「雨、か……」 夜になって降り出した雨を窓越しに眺めながら、刃神 零司は呟いた。 別に何かを思い出すわけでもない。ただ、雨というのはあまり好かない。 夏の雨はあまり気にならないが、今は秋だ。一番雨が気になる季節だ。 「……遅いな」 零司は壁に掛かっている時計に目をやる。時計は「8時25分」をさしていた。 彼は8時に人と会う約束をしている。昔からの友人だ。その友人とは9年ほど会っていない。 今回、友人が来るのは相手が望んだことだ。そのはずだが、いっこうに相手は現れない。時間にルーズではないはずだ。零司が知る範囲では。 零司は「待つ」という行為に慣れている。時間をつぶすのが得意だからだ。正確には、本を読んでいるだけで時間経過を忘れるだけ、とは今は亡き彼の妹の言である。 零司は台所へ行き、自分のコーヒーカップに先ほど煎れたコーヒーを注ぐ。 ここ何年かで、コーヒーにもこだわりができた。とは言っても、豆の銘柄にこだわっているわけではない。入れ方にこだわりがあるのだ。まあ、どんなこだわりかは、省くが。 「『蒼の災害』から数十年あまり……そろそろ変革があるかもしれんな……」 そう言いながら、コーヒーカップを机に置く。 「……妙だな、普段こんなことは考えないが……むぅ」 零司が上半身だけで「考える人」のポーズをとったそのとき、ドアが叩かれた。そういえば、チャイムが壊れていたか。 「鍵は開いている。入るなら入れ」 ……入ってこない。 零司は玄関に行き、怪訝な面持ちでドアを開けた。 「……おい」 「あー、ごめん、手が塞がっててさ」 「だからといってドアを蹴るな……お前の脚力から考えると蹴破られかねん」 「まあ、それはおいといて、これ」 彼女は左手に持っていた『石』を零司に投げてよこした。零司はそれを右手で受け取り、少し角度を変えながら眺める。 「魔物に遭遇したか……まあ上がれ」 零司はそう言ってから自分の椅子に戻り、彼女も適当に椅子に座った。 「久しぶりね、零司」 「ああ、久しぶりだな」 軽くあいさつを交わして、零司は机の上に置いてあったコーヒーを一口飲む。 「あれ、零司ってコーヒー党だっけ?」 「最近になってからだ……他の二人は?」 「あの二人はギルドの方に行ってるわ。いろんな処理で」 「それはいいとして、その桜花を何処かへ置け」 「そうね、えーと、零司の流零はどこに置いてあるの?」 零司は本棚の横にある棚を指さしながら、またコーヒーを一口飲む。彼女は『玩具』が入った長袋をその棚に置く。 ふと、薙刀型の玩具である流零の横に木箱があるのに気付いた。 「これって……零美のだよね。飾ってるんじゃなかったっけ」 「今日はお前以外に客がいたからだ」 「そっか、あの『聖具』は結構貴重な物だしね。下手な奴に見せたら、危ういしね」 「まあな。で、念のため聞いておくが、何のようだ、楓」 楓と呼ばれた彼女は、零司の問いを無視するようにその木箱を手に取る。 「9年、か……結構早いんだね」 「経過した時は短く感じられるものだ」 「ふぅん……そんなものかねぇ……」 そう言いながら楓は木箱のふたを開け、青く輝く水晶玉を取りだした。しばらくそれを眺めたあと、零司に向かって放った。 零司がそれを右手で受け取る。 「しかし、『聖具』は使用者とともに死ぬはずなのだが……」 「世の中例外なんていくらでもあるわよ。非現実的な表現をすると、『零美の魂は今そこにある』……なんちゃって」 零司は水晶玉を手の上で遊ばせながら、それに対する感想を声に出した。 「確かに……非現実的ではあるな。だが、それはこの世界ではありえること……俺たちがそう思いたいのかもな」 楓はその言葉を聞いてしばらく考えたあと、首を傾げた。 「この世界では、か……ね、『魔法という力は、きっと魔物に対抗するために与えられた力』って言うけど、もしかしたらこの二つは同種のモノなのかも知れない、とか思わない?」 「……人を滅ぼすは人、魔物を滅するは魔物、と言うことか?少々行き過ぎだとは思うが」 「私もそう思うけど、現に魔法使いでもない私が人外の力を持っているのよ?そうだとしても、おかしくない……この世界ならね」 「そう……かも知れないな」 曖昧に答え、零司は自分のこめかみを押さえる。どうでもいいが、余計なことを考えすぎだ。 「時が、解決するだろうな。おそらく」 「うんうん。そうやって悩むのは似合わないわよ。零司は悩むにしたって、一瞬で答えを出さなきゃね」 零司は昔この「親友」の言葉を思い出していた。 『私は零司を世界で一番信頼してる。それが、私にとっての心の真実、ってやつよ』 この言葉を聞いたのは何年前だったか。もう、ずいぶん昔のように思える。 「それにしても、お前は変わらんな」 「そりゃそうでしょうね。生まれてこのかた27年、性格はずーっとかわってないしね。そう言う零司は変わったみたいね」 「……そうかもしれんな」 「少し冷淡さが増した。まあ、冷静沈着で目下に甘いのは変わってないみたいだけど」 楓は零司と数分会話しただけで、彼が以前に増して冷淡になったことを読みとっている。