VALUE OF TRUST

〜1st〜

「最後の平穏、旅立ちの時」



目の前にある平穏が当たり前だと思えるなら

それが幸せと言うものだと誰かが言った

その平穏が永久に続くものだと信じていたい

しかし 永久という時はこの世界にはない

“楽園”なんて名ばかりの世界に

人は何を信じ 何を望むのだろうか───?



「グンニルさんがこの村に滞在してもう2週間が経ちました。時間が経つのってとても早い。
 グンニルさんの腕の傷はもうずいぶんよくなったみたいで、わたしは安心しています。
 あ、でも傷が治ったらこの村から出て行っちゃうんだよね?……ちょっとだけ寂しいです。
 家の中がまた広く感じてしまうから、できればこの村にずっといて欲しい……
 でも、それはわたしのわがまま。グンニルさんは旅をしているんだから、同じところにじっとなんてしていられないはず。
 だから、お別れのときは笑顔で迎えようと思います。
 あ、今からお別れするときのこと考えてるなんて変かな?……心の準備は必要だから、変じゃないよね。
 そういえば、隣のゼイヌおじさんが言ってたけど、寝るときはちゃんと鍵を閉めないと危ないよ、ってどういう意味かな?」


「どういう意味、ってお前わかってないのか?」
「あー!ひ、人の日記覗き見しないでよ」
「……日記って一日の最後に書くもんじゃないのか」
「い、いいでしょ、別に」
 ティナは日記を抱くようにして隠す。それからムー、っと顔を赤くしてルックを睨む。
「ム〜……わたしは朝と夜2回書くの!だから、ルックには関係ない!」
「わかった、わかったから睨むのをやめろ」
「……ふんだ」
 そっぽを向いてティナは口を尖らせる。
 ルックはそんなティナの態度に苦笑する。
 3年前に両親が亡くなったときはずいぶん鬱ぎ込んでいたのが嘘のように思えるほど、今のティナは明るさを取り戻している。
 まあ、それにはルックを始め村の人間が色々したからに他ならないが、今は両親が亡くなる以前より明るく感じられる。
 その要因はおそらく……
「どうした」
「あ、グンニルさん!」
 このグンニル・ヌァザだろう。
 村の外から来た人間が物珍しいという部分もあると思う。だが、それ以上にティナはグンニルに恋している……ようにも見える。
 それはおそらくルックの杞憂であろうが、やはりグンニルに対するティナの態度は村人とは明らかに異なる。
 憧れとかそんなものなのだろうが……やっぱりなぁ……と思うルックであった。
「……で、グンニルさん。村長に呼ばれたみたいですけど、なんだったんですか?」
 グンニルは村長に呼ばれて村長宅に行っていた。グンニルだけが呼ばれたので、当然グンニルに用があったはずである。
「ああ。近頃、このあたりに夜盗が多く出没するようになったみたいで、それで俺にこの村の護衛を依頼してきた」
「護衛?じゃあ、グンニルさんを傭兵として雇うと?」
「いや。この村に置いてもらった恩もある。無償で引き受けた」
「じゃあじゃあ、グンニルさんもうちょっといられるんですね!?」
 ティナが身を乗り出してグンニルに尋ねる。
「ああ、そうなる」
「やったぁ!」
 ティナの喜びようは相当なものだった。
 そもそもグンニルは傷が癒えればこの村を出るはずだった。が、今回の件でグンニルの滞在は延長されることになる。ティナは両親が亡くなって以来独りで───村人は色々と構ったが───暮らしてきたため、誰かと一緒に生活できるのが嬉しくてたまらないのだ。まあ、前述にある通り他に理由もあるのだろうが。
「……ティナ、確か薪がもうなくなるころだろ?取ってこないと大変だろう」
 このままではティナが大喜びしっぱなしなので、この状況を変えようとルックがティナに言う。まあ、ティナの家に薪がなくなりかけているのは事実だが。
「あ、そっか……じゃあ、グンニルさん。一緒に取りに行きましょう。ねっ」
 グンニルが返事をする前にティナはグンニルの手を引き家から出ていってしまった。
 取り残されたルックは思わず頭を押さえた。本当に、頭の痛い事態だ。


