第三回 「ひとつの再会と動き出した月」 生があれば死があるように 出会いがあれば別れがある 別れの形がどんなものであろうと 互いを忘れることはないだろう 再会の形がどんなものであっても それは 『彼』が望んだことだから ──────誰も 変えることはできない 2023年5月5日金曜日AM8:05 天候・快晴。 ゴールデンウィークまっただ中である。 ここ、川越市某所にある七番隊本部は今日も平和であった。悪く言うと、暇、である。 その本部の部屋でいつも通りコーヒーを飲む長身の青年とお茶を飲む黒髪の少女。 と、ここまではいつも通りだ。だが、今日は珍しく他に一人いた。 「なあ、なんで外はゴールデンウィークなのにここはそうじゃないんだ?」 「……いつも休みだからだ」 そう、普段こんな時間に起きていない宮下 アキラがいるのだ。 彼のどうでも良いような問いかけを適当に返した本郷 龍弥は朝刊の三面記事を読み終え、 いったん閉じる。 「で、なぜいる」 冷然と本郷がアキラに言う。それはそうだ。三年近くこの隊にいて、アキラがこんな 時間にいたのは5回にも満たない。 「そんなこと、どうでもいいと思うんですけど」 叶がツッコミを入れる。場にいる人間が多いとツッコミの量も増える。ボケに対して ツッコミ要員が少ないのは問題……ではないだろうが、叶にとっては重大なことだ。 真面目なアルマもたまにボケにまわるので、叶のため息が増えるわけであった。 「…………………」 場を沈黙が支配する。三人とも身動きひとつしない。 突然、電話のベルが鳴る。叶が素速く受話器を取る。 「はい、こちら七番隊……あ、敷島警部。なんですか?……はぁ、隊長にですか……」 叶がちらりと本郷の方を見て、受話器を渡す。 「替わりました、本郷です。何用ですか?……護衛なら警察でも十分できるでしょう。我々が 出向くまでも……なるほど……そういうことでしたか。わかりました。すぐ行きます」 本郷は受話器をおろし、いきなり立ち上がる。 「宮下、県警の方へ行くぞ。叶、留守を頼む」 「りょーかい」「はい、わかりました」 アキラと叶が同時に返事をする。アキラはグローブをはめ、バックを担いで部屋の外 へ出ていく。それを見ながら、叶が本郷に問う。 「あの……警部はなんて?」 「殺人の目撃者の護衛だ」 「護衛、ですか……?」 「ああ。ただの殺人ではないがな」 叶が何か言おうとする前に、本郷は部屋から出ていってしまった。叶はなんとなく 「いかないで」ポーズを上半身だけで取ってみる。そして 「はぁ……」 ため息をついた。 ところは変わって埼玉県警。七番隊はこの埼玉県警とは意外と仲が良い。他がどうか は知ったことではない。とにかく、警察と一番仲が良いというのは間違いないだろ う。故に、厄介な事件が起きると七番隊に連絡するのがここでは常識になっている。 「それで、誰を護衛すればいいんですか」 単刀直入に本郷が迫る。いや、迫っているわけではないのだが、迫力がありすぎてそ のように見えてしまう。 「うむ。その前にこれを見てくれ」 肩幅の広い中年の男が資料を机の上に出して本郷に見せる。 場所は川越市西部の森林地帯。死者は4名。殺害された四人の接点はなし。通り魔の 犯行とも思われたが、死体の状態があまりにも奇怪すぎた。心臓や脳、眼球などが抜 き取られており、死因も溺死、圧死など、不可解極まりないものだった。 この事件はまだ公式発表がなされていない。特殊犯罪、つまりDAの犯罪のためであ る。DAが起こした事件は全世界でも100件に満たないほど少ない。 さらに妙なことがあった。その四体の死体と一緒に少女が一人倒れていたのである。 しかも、その傍らにこのようなことが、血で書かれていた。 『この娘は我らが神への生け贄 日の沈まぬうちに捧げる』 (過激派のカルトの仕業か……やつらの中にDAがいるのは間違いないなだとすると、 政府の連中も少々動くやも知れん。あるいは全て俺たちに片づけさせるか……ラボが かんでいる可能性もあるが、今回はないか) 本郷は数十秒で全資料に目を通し、その資料を敷島に返す。 「つまり、その第一発見者の少女を犯人、ないしは何らかの組織が狙っている、とい うわけですね」 「ああ。それで……彼が護衛要員なのか?」 「何か問題でも?」 涼しい顔で本郷が問い返す。 「いや、そう言うわけではないんだが……」 「敷島警部。ただ護衛をするならば、彼でなくとも問題はないでしょう。彼を選んだのは 彼女を安心させるためです」 敷島が首を傾げる。 「安心させる……?どういうことかね」 「相変わらず頭が固いようですね。まあ、乙女心はなんとやらと言いますし……」 「だから、なにがいいたいんだね、君は。それに、乙女心は関係ないだろう」 敷島が机を指で叩く。機嫌が少し悪そうだ。 「……つまり、彼女と同年代の者、ということです。同い年なら安心できるでしょう。 それに彼は単純な戦闘能力では一番ですからね」 「そうかもしれんが……」 「とにかく、この件は我々に委任するということでよろしいですね」 本郷は敷島に反論の余地を与えないように話を終わらせる。敷島は絶句し、口をパクパク させている。 「宮下、お前はここで話を聞いておけ。俺は先に戻る」 「了解」 本郷はアキラに指示を出し、そのまま退出した。