第四回 「月光の始まりに」 『彼』を知る者は 『彼』に選ばれた者を 導くため 『彼』の意志を担う そして 今 『彼』に選ばれた者たちと 『彼』を知る者たちが 始まりを告げる鐘の音を聞く 2023年6月29日木曜日AM9:47 天候・曇天 川越市某所にある七番隊本部は今日も平和だったが、この時間にしては珍しく騒がし かった。そう、今日は本当に珍しく本郷以外の五人がそろっていた。 フリーマーケットでミーリィが買ってきたエセちゃぶ台をソファーに座り囲んでいる。 「はい、あがり」 「なに!?」 「あの宮下さん……すみません、ドローツーです」 「なんだと!?ひでぇぞ、お前!!」 「ふむ……これは戦略的なことも必要とされるよう だな。ウノ」 「辻さん、僕も予めあやまっておきます。ドローフォー、赤で」 「はぅ……せっかく三枚までいったのに……」 「赤だな?はいよ、リバース」 「ぅ……出せない……一枚とらないと……あ、やっぱり出せない……」 「多少の運も必要か……あがりだ」 「ウノ」 「ふっふっふっ、叶、お返しだ」 「はぅぅ……また増えた……」 「なにをやっているんですか……あがりです」 「なにぃ!?じゃ、スキップ、それからドローツー」 「二枚持ってたなんて……ひどい」 「ひどいといわれてもなぁ……お、ウノ」 「色がえ……えっと、青」 「残念だったな、あがり」 「はぅぅ……そんなぁ……はぁ」 そんなわけでウノをやっていた。今回もゲーム全般に弱い叶が負けたようだ。 そして例によってため息をつく。 「おいおい、ため息をつくごとに幸せがひとつ逃げるって言うぜ?」 「それホント?聞いたことないけど」 叶ではなくミーリィが返してきた。 「さあ?聞いただけだからな」 「まあ、嘘じゃないみたいだからいいとして……ッ!電話が来そうね」 ミーリィが言った瞬間、電話のベルが部屋に鳴り響いた。ややうんざりしている叶が 受話器を取る。 「はい、こちら七番隊……あ、星野顧問……え?副隊長にですか?はい、わかりまし た。副隊長、どうぞ」 「ん……私にか……」 ウノのカードを整えていたアルマはカードを机に置き、受話器を叶から受け取る。 「替わりました、アントレックです。私に用ということは、欧州で何かあったようで すね。やはり、そうでしたか……では、すぐにそちらに向かった方がよろしいですか ?……わかりました、ではまた後ほど」 アルマは受話器を置き、自分のデスクに向かう。 それを見ていたミーリィがちゃぶ台に残っている三人に話しかける。 「欧州、って言うとヨーロッパだよね?どこら辺で問題が起きたんだろうねぇ?」 「ヨーロッパで何かあって、しかも副隊長が呼び出されるとすれば、おそらくグング ニル絡みでしょう」 「グングニル……つーと、あの全部で13本あるっていうやつだろ?たしかほとんど がヨーロッパで使われてて13本目が封印されてる、って聞いてる」 「その通りです。グングニルはその筋では有名ですから、それを知っている人は意外 と多いんですよ」 「そうなんですか……でも、なんで13本目は封印されているんですか?」 叶が首を傾げて菅原に尋ねる。叶のその仕草はとてもかわいい。しかし、その程度で 顔がゆるむようでは精神鍛錬が足りていない証拠、とミーリィが言っていたのを菅原 は思いだした。だからどうというわけでもないが。 「それは」 「───それは13番に操者がいないからだ」 菅原を遮ってアルマが言う。 「いないって、どういうこと?」 「グングニルは2008年にある遺跡から12本同時に発見された。その後の3年間 で12本全ての操者が定まったのだが、2013年に13本目が発見された。だがそ れに操者は定まることはなく、そのまま封印された」 「うん、それはわかった。なんで操者がいないの。基本的なことだけど」 「それがわかれば苦労はない。実例がないから詳しくはわからないが、操武は操者を 一人しか選ばないと言うならば説明がつくかもしれない」 「そりゃまたなんで?」 アキラはアルマが整えかけていたカードを整えながら見当違いな方向───菅原の方 を見て言う。 