どうして、戦ったのだろう。
 どうして、武器を手にしたのだろう。
 どうして、『あそこ』に赴いたのだろう。
 初めは、ただ怖かっただけだった。
 死ぬという事も、生きるという事も。
 自分が、要らないものだと言われた様で。
 何かを犠牲にして、人は生きていくけれど。
 そうして生き延びて、何を願うのだろう。
 何を、感じていくのだろう。
 命とは、二度と得ることができないモノ。
 だからこそ人は一度きりの生を大切にして生きていく。
 生きるために死ななけばならないなんて、嫌だ。
 最初は、自分ひとりだけだった。
 でも、そのうちにそうじゃないって解ったんだ。
 守りたいものが、たくさん出来たから。
 何かの犠牲の上に生きていくのは、辛い事だから。
 彼らと、共に歩んでいきたいと思ったから。
 だから、生き延びて、戦おうと思った。
 でも、本当にそれでよかったのだろうか。
 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 どうして、ボク達はこんな力を手にしたのだろう?
 どうして、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのだろう?
 どうして――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第12話 少女の行方




「うっわあ〜! ほらほら、すっご〜い。それにやっぱり速〜い! ちょっとこっち来てみなさいよ、テリィ。すっごく綺麗なんだから!」
「ちょ、リルカ、やめ……!」
「あ、また何か光った! あそこあそこ!」
「うわ、ちょっと……」
「あ、こんどはこっち!」
「……元気ですね、リルカさん」
 初めて見たという訳ではないのに、船から見える景色にやたらとはしゃいでいるリルカ。
 対照的に船は初めてというテリィはリルカ以外の全員の予想通り、酷い船酔いにかかった。にも関わらずリルカの格好のおもちゃにされていた。その様子は哀れとしか言い様がない。
 速度はそんなに速くないし、今日は比較的揺れも穏やかな方だ。
 それでも酔うというのはやはり、彼が先天的に酔いやすい性質なのかもしれない。最初だからどうしようもないのかもしれないが。
 船首でぐったりしていた彼は、すぐに暇を持て余したリルカに捕まった。
 今では誰もが可哀想だとは思うが、決して誰も代わりを務めようとはなかなか思えない。


*****


 あの謎の地震から数え始めて、既に5日。
 ARMSの皆はホバークラフトで、海を渡っていた。
 昨日の夕方になってやっと震源地からの調査結果が届いたのだ。
 外海の端、北の海中を調査したメリアブール領からの調査結果は、『何もなし』だった。
 付近には島影もなく、海中はこの辺りでも一番深いところで、まったく何も出来なかったらしい。その辺りも調べては見たが、魚が少なくなっていることと、水温が僅かに上がっている事から未発見の水中火山ではないか、ということだった。
 彼らの不安が杞憂になったかと安心したのもつかの間、シルヴァラント領の結果が届いた。
 『地震のあった南の孤島には特に変わったことがなかったが、島の一角にある砂浜に小さな足跡が2人分見付かり、小型の船が置き去りにされていた』というのだ。
 そこは大陸とも随分と離れており、近くに島影もなく船もなしに渡ってはいけないらしい。
 おそらく、足跡の主はこの島に立ち寄った後テレポートジェムを使ったらしい、という報告だった。
 何も情報が掴めていない今、それに頼るしかない。
 朝を待ち、かつてギルドグラードから譲り受けたホバーを使い早速その島に向かった。
 そして今、こうして海上にいるのだが……。
 はしゃぐリルカに付き合わされてぐったりとしているテリィを流石に見かね、アシュレーは控えめながらもそっと声をかける。
「……なあ、リルカ。テリィも疲れてる――みたいだし、離してあげたらどうだい?」
「ええ? なんでなんで?」
「いや、ほら、船酔いしてて辛そうだろう?」
「大丈夫だって! そんなのすぐ治るわよ!」
「でも、リルカさん、テリィさん凄く辛そうですけど……」
「……う」
「? どうかしたの? テリィ」
「テリィさん?」
「ワリ……………………………………………………………吐く」
「きゃぁ―――――――――やだ―――――――――!!!!」
「うわ、ちょっと!」
「あ、危ない!」
「……全く……何をやってるんだか……」
 そんな彼らの様子を見て、呆れ声で呟くブラッド。
 カノンはとっくの昔に操舵室へ消えて――もとい、姿を消している。ブラッドはそれを羨ましいと思ったかどうかはわからないが。
 少なくとも、アシュレーとティムはそれを羨ましいと思ったし、マリアベルはそんな彼女をズルイと心から思った。
 やがて吐き気から解放されたテリィに近付き――リルカは既に颯爽と船尾まで逃げ出していた――アシュレーはタオルを差し出しながらそっと彼に声をかけた。
「……大丈夫かい? テリィ」
「……はい…………なんとか……」
「もう、びっくりしたじゃない!」
「リルカさん……」
 一人怒っているリルカと、ぐったりとして顔色は青を通り越して白くなっているテリィとを見比べると、誰からともなく顔を見合わせて皆して笑い出す。
 初めは小さかった声も、だんだんと大きくなっていく。やがてはブラッドさえも口元にはっきりとした笑みを浮かべるほどにまでなった。
 そんな楽しい時、突然カノンが船首現れた。
「あ、カノン。どうかした?」
 楽しげな表情のまま尋ねたアシュレーをじっと見つめ、今は感情の見えないその瞳をゆらりと瞬かせ、一度だけはっきりと頷いた。
「……ああ。例の島が見えたぞ」
 そう言って彼女が厳かに指差した先には、陽炎と見間違えるほど小さな小さな島影があった。
 その島はどことなく不思議な雰囲気が漂っているかのようだった。少なくとも、アシュレーはそれに大して"何か"を感じた。それは確かだった。


