VALUE OF TRUST

〜2nd〜

「剣と緑と翼の人と」



彼女の手から“平穏”は離れ 多くの物も失った

大切な物もそうでないものも皆 無くなった

大切な物は多ければ多いほど失う物も多い

何もなければ失う物もないと言うのに

得れば失う 生まれれば死ぬ

世界とはなんと無情なのだろうか───



 100を数えるほどの墓が立ち並ぶ、かつて村だった場所に青年と少女の二人組が現れたのはグンニルとティナがその村を発った一週間後のことだった。
「しかし、グンニルも派手にやったもんだな。俺以上だ」
 黒衣の青年が村を見回しながら呟く。肩には大鎌が担がれている。
「やったのはグンニルさんじゃありませんよ……それに、クライムさんと比べるのはどうかと思います」
 傍らにいた薄緑色のローブを着た少女が諭すように言う。が、彼女は何やら地面を見つめていて、彼の話はちゃんと聞いていないようだ。
「んなことはわかってる。奴はどっちかって言うと一対一向きだからな、そうとう無茶な立ち回りをせんとこうはならんだろ」
「クライムさんやグンニルさんはともかく、私のはどうしても大掛かりですからね……」
「完璧に廃墟になるな。お前のは加減したってそうなるだろ」
「……それ、けっこう、傷つくんですけど」
「そりゃ悪かった……さて」
 黒衣の青年───クライムは肩に担いでいる大鎌を地面に突き刺し、近くの原形が残っている廃墟に歩み寄る。その廃墟をしげしげと眺める。その廃墟の中に入り、中を物色する。しばらく机の中や本棚をあらためていると、日記が見つかった。ページを開き、最新のものを見る。
 ……どうやら、こんな事態になるとは露ほどにも思っていなかったようだ。こんな平凡な村ではそれは当然なのかも知れない。一つ小さなため息をつき、ページを閉じて本棚に戻す。
「クライムさん……火事場泥棒みたいですよ」
 少女が入り口から覗くようにしながら呟く。
 そう言われた手前か、クライムは廃墟から出る。
「で、グンニルの伝言はあったか」
「はい。ええと……」
 少女は足下にあった石を取り、廃墟の壁に石で文面を書き記していく。
 『『螺旋都市』経由で首都へ向かう』
「『螺旋都市』だと……あいつ、何考えてんだ?」


 “螺旋都市”
 この世界でも最高峰、否、オーバーテクノロジーで築かれた都市。
 現在の技術では決して造り上げることのできない都市。
 複雑極まる構造故、螺旋都市と呼ばれる。人の住まわぬ都市。


 クライムも過去に行ったことがあるが、ナシセ共和国の首都に向かうのなら“螺旋都市”を経由するのは近道だが、危険が大きい。群にる一人ならともかく、誰かを連れているのであれば、リストが大きすぎる。が。
「でも、あそこは確か……“塔”があった場所ですよね?グンニルさんが行く理由はたぶん……」
「……有り得ない話じゃないな。そうとわかればノイエ、お前は先にグンニルと合流しとけ。俺は後で行く」
「わかりました。では……」
 少女───ノイエはクライムから少し離れると両手を空にかざし、詠唱を始める。
「天を翔る翼よ、汝、翼なき我の翼となれ。汝と我の盟約の下、共に天を翔ようぞ」
 ノイエが詠唱を終えると、体長3mほどの小型の飛竜が現れていた。ノイエは飛竜の頭を撫で、それから飛竜の背に乗る。
「それでは、お先に」
「おう。気をつけろよ」
 ノイエとクライムが挨拶を交わし終えると飛竜はその翼を羽ばたかせ、空に向かって飛び立つ。
 クライムはノイエの姿が見えなくなるのをまたずに墓が立ち並ぶ方に視線を移す。
 そこにはついさきほどまでいなかったはずの、透髪の女性が佇んでいた。
「お久しぶりね、“黒壁の死神”さん?」
 彼女は笑顔での数年来の友人に会うかのようにそう言った。
 対するクライムは渋面で、明らかに会いたくない奴にあってしまった、と言った感じだ。
「俺は初対面だが、どこかであったか?」
「ん?ああ、そこまで細かいところまでは記憶継承しないんだ……結構“代理人”の記憶って曖昧なんだねぇ?」
 何がおかしいのか、彼女はクスクスと笑った。その姿は傍目には美しいが何処か異質なものだった。人間が、いや生物が持つものとはあまりにもかけ離れたその美しさを異質と呼ばずして何を異質と呼ぼうか。
 クライムはその姿を見ながら舌打ちをした。クライムにしてみれば、彼女の美しさは気色の悪いものだ。
「……で、お前は何者だ?」
「記憶継承がちゃんと行われてないとここまで面倒かなぁ……」
 また、クスクスと笑う。
「質問に答えろ」
 クライムは大鎌の刃を、彼女に向ける。多少だが、苛立っている。そんなクライムを見てかどうかわからないが、彼女は相変わらずクスクスと笑っている。
「全か無か。それが私よ」
 それを言った瞬間だけ、彼女は笑うのを止めていた。よほど意味のある言葉なのだろう。
「……どういう存在かはわかった。名前はなんだ」
「名前ねぇ……結構色々な人に色々な名前で呼ばれてるからどれにすれば良いかしら?」
 唇に人差し指をあてて首を傾げながら、彼女はまたクスクスと笑う。
「俺が呼べりゃいいんだ。適当なので良い」
「そ。じゃあ、名乗りましょう。私は───」





