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 なんで、戦うんだろう。
 なんで、武器を手にするんだろう。
 なんで、『あそこ』に赴くんだろう。
 あの人を守りたかった。
 しかし、自分はあまりにも非力で。
 彼らが戦っていても、見ているしかできなかった。
 あの時の自分には、戦う力がなかったから。
 ずっと、そう心に言い聞かせてきた。
 嫉妬を憧れに、すりかえて。
 そうして、勇気の無い自分を覆い隠して。
 そうやって、心に傷を創っていった。
 見ることも叶わない、小さな、しかしたくさんの傷。
 それは確実に心を蝕んでいて、常に彼をいさなんでいた。
 力が無くても、人は戦えるのだと信じていたけれど。
 それだけじゃダメなんて、知らなかったんだ。
 戦う勇気は必ずしも必要無いかもしれない。
 でも、生きるために勇気が必要だなんて知らなかった。
 何かを守るのに勇気がいるなんて、思ってもみなかった。
 だから、力が欲しかった。
 自分の大切なものを、守れるほどの力を。
 もう、あんな思いはしたくなかったから。
 あんな思いをする人がいなくなって欲しかったから。
 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 なんで、俺たちはこんな力を手にしたいんだろう?
 なんで、何かを傷つけて生きていくことを己に許すんだろう?
 なんで――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第話 砂漠の町で




 あれから、あの少女をトニー達が見つけてから5日が経った。
 血だらけで倒れていたのを見つけて、船じゃ間に合わないと気づき、『いざ』という時のために取っておいた最後のテレポートジェムをつかって、町へと向かって。
 タウンメリアに行くはずが地図にも載っていない小さな町へと着いてしまったが、その町に医者がいたのは幸運だったと、彼の相棒、スコットは言っていた。
(なぁ~にが、『まだこの大陸にはきちんとした医者や、そういった施設がある町はまだ少ないんですよ』だよ。それくらい知ってるっての!)
 彼の育った町には医者など何軒もあったけどそれは王都なのだから当然なのであって、3人で旅をしていくうちに、そうではないところのほうが多いという事くらい彼だってわかったけれど。
 それでも、彼の言葉を素直に聞き遂げるのは、
「なんっか、むかつく……」
 と、思わず呟いてむすっとしてしまうほどなのだ。
 わざわざ声にしてまで言うところからして、すごい。
 それに実際、彼はイライラしていた。あの少女のことである。
 本来ならここの病院に彼女を預けて、もう一人の仲間のところに行くのがいいのだけれど。
 彼らにはそんな考えは露ほども浮かばなかったし、あんな姿を見てしまったら、たいていの人は心配で放って置けないだろう。
 3年前から彼も成長したとはいえ、彼のそういったところは変わらずにいる。
 まあ、それが″彼女″も彼らを気に入っている理由の1つではあるのだけれど……。
 しかし、運んできても3日も昏睡状態が続き、目覚めても何があったのか問いただす――彼の好奇心を満たす間もなくジラに追い出され、結局もう2日も経っている。
 まだ怪我が治っていない事、ショックだろうから放っておいて上げたい――というのがジラのいいぶんだ。
 それに納得できなかった彼はその日の夜に嫌がるスコットを連れて特攻し――部屋に入る前にジラに発見され、大目玉を食らってしまった。
 しかも、それと一緒に『エレンシアの新ガキ大将』という大そうな肩書きとげんこつまでもらってしまった。そんなもの欲しくもないのに。
「なんで、俺だけ叱られなくちゃ、いけないんだよ」
 本当はスコットもげんこつは貰っていたが、そのことは綺麗さっぱり忘れているらしい。自分から言い出したとはいえ、やはり不満はあるものだ。