零司がそう言った部分をあまり見せなかったのに関わらず、だ。 と、零司はあることに気がついた。 「あとの処理をあの二人に頼んだと言ったな。いいのか?あの二人は戦闘以外能がないように思えるぞ」 「うーん、どうだろうねぇ?いつも私がやってたけど、まあいい経験になるんじゃないの?そろそろ別行動する予定だし」 「それで、お前はどこに行く予定だ」 「私は……京都方面に行くつもり。あそこ、色々とあるし。ちょっと気になることもあるしね」 「気になること?……裏には手を出すなよ」 「わかってるわよ。いくら何でもそんな危ない橋を渡る気はないわ」 楓は手をぱたぱたと振りながら、零司の手にある青く輝く水晶玉を見る。 「それの名前ってなんだっけ」 「たしか……リューン・ディフェンだったな。防御以外に力無し」 「それ使ってたら、ミサイルでも大物の攻撃でも無傷でしょうね」 「違いない」 事実、あれのおかげで助かったことがある。そのせいで零美が病床に伏せてしまったのだが。 零司は残っていたコーヒーを全て飲み干し、空になったカップをかたづけるために台所へ向かう。 「んー、あ、そうだ。仕事の方はどう?」 「ん……ああ、まあまあだな」 「やっぱりそう言うと思ったけど、零司の名前って結構医師業界では有名だから、私たちもちょっと調べれば、すぐに情報が入るのよ。まあ、知り合いにそういうのが得意な人がいるからだけど」 「それで、お前達はどうなんだ」 零司は「リューン・ディフェン」を棚の上に置き、それから椅子に座り、楓の方を見る。 「そうね……稼ぎは上々よ。いつ稼ぎがなくなるかわかんないから、倹約してるんだけどね」 「……ひとつ奇妙な質問をするが」 「質問?」 「ああ。今、この世界で人間同士の戦争が起きるか、だ」 楓は少し考え込んでから、その問いに答えた。 「今は起きないと思う。だけど、起きるんじゃないかな。人間の本質なんて、今も昔も変わらない。しかも、「幻想時代」の産物たる魔物、それに魔法使いをも利用して、自分の手を汚さずに殺し合いをやろうとする」 楓はそこでいったん言葉を切った。そして苦々しく言葉を続けた。 「血で汚れた手袋を新しい手袋に変えて、それで自分の手は汚れていないだなんて、ばかげてる。それだったら、凶悪殺人犯の方がまだましよ。少なくとも自分自身の手で殺しをやっているから。まったく……最低のやり方よ」 「同意見だな。二十世紀末のこの国の政治家は特にそんな奴が多かったと聞く。戦争論者のくせに自分や自分の身内は戦場に送ろうとしない……国が腐っていたのもおかしくはない……何度か結界区に行ったが、どうも連中はいけ好かん」 「金持ち連中のこと?まあ、いいんじゃない。しぶといというか図太いというか、そう言う連中だもの……一番最初の奴はそうだったでしょうけど、今はどうかしらね」 二人はそこで黙り込んだ。こんな不愉快な話題を出すべきではなかったのだが、どうも誰かがそうさせたようだ。 「あー、なんか、無駄に腹が立った。話題変えましょ」 楓は今までの話題を流して、別の話題に変えた。彼女にとって、さっきの話題は腹が立った以外、なにもなかったらしい。 「はぁ……」 楓がため息をついた。腹が立ったついでに腹も減ったらしい。 「数十年前にはあり得なかったことが、今目の前で起きている。この先、何があるか見当はつかないがそれでも俺たちはこの世界で生き続ける、生き続けなければならない……例え先が見えなくても」 「一寸先が闇であっても歩を進めなければ何もできない。んっ、名言ね」 「自分で言うか」 軽くため息をつき、壁に掛かっている時計に目をやる。「9時12分」を指している。と、楓が急に立ち上がる。 「うわっ、もう9時まわってるじゃない!9時半に例の店に行かないといけないのに……」 楓は慌てて『玩具』が入った長袋を取り、玄関に向かい、ドアを開ける。 「それなら、裏道を使え。通りを行くより断然早い。道は悪いがな」 「ありがと。じゃ、またいつか、会いましょ♪」 楓は零司に別れを告げ、その場から去った。 それを見届け、零司は「リューン・ディフェン」を見る。 「もうすぐ冬か……たまにはお前に会いに行こうとは思うが、そうもいかない。俺を必要とする人がいるからな……いつか、その日が来ることを願う」 了 あとがき どうも、はにわです。 えー、なにげに修正したサイドストーリーです。 企画小説の世界をもとにしたオリジナルですが、一応本編に少しだけ合わせてます。 刃神 零司、自分が書くとずいぶん冷淡さがさがるなー(汗) では、また。 『聖具』「リューン・ディフェン」 零司の双子の妹、刃神 零美(はがみ れいみ)が使用していた『聖具』。 直径10cm弱の水晶玉。常に青く輝いているが、たまに黄金色に輝くときがある。 異常なまでに防御が特化されているため、攻撃能力は限りなくゼロに近い。 オリキャラ 「星野 楓(ほしの かえで)」 年齢は零司と同じ、職業は「一般人の賞金稼ぎ」。強いらしい。 |