「───“虚無のクウェル”」





 彼女───クウェルがそう言った瞬間、クウェルの姿は消えていた。クライムは一度も彼女から目を離してはいなかった。にも関わらずクウェルはあまりにも自然過ぎる形で一瞬で消えていた。
「“虚無のクウェル”……面倒なのが出てきたもんだな」
 クライムはまた、舌打ちをした。


 さて。一方、グンニルとティナはと言うと……


「わぁ……!グンニルさん、これはなんて言うんですか!?」
 ティナは道端に生えている草を指さして、瞳をキラキラ輝かせながらグンニルに尋ねる。
 グンニルはやれやれと言った感じで肩をすくめる。これでもう9回目だ。
 だが、仕方ないことかも知れない。ティナは村の外に出ることは殆どなかったという。となれば、村からかなり離れている今は、見る物全てがその好奇心の対象となるのは……無理もないことだ。
 と、グンニルは割り切っていちいち説明するのが面倒だ、と思いつつも説明してやっている。
「それは音切草だ。薬効などはないが、草笛にできる」
「草笛……どうやるんですか?」
 ティナはまた目を輝かせながら尋ねる。
 グンニルはそんなティナを見ながら、心の中でため息をついた。本当に好奇心旺盛な娘だ。
 しかし、とグンニルは思う。
 村を出たのはほんの一週間前だ。村で墓を建てていたときは殆ど口を開くことはなかったが、村を出て3日経つ頃には以前のような明るさを取り戻していた。もっともそれは明らかに不自然で明るく振る舞っているだけのものだった。だが今はそんな不自然さなどなく、自然そのものの明るさだ。立ち直りが早いと言うべきか。
「実際に吹いてみないと難しいな、教えるのは」
 グンニルがそう言う風に言うのは、ティナが植物の言葉がわかるからで、おそらくこの音切草は草笛にされるのを嫌がっているのだろう。まあ、それは当然のことだろうが。
 そんなわけで、グンニルにはそれがわかっているのでそう言ったことは極力避けている。
「はぁ……じゃあ、どんな音がするんですか?」
「音は聞こえない」
「?」
「人間の耳では聞こえないほど高い音が鳴るんだ。音が聞こえないから音切草。まあ、聞こえる奴もいるんだがな……」
 グンニルは言いながらちらりと遠くにある岩陰を見る。
「あの……誰かいるんですか?」
「ああ、いる」
「……誰が?」
 ティナは首を傾げてその岩陰に目をやる。誰もいないように見えるが……
「……ハル、そろそろ出てきてもよさそうだぞ」
 グンニルが少し声を大きくして呼びかけると、岩陰から純白の翼が覗いた。
「あ」
 ティナが驚いたように間の抜けた声を出す。まさか、翼が出てくるとは。
「気づいていたならさっさと呼びなさいよ……ったく、隠れてるのも楽じゃないっての」
「隠れる必要があったのか?最初から出てきてもよかっただろう」
「バツが悪いでしょうが……って、グンニル、あの子、固まってる」
「なんで……翼が……?あれ……?」
 ティナはさっきと変わらず間の抜けた顔で呆けていた。
「あー……一般の人には有翼人って馴染みないどころか初めて見る人が殆どだもんね」
「まあ、いきなりお前を見たんじゃ驚くか……ティナ、おい、大丈夫か」
 グンニルはティナの頬をペチペチと軽く叩く。
「……ん。あ、ああああ、ぐ、グンニルさん、つつ翼がぁ!背中に生えて生えて!」
 呆けていたティナが元に戻ったと思ったら、今度は完全に混乱している。離れたところで見ていたハルにはティナの目がぐるぐるになっているように見えた。
「落ち着け」