「薪、か」
 グンニルは足下にあった木片を手に取り呟く。
 ティナとグンニルは村の近くにある森に来ていた。ここは多くの動物もいるし、薪を集めるのにも適している。
 一応グンニルは護身のために剣を持ってきている。使うことがなければいいと思うのだが、そうもいかないこともある。まあ、どんな凶暴な動物が現れようと剣を使わずに追い払う術をグンニルは持っているが。
「グンニルさん」
 森に入ってからずっとしゃがみ込んでいて何かしていたティナが、急に立ち上がってグンニルに声をかける。なんとなく、神妙そうな表情をしている。
「なんだ、ティナ」
「あの、この子達がこのあたりの薪は新しい苗床になるから、もっと奥の方から取って欲しいって」
 その言葉をグンニルはすぐさま理解できなかった。グンニルが困惑の表情をしていると、ティナがフォローするように慌てて言う。
「この子って言うのはこの木で、その、えっと」
 慌てている所為でろれつがまわっていない。説明としては不適切か。
 しかし、それだけのことでグンニルはティナが言わんとしていることを理解した。が、彼の口から出た言葉は少々違うことだった。
「お前……木と話ができるのか?」
「え?はい、よくわからないんですけど、小さいころから木だけじゃなくて花とかとも話ができるんです……あの、変ですか?」
「いや。ただ、少し珍しいから驚いただけだ」
 その話はそれだけで終わらせたが、グンニルは「植物と語ることができる力」を持っているのは極僅かな人間に限られていることを知っていた。
 『緑樹』と呼ばれる一族がこの“エデン”には存在する。
 『緑樹』の特徴は新緑色の髪と瞳、そして「植物と語ることができる力」である。しかし、『緑樹』の力はそれ以上でもそれ以下でもなく、特に注目されるわけでもない。ただ、こういった力は『緑樹』以外には決して見られず、しかも『緑樹』の一族は現在では10人いるかどうかと言われるほど少ない。特殊と言えば特殊な力ではある。
 その『緑樹』だと思われるティナがこの村にいるのは、おそらくティナの両親も『緑樹』でこの村に流れてきたからだろう。
「じゃ、行きましょ、グンニルさん。どれを取ればいいかは、この子達が教えてくれますし」
「ああ。そうだな」
 もっとも、ティナにとっては自分が何者かなど意味のないことなのかも知れない。
 必要なのは過去でも未来でもなく、現在なのだから。


『彼女の可能性はただの人間とそう変わりはありません。しかし、だからと言って彼女の可能性を否定するわけにもいきません。ここは見守ることが肝要……あなたの“代理人”の一人を彼女に付けてはいかがでしょう?さすれば、少々の問題にも対応はできるでしょう』


「あれ、グンニルさんどこ行くんですか?」
 夜になり、これからティナが寝ようとしているときにグンニルは出かけようとしていた。それをティナは疑問に思ったのだろう。
「見回りだ。この村の用心棒を買って出た以上、これぐらいのことはしないとな」
「あ、そっか。じゃあグンニルさんいってらっしゃい」
「ああ。あまり遅くならないうちに戻る」


 この村のまわりをよく調べてみてわかったのだが、村の周り全体に簡単な罠が仕掛けられている。罠と言っても、糸に触れると音がなる、という程度のものだが、外から来る獣を追い払うのには丁度いい。もっとも、件の夜盗相手では役に立たないだろうが。
 この村の立地は周辺の環境によく合っているし、野生の獣を不用意に刺激しないよううまく作られている。この村を作った人々には感心する。
 村全体を見て回ったが、特に以上はなかった。あとは村の外を少し見てから戻ることにしよう。そんなことを考えながら、グンニルは村の出入り口から外に出た。
 村の外は静かだった。昼間に行った森も、何もかもが静寂に満ちていた。このあと起きることをグンニルが知っていたなら、こう表現しただろう。
 嵐の前の静けさ、と。


 くぐもった爆発音がグンニルの耳に飛び込んできた。
 村から離れた場所にいたグンニルはその音にすぐさま反応し、振り返る。炎の、赤。
「夜盗か!?……外からじゃない、内側からだと。初めから、村の中にいたということか。くそっ、奴らめ!」
 グンニルは至って冷静であった。村の住民の数、夜盗の規模、村の家の配置などを即座に弾き出し、村へ向かって走り出す。
 うかつだった。このような事態は十分予測できたことだった。これはグンニルの読み間違いだった。或いは実戦の勘が鈍っていたか。
 夜盗の規模はおそらく20人から30人、規模としては中堅のものだ。それが人口50人程度の小さな村を襲う。村の半数は女子供や老人だから実際に戦うことになる男は残りの半数。村の中には戦い関する覚えがある者もいた、が実戦経験が豊富で数で上回るであろうな夜盗に太刀打ちすることは難しい。しかも、村の中に予め数名を潜ませておくとは、周到なやり方だ。
 そんなことから、村側は傭兵───つまりグンニルを雇ったわけだが、夜盗側としては相手が傭兵を雇おうと戦力の均衡は変わらない、と判断したのだろう。だが、その判断は完全な誤りだ。グンニルが村のことを思考から排除して戦えば夜盗の一団など簡単に倒すことができる。それだけの力をグンニルは持っている。
 しかし、グンニルは夜盗を倒すことより村人の避難を優先する必要がある。夜盗の方はその気になればいつでも倒せるが、襲われている村人はそうはいかない。すでに犠牲が出てしまっているだろう。ならば、少しでも犠牲を減らさなくては。
 村の中に戻ったグンニルは村人の姿を探す。
「おい、状況はどうなっている!」
「あ、あんたか!?東側はもうダメだ。村長の家の近くで爆発が起こったと思ったら東の森の方から一気に夜盗がなだれ込んできたんだ」
 彼はこの状況下にあっても冷静さは保っている。彼なら、避難の誘導を頼めそうだ。
「残っている村人を連れて逃げろ!この村はおそらくもうダメだ。避難できような場所はわかるか」
「あ、ああ。西側の川の畔なら……」
「よし。そこに行ってくれ。俺は逃げ遅れた人を探しに行く。急げ!」
 彼が返事をする前にグンニルは走りだした。この状況で生き残っている人などほとんどいないだろう。が、僅かな望みに託したい部分もあった。東側から攻め込まれたことを考えると東側は彼が言ったとおり全滅。そこは無視することにした。向かうは村長の家。


