第2回 「紅き者が目覚める時」 それは かすかに動いていた もはや死しているにも関わらず 永遠の眠りを拒否するように それは 手を上げようとしていた それは 人間の姿をしていた しかし それは人間ではなかった 人間でもDAでも無魔でもない それを識別する名称は 「キマイラ」 DAと無魔の人工融合体 そして それは 目を開いた 2023年4月20日木曜日PM5:46 天候は相変わらず晴天である。 日はおちているが。 金髪の少女が緩慢な動作で部屋のドアを開ける。 「おはよーございます……隊長、あ、菅原君も」 「ああ、おはよう」 デスクであいかわらずコーヒーを飲んでいる長身の青年──本郷 龍弥──がかえす。すると、 ドアの近くにあるデスクに座っている銀縁眼鏡の青年が金髪の少女を睨む。 「僕はついでですか?」 「だっていつもいないじゃない。学問の神様と同じ名前なのに」 「タイミングの問題です。それと、名前は関係ありません」 菅原 道真は睨むのをやめて、視線を壁に貼ってあるカレンダーに移す。金髪の少女は頭を かきながら台所に向かう。 台所では黒髪の少女が料理をしていた。金髪の少女が彼女に話しかける。 「かーなーいー、今日は何?」 黒髪の少女──辻 叶──が振り返る。 「あ、ミーリィ……えっと、今日はカレーライスだけど」 「へー、カレーねぇ。最近食べてな───」 「おー、カレーじゃねえか!ひっさしぶりだな〜!」 金髪の少女──ミーリィ・クローカ──の横から少年が顔を出す。 「妨害するんじゃないわよ、アキラ。せっかく、アタシと叶が二人っきりだったのに……」 「まー、まー、気にすんなよ」 少年──宮下 アキラ──はゆるい態度でぱたぱたと右手を振る。 二人の妙な会話を聞きながら、叶は頬をかく。この二人、というかミーリィはいつも叶を からかって遊んでいる。まあ、気にならないので叶はかまわないのだが。 と、台所の入り口からやや低い女性の声が叶に向けて発せられた。 「狭い台所で騒ぐな。辻、料理ができているなら配膳を」 「あ、はい、わかりました」 彼女はミーリィと同じく金髪だが、凛とした、大人の女性といった感じである。彼女の名は アルマ、フルネームはアルマティオ・クロフェード・アントレックである。 「副隊長、いつ来たんですか」 「お前達が起きてくる以前にだ」 彼女は踵を返し、台所から離れる。その手にはいつの間によそられたのか、カレーライスの皿が あった。それに気づいた二人が叶の方を振り返る。 「はい、こっちミーリィ。こっちは宮下さん」 叶は手に持っていた皿を二人に渡し、続いて三皿分よそり、器用にすべての皿を持って台所から 出ていく。取り残された二人は叶が出ていってから数秒後に台所を出た。 「はい、隊長」 「ああ、ありがとう」 コーヒーを置き、カレーライスの皿を叶から受け取る。そのまま叶は菅原にも皿を渡し、最後に 自分のデスクに皿をおいて、椅子に座る。遅れて出てきたミーリィとアキラも自分の席に座る。 それを確認した長身の青年が五人に向かって頷いてみせる。 「いただきます」という声が六人から異口同音で発せられる。 早くも食事の後片づけが終わり、六人がくつろいでいる。まあ、昼間とさして変わらない のだが。 そんなときにアキラが不吉であろうことを口にする。 「あー、こういう日に限って出動要請があるんだよな〜」 「限って、とは妙なことを言いますね」 「いつもこんな感じだろう」 「同じとは限んないじゃない」 「誰もそんなこと言ってないと思うけど……」 「とにかく、今夜も待機だ」 アキラ、菅原、アルマ、ミーリィ、叶、本郷の順でいつも通りボケとツッコミとまとめを行い、 全員が飲み物を飲もうとした瞬間、タイミング良く電話のベルが鳴る。