「夕日の終わりまで」


「夕日が綺麗ねー」
一人の女性が、丘の上で軽くのびをして、夕日を眺めている。
ここは京都、なのだが、中心地からだいぶ離れている地域だ。そこがまたいいのかも知れないが。
「さ・て・と、今日泊まるとこ探さないと。連日野宿ってのはあんまり眠れないのよね」
そう言って、彼女は歩きだした。

彼女の名は星野 楓。彼女の髪は長く、後ろで無造作に束ねられている。完全に脱色されているが、どうゆうわけか所々朱くなっている。服装は動きやすいもの、というか、それ以外の用途を持っていないように思える。身体の方は少々筋肉質で、身長も平均女性のそれより高い。
さらに、彼女の手には長袋が握られている。おそらく彼女が身につけている物の中ではもっとも目立っているだろう。

「それにしても……」
ふと立ち止まり、夕日の赤に映える空を見上げる。
「結局『蒼の災害』って、なんだったのかしらね。地球環境の回復……魔物の出現……まったく、わけのわかんないことばっかりよね。ま、理由なんて今はどうでもいいことだけど」
そんなことを呟きながら、再び歩き出す。彼女が歩いている道、どこから見ても獣道なのだが、その周りは緑が多く、『蒼の災害』以前ではなかったことだ。だいたいここも、以前はちゃんと整備された街道であった。
「そろそろ人家があってもいいあたりだと思うけど……あ、あった」
彼女の視線の先に集落が見えた。そろそろ夕食の時間だけあって、家々に炊煙が上がっている。
「とりあえず、納屋でも借りて、一晩泊めてもらえれば、それでいいか」
そう計画を立てて、小走りに集落の方へ向かう。と、集落の方から悲鳴が上がる。楓がその方向に目をやる。
「魔物か……獣系の。大きさは、体長3mぐらいか。それじゃ、路銀稼ぎと、ついでに人助けね」
楓は長袋の中に入っている物を取り出し、それを一度振るう。
それは長さ2m以上の薙刀型の『玩具』であった。刃渡り40pの、かすかに朱く光る刀身を持っている。重量もかなりのものと思われる。
彼女はそれをいとも簡単に振るい、一気に走り出す。集落の方では、魔物が転んで逃げ遅れた人を襲おうとしている。
この距離からでは間に合わない。そう悟った彼女はそのへんに転がっている石をひろい、魔物に向かって投擲する。
彼女の肩力はプロ野球の投手以上である。100mくらいの距離なら、余裕でとどく。
投擲すると同時に全力疾走で魔物との距離を縮める。投げた石が命中して魔物が怯んだのを確認し、薙刀を横に構える。