「つまり、グングニル−13は発見される以前に誰かが操者になっていたとすれば、 すでにグングニル−13には操者がいる、と言うことになります。そして、操武が自 らを操る者を一生に一人しか選ばないとすれば、自然に操者が定まらないのも納得い くでしょう」 「実例がないっていうのは、操者で死んだことがある人がいないってことでしょ。そ れはわかった。なんで操者がいなくて封印されてんのよ」 いつの間にか自分のデスクに座っていたミーリィが苛々しながらデスクを指で叩いて いる。さっきから操武の基礎講座みたいなことをやっているのに苛々いしているのだ。 「それは軍事機密とかいって、闇の中ですよ」 菅原がため息混じりに応える。それを聞いてミーリィがデスクの上にあったゴミを指で弾く。 「ったく、世界連合といい、米国といい、軍事機密にすればいいってもんじゃないわよ」 「それはともかく、副隊長、急ぎのようではないのですか?」 「そこまで急を要することではないようだ。電車で行く」 アルマは左腕につけている腕時計で時間を確認すると、すぐに部屋から出ていってしまった。 「さ・て・と……」 アルマが部屋から出ていったのを確認したミーリィがエセちゃぶ台に戻ってきた。 「さっきの続き、やろっか♪」 にこやかに笑うミーリィを見て、叶がまたため息をつく。 (今日はあと何回ため息をつくかなぁ……) そんなことを考えてうんざりする叶であった。 対無魔駆逐部隊日本国所轄関東方面支部局は新宿区の高層ビル群のはずれにあった。 他のビルと比べればかなり低い建物だ。 アルマがそこについたときにはすでに正午を回っていた。 「少し遅くなったか……構うことはないな」 アルマは自分に言い聞かせるつもりでそう呟いてから正面玄関に向かった。 その関東支部局の五階の一室の前にアルマは立った。扉には日本語と英語で「顧問 室」と書かれているプレートがついている。4年前に来たときにはなかったから、最 近誰かがつけたらしい。 そんなことを少し気にしながら扉をノックし、2秒後に返事が返ってくる前に扉を開 ける。だいたいこの部屋にいる人物の性格は把握しているつもりだ。ミーリィに似て るような気がするが、正反対のようにも思える。何かを隠しているようなのに、それ を微塵も面に出さない。とにかくアルマから見ても奇妙な人物と言える。 「失礼します。七番隊副隊長アルマティオ・クロフェード・アントレックです」 部屋に入るときにとりあえず挨拶ぐらいはしておく。この部屋にいる人物は挨拶を気 にしないが、アルマは気にする。元々騎士の家に生まれて、実際に騎士称号を持って いるアルマは礼を重んじる。のだが、日本に来てからそれが少々疎かにしているよう な気がする。叶にあまりため息をつくなと言ったが、自分がため息をつきそうになる。 「あら、早かったわね」 アルマを呼び出した、この「顧問室」の主である人物がイヤミかどうかも判断がつか ない調子で言ってくる。 関東方面顧問・星野 楓。対無魔駆逐部隊が日本に設立されてから顧問を担ってい る。彼女はDAではないが、その実力は並の人間の比ではないと言われている。彼女 が実際に戦っているところを見た者がいない以上、それを証明することはできない。 「そんなことはありません。それより、詳しい情報を」 アルマが少しせかすように言う。 楓は重要なことをどうでもいいことと織り交ぜていったり、遠回しに言ったりするた めだいぶ疲れると悪名が高い。しかし、アルマはそんなことを知る由もない。なぜな ら、そういった状況になったことがないからだ。というより、楓とは一回しか会った ことがないのだ。 「そうせかさなくても話すわよ。ま、そのへんに寄っかかって」 楓の言うとおりにアルマは壁に寄りかかる。この部屋には楓のデスクにある以外に椅 子が存在しない。故に壁に寄りかかるほかない。そんなわけで、この部屋に来たがる 者はほとんどいない。 寄りかかるように言った楓も椅子に座らずに窓際の壁に寄りかかっている。 「内容は簡単。日本国内に持ち込まれたグングニル−13を奪取すること。協力者は ドイツのマゼラン・トート中佐がつくわ」 「なぜドイツが?」 アルマが問い返す。楓は資料用のファイルを開き、そこに書いてあることを確認する。 