湯飲み茶碗をデスクに置き、 叶が受話器を取る。 「はい、こちら七番隊……はい……ええ、大丈夫ですが……了解しました」 「なんと言ってきた」 本郷が叶に問う。叶が受話器を置きながら答える。 「出動要請です。場所は秩父です」 「数は」 「10体確認しているそうです。実際の数は不明です」 「そうか……では、全員出動準備にかかれ」 本郷が椅子から立ち上がりながら決定を下し、ロッカーから大剣を取り出す。 アルマも自分のロッカーから槍を取り出し、さらに籠手を装着する。 菅原もロッカーから細身剣を取り出し、鞘から抜く。その剣の輝きを確認し、鞘に戻す。 アキラはデスクの上に置いてあったグローブを装着し、指を鳴らす。 ミーリィはデスクの引き出しに入っている拳銃を手に取り、続いてハンガーに掛けてある白の コートを羽織り、拳銃をコートの内ポケットに入れる。 叶は別に準備する物がないので、コーヒーカップや湯飲み茶碗を片付ける。 数分で準備を終え、本郷の前に五人が整列、せずに集まる。 「よし、行くぞ!」 アキラを先頭に六人が部屋から飛び出し、ビルの裏手にある倉庫に向かう。 倉庫には隊専用の飛行機がある。最高でも八人が限界で、乗る人数より多いのは、けが人 などを乗せるためである。 ちなみにこの隊で運転ができるのは、本郷、アルマ、菅原の三名で他は未成年なので免許を 持っていない。未成年でなくても免許は持っていないだろうが。とにかく、六人は素速く乗り込み、 最後の一人が乗った瞬間に発進する。この飛行機は滑走路を必要とせず、上昇はホバーを使用する。 「なんか、今日の運転は荒っぽいわね」 「菅原だしな」 一見、安全運転を心がけてそうな菅原だが、関東方面一乱暴な運転をすることで有名なのだ。 はっきり言って、荒波に揺られる船と同じくらいだ。それでも七番隊の面々が酔わないのは、なぜ だろうか。 「やっぱさ、俺達って、三半規管の造りが違うんだよな」 「それはあんただけ。アタシはなれてるだけだし、叶もバランス感覚が異常に良いし、隊長や 副隊長もそうなんじゃないの」 「何で菅原さんってこんな暴走運転するんだろう」 止まるミーリィとアキラ。顔を見合わせる。 「なんで、かしらね」 「さぁて……」 「日頃の憂さ晴らし、というのはどうだ」 顔を見合わせた体勢の二人にアルマが提案をする。 「ああいったタイプはストレスを溜めやすい、というが」 「……そう言うことにしておきましょ」 「そだな」 不毛な会話をやめ、各自別々の方向を向く。ちなみに菅原にはこの会話はとどいていない。 なぜなら、飛行機の運転に集中しすぎているからだ。 「アルマさんが冗談言うのって似合わない……」 叶がため息をつきながら呟く。 一時間もしないうちに、秩父に七番隊の面々は到着し、飛行機は適当な場所に着陸する。 「さて……」 本郷が飛行機から降り、辺りを見渡す。視界一面に緑が生い茂り、かつては公道であった面影は 微塵もない。 2008年に起きた世界規模の異常緑化。『赤の月』と『青の月』の影響の一つである それは、わずか三ヶ月で何百年前の自然環境を取り戻すだけにとどまらず、人間の居住圏を狭める まるで至った。 「……よし、アルマはここで待機。万が一の事態に備えろ。他は独自行動を。解散!」 本郷の指示と共にアルマ以外が一斉に散る。待機指示を受けたアルマは飛行機にもたれかかる。 「無魔が10体だと……?ただごとではすまされないか……」 その呟きを聞くものは、いない。 猛スピードで森を走る人影。アキラである。