〜交錯する時の欠片達〜 〜第六話「死者の遺跡」〜 荒涼とした大地に門を構える町の入り口で、マインドはその日の朝を迎えていた。 時刻は早朝、蒼白く澄んだ空の東が、ほんのりと熱を帯びたように赤く染まりかけている。 そろそろ日の出だ。 最近、野宿生活も板に付いて来たと思える時がある。それが幸か不幸かは、考えないように しているが。 ただ、ずいぶんと神経が太くなったのは、あいつが原因であることは彼自身がよく理解して いた。いつもの口やかましいパートナーは、今どうしていることか。 「おはようございます」 顔を上げるのと同時に、覗き込んだ元気の良い少女の顔が視界に飛び込んで来た。ピンク色の ポニーテールがその後ろで揺れた。 「……」 数秒、沈黙。 「あのう…大丈夫ですか?」 「…ああ、キミか」 それが、昨日酒場で出逢った少女だとわかると、気の抜けた声でマインドは言った。少女は そのままの状態で、 「レアです。ちゃんと覚えておいてくださいね、マインドさん」 「どうも、良い朝っすね」 すぐ後ろから、背の高い成年が現れた。軽い感じは昨日のまま、どこか飄々としており掴み 所がない。 「ゴラス…君。だったかな?」 「そうっす。ゴラス・ラック、相方レアと旅人してます。以後よろしくっす♪」 「私のところに来たと言うことは、昨日の話、了承と取って良いのだな?」 「そりゃ、もちろん。僕たちも、これからどうしようか検討中だったモンっすから。丁度 良かったんですよ」 愛想の良い笑みを浮かべながら、彼は続けて、親指を立てた手で後ろを指し示した。 「その前に、ついでと言っちゃなんですけど、朝飯でも一緒にどうっすか? 奢るっすよ」 マインドは少し考えて顔を正面に戻し、一度息を吐き出し壁にもたれかかると、横目で、 「魅力的な響きだが… 悪いが遠慮しておくよ。これから組む相手に負い目を持ちたくないの でな」 最後をまだ警戒心の残るような声で低く言う。ゴラスは笑みを引っ込め、今度はニヤリと 挑戦的な笑みをつくった。 「そんなにセコクないっすよ。そんじゃあ、朝飯は情報提供料だと思って。これから組む相手が、 腹が減って足手まといなんて、恰好がつかないっしょ?」 「うんうん、そうしましょうよ。気を張ってばかりいてもしょうがないですよ」 マインドの片腕を取り、変に上機嫌なレアが促す。 「…そうだな。では、御言葉に甘えるとしようか。足手まといはゴメンだからな。…なかなか 言ってくれるモノだ」 マインドは苦笑して、重い腰を上げた。 「50ガトンの朝食を慎ましく三人で分け合う。これぞ省エネの秘訣っす」 「まあ、出逢いを祝して、小さく乾杯ということにしましょ」 「…なるほど。『お互い様』と言うわけか」 丸テーブルを三人で陣取り、一人前の朝食を食べる。少し情けない光景である。 (ありつけるだけましか…) 贅沢は良くない。この状況で奢るという余裕を見せてくれたのだ。その心意気に感謝しよう。 マインドはパンを一つ手に取り一口かじった。 「…その覆面、取らないんっすか?」 それとなく彼の様子を見ていたゴラスが、マインドに訊ねた。 「これか? ああ…顔を洗うときくらいだな。それ以外では取らん」 「食べにくくないんっすか?」 「もう大分経つからな…慣れたな」 「取らない理由…きいてもいいですか?」 レアが遠慮がちに訊ねる。マインドは声を少し低くして、 「憶測するのは勝手だが、答える義務は無いな…」 「じゃあ、勝手に予想してみます。あってたら言ってくださいね?」 「…勝手にしてくれ」 マインドはレアの勢いを止めるのも面倒かと思い、好きにさせることにした。もちろん、あて られるわけがないことを見越してのことだった。 「赤面症とか?」 「違う」 「顔に大火傷、もしくは大怪我とか?」 