 さっさとここから出て行こうと思いもしたが、あの少女を置いて行くなど彼のポリシーに反したし何よりその手段が無い。
 何せ、ここは見渡す限り砂漠しかないのだ。
 もともと砂漠に迷いこんだ者達がここに元からあったオアシスを頼りに集まり作った、町とも呼べないような集落にほんの少数の人々が暮らしているのだ。
 出来てからもう十数年がったってそれなりに大きくなったとはいえ、まだ人口は2,30人。
 オアシスのおかげで多少の作物は作れるが、それだけの事。大抵の食料などは外部からの物に頼っているのが現在の状況だ。
 それに、ここに居着いた者の大半は一度は、生きるという事を諦めた者だという。
 だから、ここから出て行こうとする者は滅多にいない。したがってジェムなどという高級品は誰一人として持ち合わせていなかった。
 そんな村での唯一の移動手段は馬だが、それも耕作用の馬なので使えないし、歩くことは論外だ。
 その代わり、月に1,2回ほど訪れる旅の商人たちが彼らの生命を繋いでいる。
 なんでも、昔ここに瀕死でたどり着いた商人を助けたその恩返しとして、口の堅い商人たちが時々ここを訪れては村人が砂漠から掘り出した貴金属と引き換えにいろんな商品を交換していくらしい。
 ここでは彼らの持つ金――ギャラは、あまり意味のないものなのだ。
 彼らが来る、その時だけ彼らは世界の動きなどを見聞きできる。貴重な情報源でもある。
 彼らの情報によって、3年前の戦いの事も知ったのだという。
 ジラも、彼女の調合した薬草の薬などと引き換えに衣料品や薬を貰っていくらしい。
 もしここから出られるとすればその馬車に乗るしかないわけだが、その肝心の商人たちはつい一週間前に着たばかりだという。
 通常彼らが訪れるのは月に2回ほどだから、彼らがここを出るには最低、あと一週間はかかるだろうと言われている。
 あの少女もまだ面会禁止だし(こっそり行こうとするとどこからともなくジラが現れて拳骨をお見舞いする)、当分ここから出ていく事は出来ない。
 焦りばかりが彼に積もっていき、そうして昨日今日と彼はこうしてこの町の生命線であるオアシスの隣に寝そべっては愚痴っているた。
 それしかできない事もあるし、スコットはここ数日この周辺の地理などを夢中になって調べているので話し相手にもならない。……何が楽しいのか、さっぱりわからないけど。
「あ~あ、早く″アイツ″のいるトコに行きたいのにさ、な~んでこうなるかな~」
 はあ、と大仰なため息をついてみる。
 突然いなくなるなんて反則だ。自分達だって彼らの仲間のようなもの、当然会いたいに決まっているというのに。何かを言う前に飛び出してしまうなんて。
「あの子だってさ。もう起きてるくせに、何で会わせてくんないんだよ」
 ふう、と重いため息を洩らしたトニーきっと空を見上げ、後ろからやって来る人影に気づかずに思い切り良く息を吸い込むと、苛立ちのまま思い切り叫びを上げる。
「あ~!! あんのくそババぁ~!!!」
「くそばばぁで悪かったね、この生意気ぼうず!」
「うえっ!!」
 慌てて後ろを振り返ると、腰に手をあてがってトニーを睨みつけるジラが立っていた。
 目を三角に吊り上げて、キッときつい眼差しで座り込んでいる少年を睨みつける。なかなかの迫力だ。怒った時のマリナの方が怖いけど。
「まったく、あんなに会いたがってたからわざわざこうしてあんた達をあのお嬢ちゃんに合わせてやろうと思ってここまで呼びに来たってのに。なんだい? その態度の悪さは!」
「あ、いや、あれは……」
「スコットの坊主はちゃんと御礼まで言っていったよ! それなのにまぁあんたって子は……!」
 怒れるジラを前にたじたじになったトニーは必死の形相で手を振っていたが、不意に先程のジラの言葉を反芻して動きを止める。
 何か、聞き捨てならないような事を聞いたような……?