アキラはそれを確認し、さっきまで 本郷が座っていたソファーに座る。 「それじゃ、続けてください」 少々わざとらしくアキラが敬語で言う。敷島は釈然としない様子だったが、話の続き を始めた。 「あー、宮下 アキラ君だったかな。とりあえず……」 「で、俺が護衛をするのは誰ですか?」 アキラは敷島が説明しようとするのを遮り、本題を出してきた。敷島がわずかに狼狽 える。自分の甥と同い年の少年相手に狼狽えてしまったのは不覚だ。 (そういえば、彼は単純だと言っていたな。本郷は) 敷島はそのことを思いだし、要点のみを話すことにした。 「秋月 加奈子。君と同い年の子だ。今は別室にいる」 「そういや、護衛って、いつまでやればいいんですか?」 「そうだな……犯人が捕まるまでだな。相手から来る可能性が高い分、気をつけてくれたまえ」 「よくわかりました。じゃ、そろそろ行こうと思うんですけど、よろしいでしょうか」 「ん、ああ……では、別室にいる秋月君に会ってきたまえ」 「はい」 軽く返事をしてアキラは退出し、腕時計を見る。AM9:50。昼にはまだ早い時間だ。 (適当にどっかで時間潰せばいいよな) 簡単な方針を決定して、アキラは隣の部屋の扉を開けた。 同時刻、川越某所の七番隊本部。 七番隊副隊長のアルマは大量の書類を処理していた。そこへ、菅原が部屋に入ってく る。書類の一枚を取り、自分のデスクに座る。 「今回はずいぶんと遅かったようですね。普段なら一週間のはずですが……」 「……今回の件は不可解な点が多かったからな。支部局の調査が遅れるのはしかたのない ことだ。しかし……」 「無魔の出現パターンですか?」 「それもあるが……辻、出動要請はどこからだった」 アルマは台所にいる叶に問う。すぐに叶はカップののったお盆を持って出てきた。 「関東支部局からでしたけど……無魔の発見者が誰かわからないと言うことですか?」 菅原が叶からカップを受け取り、一口飲む。 「なるほど。通常ならば、発見者が付近にいるはずですからね。それに人がいなければ、 無魔の発見は」 「───あり得ない、というわけだ。支部局を通さずにこちらに連絡を入れることは、 まず不可能。支部局と偽って連絡と入れたとしても、本物は無駄な金は使わないようにしている から……偽物かどうかはすぐわかる」 アルマも叶からカップを受け取り、自分のデスクに置く。 「じゃあ、一体……」 「ラボ。それが一番可能性があるわ」 部屋のドアに寄っかかっている金髪の少女が流し目で言う。 「ミーリィ、どういうことだ」 「……無人の地域にサンプル…無魔を放して、アタシたちに片づけさせた。おそらく、 失敗作をね。10体もいてあれほどタイプがそろっていれば、間違いないと思うわ。奴らが よくやることよ」 ミーリィはしゃべりながらソファーに座り、天井を見る。 「確かに……あのビートルは核が二つあったようですし、ラボが絡んでいると考える のが自然でしょうね」 菅原は窓の方に移動し、ブラインド越しに外を眺め始めた。ここからのあまり景色が いいとは思えないが、それなりにおもしろいものも見えるようだ。 「でもミーリィ、私もラボが関係してると思うけど、あの森の…すごく奥の方から ミーリィと同じ感じがしたよ」 そう言ってから、叶は後ろからミーリィの顔をのぞき込む。 「アタシと同じ感じ……?」 ミーリィは右手で自分の左胸を押さえる。思考が頭の中を駆け抜ける。が、ミーリィ はすぐにその思考を振り払った。今更こんなことを考えても、仕方がない。 「そんなことより、アキラはどこに行ったの?」 「アキラさんなら、県警に行ってますけど……どうしたんですか、隊長?」 叶が部屋の隅を見ながら言う。他の三人が一斉にそこへ目を向ける。そこには「影」がいた。 「……これより七番隊は独自行動を開始する。菅原、ミーリィの両名はアキラの補佐を」 「了解しました」「了解」 菅原とミーリィは自分の操武を取り、そのまま部屋から出ていく。と、ミーリィが 戻ってきたが、出入り口で数秒立ち止まったあと、また出ていってしまった。どうや ら、いつも来ている白のコートを取りに戻ったようなのだが、この時期にコートを着 ていては目立つと思い、結局着なかったわけである。 「アルマ、ここの全回線を閉鎖。その後、市内にて待機。辻もだ」 市内にて待機とは、「市内にいて有事に備えろ」という意味である。 「了解」「はい、わかりました」 アルマが敬礼の真似事をしている横で、叶が会釈をする。 「解散!」 アキラが部屋に入ると、そこにいた刑事が立ち上がり、座るように促す。 その部屋にはソファーが二つと机が一個ある以外に目立った物はない。 アキラはソファーに座らずに壁に寄っかかり、刑事の横に座って下を向いている少女を見る。 どこの高校のかはアキラには見当もつかないが、きちっと制服を着ている。髪は肩に かかる程度であまり長くない。肌は少し黒くやけていている。人工的なものではな く、自然にやけたのだろう。今は下を向いているのでよく見えないが、顔は悪くない。 (秋月 加奈子……ん?どっかで聞いたことのある名前だな……どこだったっけ?) アキラはこれでも記憶力はいい方で、友達の顔と名前を正確に覚えているほどだ。