「違う」 「まさか…ハゲてるとか?」 「……違う。本気で言っているのか?」 鋭く伏せていた目線を上げるマインドに、レアは慌てて両手を振った。 「あはは、ほんの冗談ですよ。やだなぁもう、目が怖いですよぉ」 マインドは腕を組み、少し考えて、 「こいつはそう気軽に取れないんだ。一種の『誓約』に近いモノと言ってもいい。私の、誓いだ」 「誓い…ですか? それならあたしも」 レアはバンダナが巻かれた右腕の部分を軽く上げ、差し出すようにしてマインドに見せた。 「あたしも、このバンダナは絶対取らないようにしてるんですよ」 「…何かのお遊戯(まじない)か?」 マインドの問いに、レアは首を横に振った。 「いいえ、これはあたしの誓いなんです。これも、『誓約』ですね」 悪意の無い微笑みだ。何故か、この少女からは自分に近しいモノを感じる。マインドは 不思議とそう思った。 「あ、ちなみに同じモンしてますけど、僕のはただのファッションっす」 「…なるほど、理解した」 マインドはパンで乾いた口を水で潤した。唯一、水はタダだった。 「さて…一度出発すれば、用が済むまで町には帰れない。準備はいいか?」 町の門前で、ゴラスとレアに最後の確認をとる。二人はそれぞれ軽快に答えた。 「問題無しっす」 「全然OKですよ」 ゴラスは腰にサバイバルナイフを入れたホルダーを新たに装備しており、レアは背中に おそらく武器であろう金属棒と、やや大き目の皮袋を背負っていた。 「わかった。では、ここアロスの町より北上した先から、北の大陸横断山脈『レール マウンテン』へと入る。そこから奥へ進んだ先に、『赤い光』が見えるという遺跡へと進入する」 マインドが首を向け、平原の向こうで壁のように聳え立つ山脈を見る。その名の通り、北の 大陸を横断する巨大な山脈、通称『レールマウンテン』。内部には数々の古代遺跡、資源が眠って いる世界の有名所の一つだ。今回入る遺跡も、その一部である。 「『赤い光』…ですか?」 レアが小首を傾げて言った。 「ああ、その遺跡の奥では、『赤い光』が見えるらしい」 「それが、シンっすか?」 「確証は持てないがな… シンは、『全てを焼き尽くす赤い影』という言葉がある」 「あ、知ってますよそれ。本で読みましたから」 レアは、生徒が教師に手を挙げるかのようなポーズをとった。 「本?」 「はい、えっと…これなんですよぉ」 彼女が皮袋から取り出したのは、やや古ぼけた、年季の入った海老茶色のカバーのヤケに 分厚い本だった。 「それって、例の怪物大百科とかいう胡散臭い…」 「胡散臭いとは失礼ね。東から来た行商のオジさんから貰ったんだよ」 「そういう意味じゃなくて、そのネーミングが胡散臭いって言ってるっす」 どうやら、レアはその本を怪物大百科と呼んでいるらしい。名前からして内容がある程度 想像できる点で言えば、わかり易いが確かに胡散臭い。だが、マインドはその本に見覚えがあった。 「それは…『D.リサーチャー』か?」 「はい? ディー…リサ…なんですか、それ?」 「『D.リサーチャー』だ。学問の王都、マナ帝国で発行されていた魔族のリサーチ、研究を まとめた書物、DはDevil(魔族)の頭文字を指す」 「そういえば、行商人のオジさんが、イースタから出土したとかみたいなこと言ってたような… はぁ、けっこう親しみの有る名前だと思ったんですけど…」 「んなことだろうと思ってたっす。って、暗…」 落ち込んだように頭を垂れるレア。なぜか、こちらが悪い事を言ってしまったような気に させる雰囲気がある。彼女の周りだけ空気が重い。 「ふむ…まあ、気を落とすことではないだろう。これはこれで、道中役に立つからな。では、 行くぞ」 苦笑いで、マインドは促すように言うと先頭に立って歩き出した。