「……ん?」
「だいたい、あんたは最初っから……」
「な、なあ、おばちゃん!」
「ん? なんだい?」
「もう会ってもいいのか!?」
「ああ、そう言ってるだろ!」
「いやっほう! サンキュ、じゃあな!」
「あ、おい待ちなったら……て、なんて素早い……」
 返事を聞くなり猛ダッシュで走っていったトニーに呆れた眼差しを送りながらも、彼女は優しげな笑顔をを浮かべていた。
 それは、間違う事のない母親の笑み。
「やれやれ……あんたも生きてたら、こんな風になってたのかねえ……。ねえ、ウルト……」
 一つの名前を愛しおしげに呟き、そっと胸に手を当てて昔を思い出す。その瞳には懐かしげな光が浮かび、目じりには微かな涙が見え隠れしていた。
 やがて彼女はそっと青空を見上げた。
 空は、眩しいくらいの青天だった。


*****


「おーぃ、スコットぉ~!」
 ジラに許可を貰ってからすぐにトニーを探すのを諦め、一人病院代りの住居に入ろうとしていた少年は、離れた場所から聞こえてきた声に足を止めた。
 この声の主が誰かは、もう最初からわかっている。
 彼は飄々とした雰囲気を漂わせたまま悠然と振り返った。そして、その視線の先に想像どおりの姿を見つけ、嬉しそうに笑いながら声をかけた。
「あ、トニー君。今までどこにいたんです? 居場所がわからなかったから探しませんでしたけど」
「はぁ、……ちょ、ちょっと、……オアシスまで、……行ってて……はぁ、はぁ」
「大丈夫ですか? 水でも……」
「そ、んな、こと、よりっ!」
 荒い呼吸を繰り返すトニーを心配したスコットの言葉を遮り、トニーは無理やり呼吸を落ち着けると空気を胸いっぱい吸い、それでもう回復したかのようにさっと目を輝かせて騒ぎ出す。
「なぁなぁ。あの子、起きたんだよな!?」
「え、えぇ。そう聞きましたが……」
「よーし! んじゃ、尋問開始~!」
「トニー君、それはちょっと違うような……」
「どうだっていいだろ、ほら早く来いよ!」
 嬉しそうに顔満面に笑顔を浮かべながら、スコットの腕を引っ張りつつトニーはずんずんと少女が使っている部屋へと入っていく。
 一応の礼儀として軽いノックを2、3回し、そして返事が帰る前にさっとドアを開く。
「よっ! おっじゃ~ましまー……す?」
「? どうしたんです?」
 不意に戸惑うような声を上げたトニーに、スコットは不思議そうな声を出した。
 何か、まずい事でもあったのだろうか?
 彼のそんな心配をよそに、トニーは無言のままスコットに場所を譲った。
 そして、スコットもまたそれを目にして困惑したような表情を浮かべた。
「…………」
「…………」
 白いカーテンがひらめき、小さなテーブルにはオアシスのすぐ側に咲いていた小さな花達が質素な花瓶に活けられている。
 シーツはしわくちゃだが、一応皺を整えて毛布を上に被せてある。ベッドの足元には少女の持ち物らしい物――それを持ってきたのはトニー達だが――が幾つも置いてある。
 大切なものらしく、一見無造作に並べられているようでもあるが金属類などは丁寧に磨いた跡がありありと残っている。その他のものも同様だ。
 しかし、少女が眠っていたはずのベッドの上には誰もいなかった。
「……なあ、部屋、間違ってないよな?」
「……ええ。それに、今までここにいたのは間違いないようですし……」
「? なんでだ?」
 不思議そうなトニーに、ベッドを調べていたスコットはふと顔を上げて布団の中ほどを手で指し示した。
「ほら、シーツに寄ったシワは直してあるし、まだ暖かい。出て行ったのならこの辺りにいるはずですが……」
 それならばどうして自分達に出会わなかったのか。ここの建物は例外なく一本の廊下で繋がれているのだ。
 顔を見合わせた2人の耳に突如、聞きなれないメロディが響いてきた。微かな――しかし、綺麗な音を奏でるソプラノの声。
 それは彼らが今まで聴いた事の無い言葉で歌った曲だった。
 しかし、どこか懐かしさも感じる。それは不思議な魅力を持った歌だった。
「これ……」
 二人は揃って窓の外を見つめた。声は、外から響いてきていた。


*****


 蒼く、広い美しい空。白い雲は流れ、鳥達が空を舞う。
 いつの日か、『みんな』で見上げた空。