だが、 この少女についての記憶はかなり曖昧で、「何処かで会った」ぐらいしか覚えていない。 (ま、いっか。あとで思い出せば) 簡単に結論を出して、アキラは思考を切り替える。 「えーと、対無魔駆逐部隊日本国所轄関東方面七番隊所属、宮下 アキラ……って聞いてるのか?」 「え……?」 アキラはとりあえず自己紹介をしたつもりだったのだが、当の本人は聞いていなかったらしい。 アキラは頭をかくと、もう一度自己紹介をすることにした。第一、こんな長ったらし い肩書きを名乗っても覚えてもらえるはずがない。 「俺は宮下 アキラ。あんたの護衛をすることになったから、よろしく」 「え……ちょ、ちょっと待ってよ」 今まで下を向いていた加奈子が急に立ち上がり、アキラに迫る。十分「美少女」と呼 べるほどの顔をしている。 「あなた、私と同い年なんでしょ?それに……強くなさそうだし……」 「人を見た目で単純に評価するのは良くないと思うぞ」 「そりゃそうだけど……」 加奈子は反論されると少し退いた。 「まあまあ。彼はこれでも警官10人より頼もしいんだよ。拳銃も通用しない……んだっけ?」 わって入ってきた刑事がアキラに確認するように言う。 「どうだったかな……まあ、一発じゃ平気だけど。なあ渡部警部補、このままここに いさせるつもりなのか?」 アキラは渡部警部補に、彼にとって重要な質問を投げかけた。 「ここに、って……どういう意味だね?」 渡部警部補はアキラが言っていることをよく理解できていないようだ。 「つまり、この警察署にいたんじゃ、相手も強気になるんじゃないかってことだよ」 「なんでそうなるの?警察署に乗り込んでくるなんてそんなバカなこと……」 加奈子が口をはさんできたが、アキラは加奈子に視線を向けようともせずに話を続ける。 「だってよ、相手だって加奈子がここにいることぐらい知ってるはずだぜ?ここにい たんじゃ、確実に狙い撃ちにされるぜ」 「では、どうしろと言うんだ」 渡部警部補が思わず乗り出す。額には冷や汗がにじみ出ている。それに対し、アキラ は軽い口調で返す。 「簡単なことだよ。外に連れ出せばいいんだ。俺が護衛する以上は下手なマネはさせ ない。それに、うちの隊も全面協力するだろうし」 「それはそうだが……」 「と、いうわけで行こうぜ」 アキラは加奈子の腕をつかむと、やや強引に加奈子を引っ張りながらさっさと部屋か ら出ていってしまった。取り残された渡部警部補は頭をかいた。 「はぁ……上になんて説明したらいいのやら……」 「もぅ、強引すぎるわよ!」 加奈子は少しふくれながらアキラの1m前方を歩いている。ここは川越署近くの公園 に来ていた。ゴールデンウィークなのに、、人っ子一人いない。 「まあまあ、そう気にすんなよ、加奈子」 「気にするわよ!!それに、なんで名前で呼んでるのよ!」 「呼びやすいから」 簡単すぎる答が返ってきたので、加奈子はまた反論ができず悔しそうに握り拳を作っている。 「…………じゃ、じゃあ、私も名前で呼ぶわよ……アキラ」 やはり異性を名前で呼ぶのは気恥ずかしいのか、加奈子の頬は少し紅い。 「……あれ?」 急に何かを思いだしたのか、間の抜けた声を出す。 「どうしたんだ?」 「アキラ……どっかで聞いたことがあるような……どうしてだろ?」 「お前もそうなのか?俺も、なーんかあったような気がするんだよな」 二人は向き合い、互いの目を見つめる。 「………………」 急に加奈子が右を向き、空を見上げる。 「いい…天気だね」 「ああ、そうだな」 アキラも空を見上げ、右手を空にかざす。 風が吹いた 心地よい風が 二人を包んだ 「………………」 加奈子は空を見上げるのやめ、下を向いてしまう。顔が紅潮しているのが自分でもわかる。 「お、そうだ」 「?」 加奈子は頭を振ってからアキラの方を向く。アキラが人差し指をたてる。 「俺、いい店知ってんだ。そこに行こうぜ」 「それって……ナンパ?」 「そんなわけないだろ。こんなところにいたってしょうがないだろ?だからだよ」 アキラは加奈子の額を人差し指で弾く。加奈子は痛くもないのに額をさする。それから、 手を後ろで組む。 「そっか、じゃ、いこ」 公園から歩くこと30分。 大通りからはずれた場所に喫茶店「PERCH」はあった。 この店は七番隊本部からほど近く、七番隊いきつけの店で、特にミーリィはこの店が 開店したときからの常連で給料のほとんどをここで費やしているといっても過言ではない。 「いい感じの店だね」 加奈子が店の入り口を見て、感想を言ってみる。それが聞こえたのか聞こえてなかっ たのか、アキラは戸を開けて店に入っていった。加奈子も慌ててそれに続いて、店に入る。 店の中はカウンター席が8、四人席が二つあるだけの小さな店だった。所々、観葉植 物も置いてある。 「いらっしゃい」 マスターであろう青年が二人に微笑みかける。線が細く、優しげ面持ち。今時こんな 人も珍しい。 「あら、珍しいわね。アキラが来るなんて」 カウンター席の左から五番目の席に金髪の少女が座っていた。常連のミーリィだ。 「座んなさいよ。何か飲む?」 アキラはミーリィの右に一席空けて座り、加奈子もアキラの右隣に座る。 