「さあ、決着を付けようぜ。親友」
 城と城下を一望できる小高い丘の上で、カインは対するエクスティムを見据え、若干口端を持ち上げた。夕焼けが彼の意志を助長するかのように、褐色の肌に赤い影を落としている。
「どうしても、なのか? カイン」
 まだ意志の揺らぎを感じさせる言動を見せるエクスティムだったが、カインはそんな彼の意志を斬り捨てるように、手にした双剣を振るい、構えを取った。
「くどいぜ! オレは君と約束した! そいつを果たすために、オレはこの国に戻って来たんだぜ……今更そりゃないだろう。オレをお馬鹿さんにしてくれるなよな」
「そう、か。そうだな。済まない……なら、俺も全力で相手をしようか」
 身を覆うローブを翻し、エクスティムはカインと視線をぶつけた。若草の匂いを孕んだ一陣の風が、二人の間を駆け抜ける。
「迷うんじゃあないぞ。オレはこの日のために、ここに居るんだからな」
 その風が止んだのを合図に、二人は同時に踏み締めた地を蹴った――




BRAVERS SIDE STORY


『カイン・ジャスティカー 〜誓いの剣〜』





 精霊国家エレメンタル。
 霊峰スピリチュアルに囲まれ、世界から孤立するように存在する南の大陸サウスタイルを統治する国家である。
 定期的な物資の運搬以外では、外界とはほとんど交流を持たないが、人々の気質は明るく平穏なものだった。精霊の加護の下、子は健やかに育ち、日々の営みは平和を絵に描いたように送られている。
「うーん、懐かしいねえ。愛しの我が祖国。やっぱ、ここの空気は一味違うな」
 そして、大陸の外周に設置された港に、一隻の船が到着しようとしていた。その舳に立つ一人の男――カインは、近づく大陸に胸を躍らせていた。
「旦那。そう焦らなくても、すぐに着くぜ。危ないから降りな」
「ん、ああ。悪いな」
 羽織ったコートを潮風に翻し、舳から降りたカインはバツの悪そうな笑みを浮かべ、がたいの良い船長に謝罪した。褐色の肌が日の光に当てられ、彼の屈託のない性格を表している。
「カインさん、でしたか。あなた、サウスタイルの出身なんですよね。何故、大陸の外に出たのですか?」
 船長の隣に立つ、細身の理知的な顔をした副船長が、カインに訊ねた。
「オレは社交的な人間でね。便宜上で言うなら、見聞を広げるための旅ってヤツかね。本当のところを言えば、ぶらり気ままに一人旅でもしたい心境だっただけなんだがよ」
「その気になっただけで、世界を旅しようってか。アンタ、海賊肌なんじゃあないのか? なんなら、俺たちの一味になれよ。アンタみたいのなら、歓迎するぜ」
「冗談。オレは騎士道精神溢れる男なんだよ。賊と一緒にされちゃあ困るってもんだ」
「へ、その賊を前に、よくそこまで言えたもんだな。ますます気に入ったぜ!」
 豪快な笑い声を上げ、船長はカインの背を大きく叩いた。定期船に乗って大陸を出たのは良いのだが、帰りの宛が全くなかったため、こうして海賊の世話になり故郷を目指している。理由は単純で、路銀がなかったためだ。
「しっかし、悪いよな。海賊が無償でオレの頼みを引き受けてくれるってのはよ」
「気にするなって。俺は気に入った相手には、誠意を尽くすのよ! それが俺の流儀ってモンだ」
「サウスタイルへの道案内もしてくれるということですしね。お安い御用ですとも」
「そう言ってもらえると有り難い。礼は国へ帰ったら、それなりに用意させてもらうぜ」
 カインは改めて故郷の大陸に目を向け、いよいよ帰って来たことを実感し始めていた。
「いいってことよ。それにしても、なんでまた一人で旅なんてしたくなったんだ? 女にでも振られたか?」
「……ま、そいつに近いような状況だったかもな。これ以上は、カッコがつかないんで言えないがね」
 故郷の国を離れて約三年、旅に出たのは彼が十九歳の時だった。この地に戻ろうと決心したのは、自分が自分に納得できるだけの力を持てたと思えたから。
 そして、約束を果たすため。身につけたこの力で、親友と決着をつけるためだ。