「───と言うわけで初めまして」
「あ、はい、こちらこそ……」
 30分後、やっと落ち着いたティナとハルが初めましての挨拶を交わす。
 ちなみにグンニルは二人と少し離れた石に腰掛けて二人のやりとりを見ている。
「それにしてもあそこまで驚かれたのは始めてよ。そんなに驚くもんかしらね」
「え。あの、ゆうよくじん、なんて始めて会いましたから……」
「ホントにあたしらって一般人には馴染みないのね……はぁ」
「……あー、えっと、それでゆうよくじんってどう言う人なんですか?」
 ため息をつくハルをフォローするようにティナが尋ねる。
「ん?ああ、有翼人って言うのは見ての通り、背中に鳥の翼が生えてるわけ。まあ、厳密には鳥の翼とは違うんだけど、基本的には飛ぶためのものね。天使のモデルとか言われてるけど、あたしらと天使は全くの別物だから。その辺気をつけること、いいわね……って、あんたさ、なんであたしのことをおいといてあたしらのこと聞くってどういうわけ?あんたって人のこと聞くときにその人の人となりを聞かずにその人の故郷の話聞くわけ?」
「え、え、え?」
 いきなり態度が豹変したハルに戸惑うティナ。
「……あー、えっと、ハルさんってどんな職業なんですか?」
 さっきと同じ調子で無難なことを尋ねる。
「あたしはグンニルと同じで傭兵をやってるわ。つっても成人済ませてないガキの有翼人なんてろくに雇ってくれないのが実状なんだけどね。だからグンニルと組んで仕事やってるってわけ。まー、今回はグンニルが予定外の負傷したから別行動取ってたんだけど、これからはまた一緒ってわけ」
「成人って、ハルさん幾つなんですか?」
「あたし?15だけど」
 その何気ない言葉にティナがまた固まる。
「え。年下……?」
「って、年上……?」
 今度はハルが固まる。
「え!?ちょっと!?どういうこと!?この子年上なわけ!?あたしずっと下だと思ってたぁ!!」
「落ち着け」
 混乱したハルにグンニルは剣の鞘で思いっきり殴った。