 あの頃はまだ、幸せが自分たちを包んでいるのは当然のことだと思っていた。それを幸せなのだとも意識していなかった。
 そんな事を考えていたからか、何かを歌おうと思って開いた口から自然と流れ出した曲は『あの頃』、一番よく歌っていた曲だった。
 あの草原はどうしたのだろう。
 あの空は、まだ彼女たちの大地を包み込んでいるのだろうか……。
「なあ」
『うっひゃあっ!!』
 そんな物思いにふけっていた彼女は、突然後ろからかけられた声についうっかり故郷の言葉で叫びを上げてしまった。体がビクリと飛び上がり、その動きに傷口がまた痛み出す。
 ドキドキする心臓と痛み出した傷を気遣いながら後ろを振り返ると、あの少年達――トニーとスコットが佇んでいた。
 意識を切り替え、脳裏にこの世界の言葉を思い浮かべる。そしてやっと一言も話し出そうとしない彼らに向かい、少女は控えめに声をかけた。
「あ、な、何?」
「いや、別に……。よく、こんなとこまでこれたな」
「あ、うん……」
 なんだかさっきの歌っている時の表情があまりにも悲しそうに思えて、どうしてもトニー達はギクシャクした態度になってしまう。
 とりあえず間を持たすために二人は少女の側へと座り込み、少女は彼らに場所を譲るために僅かに体を動かす。
 病院の傾斜した屋根の上に、ちょこんと3人が並んで座り込む恰好となった。
「えっと、トニーとスコット……だよね?」
 躊躇いつつも口を開いた少女に急に話し掛けなれて二人はちょっと目を瞬かせ、そして2人揃って嬉しそうに頷く。名前を覚えていてくれたのがよほど嬉しいらしい。
「そう! 俺がトニーな! んであのさ、あんたは?」
「わ、私の名前はリリス。年はたぶん、君たちと同じくらい……だよ」
 そう言ってリリスは軽く微笑む。それは、どこか違和感のある言い方だったのだけれど彼らはそんな事にはまったく気付かずに、ただその笑顔に嬉しそうに笑みを浮かべた。
「へぇ、そーなんだ。あ、ちなみに俺のほうがスコットより年上だかんな!」
「そうなの?」
「ええ、一応。でもあまり正確ではありませんし、普段の様子からはとても想像は出来ないのですが」
「おいおい、なんだよそれ!」
 調子を取り戻したのか、元気よく話し出した彼らにリリスは目を細める。
 こんなやりとりを、昔はよくした、と……そう、彼らと共に。
 一瞬回想に耽ったリリスを不信に思い、その顔を覗き込んだトニーは突然感嘆の声を洩らした。
「うわぁ、リリスの目って綺麗だなー」
「えぇ?」
 リリスはトニーの突然のセリフに思い切り不思議そうな顔をしてみせる。
 よほど意外だったらしい。今まで誰もそんな事を言われた事は無いけど、と洩らす。
「だってさ、黒い瞳ってのは時々見かけるけど、そこまで黒いのはあんまりいないぜ?」
「そう?」
「そうだって!」
 やたらと力説するトニーにやや気圧されていたリリスは、不意に意を決したような表情をしたスコットと目が合って硬直する。
 じっと見つめる眼差しに、先程とは違った感じで再び気圧されたリリスにスコットは声をかける。
「……あの」
「え、なに?」
 さっきまで黙っていたスコットは、ちょっと恥ずかしそうな表情を顔に浮かべて一瞬躊躇った後、顔を上げるときっぱりとした口調で口を開いた。
「すみませんが、さっきリリスさんが歌っていらした曲、わたくしたちに教えてもらえませんか?」
「……え、う、うん、いいけど」
「え、ほんと! 俺もあれ、聞いたこと無いから気になってたんだよなー!」
「だったら聞けばよかったのでは?」
「う、……いいじゃんか、そんなの!」
 そんな2人のやり取りにくすくす笑い出すリリス。
 なんだか、やっと自分を取り戻してきたような感じがする。本当はそんな事は全然ないのだけれど。
 曲の題名をちょっと考えて――この世界の言語に置き換えて――から、小さく微笑みを浮かべてそっと囁くように少年達に告げる。
 古の、遥か昔から伝わる歌――。
「あのね、この曲は『太陽と星の涙』っていうんだよ」
 戦いの前の平和のひと時。出会いは偶然ではなく、必然のようなもの。
 微笑みをかわす彼らに、優しい風が吹いていった。




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