「んー、そうだな、コーヒーがいいな、俺は」 「カプチーノお願いします」 「だってさ、マスター」 カウンター越しにそう言ってから、ミーリィはカウンターの中をのぞき込む。見る と、マスターはすでにアキラの分のコーヒーをいれていた。 「相変わらず手際……ま、いいんだけど。ところで……」 ミーリィが視線をアキラに向ける。 「彼女が、護衛してる子?」 「ん?そうだけど、それがどうかしたか?」 「ふぅん……どうもしないけど……」 ミーリィは頬杖をして、加奈子の顔を見る。 「楽しそうね、みなさん」 突然、三人の左の方から柔らかな声が聞こえてきた。 「育美さん。アタシに話しかけてくるの、これで4回目ですね」 頬杖をついていたミーリィがその声の主に応じる。 その声の主は、セミロングの髪の女性だった。柔らかい物腰で、その場にいるだけで 周囲を和ませるような雰囲気を持っている。しかも、かなりの美人だ。 「そうね、ミーリィちゃん」 「ちゃん付けはやめてくださいよ……さすがにこの年でそう言われるのは、ちょっと……」 「ふふっ、そういうところ、かわいいわよ」 三つの空席越しに会話をしている二人を見ていた加奈子が、アキラの肩を叩いた。 「ねぇ、あの人、誰?」 「育美さんか?うーん、俺もよく知らないんだよな。まあ、あの育美さんってことは…… アレだからな」 アキラが腕組みをしようとしたとき、自分の前にコーヒーカップが置かれた。それに 気付いたアキラは視線を上に向ける。 「どうぞ」 マスターが微笑みながら、加奈子の前にカプチーノを置いている。アキラは一口コー ヒーを飲んだあと、ミーリィたちの方を見る。 「そういえば、旦那さんとちよりちゃんは一緒じゃないんですか?」 「ええ。ゴールデンウィークだからって出かけるわけじゃないから。今は……公園に でもいるんじゃないかしら」 それを聞いてアキラと加奈子が顔を見合わせる。 「公園……って、あのとき誰もいなかったよね……?」 「いないかった……と思う」 もしあのとき誰か見ていたとしたら……かなり恥ずかしい。 「………………」 黙り込む二人。 「何を黙り込んでいるんですか?きみたちは」 いつの間に現れたのか、二人の後ろには菅原が立っていた。アキラはゆっくりと後ろ に体を向ける。 「……いつの間に来たんだよ、菅原」 菅原はアキラとミーリィの間に席に座りながら、アキラの問いに答える。 「君たちが黙り込んだあたりからです。まあそれはいいとして、敵に関する情報が少 ないでしょうからアドバイスをしようと思いましてね」 「アドバイスって、どんな?」 「そのまえに現場の状況を教えてくれませんか?何分こちらも情報が不足していましてね」 「んー、よく覚えてないんだけどな──────────という感じだった」 アキラは覚えている限りのことを菅原に話す。途中、加奈子も証言する。 「なるほど……」 菅原は手を前で組み、壁を見る。数秒そのままでいたが、いきなり右人差し指を上げる。 「まず、敵は水の能力を持っているとみていいでしょう」 「なんで?」 「死因。それが決め手です。溺死は水がなければありません。それに圧死も水圧で やったものと考えていいでしょう」 「それじゃあまるで自分をアピールしているみたいじゃ……」 加奈子が当然の発言をする。“普通”の疑問を持つ人間がいると菅原としても話しやすい。 「ええ、彼らは自分たちが社会に知られることを望んでいます。もっとも、今回の一件が 公表されたとしても多くのことが隠蔽されるでしょう。犯人もすぐには見つからない…… こちらでは見当はついていいますが、憶測にすぎません。だからこそ秋月さんを殺す必要が あるんですよ」 「ぁ……」 今までのほほんとしていたせいですっかり忘れていた。自分が命を狙われていること を。それを思い出し、加奈子は思わず下を向いてしまう。 「ですが、大船に乗ったつもりでいていいですよ。あなたには宮下君がついていますからね」 加奈子を気遣ってか、菅原は明るい口調でそう言ってから加奈子の顔色を窺う。さっ きよりは明るい感じになっている。それを確認し、菅原は話の続きを始める。 「彼らが仕掛けてきたとしても、秋月さんを捕らえようとするでしょう。犯行予告の内容を 見る限り、彼らは“儀式”をするつもりようですから、仮に連れ去られたとしても、余裕が残ります」 「なんか……緊張感がないような……」 加奈子が拍子抜けた感じで呟く。 「おそらく彼らは質より量で来ると思いますが、油断なきよう」 菅原が話を終えると、左の席からミーリィが声をかけてきた。 「そろそろお昼時だから、なにか軽く食べてきなさいよ」 その場にいた全員がその提案に乗ることにした。どうせ食べるならどこでも大して変わらない だろう、というのは加奈子の意見である。 食事をすませたアキラと加奈子が店を出るのを見送ってから数分後、ミーリィと菅原 が立ち上がる。 「さてと、アタシたちも動く必要が出てきたわね」 「そろそろ相手が仕掛けてきてもおかしくないでしょう。敵方のDAは宮下君に任せ て我々は雑魚を片づけるとしますか」 菅原が自分とミーリィの分の勘定を済ませ、店から出ていく。菅原が視界から消える と、ミーリィはマスターと育美の方を向く。 「マスター、育美さん、この件については他言無用……ってなれてますよね」 「ええ。