「持っていったのがネオ・ナチなのよ。それでドイツが責任取るみたいな形でこっち に人をよこすことになったわけ。あと、どういうわけかルクセンブルクからも一人入 国済み、みたい」 「……ルクセンブルク、というとクライシス・フォッカーですか」 「その通り。あいつは勝手に動きたがるから、しょうがないけど……」 クライシス・フォッカー。ルクセンブルクの対無魔駆逐部隊に所属しているグングニ ル−07の操者。ルクセンブルクにも対無魔駆逐部隊があるが、ルクセンブルクは比 較的無魔の出現が少ないので、あまり意味をなしていない。そのため、彼が勝手に動 いても特に問題にならないわけである。彼自身も束縛を嫌う性格らしく、勝手に動く ことなど日常茶飯事だ。 「あっちから勝手に合流してくるでしょうからほっといてもいいわ。トート中佐は別 室にいるから、会っておいて」 「念のため聞いておきますが、それ以後の行動はどのようにすれば?」 楓は開いていたファイルを閉じ、デスクの上に放る。 「自由にして。資料はトート中佐が持っているはずだから、それを参考にすればいいわ」 (何か隠しているな……) アルマはそう思ったが、口には出さずに顧問室をあとにした。 「彼女は勘がいいから隠し事はちょっとつらいわね」 楓はアルマが出ていって彼女一人になった顧問室で、誰に言うでもなく呟いてみる。 「わざとそういう風に言っているからだろ」 誰もいないはずなのに言葉が返ってくる。楓には言葉を返してきた人物が誰かわかっ ていた。だからあえてそちらを向くことはなかった。 「わざとじゃなかったら、呼び出したりしないわよ」 「資料を見る限り、確かに他の二人だけでも十分処理できるな……彼女を呼びだした のはやはりお前の独断か?」 「その通り。いちいち上の許可を取る気はない」 「彼女がこちらに来たのはお前が言い出したことだろ。月の人間と接触した者をでき るだけ一カ所においておくつもりなのか?」 「どうでしょうねぇ……あと9ヶ月だからできるだけ役に立つのを集めておきたいの は確かだけど……」 「裏の奴らの予測では建造物らしいが……場所までわからんな」 「まあ、そのときはそのときよ。フェクィヴもそろそろ動き出したころだし、現状は 進展中ってことで」 「今回『彼』が選んだのがあの5人か……宮下に対してはあまり干渉をしていないよ うだが、他の四人には俺たちを通じて干渉しているしたわけか……」 「しょうがないわよ。私たちは“『彼』を知る者”なんだから」 そのころアルマは別室のマゼラン・トート中佐と会っていた。 「対無魔駆逐部隊日本国所轄関東方面七番隊副隊長アルマティオ・クロフェード・ア ントレックです」 「ドイツ陸軍中佐マゼラン・トートだ。よろしく」 「こちらこそ」 トートが差し出してきた手を握り、友好的な態度で握手をする。 「トート中佐、今回の件についての資料には目を通しているかと思いますが……」 「その点は抜かりない。問題はナチの連中がどこに潜んでいるか、だな」 「ええ。ですが、おそらくクライシス・フォッカーが位置を特定しているでしょう」 アルマは握っていた手を離し、トートの方を見てみる。 かなりの長身の壮年男性。それが見た目の第一印象だった。口髭も特徴的で、顔立ち は彫りが深く、有名男優に似てるように思える。体の方は筋肉質で常に鍛えていることがわかる。 「それには同意する。彼の情報網は尋常なものではないと聞く」 「私も彼の噂は聞いています。ドイツの方では特に有名でしょう」 「……とにかくフォッカーと合流し、できるだけ早くことを処理しよう」 トートはアルマに背を向け、壁に立てかけていた槍を取る。アルマには彼が少し不機嫌そう に見えた。 「気分を害されたのなら、謝ります」 その言葉でトートはゆっくり振り返り、アルマを見据える。 「いや、謝る必要はない。アントレック家の者という先入観はやはりよくないな」 トートは少し笑いをこらえるように言葉を続ける。 「思っていたより砕けた人だったから、少し驚いただけだ。気にすることはない」 「……そうでしたか」 アルマが少し安心したようにため息をつく。ため息をついたことに気づき、アルマは 思わず額に手を当ててしまう。 