ゴラスはレアの背中を軽く 叩き、彼の後に続いた。 流れる小川、生茂る木々、野生の花の数々、山奥に進むに連れ、緑は濃度を増して いく。ときにはゴツゴツと出っ張った岩場を登りながらも、道程を順調にこなしていた。この調子 だと、定刻に辿り着けるだろう。 「…少し休むか」 覆面の下に滲む汗を感じながら、マインドは丁度都合の良い、出っ張った木の根に腰を 下ろした。 「もうギブアップですか? そのマント暑そうですもんね」 レアが額の汗を拭い笑った。 「そういうわけでは…まあ、多少は疲れているがな。気にならないか?」 マインドがゴラスに意味ありげな視線を向けた。ゴラスはそれに気付き、 「確かに…妙っすね。魔物の類が見当たらないっす」 辺りは静まり返っている。鳥の鳴く声も、獲物を狙う獣の気配もない、それは、周りに 生き物が居ない静かさだった。 「それが、どうしておかしいの?」 「どんな場所にも、多かれ少なかれ、どの類に属しても生物はいるものだろう? ここは緑も 豊かで環境が整っている。なのに、生物の姿も、気配すら感じない。まるで、この領域には生物が いないような…」 「気の回しすぎなんじゃないですか? 緊張し過ぎかもしれませんよ?」 「…まあ、思い過ごしにこしたことはないのだがな… さて、もう一歩きといこうか」 慎重過ぎて悪い事はないが、確かに気の回し過ぎかもしれない。マインドは自嘲気味に笑い ながら立ち上がり、両足を動かし出した。 「もしかしたら、シンを恐れて生き物が近づかないとか、そういうのも有りっすかね?」 「否定はできないな。シンは、魔族…同朋の間でも恐れられている存在らしいからな」 「シンかぁ…なんでこうも、魔族が増えたんでしょうね…」 ふと、レアがポツリと洩らした。 「…野生動物の突然変異など、近年、魔族はその勢力を広げつつある。東西南北、そして中央 の五大国家の機能が停止した現在において、集団で魔族に対抗できる戦力を保持する事は難しい。 私たちヒト個人の力で、魔族と渡合える者は多くないからな」 「魔族が力を持つ、一部の人でしか抗えない程強いのは知ってますよ。う〜ん…そもそも、 魔族ってなんなんでしょうねぇ?」 顎に片手をあてながら、レアは考え込むように唸った。それを見てマインドは、 「中央センタリアスは、魔の巣窟。南のサウスタイルは、魔の発祥の地とも、聖域とも言われて いるのは知っているか?」 「ええ。精霊国家だった南の地は、魔族に出現した当時真っ先に滅ぼされたって話です。そう 言えば、センタリアスの話はあんまり聴かないですよね?」 マインドは頷いた。 「これは相棒の話だが、中央は魔の巣窟だけあって、レベルが違うらしい。常人には、その 瘴気に耐えることもできんそうだ」 「鍵は、中央と南に有りってわけっすか?」 「推測ではな。そして、話上二番目にこの北の地、ノウティカ大陸は滅ぼされたと聞く。北を 滅ぼした魔族で有名なのが北の破壊神伝説だな…」 「北の破壊神ですか…」 その名を聞き、レアが例の海老茶の本を取り出し、ページを捲り始めた。 「え〜と… 『北の破壊神:数々の兵器を開発し、軍事国家として栄華を極めたインダス トリアル王国を襲った一人の魔族。地を引き裂き、人々を阿鼻叫喚の生き地獄に晒し、たった一夜で 北の大地を砂塵の下に沈めた、最強最悪の悪鬼』と書かれていますね。国を一人で、しかも一夜で… 凄いですね」 レアがページに目を走らせながら読み上げ、溜息をつく。 「実在していれば、恐ろしい話だ…」 「伝説は伝説っすよ。そんな凄い魔族がいるなら、なんでいなくなってしまったんすかね? 魔族の寿命は半永久、北の破壊神を倒したっていう話もきかないですしね。シンだって、こんな 山奥にひょっこり現れたら伝説になんかならないんじゃないっすかね?」 