特に話す相手もいませんしね」 「がんばってね、ミーリィちゃん」 育美の声援を受け、ミーリィは勢いよく店から飛び出す。 事は本格的に動き出した。時刻はPM0:36。 「PERCH」を出たアキラと加奈子は住宅街を歩いていた。ゴールデンウィークで あるせいか、とても静かだ。 「なんかさ、こう静かだと気持ち悪いよね」 加奈子はこの状況があまり好きではないらしい。静かなところは嫌いではないのだが、 ここまで静まりかえっていると逆に不気味だ。 「そうだなぁ……」 アキラが曖昧に返す。何か考え事をしているせいか、加奈子の声があまり聞こえていないようだ。 アキラが自分の言っていることをろくに聞いていないことに気づき、加奈子は数歩前を歩く アキラの肩を揺さぶろうとして手を伸ばすが、届かない。 「ぅ───ねぇ、ちょっと聞いてるの?」 「んー、聞いてるけどよ、ここって敵が仕掛けてくるのに絶好の場所なんだよな」 加奈子はアキラの言葉に反応するのが一瞬遅れ、数秒の間表情をかえずに、止まる。 そして混乱しだした。 「絶好の場所って、それじゃまずいじゃないのよ!?」 「落ち着けよ。逆に考えれば相手がわざわざ来てくれるんだぜ?」 「そ、それはそうだけど……はぁ、頭痛い」 加奈子は立ち止まり頭を押さえ、ため息をつく。 「ため息をつくごとに幸せがひとつ逃げるって言うぞ。そうすると、叶なんてため息 のつきすぎで幸せが無くなってるんじゃないか?」 「そんなこと、どうでもいいわよ……」 ため息ついでにがっくりと肩を落とす加奈子。どうもアキラには緊張感が欠けている ように見える。 そんな加奈子をよそにアキラは周囲を見回している。 「ん?あれは……」 「どうしたの?」 アキラの言葉に加奈子はきょとんとしている。加奈子がアキラに 近づこうとした、そのとき。 「まずい!離れろ!!」 弾丸が加奈子に向かって飛んでくる。それに気づいたアキラが加奈子を押し倒し、飛んできた 三発の弾丸を自分の左腕で受ける。弾丸は腕を貫通せずに表皮部分に突き刺さっている。 自分の腕に突き刺さっている弾丸を気にせずにアキラは凶弾の射手を探す。民家の上に白い服を 着た男がいた。その手には拳銃が握られている。 「そこかァ!!」 アキラは腕に刺さった弾丸のひとつを抜き、凶弾の射手に向かって投げつける。アキ ラが投じた弾丸は実に時速300qを超え、射手が持っていた拳銃に命中し、破壊する。 拳銃を破壊された白服の男は屋根から飛び降り、逃走する。 「逃がしたか……加奈子、大丈夫か?」 アキラは腕に刺さった弾丸を抜きながら、倒れている加奈子に歩み寄る。 「う……うん。大丈夫……って、そんなことより!」 加奈子が跳ね起き、アキラの腕を見る。 「ひどい傷……アキラにとってはひどくないんだろうけど……とにかく、これを……はい」 加奈子はハンカチを取りだし、アキラの左腕に巻き付ける。 「ありがとな……さてと、まだ敵さんはあきらめていないようだぜ」 アキラが前方の道を指さす。数台の車が二人に向かってくる。しかもかなりのスピードを出して いる。 「ど、どうするの……?」 「どうするって簡単なことだよ」 「簡単って……何が?」 アキラが人差し指をチッチッと振る。 「多勢に無勢。かの織田信長もこんなときはこうしたと、菅原が言ってた」 「だから、どうするのよ!?」 加奈子がしびれを切らせてアキラの肩を思い切り揺さぶる。 「つまり……こうするんだよ!」 アキラは自分の肩をつかんでいる加奈子を離し、いきなり加奈子を抱き上げ、走り出す。 「ちょ、ちょっと!下ろしなさいよ!!こ、こんなの恥ずかしいわよ!!!」 何が恥ずかしいかというと、アキラが加奈子を抱いている状態が、である。 どんな状態かというと、そう、「お姫様抱っこ」の状態なのだ! 「そんな説明どうでもいいわよ!!」 加奈子がなにかに向かって絶叫する。 「気にすんなよ。どうせ人目にはつかないんだし、このまま廃墟ビル方面に向かうぜ」 「廃墟ビル……?どうしてよ」 ついさっきまで混乱していた加奈子が急に元に戻る。切り替えが早いのが彼女の持ち 味なのだろうか。だが今はそんなこと関係ない。 「廃墟ビルなら、ぶっ壊しても文句を言われる筋合いはない。どうせ壊されるところなんだし。 つまり、こっちにとっても、奴らにとっても都合がいいわけだ」 「なるほど……って、もっといたらどうするのよ」 「そのときはそのとき、だよ!」 そのころ、某ビルの屋上では。 「叶、アキラがどこに行ったかわかる?」 「えっと……西側の廃墟ビル群……かな?宮下さんと同調したことあんまりないから よくわからないけど、たぶんそこだと思う」 「なるほど。じゃ、叶、アルマにも連絡しといて。アタシと菅原くんはアキラと合流するわ。 それと、本部にいてくれない?」 「わかった。じゃあ、すぐにでも副隊長に連絡するね」 叶は答えると小走りにその場を去った。それを見送ってから、ミーリィはフェンスを越えて、 着地する。 「じゃ、行きましょう」 「ええ。戦場の絞り込みが完了した以上、加減をする必要はありませんね」 (車って、あんなに遅かったっけ?) アキラの抱えられている加奈子はふとそんなことを思っていた。車が遅いはずはない。 アキラが速すぎるのだ。 アキラの足は100mを6秒台で走れるほど、速い。