***


 時を遡ること三年。
「カイン。どうしても行くのか?」
「しつこいぜ、エクス。オレと君の考え方は、根本的に違っているんだよ」
 旅立ちの朝、カインは港に停泊した一隻の船を前にして、今まさに旅立とうとしていた。しかし、誰にも悟られないように早朝を選んだにも関わらず、親友はそこにいた。
「お前が居なくなれば、ガランが哀しむ。メルサイアも黙ってないぞ」
「ガランを引き合いに出すなよ。オレが居なくても、君が居てやればいいだろ。アイツにとって必要なのは、オレじゃない。それに……」
 カインはおもむろに、腰に下げた一対の双剣に手を掛けた。エクスティムがそれに気付いたときには、カインの姿は彼の間近に迫っていた。
「い、いきなり何を……」
 エクスティムは咄嗟に身を仰け反らせて、カインの一振りをかわしたが、次いで来る第二撃に対応できなかった。バランスを崩して倒れる彼の喉元には、カインの剣の切っ先が突き付けられていた。
「君は、少しばかりオレに甘えているんじゃないのか? 君が争いを好まない性分だっていうのは、悪いことじゃない。けど、力を持つことが、悪いってことじゃないんだぜ」
「カイン、俺は――」
「言っとくが! 誰も傷付けたくないなんて、青臭いこと言わないでくれよ。君とガランの関係は、既にオレの心を痛く傷付けているんだからな!!」
「な……」
「冗談だ。半分だがな」
 カインは双剣を鞘に収め、肩をすくめて溜息をついた。
「隙を付かれたくらいで、オレに簡単にやられている程度じゃダメなんだよ。君は強くならなくちゃいけない。せめて、大切な人を自分の手で守れるくらいはな。でないと、いざって時に、きっと後悔する」
「カイン……」
「強くなれよ。傷付けるばかりが力とか、強さじゃないんだぜ。この国は。多少平和ボケしているところがあるから、余計にそう思えるのかもしれないけどよ」
 ゆっくりと立ち上がるエクスティムの横を通り過ぎ、背を向けたままカインは言葉を掛けた。
「だが、俺はお前のようになれる自信はない。俺はどうすれば強くなれる!? どうすればガランを守れる!?」
 船に乗り込むカインを追い掛け、エクスティムは縋るように叫んだ。
「そんなモン知るか! オレは君の親友だが、教師じゃないぞ。そういうのは、自分流でいいんだよ。君は、君らしく強くなれ。心が思ったままに行動。良くも悪くも、それは何もしないよりもマシな結果に繋がっているモンだ」
 甲板に立ったカインは、船の前で立ち尽くすエクスティムを見下ろしながら、最後に笑い掛けた。
「そうだな。それじゃ、三年程時間をやる。その間に、君はオレより強くなれ。そうしたら、オレは生涯、この国を君と共に守ることを誓おうじゃないか」
「三年か……長いな」
「ま、気の持ちようでなんとでもなるさ。オレは、オレのために強くなって、この国に戻ってくる。その間、オレを越えられるように君も努力して見せろ」
 船が汽笛を鳴らし、出発の時を告げる。カインはエクスティムの返事を待たず、更に口を開いた。
「じゃあな。今生の別れってわけじゃないんだ。そんな顔するなよ。とにかく、オレの居ない間、ガランのことは任せたからな。メルの奴にも、上手く言っといてくれ」
「カイン……! 必ず帰って来いよ!!」