そして―――

  一閃


魔物の首が宙を舞い、胴体は血を吹き出す。その前に楓は魔物の胴体を蹴りつけ、血が集落の方にいかないようにする。集落の入り口に血の痕が残ってしまうので、あまり変わらないような気もするが。
わずか十秒に満たない時間で、彼女は魔物を狩ってしまったのだ。ハンターでもこれほどの手際の良い者は少ないだろう。
楓が薙刀についた血を払い、長袋にしまっている間に魔物の首が地面に重い音を立てて落ちる。
「はい、一丁上がり、っと。えっと『石』は、っと……」
楓は魔物の死体を調べ、『石』を回収する。その『石』の一つを取り、それを調べる。
「んー、純度も大したことないし、そんなに大きくないし……ま、こんなものか……」
楓は背負っていたバックパックをおろし、回収した『石』をそれにしまい、周りを見る。すぐ近くに転んだ体勢のまま呆然としている女性に気づき、彼女に話しかける。
「ああ、大丈夫だった……立てる?」
楓はその女性に手を貸し、立ち上がらせる。
「……はい、大丈夫……です。ええと、あなたは一体……?」
「私はただの旅の賞金稼ぎよ。ああ、なんかお礼をさせるみたいで悪いんだけど、一晩泊めてもらえないかしら。ここのところの野宿続きなもので」
楓はやや早口で言い終わったあと、あることを思い出す。
「あ、あの死体の処理どうしようか。ちょっと面倒ね……って、もう腐りだしているか。火で燃やすのが丁度良いんだけど……それはここの人に任せるか」
どうでもいいが、数十秒前のことを忘れるとは、一体どうゆう神経をしているのやら……自分でやったのに他人に任せるというのもどうだろうか。
「それで、さっきの頼みなんだけど……」
女性に微笑みながら話しかける。会話で好印象を与えることも、交渉では重要なのだ。
「え……あ、はい。助けてもらったんですから……是非、うちに泊まっていってください」
彼女は少し頬を染めながらそう言った。周りを見れば気づくことなのだが、今この場には二人しかいないという状況をこの二人は気づいていない。
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ。私は星野 楓。あなたは?」
おろしていたバックパックを背負いながら、その女性にまた微笑みながら問う。
「え……ああああ、え、ええと、み、未央です。神楽 未央……」
彼女は途中裏声で、自己紹介をする。先ほどに比べてだいぶ声が大きい。すると、事態が変わったことに気づいた集落の住民が家の中からでてくる。
「あらま、さっきの魔物はどっこいった?」「それより、未央ちゃんと一緒にいるのはいったい誰だい?」「ま、まさか、未央ちゃんの彼氏!?そんな!!」「いや、女だろ、あれは」「それでも!!」「ええい、狼狽えるな!」「だって爺さん!!」
急に騒がしくなった。普段はいつもこんな感じなのだろう。それにしても、魔物より色恋沙汰話の方が優先されるとは、ここの住民もどうゆう神経をしているのだろうか。
未央は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。それでも、楓に話しかける。
「え、えっと、それじゃ、私の家に行きましょう。近くですから……」
未央は逃げるように小走りにその場を去る。楓もその後を追う。
「(村のアイドル、って奴かしら?大変そうねぇ……)」


「えっと、ここが私の家です」
未央が周りに比べて小さな家の前で止まり、扉を開けながらそう言う。
「へー、なかなかいい家じゃない。ところで、弟さんかなにか、いるの?」
「えっ……!?な、なんでわかるんですか!?」
未央は驚いて、少し裏声になる。
「だって、他と比べて小さいし二人ぐらいで暮らすには丁度良い大きさだからよ……あとはなんとなく」
「はぁ……そうなんですか……あ、どうぞ、あがってください」
未央は少し惚けた様子で楓を家に招き入れる。
「(やっぱり、ああいう性格の子って意外と平凡な男と結婚するのよねぇ……人生っていうのはわからないものよね)」
楓は腕を組み、そんなことを考えながら家の中に入る。家の中では、すでに未央がいそいそとエプロンをつけ、台所に立っていた。一体いつの間に移動したのやら。
「それじゃあ、食事の支度をしますので待っていてください」
「私も手伝うわよ。泊めてもらう以上、それぐらいのことはしないとね」
楓はバックパックと長袋を置き、台所に行く。
「で、でも……」
「大丈夫よ。だてに何年も旅をしているわけじゃない、料理の一つや二つはできわよ」
「そうですか。じゃあ、お願いします」


数十分後……


テーブルの上に様々な料理が置かれている。二人で食べるにしては少々多いように思える。
「……ところで、こんなに作ったのは失敗だったんじゃないの?」
「そ、そうかもしれません……で、でも弟が今日帰ってくる予定なんで、大丈夫だと思います」
相変わらず頬を染めながら、未央は言った。初対面の時から、未央は楓の顔を直視しようとしない。直視してしまうと、また顔が赤くなってしまうからだ。
そのことを楓も気づいていた。彼女にとっては自分に惚れてしまう同姓がいるのは日常茶飯事だ。告白されたことも多々あるが、その全てを振っている。楓にはその毛がないからだ。それと、すぐに別れてしまうのであまり親密な関係になることを避けるためでもある。
この子に告白されたら、なんて言おうか。そんなことを考えながら、椅子に座る。
さっきから顔を赤くしたまま何かをぶつぶつ言っていた未央は楓が椅子に座っていることに気づき、自分も慌てて椅子に座る。
「「いただきます」」
楓は手を合わせ、軽く会釈するように。未央は何かを胸の前で何かの模様をきりながら。