「まったく……自分で言っておいてこれではな……」 「何を言っている?」 「いえ……大したことではありません」 「そうか、では行こう」 時刻はPM1:03。 アルマとトートは都庁ビル前を歩いていた。すると前方に赤いコートを着た男が二人 の前に立ちふさがる。顔はフードがかかっていて見えない。 「あまり品のない場所だな、ここは」 この場にいる日本人が聞いたら気に障るようなことを、彼は吐き捨てた。 「その調子は、ルクセンブルクの方だな」 「ということは……クライシス・フォッカーか?」 赤いコートを着た男はしばらく黙っていたが、二人の目の前まで近づいてからコートを脱ぐ。 「その通り。お初にお目にかかるな、お二方」 コートのせいで見えなかった彼の体は平均的な一般男性に比べ、だいぶやせている。 服装も異常なまでに身軽なもので、本当にただ着ているだけといった感じだ。 「もう少し派手にしてもよかったんだがねぇ……どうもここは外聞を気にするわりに 中身は気にしないらしいな」 「否定はしないが、派手に出られては目立ちすぎる。多少なりともこちらに迷惑がか かる……かかってないからいいだろ、といったことは言わないように」 「ありゃま、あんた、読心術でもお持ちで?」 「それは、性格がはっきりしている人間の言動が読みやすいからだ、フォッカー」 二人の会話にトートが割ってはいる。フォッカーは自分より20cm以上背の高い トートの顔を見上げ、にやりと笑う。 「これはこれは、トート中佐任務ご苦労様です。不肖の身ですが、中佐らにご協力いたします」 わざとらしく礼などをして見せる。 「それはわかった。それで、敵の居所はわかっているのか?」 「それはもちろん……と言いたいところですが、すでに移動していたため捜索は困難 を極めているのです。しかし、敵はわざわざ自分たちが移動した場所を示すものを忘 れていっていたのです。どうぞ」 かなりわざとらしい口調で喋りながら、トートにメモ用紙を手渡す。トートはそれは 困難を極めているとは言えないだろう、と思いつつそれを受け取り、素速く目を通す。 「……罠だな、これは」 「しかし、こちらには敵の情報がない状態です。例え罠があったとしても、逆に利用 すればいいだけのことです。それにあちらはこちらが居場所を把握しているとは思っ ていないはず。いま相手は自分たちが優位に立っていると思っている。ならば、奇襲 の効果は高いでしょう」 アルマはトートが持っているメモをみながら意見を述べる。それを、フォッカーが真 面目そうな顔で、今度はわざとらしくない調子で言った。 「……あんた、けっこう策士なんだな」 「そうでもない。だが、相手の策を利用するのは常套手段だ」 「……敵の策に乗るか……いいだろう。フォッカー、案内を頼む」 「お安いご用で」 フォッカーは軽く礼をすると自分の後ろ、つまりトートたちの進行方向を指さす。 「とりあえず、新宿駅に。案内はそれからです」 その言葉で、トートはフォッカーが言わんとしていることを理解した。不可解な行動 の多い彼だが、こうやって比較的わかりやすくものを言うのは珍しいことだ。 「……手短にすませ」 トートはそういうと、新宿駅の方に向かって歩き出した。彼の姿が見えなくなるま で、フォッカーは彼の背を見続けていた。 トートの姿が消え、その場にはアルマとフォッカーだけになった。いや、正確には人 が大勢いるのだが、二人は関係のない者たちだ。 フォッカーはしばらくアルマの顔を見据えていた。そして、口を開いた。 「俺は……俺はあんたを敵に回したくないな。敵になったら、勝てそうにない」 フォッカーが真剣そのものの表情でアルマに言う。アルマにとってそれは驚くべき事 ではなかった。過去に何度かそんなことを言われたことがある。そして、アルマはい つもこういって返している。 「それは……お互い様だ」 場所は変わって、八王子のゴーストタウン。時刻は、PM2:35。 「ここか……やはり、日本にもこのような場所があるのか」 「当然ながらイギリスにもあります。どの国でも同じ状況でしょう。ルクセンブルク はどうかは知りませんが」 「ルクセンブルクにはない。