***


「そして現在、オレはこうして帰ってきたわけだが……アンタたちはどうするんだ?」
 カインは港に下り、振り返って甲板上の船員たちに訊ねた。
「そうだな……このまま引き返すには、ちと心許無いんで少しばかり物資を調達したい。街まで案内頼むぜ」
「了解。それじゃ、オレに付いてきてくれ」
 船長の言葉に頷き、カインは城下への道を歩き始めた。
「ふう……やっぱ、地元の空気は違うな。懐かしいぜ」
 大地の呼吸を感じながら歩き、大気に精霊が居ることが判る。外の世界とこの地は、やはり精霊の存在率が高いのだろう。
「それにしても、この山を登るわけですか。中々難儀な話ですね」
「ああ、それに関しては問題ないぜ。抜け道があるんだ」
 霊峰スピリチュアルを仰ぎ、感嘆の息を洩らす副船長に、カインはニヤリと笑い掛けた。スピリチュアルの麓を少し回り、丁度崖になっているところに差し掛かると、彼は手探りでそこを調べ始めた。
「お、この辺だな……オレの頭、まだ覚えていてくれて助かったぜ」
 何かを探り当てたのか、カインは調べる手を止めると、念じるように目を閉じた。
「旦那、一体何を……」
「しっ、船長。何か、様子がおかしいです」
 不意に、カインの周囲の大気が揺れた。彼のコートが重力に反してゆっくりと持ち上がり、静かに地響きを上げながら、岸壁が動き出した。そして、その奥からポッカリと巨大な空洞が見え始める。洞窟への入口のようだった。
「とまあ、これがエレメンタル城下への入口になる。もっとも、これを扱えるのは国の者だけだがな」
 そう言って、意気揚揚とその中へ入っていくカイン。が、半ば呆然としている船長と副船長に気が付いて振り返り、
「ちなみに、ちゃんとオレの後を付いてこないと、閉じ込められるぜ。精霊干渉能力がないと、この道は開かないからな」
 彼の言葉に我に返ると、二人は急いで彼の後に続いた。
「精霊干渉能力……って言ったか? 噂に聞くが、精霊士ってヤツの技を始めてみたぜ」
「ハハ、オレは精霊士っていうほど上等じゃないぜ。今みたいなことは、この国で育った奴なら誰にだってできることさ。ちょっとばかり精霊に呼びかけて、道を開けてもらっただけだからな」
「そういうモノですか……」
 感心する二人に苦笑しつつ、カインは先へと進んだ。そして、出口の光が見え始め、彼が懐かしの祖国を拝もうと一歩外に出た瞬間、それは起こった。
「お前たち、何者だ!?」
「うお!?」
 陽光に映える銀色の刃が、カインの目の前に振り下ろされ、進行を阻んだ。思いもよらぬ歓迎の仕方に一瞬肝を冷やすも、彼は気持ちを落ち着けてその剣の持ち主の顔を確認した。
「……メルサイア、か?」
「え? まさか、カイン……団長?」
 カインに剣を突きつける女性、メルサイアの表情は、彼がカイン本人だと確信した途端、驚きから怒りに変わっていた。
「いったい……」
 カインがトーンを低くした彼女の声に気付いた時は、もう既に遅かった。
「いったいどの面を下げて帰って来たんですか!!」
「ぐお!? ……く、腕を、上げたな……」
 鳩尾に突き刺さった彼女の拳を見ると、カインはその場で昏倒していた。