しばらくの間は二人とも黙ったまま食事をしていたが、料理の量が減るとともに、箸より口が動くようになった。
「あの……楓、さんってハンターなんですか?」
「ああ、違う違う。私は賞金稼ぎよ。さっき言わなかった?それにハンターっていうのは魔法使いじゃなきゃなれないのよ」
「あ……そ、そうですね……ごめんなさい……」
「別にあやまらなくてもいいわよ。だいたいあれって『聖具』に間違いられやすいし」
「じゃあ、あれって『玩具』なんですか?」
「ええ。でも、なんで『聖具』に見えるのかはわからないけど。ちなみにあれは「桜花」って名前」
「はぁ……そうなんですか……あ、さっき助けてもらいましたけど、すごくお強いんですね」
未央が初めて楓を直視する。その目は「憧れ」の2文字に満ちあふれていた。
「まあ、ね。この業界、結構長いし」
「長いってどのくらいなんですか?」
「そうね……16ときからだから……かれこれ十年以上になるわね」
「そんなに長いんですか!?はぁ……すごいですねぇ……」
そのため息までも憧れに満ちあふれてしまっている。そろそろ話を切り上げないと、失神してしまうかもしれない。
ため息をつこうとしたが楓はため息を途中で飲み込み、立ち上がる。集落の入り口、正確には自分が通ってきた獣道の方だが、そこに誰かが来たのを感じたのだ。
「あの……どうしたんですか?」
「誰か、来てる。しかも、倒れているみたい」
楓は言いながらすぐに靴を履き、外に出てその方へ向かって走り出す。
「あ、ま、待ってください!」
未央も慌てて楓を追って外に出る。だが、どう考えても並の女性である未央に、尋常ではない脚力を持つ楓に追いつけるわけがない。

息を切らした未央がやっと楓に追いつく。見ると、楓がそこに倒れている人を調べている。未央はその人物に見覚えがあった。
「潤……?潤じゃないの!?それにこんな血が……!」
未央が錯乱しかける。どうやらさっき言っていた弟とは彼のことらしい。彼を起こそうとする未央を楓が制す。
「大丈夫、落ち着きなさい。血は彼のものじゃないわ。傷はかすり傷程度の軽傷よ。とにかく、あなたの家に運びましょ」
楓が潤の体を抱き上げ、未央の家へ向かって歩きだす。ふと、立ち止まり未央の方を向く。
「あなたは先に戻って準備しておいて。傷の手当てとか、着替えとか」
「あ、はい、わかりました」


「ふぅ……」
潤の服を換え、傷の手当てが終わったところで、未央が安堵のため息をつく。
「やっと終わりましたね……」
未央が時計に目をやると、すでに9時を回っていた。
と、急に楓が立ち上がり、バックパックと長袋を手に玄関に向かう。
「あの……どこに行くんですか?」
「彼が来た道をたどって、何があったか調べてくるわ。彼の証言は、役に立ちそうにないから。百聞は一見に然り、てね」
そう言って楓は扉の向こうに消えしまった。
未央はどうすることもできなかった。一瞬だが、彼女の「殺気」を感じ取ってしまった気がしたからだ。今まで「殺気」などと言うものを感じたことのなかった彼女だったが、一瞬でも感じ取った「殺気」が怖くてたまらなかった。気がつくと、体が震えていた。