頭の後ろで両手を組み、ゴラスは冷めた口調で言った。 「あんた、シンを倒しに来たのにそんなこと言って… この世には、あたしたちの知らない 歴史、遺産が埋もれてるのよ。そう、夢と希望で溢れてるのよ!」 ゴラスを一瞥し、レアがグッと胸の前で拳を握り、力強く言う。 「夢も希望も無いっすね。僕たちは、今日を生きるのに精一杯な旅人ってとこっす」 「旅先に夢を求めても悪くないと思うけど… ――ひゃあ!?」 口を尖らせて一人ブツブツと文句を言うレア。と、彼女が短い叫びを上げる。地面に盛り 上がった太い木の根につまずいたのだ。ゴラスは背中越しに、からかうように笑った。 「夢を見るのは勝手だけど、現実も見ないと転んじゃうっすよ?」 「む〜…意地悪ッ!」 レアはキッと目を怒らせ、上目使いに睨みながら立ちあがり服についた土を払った。マインド は苦笑いをした。 「それは、正論だな。キミの言うことは、確かに正しい」 「あら…マインドさんまで…」 「だが、現実に王国は崩壊し、こうして私たちは、その『オコボレ』にありつけている訳だ。 この地は元々技術が発達していたからな。復興作業も順調、魔物に懸賞金を懸ける余裕もある。 真実は、過去に埋もれてしまった遺産。私たちがこの世界で見るモノは、常に現実だ」 特に、私には過去を見るより、今迫る現実の方がはるかに切実だ―― マインドは内側で 吐息とともに呟いた。 背の高い木々が立ち並ぶ、小高い丘の頂上にその遺跡は佇んでいた。黄土色の煉瓦、 所々に苔がむし、棘の付いた蔓が這いまわっている。中は影のおかげで外からでは良く見えない。 山奥で光が指さないせいか、暗い空気が漂っている。 「――ここだな。『赤い光』が見える遺跡というのは」 「なんか、雰囲気がいかにもって感じですねぇ…」 「明かりはなさそうっすね。どうしましょうかね?」 「心配ない。私が創る」 そう言って、マインドが念じると、光の小球が彼の手の平に包まれて現れた。どういう原理 なのか、それは彼の手の中で穏やかな光を放っている。 「お! さすが。魔術士だけはあるっすね」 「ほんの初歩だ。褒められたものではないさ」 そっと投げるように、マインドが小球を手から放すと、それはゆっくりと宙に浮き、静かに 前進し始めた。 「ついて行けってことですね」 レアがその案内人を笑って指し、その後に続いた。 「さあ、入るぞ…」 中に入ると、まず澱んだ空気が鼻をついた。暗闇の奥に一方通行の長い回廊が続いている。 そして、回廊を挟む高い壁には、奇妙な模様が黒一色で描かれていた。 「これは、壁画か…」 マインドが壁に近づき、手を触れる。ひんやりとした石の冷たさが手の平を伝わってくる。 「う〜ん… 何でしょうね?」 レアは遠ざかり、壁全体を見渡そうとする。しかし、それは黒一色で描かれているせいも あってか、全貌を見ることは困難であった。 「…先を進もう。考えても仕方ない。何か、奥にヒントがあるかもしれんしな」 「そうっすね。でも、遺跡っていうからには、もっと複雑かと思いましたけど、一方通行 みたいっすね」 ゴラスは額に手をかざし、奥を覗くように奥を見た。先は闇に閉ざされ、見えない。 「…進むしかないな。くれぐれも、注意を怠るな」 そういうと、マインドは慎重に歩き出した。 しばらく変化のない道を進むと、大きく開けたホールのような一室に辿り着いた。高い 天井、蝋燭に火を灯したような薄暗い光が、部屋の壁に等間隔に備え付けられている。 「これは―― 急に大きく出たっすね… あれは、扉…っていうより門っすよねぇ…」 入口の丁度正面には、何十メートルはあるであろう巨大な門があった。ゴラスは呆気に とられたように、その門を仰ぎ見ている。 「まず、人の力ではまず開けられんだろうな。