あるかもしれないが、小規模なもんだろうな」 「おしゃべりはここまでだ。これ以降は各自の意志で行動を取る。互いの位置の確認 を怠らないように」 トートがグングニル−09を構えながら二人に指示する。二人は頷いてそれに応え る。それを確認し、トートが腕を前に大きく振る。 その合図で三人が一斉に散開する。トートは東部へ、アルマは中央部へ。そして、 残ったフォッカーは砂埃が上がったかと思うと、姿を消していた。 同時刻、八王子ゴーストタウンの中央部のドームでは…… 「まったく、わざわざこんなことをしなくてもいいようなものだけどねぇ……」 そこにいたのは、13歳前後の姿をした少年であった。その口調は彼の容姿にあまり 似合っていない。口調は子どもっぽいのだが、顔の方は大人っぽいのだ。かがんでい るため、実際の身長はよくわからない。 彼の瞳の色は常人ではあり得ない深い緑色であった。それは彼がこの世界の存在では ないことを証明していた。 彼の手には、槍が握られていた、グングニル−13が。少年はそれをしげしげと眺めていた。 「グングニルにこういう使い方があったとは知らなかったなぁ。でも、元の形が一番いいよね」 彼がそう言うと、グングニルの形状が少しずつ変化し始めた。槍型のそれは次第に短 くなり、そして一つの形となった。 「うん、やっぱりこの形がすっきりしてていいよね」 グングニルは拳銃に形を変え、彼の手に収まっていた。それを人差し指でくるくると 回してから宙に放り、落ちてきたのを受け止める。それから少年は立ち上がると、自 分の周りを見回した。 累々と横たわる人間。見ていてあまり気分がいいものではない……サディストでもない限りは。 「しっかし、この人たちはグングニルを奪ってどうするつもりだったのかなぁ?僕以 外じゃ使えないのにさ。ハイリスクノーリターンっていうのかな、こういうのって」 少年は自分の顎をなでながら、そんなことを呟く。それからしばらく考え込んだ後、 拳銃型のグングニルを服のどこかにしまい、手をポンと叩く。 「てと、クウェルが言ってた人を待つ必要があるんだよね。ここにいても会えそうに ないから……うーん、僕の方からいったほうがいいよね、うん」 彼は方針を決め、さっさとその場を去った。 PM2:47。 三人は敵が潜伏しているであろう建物への侵入をそれぞれ果たしていた。誰もいなけ れば侵入とは言わないのかも知れないが。 ゴーストタウンの西部に位置する八階建てのビルにはフォッカーがいた。 「まったくもってこの国の中心都市の建造物には歴史の重みというものが皆無だな。 むしろ腐敗政治の象徴と言える」 相変わらず最近の日本建築に対して酷評をしている。その場に菅原がいたのならば、 京都に行くことを勧めただろう。彼がその勧めに乗るかどうかは別問題だが。 「誰だ、貴様は!?何をしている」 慌てた様子の黒服の男がフォッカーの目の前に現れた。その後ろには同じく黒服の男 たちが数人にいる。 現代日本に対する酷評をわざと大きな声で行っていたので、気づかれたらしい。わざ と、という時点で気づかれるのは当たり前だ。そしてフォッカーはその男たちを見回す。 「ルクセンブルク対無魔駆逐部隊所属クライシス・フォッカー。お前らの捕縛とグン グニル−13の奪取をしにきた。というわけで、覚悟しな」 フォッカーはその台詞をさらりと言ってから敵方の反応を待ってみる。すると黒服の 男たちは口々に何かを叫びながらスーツの中から拳銃を取り出し、銃口をフォッカー に向ける。フォッカーが見たところ、反応するまでに1秒もかかっていた。 「三下の悲しいところだな。個性のかけらもない。しかも三流では尚更だ」 フォッカーに向かって多数の銃弾が飛来する。フォッカーは肩に掛けていた赤いコー トを投げ、それと同時に跳躍する。そして、銃弾がコートを貫き、ぼろ布にかえてしまう。 それに驚いたのは黒服の男たちだった。あれだけ撃てば殺せると確信していたので、 仕留め損なったときの対応がわからなくなっている。しかも、どこにいるかもわからない。 「ど、どこにいった!?」 「ここだよ、うすのろども」 嘲りの混じった声が彼らの後ろから響く。