楓は彼が通ったであろう道をたどりながら走っていた。常人が走るには難しい場所だが、彼女はそれを苦ともせずに走っていた。ものの数分で彼が来た場所にたどり着いた。そこは開けた場所でキャンプには最適かと思われるが、今はそれにほど遠い状況であった。
楓が思わず顔をしかめる。そこは言葉に言い表せないほどの惨状だった。血のにおいがたちこめ、肉片が散乱している。常人ならば、まともに直視することはおろか、その場にいることさえもつらく感じられるだろう。おそらく、吐き気を催すか、その場で失神するか、どちらかであろう。
そんな状況に関わらず楓は冷静にその場を調べる。

こんなところ、いくら見慣れててもあまり見たくないわね……。そう心の中で呟きながら、楓は結論を出した。
まず、この場に十名ほどいたこと。彼らが魔物に襲われたことだ。
「どこかから帰ってくる途中か何かで休憩したかみたいね。普通の道があることだし」
よく見ると、二本の道があり、普段はそこが使われているようだ。
「足跡から見て、ドラゴン系の魔物か……しかし、この大きさ……そんじょそこらのやつじゃないわね。とすると、アレだけになるわけだけど……まあ、ありえるか……でも、おかしいわね。アレだとしたらこの状況は有り得ないわね……?」
楓はもう一度あたりを見回し考えてみる。ふと、無数にある肉片の中にあるものを見つける。
「これは魔物の腕?……なるほど、小物を喰ったのか。やっぱりアレに間違いないわね」
楓は結論を出し、集落へ戻っていった。


未央は天井を見上げながら呆然としていた。
ついさっき知り合ったばかりなのに、もう何年も一緒にいたかのように思えたあの人が、今は、怖い。
たぶんあの人は、魔物でも人間でも簡単に殺せる……
あの人が私を、殺す―――
未央は必死にその恐ろしい考えを振り払った。いくら何でも考えすぎだ。
「私……どうしちゃったんだろう……」
そう呟いたとき、家の扉が叩かれた。未央は思わず頭を抱えてうずくまってしまう。自分でもはっきりとわかるほど体が震えている。
もう自分では何もできなくなった。

楓は未央の家の扉を叩いていた。何度叩いても誰も出てこない。
人の家に勝手に入るのは少々気が引けるが、誰も出てこないのでは仕方がない。
楓はゆっくりと扉を開ける。見ると、未央がうずくまっていた。楓は家に上がり、未央の横に座って声をかけながら少し身体を揺すってみる。
「未央、大丈夫……?」
楓がいることに気づいたのか、未央がゆっくりと顔を上げる。未央は、泣いていた。まるで悪夢を見た後の子どものように。
楓はなぜ未央が泣いているか、わかっていた。自分への恐怖心。自分に恐怖心を抱いた人間は数多くいたが、泣いたのは彼女が初めてだ。
楓がいきなり未央を抱き寄せる。いきなりのことだったので未央は顔を真っ赤にしてしまう。
「か、楓さん……!?」
「そ。それでいいのよ。私を怖いと思うのは自然なことよ……できれば、忘れてほしいんだけどね」
楓はそこで笑ってみせる。心からの笑顔とは言えなかったが、未央にとってはそれで充分だった。