人工的なモノなのか…?」 光の球体を消し、マインドが並んで門を仰いだ。 「ちょっと! こっち…見てください!!」 レアが二人から離れた所で呼んでいる。彼女の声は、反響してよく響いた。 「どうした?」 「この中なんですけど…」 彼女の指の先には、頑丈そうな石の棺があった。良く見ると、この一室の周りを縁取るように 並べられている。レアの示すままに、マインドはその中を覗いた。 「これは、骨…亡骸か… まあ、当然と言えば当然だが…」 棺の中には、物言わぬ屍が横たわっていた。永年の歳月に、朽ち果て脆そうだった。 「普通開けるか? 罰当たりっすね…」 「しょ、しょうがないじゃない! 知的好奇心ってやつよ!」 「知的は余計っす! はぁ、まったく…どうか安らかに御眠りください」 ゴラスは溜息を付くと、棺の蓋を元に戻した。 「しかし、これでこの遺跡がどういったモノなのか見当がついたな」 「ええ、死体安置所…墓地と言ったところっすかね…?」 マインドは頷いた。 「と、すると…回廊の紋様は、何かの儀式に用いるモノだったのか? この骸たちに関係が あるのかもしれないな」 「あの…取り込み中のところ悪いんですけど…」 「今度は何っすか?」 「そんな目で見なくてもいいじゃない! えと…なんだか、見られてるような気、しません?」 胡散臭そうに見下ろすゴラスを睨み、遠慮がちにレアは上目使いで言った。 「そうだろうか…? ここには、私たち以外は誰もいないはずだが…」 「ひょっとして、シンとか?」 「まさか…」 ――ズ… 「――ひッ!?」 マインドが言いかけた時、不意に無気味な音が響く。レアが飛び上がって後ろを振り返ると、 僅かに棺の蓋がずれていた。 「…? おかしいっすね。ちゃんと戻したのに…」 独りでに動いたのか、首を傾げてゴラスが棺に近づき、中を覗こうと身を乗り出す。瞬間、 棺の中から手が伸び、彼の首を掴みかかった。 「な…ッ!? こいつは…何の冗談っすかッ!!」 「――!? 罠かッ!?」 「ゴラス!! このォッ!!」 咄嗟に叫ぶと同時に駆け出し、金属棒を手に構え、レアは彼を掴むそれに思いきり殴りか かった。 ガン、と鈍い音がし、ゴラスの首に掛けられた手が外れる。 「だ、大丈夫?」 「コホッ… なんとか…無事っすよ」 彼女に、彼は咳き込みながらも笑って見せた。 「どうやら、ただの屍ではなかったようだな…」 レアが殴り倒したモノに近づき、マインドが静かに言った。それは、棺に収まっていた骸骨 だった。 「ええ、やってくれるっすよ。死体を使ったトラップなんて、趣味が悪過ぎっす」 「まったくだな。…どうやら、こいつらを倒さなければ、私たちはこの部屋から出られない ようだな…」 「は? こいつら…?」 「気付かないっすか? ほら、いまにこの部屋の棺…全部動き出すっすよ」 目を丸くするレアに、ゴラスが言う。彼の言った通り、部屋の棺の蓋は動き出し、その中から は骸骨の群れが、ぞろぞろと仲良く這い出してきた。 「現世に未練を残した残留思念、いわゆるアンデット系っすね」 「各自、後ろを取られないように背中合わせになれ。さすがに、数が数だ。各々正面の敵は 任せるぞ」 「はい…でも、マインドさんは大丈夫なんですか?」 「何がだ?」 「魔術士って肉弾戦って得意じゃなさそうですし…あ、別にバカにしてるとか、そういうの じゃないんですけど…」 「心遣いは有り難いが、それは無用だよ。何故なら――」 マインドは軽く笑い、先陣を切って襲ってくる群れの一体に狙いを定め、顎に蹴りを振り 上げた。 見事に骸骨は高く蹴り上げられ、落下してきたそれにタイミングを合わせ、さらに回し蹴り を叩きこむ。吹き飛ばされた勢いに巻き込まれ、さらに数体を同時に床に沈めた。 