それに気づき、黒服の男たちが一斉に振り 向く。そこには異常なまでに軽装のフォッカーが立っていた。その手には槍が握られていた。 「コート代は高くつくぜ───埋まれ」 フォッカーが言うと同時に黒服の男たちの上から大量の砂が降り注いできた。黒服の 男たちはなすすべもなく砂に埋もれた。その上の天井にはぽっかり穴が空いていた。 その穴からは曇った空が見える。 その空を見上げながら、フォッカーは呟く。 「ここははずれみたいだな。しょうがない、他にいくか」 そのころトートも黒服の集団と対峙していた。フォッカーが埋めた黒服とは違い、こ ちらは自動小銃を装備している。 トートは槍を彼らに向け、宣告する。 「投降するのならば命の保証をする。だが、抵抗する場合は───容赦はしない。だ が、抵抗そのものが無駄と知れ」 黒服たちは自動小銃をトートに向け、その宣告に応えた。 「……結構だ。その考えを覆してやろう」 トートが言い終わると同時に自動小銃が火を───吹かない。自動小銃が凍っている のだ。そこから体がみるみるうちに凍っていく。 トートは凍っていく男の一人に近づき、勧告する。 「他のメンバーの居所を言えば命だけは助けるが……いかがかな?」 その男はかろうじて口を開き、うめくように言葉を吐き出す。 「誰……が…………」 「そうか、よくわかった」 男の体にグングニルが突き刺さる。体が凍っているため、出血はない。そのまま男は絶命した。 トートはグングニルを男の体から引き抜き、周りの状況を確認する。たったいま絶命 した男以外の黒服は全て凍り付き、例え生きていたとしても死ぬまでは時間の問題だろう。 「ここにはなかったか……他の二人の成果に期待させてもらおうか」 同時刻、アルマはゴーストタウン中央部にあるドームに来ていた。 そこに入ったとき目に飛び込んできたのは累々と横たわる人間だった。近づいて調べ てみると、その全員がまだ生きているということがわかった。だが、このままにして おけば死ぬことは目に見えている。 傷を調べてみると、加害者は素手であったことがわかった。しかし、10人近くの人 間、しかも間違いなく武装している者を素手で倒すことができる者が果たしているだ ろうか?いや、おそらくアキラならば可能だろう。だが、彼はお世辞にも手加減がう まいとは言えない。はっきり言って手加減などしないタイプだ。彼の拳はコンクリー トを易々と砕くことができる。そんな拳をくらったなら間違いなく即死だ。 アキラのようなDAは世界中探しても彼を含めても3人しかいない。一人は中国奥地 に、もう一人は米国の駆逐部隊に所属している。いずれもこんなところに来るはずが ない。無論アキラは七番隊本部で他の隊員とカードゲームに興じているので、彼も除 外される。 ───だとすれば誰が? ここにいる者に聞くか。いや、死にかけている以上何か聞き出すなど不可能だろう。 それに肝心のグングニル−13もない…… 「グングニル?そうか、もしかすると……」 「その通り。いやぁ、噂には聞いてたけど、やっぱり聞くと見るとでは違うね」 アルマの後ろから先ほどの少年が現れた。それに気づき、アルマは振り返るとすぐさ ま距離を取るために後ろに飛び退き、グングニル−04を構える。 「いや……そんなに警戒しなくてもいいんじゃない?……ほら、僕、何も持ってない し……あ、これ持ってたか」 少年はわざとらしく服のどこかから拳銃───グングニル−13を取り出す。それは あるもの非常に似通った形状をしていた。アルマは思わずそれの名を口にしてしまった。 「……月読?いや、違う。それは……」 アルマの脳裏にさまざまな思考が交差する。そしてひとつの結論に行き着いたが、そ れは理解するにはあまりにも不確定要素が多すぎる。しかし、この目の前にいる少年 はその答を知っている。ならば─── 「……つまり、君がそのグングニル−13の操者、というわけか。そして、これは君の仕業か」 「ご名答。さすがは『彼』に選ばれただけはあるね。これだけの情報で答を出すなんて」 「……『彼』……?」 「おっと、喋りすぎたかな?まあ、いいや。僕の名はフェクィヴ・アーチェイレ。こ のグングニルの持ち主だよ」 恭しげに少年───フェクィヴが礼をする。