二人はしばらく抱き合った体勢でいたが、未央の方から離れる。未央はいまだに顔を赤くしたままだ。
「さて、慰めは終わったから、現実的な話に戻るわよ」
何事もなかったように、楓が真面目な顔をして言う。
「犯行現場……こういう言い方が適切かどうかはおいとくとして、弟さん達を襲ったのは間違いなく魔物よ。さっきここを襲った奴の仲間、といっていいか怪しいけど。だけど、そいつらは別の魔物に喰われている、しかもかなりの大物にね」
「大物って、どんな?」
「ヴィーヴィルって知ってる?……知らないか。説明してあげるわ」
楓がバックパックからファイルを取り出し、それを見ながら説明を開始する。
ヴィーヴィルというのは、80年前の出現確認から5年間西日本、否、日本全土を震撼させた魔物の名である。ヴィーヴィルは嵐山一帯を火の海にした後、近畿地方を中心に人間を喰らい続け、さらには中国・四国・九州地方においても破壊と殺戮の限りを尽くした。とは言っても『蒼の災害』からそう経っていない時期だ。目に見える被害は意外にも少なかったという。
しかし、このような魔物をギルドが放っておくわけがない。何人ものハンターや賞金稼ぎ達がヴィーヴィルに挑んだが、その全てが返り討ちにあっている。
当時の賞金額は、3000万。
しかし、ヴィーヴィルは75年前、忽然と姿を消したのである。一説によれば、あるハンターとの戦いで火口に落ち、そのハンターも死亡したと言われている。
「そのヴィーヴィルがどうして、こんなところに?」
「まあ、これは自説なんだけど、ヴィーヴィルは死んでいなかった。死なずにこの近辺で冬眠に入ったのよ。そして、今になって目覚めたってわけ」
「でも、それが本当なら、大変なことに……」
「たぶん大丈夫よ、今のところは」
その台詞で未央が拍子抜けする。
「75年間も冬眠していたのよ?かなり弱っているはずだし、それに人間を全く補食していないもの」
「補食……!?じゃあ、潤と一緒にいた人たちは……」
「想像通りよ。だけど、奴が喰ったのは同種の魔物……人間を10人喰うよりも多いでしょうけど、奴の腹を満たすにはまだ足りないはずよ」
「足りないって……じゃあ、ここを襲うかもしれないんですか……!?」
「まあ、足りててもここを襲うかもしれないけど、間違いなくそうでしょうね」
「そんな……」
未央はうつむく。この集落の人がみんな死んでしまうなんて……
「だけど、そうはさせない。奴にはここで本当に死んでもらうわ」
楓は今まで少し軽い口調で喋っていたが、今の台詞にはそれが全く含まれていなかった。未央にはそれがとても頼もしく聞こえた。だがそれと同時にさきほどの恐怖心も甦る。
「できなければ80年前の悪夢が再現される……絶対に回避しなければならないわ」
「楓さん……」
「たぶんあと30分程度で来るはずだから、私は外にいるわね」
楓は立ち上がり、長袋を取る。
「30分って……ええ!?そ、そんなに早くですか!?」
未央が小声で驚く。弟がそばで寝ていることを忘れていないあたり、ずいぶん落ち着いていると思われる。
「奴にしてみれば、かなり遅いわよ。全盛期だったら、とっくの昔にこの集落の人間は御陀仏しているところよ」
「………………」
「それと、私の戦っているところは見ない方がいいわね。理由は……わかるわね」
未央は黙ったまま頷く。
「よし。じゃ、行って来るわね」
楓が長袋から「桜花」を取り出し、外に出る。


30分後……


地響きのような足音が近づいてくる。かつて最凶の魔物と言われたヴィーヴィル。その姿を確認し、楓が「桜花」構える。
「さあ、始めましょう。終わりという名の最終幕を!」
楓は地面を蹴り、跳躍する。ヴィーヴィルの体長は約50メートル。魔物の中でも大きい方だ。ただ一度の跳躍ではたかが知れている。楓はヴィーヴィルの膝を踏み台にして二度目の跳躍をする。この跳躍で一気に胸あたりまで跳ぶことができた。
楓の狙いは左胸、つまりヴィーヴィルの心臓である。
楓が「桜花」を振り上げ、ヴィーヴィルの左胸めがけ一気に振り下ろす。
ヴィーヴィルの左胸から血が噴き出す。ヴィーヴィルは苦痛の咆哮をあげながら、後退しようとする。
「桜花」はヴィーヴィルの左胸の肉に食い込んでいて、余計に苦痛を大きくさせる。
ヴィーヴィルは楓を振り払おうと右手を伸ばす。楓は即座にヴィーヴィルの左胸に刺さっている薙刀を抜き、ヴィーヴィルの胸を蹴って地上に降りる。
ヴィーヴィルの心臓を破壊するためには、まずあの腕を破壊する必要がある。そう判断した楓は再び跳躍する。
今度はさっきと違い、ヴィーヴィルは拳を繰り出してきた。だが、この攻撃は予測できていた。それにヴィーヴィルの動きは決して機敏とは言えず、どこか緩慢だ。楓は繰り出されたヴィーヴィルの拳の甲に着地し、素速く腕をつたって肩まで走る。 
肩に到達し、楓はヴィーヴィルの腕の付け根に「桜花」を突き刺す。そこで「桜花」を持ちかえ、思い切り振り上げる。
「“爆楼”!!」
ヴィーヴィルの腕の付け根から爆発し、寸足らずな腕が地に落ちる。あたりにヴィーヴィルの肉片、否、桜が舞う。