彼の身体能力は常人の数倍以上をほこり、 ついでに異常なまでに勘が良く、菅原からは「野生の勘」といわれている。 数十秒走ったところで、爬虫類型の無魔と遭遇した。体長6mほどのものが3体。その姿は 爬虫類というより、恐竜そのものだ。爬虫類型の無魔は総じて凶暴な性格だ。 アキラの目の前にいる三体も例外ではないようだ。 「へっ、そうこなくっちゃ、いけねぇぜ!」 アキラが素早く一体の懐に飛び込み、踵回し蹴りを頭部に当て、無魔が吹っ飛ぶ前に踵落としに 切り替え、無魔の頭部を地面ぶつけ叩き割る。 続いて二体目の後ろに回り込み、尻尾をつかむ。そして、思い切り振り回し始める。 派手に振りましているので、無魔にはそこらへんの木々が突き刺さり、苦痛の叫びをあげている。 それを無視して、アキラは砲丸投げの要領で、無魔を上に向かって思いっきり投げ飛ばす。 そのまま無魔は30mほど飛ばされ、そして、万有引力の法則に則って落下する。 アキラが上へ飛んでいく無魔を見上げていると、最後の一体がアキラに襲いかかる。 アキラは身をかがめ、その猛攻を避ける。それと同時に無魔の懐にもぐり込み、強烈な蹴りを くらわせる。その蹴りで無魔は数十メートル吹っ飛ばされ、木に激突してやっと止まる。 それを確認して、アキラが軽く伸びをする。 「さて、一丁上がりだな。おっ……」 アキラの人ならぬ聴力が何が落ちてくる音を感知した。さっき投げ飛ばした二体目の無魔だ。 その無魔が派手な音をたてて、三体目の無魔に落下する。 「トドメさす手間が省けたか。じゃ、次いくか」 三体の無魔わずか十秒で片づけたアキラは、その死体をほっぽいて、再び走り出した。 通常、無魔は死後二時間以内に死体が消滅してしまう。そのため、無魔に関する研究は無魔を 生け捕りにでもしない限り不可能となっている。 もっとも、そんなことはアキラとってまったく関係のないことだが。 四体の犬型の無魔と対峙する「影」。 「ふむ……この程度なら三秒もいらんな」 「影」が大剣を鞘から抜き、構える。 「行くぞ……!」 「影」が攻撃を開始する。一撃目で一体の首が飛び、二撃目で一体の体が真っ二つにされ、 三撃目で残りの二体が粉々になる。 「影」の宣言通り、わずか三秒で四体の無魔はその屍をさらすこととなった。 無魔の無魔が全滅したのを確認した「影」が、元の姿に戻る。 「影」の正体は本郷であった。 「さて、ここにはもういないか……出現数からいって、他はすべてやられているな。では、 機体に戻るか」 行動を決定し、本郷がその場を去っていく。その場に誰かいたなら気づいただろう。 彼に影がないことを。 菅原が銀縁眼鏡をはずし、胸のポケットに入れる。 「このままことを終わらせたいものですが……」 菅原はそう呟きながら横合いの茂みに視線を向ける。紅い光が菅原を睨んでいる。 「そうもいきませんか……」 腰に下げた細身剣の柄に手をかけ、その紅い光を睨み返す。その瞬間、茂みの中から巨大な 昆虫型の無魔が現れる。 「ビートルタイプですか。しかし、僕の敵にはなりませんよ!」 菅原は細身剣を抜き、左手を無魔に向け、印を切る。 「炎獄!」 無魔の周辺の気温が急激に上昇する。そして、無魔が炎に包まれる。が、数秒で無魔は炎を 振り払い、菅原に襲いかかる。 「ちぃッ!火系に耐性を持っているというわけですか。しかし……!」 右手に持っていた剣を両手で持ち、今度は剣で印を切る。 「氷槍陣!」 無数の氷の槍が無魔のまわりに展開する。氷の槍は無魔を完全に包囲しており、少しでも 動けば槍が突き刺さるため、無魔は身動きがとれない。はずだが、何を思ったか無魔は無謀にも 菅原に向かってこようとしている。 