞いてみても良いものか思案したのちゴラスがマインドに尋ねる。見た所、この男は物腰が 落ち着いていて、喧嘩のような類のことは好まないように見えるのだが。
「少し違うのだがな…そういうことにしておいてくれ。それよりも、私に何か用があるのでは ないのか?」
 困ったように苦笑してマインドが二人を交互に見る。
「ええ、それはまあ… 僕たちは各地の遺跡とかを巡って旅をしてるんですよ。それで…」
「私がここに来てしばらく経っているというので、手っ取り早く情報を手に入れよう、という 訳だな?」
 マインドの言葉に二人は顔を見合わせた。どうやら、最初から二人の思惑は見透かされて いたらしい。覆面から除く深い茶色の左目が不敵に笑っていた。
「はぁ〜、凄いですね。あたしたちのこと、最初から見てたんですか?」
 レアが素直に感心して、感嘆の声を漏らす。
「あれだけ騒いでいたら、嫌でも目に付く。それに、他人が持ち掛けて来る話など、相場が 決まっているさ」
「はは、ま、確かにそうっすね」
 横で恥ずかしそうに肩を狭めるレアに対し、ゴラスはまるで他人事のように笑い飛ばした。 つられて可笑しそうに口元を緩め、マインドは二人に提案した。
「そうだな、ここから離れた山間部に目をつけている遺跡があるのだが、実のところ私も パートナーがいなくて困っていたのだ。これから話す内容が、キミたちにとって都合が悪くなければ 、どうだろうか?」
「マインドさんさへよければ、喜んでお供しますよ!」
「いいんですか? ぜひお願いしますッ!」
 意外な相手からの申し出に、思わず二人の声は弾んでいた。
「ああ、こちらこそ、宜しく頼む…」
 マインドは、喜ぶ二人を曖昧な笑みを浮かべて見つめていた。