集落の住民達はその光景に見ていた。夢のような現実を。
「綺麗……」
未央が思わず呟いてしまう。自分たちの生死を分ける戦いだ。彼女が負ければ、自分たちはこの辺の人間は全てヴィーヴィルの腹の中に収まってしまう。
それなのに……
「怖いはずなのに……信頼していて……あの戦っている姿も怖いのに、どうして綺麗って思うんだろう……」

ヴィーヴィルは腕を破壊され、楓に敵わじと思ったのか、翼を広げ、逃げ出そうとする。
楓は肩から背に移る。楓はヴィーヴィルがここから離れるのを狙っていたのだ。ここから離れれば、被害は少なくできる。適当な場所でヴィーヴィルを落とせばいいのだ。
ヴィーヴィルは飛ぼうとしていた。だが、長年使っていなかった翼だ、まともに飛ぶのも一苦労というものだ。ついでに右腕が無くなっているためか、バランスが悪い。
そんなわけで、よたよたと飛んでいるヴィーヴィルの姿は実に滑稽に見える。とてもそのような状況ではないが。
背に乗っている楓は思わずため息をついてしまう。もう少し緊張しても良いようなものだが、この状態でどうして緊張ができようか。

数分飛んだところで楓が立ち上がる。集落からはすでに10q以上は離れている。眼下には森が広がっている。落とすには丁度良い。
楓は「桜花」を構え、目の前にあるヴィーヴィルの右翼を横薙で断ち切る。。
翼を片方失ったため、余計にバランスが悪くなる。それでも楓は一歩も動かず、「桜花」を振り上げる。
「“砕楼”!!」
渾身の力を込めて振り下ろす。ヴィーヴィルの左肩胛骨が砕かれ、それに伴いヴィーヴィルの左上半身全体の骨にひびが入る。砕かれた骨が皮膚を突き破り、白いそれが皮膚から突き出ている。「桜花」が振り下ろされた場所は骨が粉々にされ、肉体の内部が覗いている。
そこからヴィーヴィルは一気に失速し、地上に向かって落下し始める。
それを無視して、楓は先ほど空けた穴に「桜花」を向け、目を閉じ、精神を一瞬で集中させる。
そして、目を見開き、「桜花」を投げつける。
「“閃楼槍”!!」
「桜花」が光を放つ。そして、「桜花」はヴィーヴィルの心臓を貫通して、森の地面に突き刺さる。
心臓を破壊されたヴィーヴィルはそのまま森に落下する。木々をなぎ倒し、周囲にかなりの振動を与えて。
楓はヴィーヴィルの背から降り、地面に突き刺さっている「桜花」を引き抜く。そして、横たわるヴィーヴィルの首に近づき、構える。
「“風楼斬”」
楓が「桜花」を振るうと、鎌鼬が起こり、ヴィーヴィルの胴と首を切り離す。確実に息の根を止めるためにはこれがもっとも良い方法だ、と楓は聞いている。縛り首より斬首の方が苦痛は少ないと言うが。
「さてと……あとは死体処理だけど……」
楓は自分の後ろにある木を見る。そこには、誰もいないかのように見える。だが、そこには誰かいるのだ。
「叶でしょ。これの処理を頼みたいんだけど」
楓が声をかけると、木の陰から黒髪の少女が現れる。どことなくぼーっとした感じがする。
「……風葬と火葬……どっち?」
「風葬。でも、ちょっと待ちなさい」
楓は即答すると、ヴィーヴィルの周りを調べる。『石』を回収するためだ。
数分でその作業は終わり、楓が合図を送る。叶が印を組む。
「この魂が永遠の安らぎにつくことを願わん……」
そう言うと同時にヴィーヴィルの肉体が急速に崩れ出す。風化が始まっているのだ。
ものの一分もかからずにヴィーヴィルの肉体は消え、全て土に還った。それを確認した楓が叶に向かって『石』を投げる。叶がそれを左手で受け止める。勢いがありすぎたせいか、少しよろける。
「今回のお礼。ついでにこの服もどうにかしてもらえるとありがたいんだけど」
楓は返り血で紅くなっている服をさす。返答をせずに叶は再び印を組む。
今度は無言だった。叶が印を解いて少し間を空けて楓を水竜巻が包み、そのあと水蒸気が上がる。
「……これって洗濯機いらずだけど、使えない場合もあるわね」
「否定……しない……」
二人の間に妙な間が生じる。
「………………」
叶が無言で一歩退く。それを見て楓は踵を返し、右手を挙げる。
「それじゃ、また会いましょう」
「……出会いは別れを生む……これは……一時の別れ……」
そう言って叶も踵を返し、森の奥へ消えていく。