「――んで、なんでまたオレは、監禁部屋に居るわけ?」
「不法入国者です。判断が下されるまで、しばらくそうしてもらいます」
 目が覚めると、カインは大人一人がなんとか横になれる程度の小部屋に居た。鍵は外から掛けられており、内側からは開けられない仕組みになっており、完全な密室となっていた。
 彼のいる場所は、エレメンタル王国の自衛団が持つ監禁部屋だった。問題を起こした者に懲罰を与えることが主立った目的であるが、極稀に外界からの来る不審な者を捉えるために使われることもある。
「不法も何も、オレはこの国の人間なんだがな」
「いずれにせよ、あなたが不審人物であることには変わりありません! そこで頭を冷やしなさい!!」
「うーむ、オレがここに居る理由は、どう考えても君の私情が90パーセント以上を占めると思うのだが」
「……もういいです。しばらくすれば、エクスティム様とガラン様がお見えになられますから、心の準備でもしておいて下さい。私はこれで失礼しますから」
「何!? ちょっと待て。オレに生き恥を晒せというのか? 監禁部屋で再会なんて、カッコ悪いじゃないか!」
「私の知ったことではありません。まったく、変なところでプライドを見せないで欲しいモノですね」
 そうして、メルサイアの足音が遠ざかっていった。本当に行ってしまったらしい。
「く、メルの奴。性格は変わってないな。確かに自衛団をほったらかして旅に出たオレもオレだが、ここまで根に持つことになろうとは……」
 腕を組み、一人唸ることしばし、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ん、誰だ。オレを笑いに来た奴は」
「笑いを通り越して呆れているところだ。開けるぞ」
 鍵の開けられる音がし、監禁部屋の扉が開かれた。陽光を背に、エクスティムの姿がそこにあった。
「よう、久し振りだな。親友」
「お前は相変わらずだな、カイン。まさか、こんな形で再会するとは思わなかったぞ」
「まったくだ。オレも予想しなかったぜ」
 バツの悪そうに頭を掻きつつ立ち上がり、カインはエクスティムと顔を突き合わせ、互いに笑みを浮かべた。
「兄さん……」
 そして、不意に彼は胸に寄り掛かる存在を感じた。視線を落とすと、一人の女性が彼の胸に顔をうずめていた。
「ガランか。しばらくだな」
「わたしには、そのしばらくは長過ぎました」
 少しくすぐったい感じがしたが、カインはしばらくガランをそのまま胸に預かることにした。
 しばらくして彼女は顔を上げ、目尻に溜まった涙を指で拭うと、微笑を浮かべた。
「おかえりなさい、兄さん」
「ああ、ただいま」
 彼女の頭を軽く撫で、カインは監禁部屋から外に出て、軽く伸びをした。
「うーん、解放感。まったく、酷い目にあったぜ」
「そのようだな。メルサイアから報せを受けた時は、まさかとは思ったが」
「オレの予定じゃ、もっとカッコ付く再会の仕方が望ましかったんだけどよ」
 大きく肩を竦めるカインに、ガランはクスリと笑った。
「兄さんらしいですね。ちっとも変わってない……」
「まったくだ。何はともあれ、ひとまず国王に帰還の報告をしてもらわなければならないな」
「はいはい、心得ておりますよ。っと、ああ、そうだ。忘れるところだった」
 と、早速城へ向かおうとした時、カインは思い出したように手を打ち、エクスティムとガランに向き直った。
「そういえば、オレと一緒に、もう二人ほどここに来た奴らが居たんだが、知らないか?」
「ああ、そう言えば、お前と一緒にメルサイアが連れて来ていたはずだ。後で迎えに行ってやるといい」
「そうか、悪いことしちまったな……とりあえず、挨拶してから行くとするかね」
 何処か遠い目をしつつ、カインはメルサイアへの言い訳を考えながら歩みを再開するのだった。


***


 それからカインは国への帰還の報をするため、国王テイロスとの謁見を済ませた後、自衛団の本部へ足を運んだ。そこで待っていたのは、ある程度予想していたが、メルサイアの渋い顔だった。
「挨拶回りは終わりですか?」
 彼女は椅子に腰掛けており、読みかけの本を閉じて机に置くと、カインに顔を向けた。
「あー、いや、これから始めようかと思っていたところだ。その前に、オレの連れを迎えに来たんだが」
「海賊たちのこと、ですね?」
「そう邪険にするなよ。賊だからって、何も有害な奴らばかりじゃないぞ」
「それは、あなたが賊のような性分だからでは?」
「く……! 人が下手に出ていればいい気になりやがって! 一体オレが君に何をしたっていうんだ!!」
「子供じゃないんですから、そういう言い分は止めてください」
 メルサイアは溜息をつき、腰に手を当てつつ立ち上がった。
「強いて言うなら、団長の任を放り出して旅に出た結果、副団長である私が自衛団の管理を全て行なっていたこと。そして、その点に関して、あなたから一言の謝罪も受けていないことです」
「なんだ、オレに謝って欲しくて拗ねていたのか。意外と可愛いところがあるじゃないか」
 次の瞬間、カインの右足はメルサイアに思い切り踏み付けられていた。
「――い!? 痛ッ!! ちょ、ちょっと待て!! 待てって!! おいッ!!」
 踏み付けられた状態で動くこともできず、叫ぶカインにメルサイアは満足したようで、足をどけた。カインはしゃがみ込み、足を手で抑えて苦しげにうめいている。
「くそ、ちょっとした冗談じゃないか」
「笑えません」
 カインの言葉に対し、メルシアもスパッと言葉で斬り捨てた。痛みが治まってきたところで、ひとまずカインは立ち直ってメルサイアと顔を付き合わせた。
「な、なんですか? 急に真剣な顔をして」
「悪かったよ。君に黙って出て行ったことに関しては、すまなかったと想っている。でも、言えば反対されるのは目に見えているし、ああいう形を取らざるをえなかったんだ」
「それはお察ししますが、三年という月日は長過ぎます」
「オレにとっちゃ、短いモンだったぜ? そのうち土産話でも聞かせてやるからさ。とにかく、ただいまってことで勘弁してくれよ。この通りだ」
 両手を合わせて頭を下げるカインに、メルサイアは諦めたように肩を落とし、息をついた。
「仕方ありませんね。あなたの性分は、今に始まったことではありませんから。……おかえりなさいませ、団長」
「ああ。頼りにしてるぜ、相棒」
「相棒……ね」
 呟いて言うと、メルサイアはカインと再会してから、初めて笑みを見せた。
「で、話を戻すが、オレと一緒に居た海賊の二人だが」
「ええ、彼らなら、別室であなたを待ってもらっています。特に目立って危険なところもないようなので、問題はないと判断しました。ご自由にお連れください」
「なーんか、オレとは随分対応の良さが違うな……まあいい。また寄るから、そのときは茶でも出してくれよ。じゃあな」