 この町を訪れる前の町で、この男、マインドは大きなミスを犯した。
 マインド・シルス、それが彼の名である。特に行くあてもなく、世界を放浪している自由の 身だ。彼の旅の目的はない、あえて目的を述べるとするなら、目的を見つける事が目的となっている と言えなくもない。
 魔術士としての腕は、並より上だと認識している。旅先で依頼を受けたり、時には遺跡を 巡ったりと、行き当たりばったりの旅を繰り返すうち、戦う目的など見失ってしまったのかも しれない。
 そんな彼が、今日求めているモノ、それは旅の資金であった。東の大陸では街など、金を 必要とする事はほとんどなかったため、油断していたのである。この北の大陸では街があったのだ。
 その日、これから起きる悲劇を知る由も無く、彼は食堂で久し振りに自分で作る以外の料理を 堪能していた。
「こんな飯を食べるのは久々だな…」
「おい、マインド…ワイの分もちゃんと取っとくんやで」
 ようやく一息つき、落ち着いたマインドの頭上で、訛のある声がした。
「スパイル…お前の分はちゃんとあるだろう」
 彼は顔を少し上げ、顎で示す。そこには小皿に盛られた、飯というよりも動物の餌に近い。
「アホぬかせッ! 何でワイがそこらの犬猫と同じ扱いされなあかんねんッ!!」
「そうは言っても、お前の外見ではそれが妥当なところだろう」
 先ほどからギャアギャアと喚いている、スパイルと呼ばれるその者は、マインドの肩の上で 翼を怒らせていた。
 全身漆黒の羽毛で覆われた、一見カラスのような姿だが、体型はやけにずんぐりむっくりと している。ただ、左頬の一部だけが純白の羽毛で、奇妙な模様を作っていた。
 マインドの言葉に、スパイルはカッと金の目を見開き、彼の頭を鉤爪のような両足で締め 上げ、鋭い嘴で突つき回した。
「やかましいわッ! それが師匠に対する口の聞き方か!? オマエはいつからそないに偉く なったんやぁ!? こ・た・え・ん・かいッ!!!」
「いたたたた… わかった。悪かった。だから離せ」
 あまりの激痛に声も出ず、マインドはスパイルに許しを請う。端から見れば奇妙な光景以外の 何物でもないだろうが、彼らにとっては、これは日常茶飯事な事であった。
 彼は、自分の皿の料理を半分ほど差し出すことで、ようやくスパイルから解放された。
「わかればええんや… ったく、バカ弟子を持つと苦労するわい」
「誰が… だいたい、私に勝手についてきている癖に、態度がでかい…」
「オマエがワイを目覚めさせたんやろうが、ワイかて好きで付いて来てるんとちゃうわい。ま、 これは宿命ってやつやな… ワイは、目覚めさせられた主に付き従わんといかんのや。その点では、 オマエは運がええと言えるで。なんたって、ワイを味方につけることができたんやからなぁ」
「その結果がコレか…」
「あん? 何か言うたか…?」
「…何でもない。それより、これから先の旅はどう行けば良いと思う?」
 これ以上の言い合いは不利と見て、マインドは諦めて話題を変えた。ここは北のノウティカ 大陸の最東端、東のイースタ大陸くから渡ってきた彼らにとって、ここは北の入口であった。
「そやなぁ、ワイらはイースタ大陸からこっちに渡ってきたさかい、西に進んでウェンブレイス 大陸を目指すか、あるいは少し西に進んでから南下して、中央のセンタリアスに行くかどっちかやな」
 卓上に広げられた地図を睨み、スパイルは翼で道をなぞりながら言った。
「しかし、西は魔の巣窟と言われているだろう。中央は船が出ているかが問題だな…」
「そやな… ま、死にたくなかったらセンタリアスには近づかん方がええな。魔の気がかなり ゴッツイで。こっからでも肌にビンビン伝わってきおるわ。しばらくは、この大陸をうろついとけば ええ。世界は広いで、まだまだオマエみたいなヒヨッコでは超えられん壁がウヨウヨおる」
「そうか…、では、この大陸を横断してウェンブレイズを目指すか…」
「急ぐ旅でもあらへんさかいな。そんときは、そんときで考えればええこっちゃ。今は、 とにかく腹に足しとけ。いつ、また飯にありつけるかわからんさかいな」
 早々と会議を打ち切り、スパイルは、再び食事に集中し始めた。それに習い、彼もまた食事に 集中することにしたが、スパイルにやった分、残り少なくなっていたためそう長くは持たなかった。
 そこで、彼はしばらく食事をついばんでいる相棒を観察してみることにした。
 共に旅をして、かれこれ何年経っただろうか。未だに、この奇妙な生物の全貌が掴みきれない。
 出逢った時に聞いたのだが、何を隠そう、自分はかなり高尚な精霊とのことらしい。今までの 言動からして、それはないだろうと思うが、実体を持つ精霊というのは稀な存在で、その力もかなり のモノだと言う。実際、自分は不本意ながら、師としてこの相棒に頭が上がらない状況にある。
「なんや? ジロジロ見よってからに、ワイを見ておもろいか?」
「いや、すまん。そろそろ、新天地を目指して行くとするか」
 なぜ、こんな事になったのだろうか…自分がこれほど恨めしく思えたことは、人生の中で そうないだろう。情けないとしか言いようがない。
「…どないした?」
 席を立とうとしたが、その場で固まってしまったマインドに、スパイルが訝しんで訊ねた。
「しまったな…金がない」
 まったくもって、迂闊だった…