しかもそれが持続できるという のだから、驚くべきことだ。 だからと言って車が追いつけないはずはない。相手は時速約60kmなのだから、少し飛ばせば 追いつけるはず……なのだが、アキラの逃げ方は実に巧妙であった。入り組んだ道を選んで走れば、 相手は減速せざるをえない。アキラの方はどんな悪路でも問題ない。 そんなわけで、車とアキラとの距離は開くばかりであった。 「クソッ!あのガキめ、一体どこに行こうってんだ!」 アキラを追っている車の運転手が歯ぎしりをしながらハンドルを殴りつける。後部座 席に座っている男が、ミラー越しに運転手をにらみつける。 「落ち着け。おそらく奴は、廃墟ビル群に向かっている。あそこなら人目もつかない」 「なるほど!では、先回りを」 「ああ、そうしてくれ。他の者達にも連絡しておけ」 その男は悦に入った笑みを浮かべていた。その顔を見た運転手は内心で舌打ちした。 そして、数分後。二人は廃墟ビルに到着した。 この世界では、人口の減退のため無人地区、いわゆるゴーストタウンがひとつの町に一カ所は 存在する。この廃墟ビル群も、川越市内のゴーストタウンというわけである。 アキラが加奈子を下ろしてやると、加奈子はアキラの方を見ずに呟いた。 「あれって、もっとロマンチックなものだと思ってた」 「夢と現実は別物ってことか?」 加奈子は聞こえないように言ったつもりだったが、聞こえていたらしい。 アキラは運動能力だけでなく、目や耳もいい。視力は現在はいないがアフリカ原住民よりいいし、 聴力は天然地獄耳などとミーリィに言われるくらいだ。嗅覚は犬より劣るものの、常人とは 比べものにならない。普段の生活でDAと一番わかりやすいのは、彼なのかも知れない。 「ねえ、アキラってどこの出身なの?」 「俺か?筑波だけど。お前は?」 「私は大宮だけど……でも筑波って言えば学術都市だよね。親って研究者なの?」 「知らね。俺はお前と同じ孤児だよ」 「ふーん……」 そう言ってから加奈子が一瞬で妙なことに気づく。 「今、同じって言」 加奈子が言いかけようとしたとき、爆音が加奈子の声を遮る。アキラが爆音の発生源である車の 群の方に向き直る。ざっと見て車の数は五台、敵の数は20人前後であろう。 「やっぱり質より量で来たみたいだな」 車から出てきた白服の群が二人を囲み、銃口を二人に向ける。それを見てもアキラは揺るがない。 「んー、逮捕するときは銃刀法違反とかか?」 「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ……」 加奈子が言いかけた瞬間、無数の弾丸が二人を襲う。 「雷帝!!」 アキラのグローブ───雷帝から雷が放たれ、二人を守るように半径1mの雷の壁が展開される。 正確にはアキラがそのためにやったことなのだが、これは一種の賭けだった。 いつも戦闘用にしか使ってないから、防御用に使えるとは思っていなかったのだ。いや、 できると確信してやらなければ余計失敗する。 「おお、うまくいった」 おもわず声に出してしまうアキラであった。 「……失敗したらどうするつもりだったのよ……」 加奈子が顔を引きつらせながらアキラの背をつつく。 「考えない。だいたい失敗することを考えたら失敗するに決まってるだろ」 「確かにそうだけど……」 またがっくりと肩を落とす加奈子。こんな状態なのに緊張感が無さ過ぎる。 「本当に頭痛い……あれ、あんなところに蝶が……」 「ああ、菅原の眠鱗蝶だな。見るのは三回目だ」 空に白い蝶が数羽舞っている。その蝶の鱗粉があたりに降り注ぐ。 「あれって、どういうものなの?」 「たしか、あの鱗粉を吸うと眠る……だったかな」 アキラが言い終わると同時に、白服たちがばたばたと倒れていく。一部の者は口を押さえて 鱗粉の侵入を防いでいる。 アキラたちは雷の壁によって守られているので、何の影響はない。 「四人くらい残りましたか……ま、何人残っても同じことですがね。宮下くん、もう解除して いいですよ」 廃墟ビルの二階の窓から菅原が飛び降りてきた。着地したついでにまだ倒れていない者を剣の 鞘で殴り倒す。 「まーた良いところを持っていって、大した役所ね」 今度はミーリィが廃墟ビルから出てくる。 「そろそろ敵さんのボスが出てくると思うから、アキラはここに行って」 そう言ってミーリィがアキラに紙切れを手渡す。そこには地図が書かれている。手書きだが、 なかなかきれいに書かれている。 「ふぅん……で、加奈子はどうするんだ?」 「ああ、彼女はアタシが安全な場所まで連れて行くわ。ご心配なく。じゃ、行きましょ」 加奈子が何か言おうとする前にミーリィが加奈子に腕をつかみ、歩き出す。 「ちょ、ちょっと……」 ミーリィの力は加奈子が思った以上に強く、なすがままに引きずられながら歩かざるを えなかった。 二人が廃墟ビル群から去ったの確認すると、菅原が蝶を回収する。 「さて、宮下くん、君はミーリィに言われたとおりにしてください。おそらく君たちを追ってきた 残りがここに来るでしょう。彼らは僕が相手をします」 「わかった。じゃ、行って来るぜ」 アキラは親指を立て、猛スピードで走り去る。その3分後に十台近くの車が現れる。 