 そうして、カインは船長と副船長と無事に再会を果たし、二人を案内がてら、城下へ行くことにした。出て行った当事と代わり映えはせず、逆にそれが懐かしくて心地良い気分だった。
「よし、大体の場所は回ったな。後はまあ、適当に見物でもしておいてくれ。オレはそろそろ、用事を済ませないといけないんでね」
「ん、ああ。わかったぜ。と、その前に訊いときたいんだが、帰り道はどうすりゃいいんだ。旦那が一緒じゃなけりゃ、山の抜け道は使えねえんだろ?」
 城下を一通り案内したところで、思い出したように船長がカインに訊ねた。それを聞き、「ああ」とカインは手を打った。
「そういえば、そうだったな。帰りのことまで気が回らなかったぜ。それじゃあ、こいつを使うといい」
 そう言うと、彼はコートの内ポケットから赤く輝く球状の石を取り出し、船長に手渡した。
「こりゃ、いったい?」
「精霊石っていう、精霊の力を閉じ込めておく石さ。ま、この国以外じゃ、珍しい代物だろうな。万人がお手軽に使える便利アイテムだ」
「つまり、それを使えば、精霊の力を引き出し、抜け道の扉が開くというわけですね」
「そういうことだな。飲み込みが早くて助かるぜ」
「しかし、貰っちまってもいいのか?」
「ああ。使えば中の力も消費されるし、中に力を詰めるには、精霊を扱える人間が必要だからな」
「私たちには、無用の長物というわけですか」
「ま、そういうことだな。んじゃ、確かに渡したぜ」
 カインは踵を返すと、片手を上げて振りながら、二人の元を去っていった。

「――カイン」
「ん? エクスか、偶然だな」
 と、城へ戻る道すがら、カインはエクスティムと出会い、思わず笑みを浮かべた。
「丁度良かった。少し、君と話がしたかったところなんだ」
「……そうか。実は、俺もお前を探していたところだった」
「へえ、もしかして、オレたちって通じ合っているとか?」
「かもな。ここでは場が悪い。場所を変えよう」
「いいぜ。どこへなりとも、付き合おうじゃないか」
 軽くおどけた調子でエクスティムの提案に応じるカイン。彼の顔には薄い笑みが浮かんでいたが、目は真剣そのものだった。