「マインドォ! わいを餌にするなんて、それでもお前は弟子かッ! 出せぇッ!  出さんかいコラァッ!!」
 狭い鳥篭の中で、怒り狂ったスパイルが怒鳴り散らしている。
「では、料金の代わりにこいつを預けておく」
「えらく物騒な鳥だね…まあ、客寄せにはなるか…」
 食堂の主は、暴れるスパイルに顔をしかめながら受け取った。
「スパイル…許せよ。これしか方法がないんでな…」
「しんみりしてんなやボケェッ! なんでわいが客寄せなんて人間に媚びるような真似せな あかんねんッ! わいは精霊やでッ! 誇り高き精霊様やッ!!」
「金の都合がつけば、すぐに迎えに来てやる。じゃあな」
 なるべく聞こえないふりをして、スパイルに早口に言う。明らかに逃げの体制に入っている マインドに、スパイルは罵声を浴びせることしか出来なかった。
「こ…このガキャア…覚えとれッ! 目に物見せたるさかい覚悟しとけよおォッ!!」
 逃げるように、早々とその場を立ち去るマインドに、スパイルの怒声がぶつけられる。彼は、 一身に不安を抱えながらも、振り返ることなく走り去ったのだった。


 やはり、あいつを置いてきたのは、間違いだったのだろうか…?
 マインドは、今になって少し後悔というモノを感じつつあった。報復を受けることは、もと より覚悟の上だが、置いてきたところに迷惑がかかっていないかが気掛かりであった。
 あいつのことだ。何をしでかすかわかったものではない。いや、たんに想像したくないだけ だ。絶対に間違いなく、憂さ晴らしに暴れることくらいするはずだ。あいつはそういう奴なんだ!
「あの、どうかしました?」
「…いや、何でもない。気にするな」
 一人でよからぬ事態を思い描いていると、レアが困ったような顔をしてこちらを覗っていた。 マインドは冷静な素振りを見せ、一言呟く。
「なんだか、思い詰めた顔してません?」
「…まあ、人にはそれぞれ事情があるんだよ。そういったモノは、不都合で付き合い難く、 他人には見せたくないモノがほとんどだ」
「やっぱり、相棒さんと何か訳ありなんですね?」
「そういうことだ…」
「ま、要は僕たちが首を突っ込む領域じゃないってことっすね。そういうのは、知り合った ばかりだし詮索するつもりはないっすから」
「…そうしてくれると、有り難いな」
「んで、マインドさん。あなたが目をつけている遺跡には、何が眠ってるんですかね?」
 警戒心が無いようだが、隙の無い笑みをゴラスは作り訊ねてくる。
 この男、口調は軽いが、どうやらそれなりに熟練者のようだ。他人の事情には干渉せず、必要 以上な馴れ合いを拒んでいる。それは、いざとなれば他との関係を即座に切り離すための準備と なる。いわゆる、世の中を『割り切っている』考えを持つ人種のようだ。
 もっとも、私も人のことは言えないか。
 内心、相手に悟られないように探りを入れながら、マインドは質問に答える。
「私が目的としているのは、宝ではない。もちろん、その遺跡に宝の一つや二つ、期待すること はできるだろうがな。私の狙いは、その遺跡に棲むと噂されている魔獣、シンだ」
 シン、その名をマインドが口にした途端に、二人の顔つきが変わった。
「シン!? シンっていうと、『北の破壊神』の話の次くらいに有名な話がある…『魔獣王 (ウォリア・キング)』っすか…」
「突如として、東のイースタ大陸に姿を現した災厄、多くの村、町を滅ぼした。この獰猛な 魔獣を倒すべく、狩り人たちも力を結集させたというが、それもみな食い殺された… 東の厄災 として恐れられ、他の魔族とは馴れ合わないシンは、いつしか『孤高の魔獣王』として畏怖される ようになった、言わずと知れた最強にして最高の、そして伝説の賞金首…でしたよね?」
「…怖気づいたか?」
 二人の顔を交互に見て、マインドは余裕のある笑みを浮かべた。