30分後。


「有翼人の成人は15歳前後。これは種族的な規則らしいな。だいたいその歳になると翼に紋様が出てくる」
「紋様、ですか」
 ティナはグンニルの説明を頷きながら聞き入る。
 ハルはグンニルに殴られた所為で現在沈んでいる───ティナはかなり心配したが───が特に問題はないので捨て置かれている。
 ハルが沈んでいるため、有翼人に関する説明が出来ないので、代わりにグンニルがその役を買っているわけである。
「ああ。双子でない限りは同じ紋様は出ない。この紋様が有翼人にとって成人の証になる。ハルはまだ紋様がないから未成年、と言うわけだ。まあ、未成年と言っても戦闘能力は成人と遜色はない」
「そういえば、なんでハル……はなんで傭兵をしているんですか?他にも色々できそうなのに」
 ハルが年下とわかった以上丁寧語を使うつもりがないのか、ティナはハルのことを呼び捨てにすることにした。まだ馴染んでいないようで、なんとなくぎこちない。
「有翼人の多くは普通の人間が立ち入れないような場所で生活しているが、そこを離れて生活している有翼人は軍属や傭兵が多い。ハルもその一人だな。ハルが何故傭兵をしているかは俺も知らないがな。それはともかく、有翼人は戦闘能力が高い。まあ、身体能力は普通の人間と大差はないんだが、有翼人には特殊な力がある」
「特殊な力……わたしみたいに木と話が出来る、みたいのですか?」
「……有翼人の翼の色は単一ではない。大きくわけて白、青、黒、赤の4種類があってそれぞれ風、大地、水、炎を象徴している。そして、有翼人はその翼の色に対応したものを操ることが出来る」
「ハル、は白だから風を操れる」
「そういうことだ。風を操るだけなら術師が入れば事足りると思われがちだが、術師は体力な面で劣る部分がある。それに比べ有翼人は元々風を始めとする四属───世界にある基本的な属性のことだ───を操ることができるため、兵や戦士のように肉体を鍛えることもできる。もちろん、元からある力を伸ばすこともできるがな。それに、飛べるだけあって移動力も高い……戦闘向きとは言わないが、やりようによっては戦闘を有利に進められることから、軍属や傭兵になる有翼人が多いと俺は考えている」
「はあ……なんだか難しい話ですね……ええと、ようするに、そう言う仕事に向いてるから、ってことですよね?」
「まあ、そんなところだな……さて」
 グンニルは立ち上がり、沈んでいるハルに歩み寄り、ティナのときとは違い強めに頬を叩く。
「おい、起きろ。移動するぞ」
「……グンニル……よくも殴ってくれたわね……今度奢りなさいよ」
 ハルは恐ろしい顔をしながらグンニルを睨む。
「いつものことだろ」
「……このぉ……」
「2人とも落ち着いて……」
 3人は旅路はずいぶんとのどかなものだった。





───ナシセ共和国首都・サブス





「ラハム。それで、グリニッジ殿からは何と?」
 軍服に身を包んだ女性が、執務室の扉の前に佇む紋様の入った白い翼を持つ女性に静かに尋ねる。
「はい。メドゥーと『螺旋都市』のイェン・コルセットが連絡を取り合っている、とのことです。それと、メドゥーの斥候が国境付近で確認されています」
「まったく……六年前に和睦を結んだばかりだと言うのに……どうにもメドゥーは血の気が多い……ああ、ラハム、崩していいわ」
 そう言われると、有翼人の女性───ラハムは姿勢を少し崩す。
「はい。それにしても6年前は和睦と言っても殆どメドゥーがこちら側に降伏する形でしたよね」
「私達も多くの犠牲を払ったけれど、メドゥーは戦力の9割を失ったわ。結果、国力もかなり落ち込んだ……たったの6年では半分もその国力を取り戻せないはず……」
「ですが、斥候を放っているのは当然じゃないですか?国力が落ちていても、我々と和睦を結んでいても結局は敵国なんですから」
「……憎しみは争いを呼び、争いは血を呼び、血は憎しみを呼ぶ……私達人間はこの連鎖の中でしか生きられないのかしら……?」
 そう呟き、女性は虚空を見つめる。今にも涙を流しそうな顔で。
「……私は、リノさんにこれ以上血を流して欲しくはありませんっ。リノさんに……槍を取って欲しくは」
「……誰かが血を流さない限り、誰かが犠牲にならない限り、誰かが安息を得ることは出来ないわ……ラハム」
「はい」
「吟遊詩人の物語の一節を覚えているかしら」
「え?」
 女性───リノは執務室の窓を開け放ち、暗く淀んだ空を見つめ、静かに口を開いた。


光の吟遊詩人が演奏を終えますと

今度は闇の吟遊詩人が演奏を始めました

つまりこれがこの物語の幕開けだったのです






あとがき

どうも、はにわです。
第二話、いかがだったでしょうか。
今回は最初と最後に謎を残しつつ、まったりと。まったりとした感じで。
よくわからない単語もあるでしょうけど、そのうちまとめます。
では、また。


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