 城と城下を一望できる小高い丘。国の者たちに愛される憩いの場の一つである。夕暮れ時となった今では人の影はなかったが、その方が話すには丁度良かった。
「さて、それでは君の話を聞こうじゃないか」
「ああ、そうだな」
 腰を下ろして楽な姿勢を取るカインに対し、エクスティムは彼の傍らに立ったまま呟くように言った。彼は、城下を見下ろしながら続ける。
「お前が発ってから三年間、色々と考えたよ。俺がお前の言う『強くなる』という意味を何処まで理解できたかは分からないが、努力はしたつもりだ」
「へえ、それで? 君は何処まで強くなった?」
「今では、国の大神官だ」
「な……大神官だと!?」
 思わぬ答えに驚き、カインは思わず腰を半分浮かせていた。大神官とは、王国を守護する精霊士団の長の肩書きである。そして、将来的にガランと一緒になることを約束されたような立場でもあった。
「精霊国家のオレたちの国じゃ、大神官ってのは、特別な立場だぜ……やりやがったな」
 笑い声を漏らして肩を上下させるカインに向き直り、エクスティムは静かに口を開いた。
「約束、忘れたわけじゃないだろう。俺は強くなった。だから、お前も――」
「いや、一つ重要な条件が抜けている」
 カインは「待った」と片手を突き出し、エクスティムの言葉を遮ると立ち上がった。
「確かに大神官ってのは、強くなければいけないことはもちろん、国王にガランとの将来を認められた者にしかなれない立場だ。だが、まだオレは君を認めるわけにはいかない。約束は、君がオレよりも強くなることだったはずだぜ」
「……何故だ? 何故、お前は強さに拘っているんだ。俺とお前、二人で国を守っていければ、それでいいじゃないか!」
 双剣に手を掛けようとするカインに、エクスティムは苦い表情で言う。しかし、カインは首を横に振った。
「オレが拘っているのは、そういうことじゃないぜ。君は充分強いさ。再会したとき、雰囲気で分かったよ。でも、それだけじゃダメだ。君の強さをオレに直接ぶつけて、納得させてくれ。そして、きっちり諦めさせてくれよ。ガランのこと、オレは今でも諦めがついてないんだぜ?」
「お前、ガランのことを……」
「皆まで言うな。オレは戦わずして負けた惨めな男さ。敗戦と分かっているってのに、玉砕覚悟で仕掛けるほどバカでもないぜ。ならせめて、オレはオレのやり方で、あいつを守ってやるって決めたんだ」
 双剣を抜き、カインはエクスティムの腰に下げた剣を顎で示した。
「さあ、決着を付けようぜ。親友」
 カインはエクスティムを見据え、若干口端を持ち上げた。夕焼けが彼の意志を助長するかのように、褐色の肌に赤い影を落としている。
「どうしても、なのか? カイン」
 まだ意志の揺らぎを感じさせる言動を見せるエクスティムだったが、カインはそんな彼の意志を斬り捨てるように、手にした双剣を振るい、構えを取った。
「くどいぜ! オレは君と約束した! そいつを果たすために、オレはこの国に戻って来たんだぜ……今更そりゃないだろう。オレをお馬鹿さんにしてくれるなよな」
「そう、か。そうだな。済まない……なら、俺も全力で相手をしようか」
 身を覆うローブを翻し、エクスティムはカインと視線をぶつけた。若草の匂いを孕んだ一陣の風が、二人の間を駆け抜ける。
「迷うんじゃあないぞ。オレはこの日のために、ここに居るんだからな」
 その風が止んだのを合図に、二人は同時に踏み締めた地を蹴った。
「昔はよく喧嘩して、全力でぶつかっていたよな。懐かしいぜ」
 カインはエクスティムの眼前まで迫ると、双剣を交差させるように振るった。エクスティムはそれを剣で受けて弾き返し、反動を利用して後ろに飛び、カインとの距離を取る。
「そうだな。その理由の大半が、『どっちがガランと結婚するか?』だったかな」
 苦笑交じりに笑うと、今度はエクスティムがカインに仕掛けた。動きを最小限に抑え、一撃の重みよりも手数を重視した攻撃だ。カインは降り注ぐ剣の嵐の一つ一つを丁寧に受けて流しながら、余裕の笑みを浮かべた。
「今思うと、なんともこっ恥ずかしい理由だよな。勝つのはいつもオレだったが、ガランはいつも負けた君の心配ばかりしていた……参ったね」
 カインはエクスティムの出足のタイミングを見計らい、次の一撃を屈んで交わして足払いを仕掛けた。バランスを崩して仰向けに倒れそうになるエクスティムに、ここぞとばかりにカインの双剣が襲いかかる。
「そうだったかな。すまん、よく覚えていない」
 双剣が振り下ろされた瞬間、突如カインの目の前で空気が轟音と共に爆ぜた。彼が怯んだ隙に、エクスティムは体勢を立て直して安全な位置まで下がる。
「く……っ! この野郎、精霊を使いやがったな」
「最初から、お前と同じ土俵で勝てるとは思ってないからな」
 剣の腕ならば確実にカインの方が上だと、エクスティムは判断していた。カイン自身も、今の一戦でそれが分かっていた。もっとも、それで手を抜くわけもないのだが。
「――ちっ、もういい。やめだやめだ。オレの負けだよ」
 突然カインは双剣を鞘に収め、降参だと肩をすくめた。訝しげに様子をうかがうエクスティムに、彼は言った。
「君はさっきの爆発を起こした後、オレに一撃を食らわせるくらいの芸当はできたはずだ。何が全力で戦うだ。そんなことで、オレは誤魔化されないぞ」
「……すまない」
「いや、君らしくて良い。それでこそエクスだ。そこまで意地があるってんなら、それも充分覚悟だろ。認めてやるよ、君の強さ」
 エクスティムに歩み寄り、その肩をカインは軽く叩いた。エクスティムは複雑な表情を浮かべていたが、彼は気楽に笑ってみせた。
「そんな顔をするなって。納得がいかないのなら、もう一戦やるか?」
「いや……もう充分だ」
 どっと気が抜けて、エクスティムはその場に座り込んでいた。