一つ一つの動作は静かで正確だが、彼の纏うマントがひらめき、その動きを妙に派手に 思わせるのが不思議だった。 「格闘の出来ない魔術士とは、三流を指す事だからな」 涼しげに、マインドは不敵に口端を持ち上げた。 「アンデットに痛覚はない。手数よりも、一撃に集中して破壊することを考えるんだ。パーツ がなくなれば、身動きは取れないはずだからな」 「了解っす!」 「わ、わかりました! やってみます!!」 それを合図に、襲い来る亡者の群れを相手に三人は背中合わせに迎え撃った。 一個一個の戦闘力は、特に大した事はないようだ。まだ余力が残る感じで、三人は次々と 処理していく。年月も経っているせいもあるのだろう、素手で砕けるほどに脆くなっている。 「どうか化けて出ませんように… ゴメンなさいッ!!」 手にした金属棒で攻撃を受け流し、態勢を崩したところで打撃を返して砕く。レアは何度も 同じことを口走りながら、一連の動作を繰り返していた。 「それは、キミの武器か?」 「は、はい!? そうですよぉ!! 何ですかイキナリッ!!」 「いや、少し気になったモノでな…」 気のせいか、マインドは彼女の振り回す金属棒に、違和感を感じた。その違和感がわかる ようで、わからない不自然さがあったのだ。 「お喋りとは余裕っすね… ちなみに、僕はナイフが専門なモンっすから、いまは御見せ できないのが残念っす…ま、接近戦もオテノモノっすけどねッ!」 マインドよりも切れの良い蹴りと拳を繰り出しながら、そういう彼も余裕な風で次々と 蹴散らしている。 「そろそろいいか。よし! 後は殲滅をかける。散らばって残りを倒そう!」 だいぶ数が少なくなったところで、マインドが号令をかける。三人は一度目配せすると思い 思いに散らばり、一気に残りの骸たちの殲滅にかかった。 「ふ〜、終わりましたね。一時はどうなる事かと思いましたよ」 金属棒を杖代わりに、レアは腰を落とした。 「マインドさん…どうしたっすか?」 ゴラスが訊ねる。散らばった骨の一つを手に取り、マインドは考え込むようにそれを凝視して いた。 「いや、どうも引っ掛かってな…」 「何がっすか…?」 怪訝に思うゴラスに、マインドは手に持っていた骨を投げてよこす。見たところ、ただの 骨だった。 「その骨自体に変なところはない。だが、それがある事実を知らしめていると言ってもいい」 「どういうことっすか?」 「本来、残留思念の集合体というモノは、強烈な思いの集まりによって個を為す異生物だ。 だが、いま私たちが倒したガイコツどもは、それが希薄だった。その程度で、一個の『個』を為す 思いを持つモノになるとは思えない」 「…それは、『自力で』化け物になるには、条件が足りないってことっすか?」 「そういうことになる。この手の化け物には、それを操る者がいるはずだ。死霊使いという やつだな。こんなに複数のモノを扱える点を考えると、よほどの実力者か、近くに居るか…おそらく 後者だろう。予め、骨に印でも刻んでおけばそこそこの者でも操作できるのだが、見ての通りだ」 「まだ、大ボスがいるんでしょうか…?」 思わず首を回しながら、レアが不安げに言う。 「――あ! 危ないッ!」 突然叫んだかと思うと、レアは金属棒をマインドの顔めがけて突き出した。金属棒は、彼の 頬すれすれを抜けた。 「……すまない。油断していた。まさか、な」 マインドは後ろを振り返った。そこには、彼女に顔を突かれ、顔面を砕かれたガイコツの残骸 があった。 澱んだ空気が目に見えるようだった。空気は濃さを増し、砕かれた屍を覆っていく。次々と、 横たわった骸たちは息を吹き返し、立ち上がりはじめた。 「…砕いた程度では…ダメということか?」 「振り出しに戻る…っすかね?」 「このプレッシャー…モノが違う。