*****


 島の浜辺へ辿り着いてすぐ、リルカは不信そうな表情で既に歩き出していたブラッドを振り返った。
「ここが、あの島なの?」
「ああ、そのはずだ。……調査隊はもう帰ったらしい」
 さして広くもない砂浜をぐるっと見渡す。
 海と、珊瑚とプランクトンの死骸で作られた対して広くもないスペースの浜辺、そこにいくらか転がっている大き目の岩、そしてその奥に少しだけ茂っているやけに密度の高い森。
 それが、この島にある全てだった。
「ずっとここにいても仕方ない。森を……」
「待て」
 歩き出そうとして言い出したアシュレーの言葉を遮り、ブラッドが少しはなれた場所にある何かを指し示した。
 それは、ほぼ同じ大きさの2つの足跡だった。浜辺から森へと続いている。
「これは?」
「俺達の物ではないから、恐らくこれが例の足跡だろう。大きさから言って――15,6歳の男物だ。どちらも」
「……あ、あそこに船がありますよ! カノンさんが帰ってきます」
 そう言ってティムの指し示した方には一艘の小さな船があり、同じ方向からカノンが戻ってくる。どうやら先に見てきたらしい。
「どうだった?」
「何も。2人用の安物だな。誰でも手に入れられるタイプだ」
「そうか……」
 あっさりとそう断言するブラッドに、アシュレー達はがっかりしたように肩を落とす。
 あまりの手がかりの無さに沈みかけた時、それまで大人しかったマリアベルが不意に歩き出す。
 アシュレー達に何も言わず、何かに気付いたような表情のままスタスタと森の奥へ向かって黙々と歩き出す。
 それに気付いたティムはマリアベルに驚いたように声をかける。
「あ、あの、どこ行くんですか?」
「…………」
「おい! ……全く。みんな、いくぞ」
 勝手に歩き出したマリアベルに深い溜息をつき、アシュレーは後ろを振り返って声をかけるとそのまま歩き出す。その彼の後ろを辿るように他のメンバーもぞろぞろと森へ入っていく。
 そして、そのまましばらく歩き続けた時。
 不意に、ブラッドが不愉快そうに顔を顰めた。
「む……これは……?」
「ん? どうしたんだ、ブラッド?」
 アシュレーの声に一度口を開きかけ、やがて彼は躊躇うように口を閉ざす。
 そしてゆるゆると首を振ると、そのまま前を見据え、歩き出した。
「お、おいブラッド?」
「……いや、行って見れば解るだろう」
「おぉ、ここじゃここじゃ」
 そうブラッドが言った矢先にマリアベルが声を上げる。心なしかその声音は喜色を含んでいるように感じられる。
 ……なんだか先に向かうのが怖いと、ティムは思った。
 全員がその場所に辿り着くとその先にはやや開けた場所があり、そして何よりも大量の血痕があった彼らの目を引いた。
 人一人を形勢するのだけの分量が有りそうなほど、大量の赤が地面一杯に撒き散らせてある。
「ひっ!」
「な……こ、これは……」
「……ふむ……」
 ティムやリルカ、テリィは真っ青になって口を抑え、アシュレーもやや顔を青ざめさせる。
 ブラッドとマリアベルだけは顔色を変えなかったが、流石にブラッドは不愉快そうだ。
 そして――1人、いつもと全く変わらない様子のマリアベルは軽々としたした身のこなしでそれに近付き、無造作にその固まった血に手を触れる。
 ノーブルレッドゆえか、彼女は血液という物に対しては抵抗は無いようだ。
 彼女は手で取った渇いた血を軽く舐め、ゆっくりと表情を変えた――眉をしかめたのだ。
「これは恐らく……女の血じゃな。まだ若い……それにこの量から言って、死んでいてもおかしくはあるまいな」
 簡単に――それが歴然とした事実であるかのようにきっぱりと告げるマリアベルに、誰もが――ブラッドさえもが表情を凍らせ、マリアベルを凝視した。
「そんな……」
「おぬしら、疑うというのか? わらわはこの世界の真の支配者であるぞ!」
「いや、疑った訳じゃないんだけど……」
 困惑したようにアシュレーは呟き、そのままふっと空を見つめる。
 そこには小さな雲がぽっかりと浮かんでいただけだった。
「……一体……何が起こっているんだ……?」
 どこかで、『アイツ』が笑っているような気がした。




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