「これから僕の独り舞台になるわけですが……見物客の有無を気にする必要はありませんね」 菅原の銀縁眼鏡がいつも以上に光り輝いていた。 そのころ、ミーリィと加奈子は廃墟ビル群の出口に向かっていた。 「おい、止まれ」 背後からやや低い声が聞こえてきたが、ミーリィは振り返らずにそのまま歩き続ける。加奈子は 振り返りそうになったが、ミーリィに引っ張られているのでそれができなかった。 「止まれといっているのがわからんのか!」 二度目は怒鳴り声だった。だが、ミーリィの態度は変わらない。 「止まらんかそこの二人!!」 三度目でミーリィは立ち止まり、ゆっくりと声の発生源の方に体を向ける。 「何の用かしら。こっちは急いでるんだけど」 「貴様……もう堪忍ならん!ものども、出会え!!」 時代劇の悪役みたいな台詞ね、などと思いながらミーリィは月読をポケットから取り出す。 ついでに自分の影も見てみる。 「隊長、どうせ来てるんでしょ?だったらさっさと用を済ませて」 ミーリィの影から「影」が現れ、本郷 龍弥の姿をとる。それに驚いて数歩退いている加奈子を よそに本郷がミーリィに提案をする。 「あれはお前が片づけろ。彼女は俺が本部まで送ろう」 「それは有り難い事ね」 ミーリィはその提案に了解し、退いている加奈子に近づき、見えないように月読の銃口を向ける。 そして、何の音も立てずに麻酔弾が発射され加奈子の体に命中する。 「ぅ…………」 加奈子は一気に眠りに落ち、倒れそうになったところを本郷に支えられる。 「じゃ、あとはよろしく」 ミーリィは前進しながら本郷に声をかけておく。 本郷には何か言ってもいなくなっている場合が多い。だから何も言わなくてもいいし、 別にいたとしても本人が気にしないので何の問題もない。だがミーリィは一応声だけはかけるように している。つきあい長いから自然にそうなるのだと、ミーリィは思っている。 本郷はミーリィが言い終わる直前に影の中に加奈子と共に消えていた。二人の気配が消えたのを 確認したミーリィは自分の前にいる変な男と白服の集団に目を向ける。 ざっと見て十人。しかも全員拳銃を持っている。 「数が多ければ勝てると思ってるなんて、何千年も遅れてるわね。戦闘は戦術によって勝敗を 分かつ、っていうしね。言わなかったかもしれないけど」 ミーリィは言い終わると同時に横に跳び物陰に隠れる。それと同時に三発敵の集団に向かって 銃弾を撃ち込む。人が倒れる音が三人分、ミーリィは感じ取った。 銃弾と言っても、さっき加奈子に使った麻酔針である。あとで警察に逮捕してもらわなければ いけないのだ。殺すわけにはいかない。なので相手の戦闘能力をなくすために眠らせるわけである。 「撃て撃ちまくれぇ!!」 変な男が叫び立てる。それを聞いていたミーリィがバカにしたように呟く。 「相手がどこにいるかわからないのに撃っちゃ弾の無駄遣いだっての。本物は高いんだろう から、もっと節約するべきね」 ミーリィは自分が隠れている壁に銃口を向け、弾丸を発射する。弾丸は壁を貫き、 まっすぐ敵に向かって飛んでいき白服に命中する寸前で急に止まり、いきなり大量の煙を吐く。 月読は弾丸を自由自在に変化させて打ち出すことが可能であり、今使用したのは徹鋼弾型催 涙弾である。 催涙ガスが発生したのを確認し、ミーリィは物陰から飛び出し、乱射する。 乱射と言っても月読が勝手に照準を会わせるので、100%相手に命中する。 今回も月読はその性能を発揮し、変な男以外の白服を短い眠りにつかせていた。催涙ガスが 消えるのをまたずにミーリィはその男に近づく。屋外で使用する以上、催涙ガスの効果時間は 短い。すぐに消えてしまうのが普通だ。 「さて、あなたの見方はみんな役立たずになったわけだから、焼くなり煮るなり自由なのよ」 意地悪そうな人物を演じながら、ミーリィは銃口を男の眉間にぐりぐりと押しつける。 「たたたたた助けてくれ。なんでも話すから命ばかりは……」 「あ、そう。じゃ、警察で洗いざらい話してね♪」 ミーリィはにっこりと笑うと男の顔面に思いっきりチョップをかます。その拍子でか、男は もんどりうって倒れた。 「後片づけは警察に任せるとして、来るまでの間見張っとく必要があるわね」 ミーリィは月読をポケットにしまい、適当な場所に腰を下ろす。 「あとは菅原くんとアキラだけか」 ミーリィがにっこり笑っていたころ、菅原は廃墟ビル前で次々と白服をなぎ倒していた。 当然だ。いくら武装していようとただの人間ではDAに敵うはずがない。ただし、相手が 軍隊クラスの装備を持っていたら話は別だが。 「残りは10人程度ですか……わざわざこちらから出向いてやる必要もないでしょう。一気に 片を付けさせてもらいますよ」 菅原は剣を抜き、印を切る。 「捕樹草」 菅原が印を完成させると同時に、まだ残っていた白服の周りに大量の触手が出現し、 白服たちを捕らえていく。ついでにすでにのびている白服も動けないようにしておく。 「これで完了ですね。さて、問題は宮下くんですね。相手がDAとなれば、容易にはいかない はずですからね」 菅原がアキラの心配をしていたころ、アキラは目的の場所に到着していた。 やはりそこも廃墟ビル群の一角にあり、他のビルとの差はまったくない。 そのビルの前に男が立っていた。白服で、わざわざ染めたのだろうか髪も白い。