「約束は、守るんだな?」
「ああ、守ってやるよ。オレは君の剣となって、この国を守ることを誓う。受け取れよ」
 カインは自身の双剣を腰から外し、エクスティムに差し出した。エクスティムは一瞬躊躇うように手を止めたが、素直にそれを受け取ることにした。
「わかった。共に、この国を守っていこう。よろしく頼む」
 双剣を強く握り、エクスティムはそれを再びカインの手へと戻した。カインは満足そうに頷き、腰に掛ける。
「さて、こうして晴れてオレは次期国王様の剣となったわけだな。オレが剣なら、さしずめ君は盾と言ったところだな。よろしくやっていこうぜ」
 そう言って踵を返すと、彼はその場を立ち去ろうとした。
「カイン、何処へ?」
「敗者は潔く引き下がった方がカッコがつくだろうが。君も、早いとこ帰ってやれよ」
 それだけ言い残して、エクスティムを置いてカインは丘を降りて行った。その先で、誰かを待つように立っているメルサイアの姿を見つけ、彼は立ち止まった。
「お疲れ様です」
「なんだ? もしかして、聞いていたのか?」
 畏まって労いの言葉を掛けてくる彼女に対し、気味の悪いものでも見るかのような目つきで彼は言った。
「あなたが不穏な動きをしていないか見張っていましたところ、偶然」
「何だそりゃ。オレ、一応団長なんですけど」
「団長であろうと、あなたは私の中での要注意人物の一人にリストアップされているんです」
「そいつは光栄な話だな……まあいい、帰るぞ」
「はい」
 メルサイアは頷き、城へ帰るため二人は肩を並べて城下を歩いた。
「……」
「……」
 どちらから声を掛けるでもなく、長い沈黙が続いた。そんな中、カインがそれに耐えかねたように口を開いた。
「……おい、なんで黙っているんだ?」
「それは団長も同じです」
「なんでもいいから話せよ。こういう空気は苦手なんだ」
「では、今後の自衛団の警備の方針について」
「やっぱり止めだ。話すな」
「我侭ですね。せっかくご要望にお応えしようとしたのに」
「そっちの空気の方が苦手なんだ……気にならないのか?」
「何がです?」
「オレとエクスのやりとりを見ていたんだろう」
 とぼけたように言うメルサイアに、カインは言った。彼女は少しだけ口を閉ざしたあと、ゆっくりと頷いた。
「そうですね。興味がないと言えば嘘になりますが、私が口出しするところではないと思います」
「連れないヤツだな。少しくらい突っ込んでくれてもよいモノを」
「そうですね……では、一つだけお伺いしましょうか」
「おう、どんとこい」
「何故、あなたが国を出て行く必要があったのですか?」
 彼女は真摯な瞳で彼に訊ねた。彼女の表情に一時言葉を詰まらせたが、カインは誤魔化すように咳払いをして話し始めた。
「エクスを鍛えるためだ。あいつは、どうもオレを必要以上に頼る節があるからな。少し突き放した方がいいと思ったんだよ。それに……ガランのこともあったからな」
「そうですか……そうでしたね。あなたは、ガラン様のことを……」
「本当に守ってやらないといけないのはエクスなんだ。あいつが守らないで、誰が守るってんだ。オレは何処までいっても、ガランの『兄さん』でしかないんだ。それ以上にはならないんだよ」
 どことなく開き直ったような口調でカインは言った。
「だが、今回のことで確信した。エクスは強くなったが、オレの期待通りの強さじゃなかった」
「――? しかし、あなたは負けを認めたのでは?」
 落胆したように肩を落とすカインに、メルサイアは怪訝に訊ねた。
「確かに負けは認めたよ。あいつは強くなった。けれど、できることなら、オレはあいつに剣になって欲しかった」
「剣、ですか?」
「そう。ガランと、この国に降る遍く災厄を打ち砕く剣だ。だが、あいつの強さは、それとはまた違う。盾だ……あいつの強さは、大切なモノを守るための盾の強さだった」
「……それで、あなたが剣役を買って出たのですね」
「ま、そういうことだ。オレがこの国を出て行ってから、あいつなりに考えて出た結論がそこなんだろう。あいつは、他人を傷付けることに、根っから向いていないみたいだ。しかし、盾が耐えてばかりじゃ身が持たないのも事実。攻撃役の剣はいるだろう」
「結局、団長はエクスティム様に甘いのですね」
「適材適所だ。オレは剣。エクスは盾。それぞれのやり方で、オレたちはこの国を守っていく。もちろん、君にも手伝ってもらうぜ」
 軽くウィンクしてみせるカインに、メルサイアは苦笑を漏らした。
「私では、せいぜいあなたの錆取りくらいにしかならないと思いますが、それでよろしければ」
「上等だ。何にせよ、エクスには生涯、オレより幸せになってもらう。オレに勝った男だからな」
「そのために、団長には今まで以上に頑張ってもらわなければいけませんね」
「君もいることだし、楽な仕事だとは思うんだがな」
「他力本願は関心しません……まったく、あなたという人は、つくづく困った方ですね」
「そう言うなって。頼りにしているんだからよ。副団長さん」
 カインは明るく言ってメルサイアの肩に腕を絡ませた。
「うわ! ちょっと、いきなり何をするんですか!」
 カインの突然の行為に、彼女は慌てて彼の腕を振り払った。彼は面白くなさそうに閉口し、肩を落とした。
「やっぱり連れないな。傷心のオレを労わろうっていう気持ちはないものなのかね」
「その様子をみれば、そんなモノ必要ないことは充分判断できます!」
「あ、そう。んじゃ、オレは一足先に城へ戻るわ。君は見回りでもしながら、ゆっくり帰って来てくれ」
「団長! はあ……! まったく、やはり、困った方には変わりありませんね……」
 わざと大袈裟な溜息をつき、メルサイアは走り去るカインの背を見送った。これからまた、慌しい日々が始まる。そんな予感を抱きながら。