何者かわからないが、礼には礼に持って返すべきだ。 「アルマティオ・クロフェード・アントレックだ」 とりあえず、自分も自己紹介をする。 「うん、知ってるよ。クレシェントから聞いてるからね」 「な……!?クレシェントを知っているのか!?」 「それは当然。4年前に会ったのはたぶん気まぐれだと思うけど、僕にはよくわから ないんだよね」 アルマの頭の中は混乱していた。だが、彼女はなんとか正気を保つために口を開く。 「わかった……しかし、なぜグングニル−13は君を?」 「ああ、そのこと?原理は普通の操武と一緒だよ。ただ単に僕がこれに選ばれただけだよ」 やけにあっさりと言うフェクィヴ。ふと、自分の左腕を見る。 「ん、そろそろ時間かな?じゃ、最後に僕が何者か教えておくよ。僕は─── “『彼』を知る者”の協力者だよ」 それが彼が言った最後の台詞だった。アルマが気づいたときには彼の姿は消えていた。 6時間後…… アルマは関東方面支部局一階の廊下のベンチに座り、所在なげに天井を見ていた。 (あまりにも……不明点が多すぎるな……) ふと、誰かが自分の前に立っていることに気づいた。視線をそちらに向ける。 その人物は両手にカップを持っていた。その片方をアルマに差し出す。 「ありがとうございます」 アルマは礼を言い、カップを受け取る。そのカップを差し出した人物、アルマは知っていた。 (確か、定期検診のときの……名前は……)「刃神 零司、先生でしたか?」 「先生は不要だ」 刃神 零司。茶のかかった金髪、微妙にことなる瞳の色を持つ美形の青年。町を歩け ば、ほとんどの女性が振り向くだろう。もっとも彼は既婚者で、子持ちなのだが。 「……見たところ、あまりにも多くのことを知りすぎて混乱しているようだな」 「……なぜ、わかったんですか?」 「クレシェントの知人なら、多少はわかる」 「あなたもクレシェントを知っている……どういうことですか」 零司はアルマの横に座り、カップに入っているコーヒーを一口飲む。 「───俺の知っていることを教えてやろう。これで思案がまとまるかどうかはお前 次第だがな」 「───以上だ」 話し終わった零司は立ち上がり、その場を去っていった。 「……『彼』…か……それが全ての発端か?いや、違うな……そもそも『彼』とはな んだ?……結論がでるのは、まだ先らしいな……」 アルマは軽く頭を振る。そして、また天井を見る。彼女の思考が止まることはない。 PM9:01。東京都庁屋上では。 「フェクィヴさん、首尾はいかがでしたか?」 「あの人が話すことを代わりに話してくれたから助かったよ」 「では戻りましょうか」 「あ、ひとつ聞くけど、アレラ以外こっちにこれないの?」 「私以外に空間を操れる人はいませんから」 「それもそうだね」 「それと、有事はここで起きるらしいですよ。“バベル”が、ここに」 「“遺跡”の方も気になるけど、僕の役目じゃないよね」 彼らの頭上には二つの月が光を受け、輝いていた。その光は始まりを告げるようであった。 二つの月は静かに空を漂う そのときが来るのを待つように それが終末であることを 彼らは望まない あとがき 第四回いかがだったでしょうか。 ものすごく核心に迫ったりする内容ですが、何が起こっているかは内緒です。 あと、トートとフォッカーはドイツ語のみで喋っているところを日本語で書いてあり ます。あしからず。 では、また。 キャラ設定 マゼラン・トート 生年月日:1992年3月20日 身長:181cm 特殊能力:氷 操武:グングニル−09 ドイツの対無魔駆逐部隊所属。ドイツ陸軍中佐。 クライシス・フォッカー 生年月日:1997年3月22日 身長:173cm 特殊能力:砂 操武:グングニル−07 ルクセンブルクの対無魔駆逐部隊所属。ちなみに偽名。 星野 楓(ほしの かえで) 生年月日:1990年8月3日 身長:172cm 関東方面顧問。謎を握る人。 刃神 零司(はがみ れいじ) 生年月日:1990年12月19日 身長:175cm 関東方面担当医師。謎を知ってる人。 用語解説 操者:操武の持ち主、使用者のこと。DAの8分の1がこれにあたる。 |