「ふぅ……無知とはいかんともしがたいものですね……致し方ありませんね、行け!氷槍よ!!」 空中で静止していた氷の槍が無魔の外骨格を破壊し、全身に突き刺さる。その姿は地に 張り付けられたようにも見える。しかし、それでもなお無魔は動こうとする。 「意気は認めますが、無理に動くこともないでしょう」 菅原の細身剣が、無魔の核を正確に貫き、無魔は完全に息絶えた。 「さて、宮下君が無駄に暴れているでしょうから、僕の出番はなさそうですね」 菅原は細身剣を鞘に戻し、森の奥へ向かって歩き始めた。 「さてと、この状況、どうしたものかしらね」 木のてっぺんに立っているミーリィが周りを見る。 鳥型の無魔四体に囲まれている。その姿は鷲や鷹に似ているが、夜の闇のせいで黒くみえるため、 カラスのように見える。 「ま、久しぶりにやるのも───」 白のコートに右手を入れる。 「───悪くないわね」 四本の火線が無魔を襲う。一瞬にして、四体の無魔が地に墜ちる。 「大したこと無いわね……うッ……」 ミーリィは左胸を押さえ、すぐに地上におりる。すぐそばにあった木にもたれかかる。 「最近はなかったのに……なにか、動いているの……?」 空には、『赤の月』が見える。その時ミーリィには普段より、赤く見えた。 30分後…… 叶は無魔に遭遇することも、他の隊員と会うこともなく、飛行機のところへ戻ってきた。 「やはり一番手か」 アルマが声をかけてきたが、叶はため息をつく。 「戦闘向きではないからしょうがないが……あまりため息をつくな」 「……可能な限り心がけます」 「よろしい。そろそろ皆戻ってくるころだと思うが……」 アルマが腕時計に視線を落としたとき、前方から菅原が現れた。 「ただいま戻りました。それと、これも」 そう言って菅原が何かをアルマ達の方へ投げる。 「あ、宮下さん……また木にぶつかったんですか?」 「そうらしいですね。まったく、トラブルメーカーというわけではないはずですが……どう 思いますか、隊長」 菅原が飛行機の影に向かって発言をする。すると、影の中に人の輪郭が現れ、本郷が影の中から 出てくる。 「そうだな……それを考えるのはあととして、帰還するぞ」 本郷が言い終わる前にアルマが飛行機に操縦席に座わっており、菅原も乗り込もうとしていた。 「あの……ミーリィ、まだ来てないんですけど」 「……近くにいるのか」 「はい。こっちに向かってきてます」 「よし。アルマ、発進準備を。ミーリィが到着次第帰還する」 「了解しました」 アルマが本郷に向かって敬礼してみせる。 数分後、ミーリィがやっと合流し、七番隊の面々はPM9:05、秩父より帰還した。 あとがき 第二回です。どうだったでしょうか。 最初の状況説明文はあとへの伏線です。「キマイラ」に関してですがね。 あと、メインキャラクターですが、紹介しときます。女性陣を。 では、また。 キャラ紹介 辻 叶(つじ かない) 年齢:13歳 身長:142cm 生年月日:2010年2月14日 特殊能力:同調 操武:ラプラス(ペンダント) 黒髪の少女。駆逐部隊最年少。 ミーリィ・クローカ 年齢19歳 身長:159cm 生年月日:2004年4月2日 特殊能力:? 操武:月読(拳銃) 金髪の少女。童顔。 アルマティオ・クロフェード・アントレック 愛称:アルマ 年齢24歳 身長:170cm 生年月日:1998年7月30日 特殊能力:音 操武:グングニル−04(槍) 凛とした感じの女性。七番隊副隊長。 用語解説 操武:DA専用の武器。形成物質、構造など全てが謎に包まれている。 DAの5%が所持しているが、これは操武の方が使用者を選ぶためである。 |