ついでに色白の ようなので、まさに全身白ずくめである。 「お前か、我々の儀式の妨害をしているのは」 「そんなもん聞かなくてもわかるだろ」 予想だにしなかった返答がきた。白い男が黙り込む。 「………………」 「黙ってないでなんか言え」 「俺は貴様が気にくわない。だから貴様を殺す」 「そりゃ奇遇だな。俺もお前が気にくわない。だからぶっ飛ばす」 二人とも微動だにしない。たがいに一瞬で勝負をつけるつもりでいる。 あまりにも長い10秒がすぎたとき、場の空気が変わった。 雰囲気ではない。物理的に変わったのだ。そう、水が一カ所に集まりだしているのである。 そして、一瞬が始まった 白い男の前に巨大な水球が出現し、それがアキラに向かって放たれる。 同時にアキラの雷帝が雷を帯び、アキラが水球に向かって突進する。 水球とアキラが激突する。 そのとき白い男は勝利を確信した。だが、その確信は崩れた。 アキラが水球を突き破り、白い男に向かって突っ込んでくる。 そのとき白い男は、猪突猛進はこういうときに使うのか、などと考えていた。 アキラの雷を帯びた右ストレートが白い男の胸板に直撃する。 骨が砕けた感じがした。そこで、白い男の意識は失われた。 一瞬が終わった アキラが吹っ飛ばした白い男の体は廃墟ビルの壁をひとつ突き破り、二枚目の壁でやっと 止まる。 「よっし!ぶっ飛ばした!!」 アキラが右腕を振り上げ、歓喜の声を上げる。誰かがいたら、そこまでうれしいのか、などと 突っ込まれそうだが、残念ながらここにはアキラ以外誰もいない。 こうして、アキラにとっての長い一日は終わりに近づいていた。 PM6:07。アルマと警察の皆様が事後処理をしているころ、アキラと加奈子は七 番隊本部の屋上に並んで座っていた。 「今日は、ありがとうね」 加奈子がすこし顔を紅くしながら言う。 「ああ。俺も楽しかったぜ」 楽しかったという表現は何か間違っているような気がするが、加奈子自身もアキラと一緒にいて 楽しかったので何も言わなかった。 「また、会えるといいね」 そういいながら加奈子が立ち上がる。 「会えるに決まってるだろ。同じ市内に住んでるんだし」 アキラが当たり前すぎることをいうので、加奈子は思わず笑ってしまう。 「それじゃ、また会おうね」 こうして、二人の二度目の別れは終わった そのころ…… 「宗教絡みの事件だと、面倒な事が多いわね。ま、処理の方は警察に任せてればいい んだけど……薄給というのはかわいそうなことね」 「あなたでも警察がかわいそうと思うのか」 本郷がデスクで書類に目を通している女性に冷めた口調で言う。 「下っ端の連中が、ね。上にいくほど腐っていくのはどこでも同じ事よ」 自分のデスクの上に書類を放り、本郷に向き直る。 「で、宮下を護衛につけたのは同年代ってだけの理由じゃないはず。同じ孤児院にいたって ことをふまえての事だったんでしょ」 「あなたに隠し事は難しいな」 「まだ隠し事があるわけか……いいわ、今回の件はこれまで。それより……」 その女性は椅子から立ち上がり、窓の方に近づき振り返る。 「あのミーリィ・クローカは何者なの?十八年前に零美に介入していた者と同じ名。 このことをあなたは知っているのではないの?」 本郷は彼女の目を見ながら答える。 「残念ながら、詳しいことは知らない。時が来れば、裏側の奴らが動く。すべてはそのときに 明かされる」 「ずいぶんと遠回しなやり方ね。まあ、いいわ」 本郷が勝手に退出したのを見てから、彼女は空に浮かぶ二つの月を見上げる。 「次の交差まであと一年か……」 誰も踏み込めぬ領域 それは──── 誰も 知らない 遠い昔の話 あとがき 第三回です。どうだったでしょうか。 えーと、アキラの個人話です。一応。 あとの話への伏線を結構しかけてます。どこらへんかはわかると思いますがね。 と、いうわけで、男性陣の設定をば。 では、また。 キャラ設定 宮下 アキラ(みやした あきら) 生年月日:2006年8月11日 身長:167cm 特殊能力:異常身体能力 操武:雷帝(グローブ) 今回の主役。単純そうでそうでない。 菅原 道真(すがわら みちざね) 生年月日:2002年12月7日 身長:178cm 特殊能力:術(俗に言う魔法) 操武:七星宝剣・妖−第三星(細身剣) 銀縁眼鏡の青年。理知的。 本郷 龍弥 生年月日:1993年1月26日 身長:188cm 特殊能力:影 操武:天照(大剣) 長身の青年。七番隊隊長。 用語解説 赤の月:2004年に出現した月。『結界』などと呼ばれる強力な電磁波(らしきも の)によって覆われているため、表面がどうなっているかは一切不明。 青の月:こちらは本来の月。『赤の月』と対してこう呼ぶようになったのだが、 現在は本当に青くなっている。原因不明。 無魔:2016年に出現した、いわゆるモンスターである。生態系などはほとんど 解明されておらず、未だ謎の存在。死亡から二時間以内に肉体が消失してしまうのが調査を難航 させている主な原因である。 地域によって姿形が異常なまでに異なる。その地域の神話・民話などに登場する獣に近い形を とっているものが多く確認されている。全世界での推定数は10億。 最強と謳われる無魔は「神獣」などと呼ばれている。 |