――遠い過去、大切なモノのため、誓い合う二人の青年がいた。

――剣として、盾として、二人は互いになくてはならない存在であった。

――崩れ散る魂と共に、抱いた想いが呑まれようとも、彼らの絆は消えはしない。

――彼らの想いは、遠い未来を呼び覚ますのか。

――その想いに応える者、それは……




BRAVERS SIDE STORY『カイン・ジャスティカー 〜誓いの剣〜』
―THE END−




〜後書き〜

どうも、ひ魔人です。
 ふと思い立って書いてみました。外伝小説。「BRAVERS SIDE STORY」と銘打って見ましたが、何の捻りもありませんな。
 本編では語り切れなかった、お気に入りのサブキャラのお話を書いてみたかったのが書こうと思った切っ掛けですな。
 メインキャラはこれから本編でも語る機会はあるわけですしね。
 で、今回(次回があるのかどうかはさて置き)はカインを主軸にエクスティムとの物語を作ってみたわけです。
 こいつは本編ではアレだったので、個人的にはかなり惜しいキャラの一人でした。こいつを書いたのはけっこう前の話なので、多少芸風変わっているかもしれません。(^^;

 んで、晴れて主役となったカインなわけですが、守りたいものを表立ってではなく、人知れず影で支える。嫌味のない強さと熱さを持つ男。そんなイメージの男です。
 個人的には、エクスよりもメルサイアと組ませた時の彼の方がお気にですね(笑)。
 自衛団団長就任を巡って彼女とバトルを繰り広げるというエピソードもあったのですが、それはまた別の機会があれば語りたいです。

 そひでは、最後にカインのプロフィールを載せて、この場は締めさせていただきます。またです!(座礼)


<カイン・ジャスティカー>
性別:男
年齢:24歳(本編時)
身長:182cm
使用武器:双剣『グランドクルス』
好きな動物:人に媚びずに生きる犬
人生の抱負:心が思ったままに行動、出たとこ勝負

 エレメンタル王国自衛団団長を務める男。エクスティムとガランとは古くからの付き合いで、ガランからは『兄さん』と親しみを込めて呼ばれている。
 軽い口調におどけた態度が目立つが、義理堅く、信じたことは貫き通す強さを持つ。



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