楓は森の中を歩いていた。歩きながら思った。
ここまで遠くにしたのは失敗だったか、と。いや、失敗ではないだろう。自分が戻るときのことだけを考えなければ。
「しょうがない、走るか」
楓はしばらく森の中を散策していたかったのだが、未央が心配するといけない。していないかもしれないが。


―――翌日

「それじゃ、また会えることを神様にでも祈るのね」
「はい、そうします」
楓と未央が微笑みを交わす。共有した時間はほんの僅かだったが、それはずいぶんと長く感じられた。
「ああ、そうそう、これ」
楓が未央にあるものを手渡す。
「これは……水晶?綺麗ですね……」
「ヴィーヴィルの『石』よ。世にも珍しい80年ものよ」
「世にも珍しいって……」
未央が『石』持ちながら、頬をかく。
「詳しくはわからないけど、純度はかなり高いはずだから魔物よけには最適よ」
楓がウインクをしてみせる。未央が顔を赤くして、下を向いてしまう。
「よし。その顔、かわいいわよ」
そう言って、楓は走り出した。未央が気づいたときには、楓の姿はすでになかった。
「……言えなくても、良かったのかな……」


その日の夕方、楓は京都を囲む障壁の上で空を仰いでいた。
昨日と違い、その空は曇っていた。今にも雨が降りそうだ。
「……いやな空……吐き気がする……」
楓は空を見るのをやめ、京の町を眺める。
「かつての栄光もいまは無意味なものね……そろそろ、歴史の必然ってやつが来るかもね……さぁ、主役はだれかしら?」
彼女のその言葉を聞く者はいなかった。


補講……今回出現した「ヴィーヴィル」に関しては一切が無かったこととする。これが及ぼした被害は別の魔物によるものとする。
これに関与した者は一切を黙秘すること。死んだものが生きていたなどということは許し得ない。
「ヴィーヴィル」を撃破した者に関してもこれを黙秘する。




あとがき

さ、また書きました。
前に書いた零司の話にでてきた星野 楓さんのお話です。
今回はちょいと修正をしましたが……どうでしょうね?(オイ)
よく見ると変なところがちらほら……はぁ。なのでなおしました。
では、また。

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