あれからどれだけの時が過ぎたのだろう。
 5年……10年……20年。
 もう、100年はくらい経っているのかもしれない。
 もしかしたら、もっとかもしれない。
 でも、それを知るすべはない。
 初めのうちはただ過ぎていく時を数える事が、この世界にいて正気を保つ唯一の方法だった。 でもそれも、3年を過ぎたあたりで諦めてしまった。
 ただ過ぎていく時を苦痛としなくなったのは、いつからだろう。
 『私』が『私』を必要としなくなったのは、いったい、いつからだったのだろう。
 『あいつ』と共にここへ捕われたのは、いったい、いつのことなのだろう。
 そうしてやっと私は思い出す。
 『私』がここへ来た理由を。






焔の末裔 〜未来を求める者たち〜
『プロローグ〜すべての始まり〜』






「急げ!!! 早くしないと……『あれ』が……『あれ』が出てきてしまう!!」
「いかんっ! 魔方陣が……壊される!!」
「早く結界を! 誰か、力の残っているものはいないのか!? はやくこいつを抑えなければ……」
 何人かの人がなにやら機械らしきものにしがみつきながら叫んでいる。
 そしてその中心には、巨大な魔方陣。
 そして、はかり知れないほど強大な力を持った、『なにか』が捕らえられ、蠢いている。
 それを、十数人の人々が、それぞれの持つ力で押し留めている。
 しかし、それも長くは続かず、一人、また一人と力尽きていってしまう。
 そしてそれと呼応していくように、『なにか』の抵抗も大きくなっていく。
「ぐっ! や、やはりだめなのか……我らだけでは『こやつ』を抑えることもできないのか……?」
「無理だったの……? あれだけたくさんの犠牲を出しても……それでも、『あいつ』を抑える ことすらできないなんて……」
「やっぱり無理だったんだ! こんなバケモノを封じるなんて、俺たちには……」
「あきらめるな! もっと集中しないと……ぐわっ!」
「きゃああっっ!」
「し、しまった! け、結界が……破られる!!」
 紅き力を纏った『ソレ』は、まるで楽しんでいるかのように顔を歪ませた。
 急に大きな力が魔方陣の中から放たれ、結界が途切れてしまう。
「ぐうっ!」
「やはり……だめなのか? 若長も、術者も死んだ今、俺たちには対抗できない!!!」
 近くに倒れ付したかつての同胞、かつての戦士達を思いながら、誰もが歯を食いしばる。
 この場にいるすべての者がこの世の終わりを感じ、彼らの神に祈りを捧げた時。

 バシュュゥゥゥン!!

『ギャアアァァァァァァァァァァァッッッ!!??』
 とてつもなく大きな結界があたり一面に張り巡らされ、『ソレ』と、『ソレ』の力をを弾き 飛ばした。
「い、一体何が……」
 みんなが呆然とする中に、どこか幼さを残した凛とした声が響いた。
「みんな何やってるの!? 急いで!」
「お、お嬢さん!? な、なんでここに……」
 何時の間にか、彼らの前に一人の少女が立ち塞がっていた。
 まだ十代半ばをやっと越したぐらいの少女がその強大な結界を造り、『ソレ』の力を阻んでいた。
「早く! 私なら少しは『あいつ』を止められる! 他の皆は遠くに移動させた! だから、 心配しないで封印を!!」
 小さな少女に歴代の長達の面影を見つけ、彼らに希望が宿り始めた。
 どうせ死ぬのなら、大切な物を守ってみせよう。
 このちっぽけな命、彼女に預けてすべてを賭けるのだ。
 今やらないで、どうするというのだ!
「よしっ! 皆、あとひとふんばりして、『こいつ』を封印するぞ!」
「ああっ! よし、空間コードを4B−5893AZへ! 準備が出来次第、『こいつ』を 亜空間へ放り込む!」
「了解! ……空間コード指定完了! 封印値限界まであと……50!」
「結界の保護を! 『こいつ』が二度と出て来れないように二重、三重のプロテクトをかけるの を忘れるな!」

「封印値限界まで、あと30!」

 バチバチッと機械が鳴り出すと同時に、魔方陣が輝きだす。
 遥か昔に、この星を滅ぼしかけた彼らの祖先が残した遺産が。
「急いで! もう余りもたない!」
 少しずつ、結果の力が弱まってくる。
 少女一人で支えていた結界が、限界を迎えようとしていた。
 この規模の結界を一人で展開すること自体が、彼女の特異な能力を示している。
 しかし、惑星の力そのものを借りてまで行っている術も、長くは保てない。
 過負荷に耐え切れずに少女の体に亀裂が入り、血が噴き出しているのだ。

「あと20!」

「もう少しだ! みんながんばれ!」
 壊れかけた体を必死に支え、くらみ始めた瞳を見開いてそれぞれの役割を果たそうとする人々。 ブウゥゥゥンと輝いていく魔方陣と共に、『あれ』の力が弱まっていくのが目に見えて解る。

「……あと15!」

「ぐっ! あ、あと少し……あと少しだ!」
「もう少しだけ……耐え切れればっ!」
「あと、ちょっとで……生き残れる……」

「……残り10!」

 あともう少し、という所で『ソレ』が身動きしなくなった。抵抗の力が弱まり、僅かに少女の 結界が力を取り戻した。それにより、周りの圧力が目に見えて減っていく。
「や、やった!?」
「いや、まだだ! 気を抜くな!」

「……残り5!」

 人々の顔に、少しずつ希望の光が宿り始めた。しかあと少し、という所で『ソレ』が話し出した。 絶望を表したかのような声で。
『――クク、ク……ナカナカヤルデハナイカ。オ前タチガココマデヤルト知ッテイタラ、遊ンダリリセズニスグ滅ボシテヤッタモノヲ……』
「こ、こいつまだ……」
「まだか! まだ封印は……」

「あと3!」

 悲鳴のような声が、ただひたすらカウントを読み続ける。正に、それが命綱のように。
『コノ度ハ、大人シクオ前達二封印サレテヤロウ……ダガ』
「まだなのか!?」

「2……1!」
 カッと機械が輝きだす。同時に『ソレ』を取り巻いていた結界陣が、入力されたプログラム 通りに亜空間への道を開きだす。
 最後の、賭け。彼らにとっても……魔神にとっても、最後のチャンス。
「完了です!」

「――封印、開始!」
『コノママデハ決シテ終ワラセン!!! 滅ビルガイイ、愚カナル者達ヨ!!!!』

 結界が移行するのと同時に、薄くなった障壁に向かって解き放たれた彼らの守護するはずの力が彼らを燃やし尽くそうと空を駆ける。
 魅せられたように、人々がそれを見つめた。
 迫り来る死を正確に予感できたのは、ただ一人。
 大きな瞳に映った漆黒の炎を、睨み据えた少女だけ。
「だめえぇぇぇぇぇぇ!!!」
 その言葉と共に激しい炎が撒き散らされる。
 同時にあの少女が自ら結界の中に飛び出していく。
 まるで、その小さな身体で全てを受け止めようとするかのように。
 そして焔が少女を巻き込み、外の者たちの者へたどり着く、その瞬間。

 カアアァァァァァァァァッッッ!!!

 魔方陣が作動し、『二人』を別の次元へと連れ去る。
『グワアアァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!』
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」
 閃光と共に、全てものものの意識は薄れていく。
 輝きに包まれた少女が最後に見たものは、『死』に包まれた彼女の最愛の地であった故郷だった。




そして、世界が――『彼ら』の運命が動き出す。







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