どうやら、術者…ボスの登場らしい」 ――ガシャ… ガシャ… 「術者? …これって、生き物の足音じゃありませんよねぇ?」 マインドをちらりと見てレアが言った。彼もそのことに勘付いているようで、 「そのようだな」 「そのようだな…ってあ!? 門が開くっすよ!!」 人間の力ではびくともしないはずの、巨大なその門が重低音を唸らせ、静かに開く。扉の奥に 閉じ込められていた黴臭い空気が流出してくる。闇の奥底で、『赤い光』が不気味に輝いた。 ――ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!! 獣の咆哮が轟き、遺跡全体が揺れた。痺れるような感覚が全身を走る。 「う…!! うるさああいッ!!!」 「親玉登場…ってわけっすか!?」 「…どうやら、噂は半分当たっていたようだ…。こいつは、シンではない…!!」 それを目の当たりにして、三人は息を飲んだ。 幾筋もの赤い血が走る巨大なドラゴン、ただし、骨だけの存在だ。眼球を失った窪んだ目の 部位からは不気味な赤い輝きが漏れている。自然界の摂理に反する存在、死者でありながら、この 世に生を繋ぎ止めようとするモノ。 「こ、こいつ見た事ありますッ! え〜とえ〜と…あ、ありましたッ! こいつは、『紅の屍 (レッドコープス):ある死霊使いの思念が、ドラゴンに乗り移った不死者(アンデッド)を使役 する不死者』…」 「魔の中でも最強の種に属する竜型の魔物… 強さの象徴である姿をとったというわけか? どうやらその死霊使い、よほど力に溺れていたようだな」 「嫌いっすね、そういうの… お目出たいって言うか…」 「殺されたくないから、生きたいから力を欲する。そういうモノだ。私は、その生き方を否定は しない。むしろ、そうであって当たり前だと思う…認めはしないがな」 取り囲む屍の群れを見やり、マインドは冷静に、低く言う。次に、彼は腰に手を持っていった。 「さすがに分が悪い。こちらも、本気でいかせてもらうぞ」 腰に携えていたモノに手を掛ける。彼の手に握られたモノを見て、ゴラスとレアは眉を ひそめた。 「それって、剣…っすか?」 「でも、刃がないです。どうなってるんですか…?」 一見、普通の剣を思わせるが、刃は付いていない。握られているのは柄だけだった。 「これは特殊でな…『Force Of React Magic』、私は『FORM』と呼んでいる」 「フォース…リアクト…? フォーム、ですか?」 マインドはゆっくりと頷き、立ち並ぶ死霊たちを見据えた。 「私専用の武器だ。どういう代物かは、使って見せるとしよう…フォース発動ッ!!」 柄に己の力、魔力を集中させる。光が伸びる。具現化させた、彼の魔力の刃だった。 「力とは、現在に留まるためではなく、明日へ生きるためにあるモノだ。過去にしがみ付き、 現在に留まる死者に力は必要ない。まとめて片付けるッ! 早く帰らないと、相棒がうるさいんでな」 マインドの手に握られた光の刃が、鋭く煌いた。 〜後書き〜 どうも、第六話お届けしました。ひ魔人です。 今回は、微妙に早く書けましたね。最近やる気が出てきてるので(笑)。アレですね、感想の 力は偉大です(オイ)。 シンの噂は、予想通りにハズレです。まあ、掲示板で言ってましたけどね(苦笑)。 戦闘いれると、長くなりそうなので一度区切るとします。 しかし、用語っぽいのが色々出てますな。用語集でも作るか?(オイ)ちなみに、ガトンっ てのは通貨です。オリジナルの世界を突っ走ってますな。 『FORM』の正式名称は、意味的にそれっぽい単語を適当に繋げただけです(爆)。 次回こそ、三人の能力を公開、並びにこの章を終わる予定です。 それでは、また次回にお会いしましょう(座礼)。 |