「ルック……?ねぇ、変な冗談やめてよ、ねぇ……返事してよルック!!」
 ティナはすでに事切れたルックの体を揺する。返事が来ないことは理解しようとしているのに、できない。
 認めたくない。こんなことが起きていることなんて。これは夢だ。悪夢なんだ。そう思うことでティナは辛うじて正気を保とうとしていた。そう言う風に考えている時点で、ティナは正気をほとんど失っていた。
「クックッ……お嬢ちゃん?次は手前の番だぜぇ?そいつと同じ場所に逝かせてやるよぉ!!」
 血に紅く塗れた剣を夜盗が振り上げ、ティナに斬りかかろうとした、そのとき。
 その夜盗の横っ面にグンニルの足が飛んできた。その一撃で夜盗は数メートル吹っ飛び、そのままのびてしまった。
「ティナ!」
 グンニルは呆然としているティナの頬を思いっきり平手で叩く。パァンと言う音が燃え盛る炎の音の中で僅かに響く。
「グンニル……さん……?」
 ティナは叩かれた頬に手を当てながら、未だ呆然としながらグンニルの顔を見つめる。自分は怒られるようなことをしたのだろうか、なぜグンニルは自分を叩いたのだろう、自分のことを嫌ってしまったのか、何がなんだかまるでわからない。
「今は時間が惜しい……行くぞ!」
 グンニルはティナを抱き上げ、村の出口に向かって走り出す。状況から判断して、これ以上の生存者はいない。急いで避難した村人と合流する必要がある。夜盗が彼らを見逃すとは思えない。
 しかし、グンニルが恐れていた事態がすでに起きていた。
 爬虫類を大きくしたような獣、その周りにある潰された肉片、最悪の光景だった。
 その獣の上に何者かが乗っている。おそらく、夜盗の頭だろう。
「なんだ、まだ2人残っていたのか。誰の手引きか知らんが外にここまで多く逃げ出すとは思わなかった……ククッ、こいつの足は便利だぜぇ?人間を虫ケラみたいに踏みつぶすのには丁度いい!!貴様も踏みつ」
 台詞を最後まで言う前に、夜盗の頭の胴と首は切り離された。半瞬の間を置き、獣の体も真っ二つにされる。
 グンニルの手は抜き身の剣があった。“天帝の騎士”が持つ剣、アーケツラーヴ。力の奔流が渦巻いている。
 グンニルは炎の赤に照らされる夜空のある一点を見据える。その一点から、何かが近づいてくる。
 純白の翼を持つ、有翼人の少女。
彼女はグンニルのそばに座り込んでいるティナを抱き上げ、グンニルの顔をほんの少しだけ見る。
「この子を守ればいいのね?」
 彼女はそれだけ言ってグンニルのそばからティナを連れて飛び去る。
 それを見送り、グンニルは燃え続ける村に向かい歩き出した。静かな怒りと鬼気を持って。


「にしてもまあ、派手にやったものね、グンニル?」
 悪夢の夜が明け、グンニルはティナを任せた有翼人の少女と話をしていた。
「いくら夜盗相手だからって皆殺しは……まあ、当然の報いかしらね……それより、あの子は大丈夫なの?」
「……………」
「まあ、どっちでもいいけどね。じゃ、またあとで」
 それだけ言って、彼女は飛び去っていった。
 グンニルはそれを見送りもせずに、何も残っていない村をただ見続けるティナの姿を見る。
 半刻ほど沈黙が続いた。グンニルは交わす言葉を探すことはしなかった。それに意味などないから。
「グンニルさん」
 その沈黙を破り、ティナがはっきりとした口調で言った。
「お墓を、作りたいんです。手伝ってもらえませんか」
「……ああ」

 ティナ以外の村人の墓を作り終わるのに3日かかった。本来なら1日程度で終わる作業のはずだったが夜盗の墓まで作ったので余計な時間がかかった。どんな人でも死ねば同じ。死ほど平等なものはない。
「それで、お前はどうするつもりだ」
 ここでグンニルがティナに尋ねることはこの1つだけだ。それ以上は必要ない。


「…………一緒に連れて行ってください」


 それが、ティナの答えだった。


 彼女の平穏は終わり、旅立ちの時が来た。

 運命は優しくもなく、残酷でもない。ただ、流れるのみ───






あとがき

どうも、はにわです。
第一話、いかがでしたでしょうか。
予定では「MOON RHAPSODY」が終わってから書くつもりだったんですが、書いてしまいました。
なんだか、中途半端に有翼人の少女とか何だかわからない奴(作中の『』の台詞)もいたり……伏線?
では、また。


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