「月の眼光は見る者を惹き込み、巨大な二本の角は全てを貫く。彼の者の爪牙は常に血を欲し、 獲物を絶えず求め彷徨い続ける。気高き紅蓮の鬣、獣王の熱き魂に触れんとする者、灰塵と帰し現世 に還ること叶わず…と、世に謳われている伝説ですか。シンなんて本当に存在するんっすかね?」
 口調を慎重なモノに変えて、ゴラスが言う。
「シンの存在はいつくかの目撃例がある。私の言う遺跡には、巨大な獣型の魔獣が巣食っている という。シンを倒せば、懸賞金が出る。人々の安息を買うために、どこの偽善者が出すのか知らない がな。バカみたいに高い金になるぞ? 今は、藁にも縋りたい状況なんでな。早くしないと、色々 面倒になりかねんのだ…」
 マインドは目を瞑り、残してきた相棒のことを思った。下手をすれば、こちらが殺され かねない。
「その魔獣がシンでなければ、遺跡の宝を拝借する。もし、本物なら命の保証はないがな。 そういうわけで、仲間は多いほうが私としても心強い。キミたちが、腕に覚えがあるならば同行を ]願いたい。もちろん、強制はしないがな…」
 そこで、彼は席を立ちカウンターに向かった。
「長居してすまなかった。無事帰ったら、祝杯を上げに来ることにするよ」
「そうしてくれ。もっともこっちとしては、今度は水じゃなくて、酒と願いたいところだがな」
 笑って言う主人に、バツの悪そうに苦笑し、マインドは二人の方に向き直った。
「その気があるのなら、明朝、町の入口で落ち合おう。じゃあな…」
 そう言い残し、颯爽と立ち去るマインドの背中を、二人はしばし茫然と見送った。
「シンかあ、あたしたちには、想像もつかない相手だよね…どうしよっか?」
「僕は、賛成だね」
「え? 本気…?」
 即答するゴラスに、レアが訝しげに訊ねた。
「100%本気っすよ。怖い?」
「怖いというか、半信半疑だよ。ふ〜ん、まあ、あてもないしね。ゴラスが言うなら、OK。 あたしも賛成だよ」
 意志の固そうなゴラスに、レアはあっさりと折れて即決する。「決まり」と、パンと両手を 合わせると、彼は意気揚々と席を立った。
「それじゃ、僕らも戻るとしますか。マスター、お邪魔しました」
「ああ、無事帰ってきたら、サービスだ。そっちの嬢ちゃんにも、一杯くらいなら目を瞑って やるよ」
「え!? それ、ホント!? 男に二言は無しよ?」
 やたらに、好奇の目を輝かせるレアに、少し驚きつつ、主人は苦笑して「ああ」と頷いた。
「ラッキー♪ これは、是が非でもうまくやらなきゃね!」
「現金なヤツだね…まったく」
 無駄にはしゃぐレアに半ば呆れつつも、ゴラスは、この見ていて飽きないパートナーを見て、 おかしそうに笑った。
(はてさて、どうなることかな。とにかく、あの男から時折感じる力…確かめないとな)
 ゴラスは、初対面のマインドという男から感じた違和感に、人知れずほくそ笑み、レアを 従えて酒場を出た。



――『光』と『闇』――


――言い換えるならば『白』と『黒』――


――意図せず惹かれ逢うことを約束された、二つで一つの理――


――また、歯車が噛み合い、互いを軋ませ回り出す――


――『白』と『黒』、二つの理の歯車――


――彼らが噛み合う時は、刻々と近づいていた――




〜後書き〜
どうも、ひ魔人です。第5話も、無事にお送りする事が出来たようで一安心。
今回のグループは、ややギャグ傾向な面がありますな。お笑い担当グループとでもしておきま しょう(オイ)。
関西弁はお笑いの宿命(マテ)、精霊スパイルは出したかったキャラのひとりです。結構作者は 気に入ってたりします(笑)。
冒頭、最後にもあるように、『白』と『黒』がこの話に登場するキャラの鍵となります。
シンというのは、前章に出ていたシンです。今回の章で、それとなくこの話の世界観みたいな モノを出していければいいかなと思います。
では、いつかは例によって未定ですが、また次回にお会いしましょう(座礼)。


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