なんで、戦ったのだろう。
 なんで、武器を手にしたのだろう。
 なんで、『あそこ』に赴いたのだろう。
 戦うのは、戦場に立つのは怖かった。
 でも、それよりも「あの人」よりも強くなりたいと、思っていた。
 いつも比べられていた。
 大好きだったから、側にいたいと思っていた。
 でも、いつも隣を歩いているつもりだったのに、その人はずっと先に行ってしまっていた。
 どれだけ一生懸命になっても、追いつけなかった。いつまでも。
 死んだと聞かされた時、とても悲しかった。
 でも、心の何処かでほっとしている自分がいて。
 もう比べられなくてすむ、私を見てもらえる。
 そう考える自分が嫌だった。そんな自分が、嫌だった。
 でも、彼らは『わたし』を見てくれた。
 だから、力になりたいと思った。
 だって、私の力は何だって出来るのだから。
 そして、人は誰でもそんな力を持っていると解ったから。
 好きになった人たちを、守りたい。
 共に、歩いていきたい。
 ずっと、同じ幸せを手にしていたい。
 一つ間違えば守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 なんで、私たちはこんな力を手にしたのだろう?
 なんで、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのだろう?
 なんで――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第13話 謎と血の味




「……ところで、この血とあの足跡って同じ人の物なんですか?」
 大量の血を見たからだろう、ティムとリルカは顔を真っ青にしてもといた浜辺に戻って休んでいる。さすがにあれには答えたようだ。無理も無い。
 一応カノンがついて行ってはいるが、しばらくは動けないだろう。
 しかしテリィは流石に顔色こそ悪いものの、船酔いもまだ完全には直っていないにも関わらず気丈にも彼らと共にこの場に残っていた。
 目を瞑って出来るだけ息を吸わないように呼吸を整えた後、目を開いて――流石に血溜まりは直視できなかったが――ブラッドを見つめ、彼はそう問い掛けた。
 そんな頼りがいのある態度にブラッドは目を細め、その質問に首を振って答えた。
「いや……恐らく違うだろう」
 すでにいつもと変わらない態度に戻ったブラッドは、腕を組むと考えながらも自分達の持つ情報を一つ一つ纏めていった。
「あれは間違いなく、両方とも15,6歳程の男の足跡だった。恐らく船の持ち主もその2人だろうな。そしてマリアベルの言うことが本当なら、この血は15歳前後の少女の物。この二つは恐らく別々だだろう」
「なんじゃ、わらわを疑うのか? これは間違いなく15,6歳の女の血じゃ。ノーブルレッドのわらわが言うのじゃから間違いはない!」
 ややムキになって声を荒げるマリアベル。その様子はいつになく子供っぽく、笑みを誘うが流石にこんな時では誰も笑えない。
「そんな事言ってる場合じゃないだろう。それよりも、この血の女の子とその足跡の2人がその後どうしたのか……そっちの方が大切だろ」
 心持ち青ざめたままのアシュレーが少女の見かけをしたイモータルを宥める。アシュレーの台詞にマリアベルも流石にそれ以上言うのは流石に控えた。
 不意に、そんな彼らの後ろから微かな音と共に声がかけられた。小枝を避けるような、葉音が響く。
「その通りだな」
「あ、……カノン」
「カノンさん」
 ザッと木々を掻き分けて進み出たカノンは先程と同じように眉を顰める。
 この匂いを不快には思っているようだが、さすがに顔を顰める程度で終わるのは経験の差か。 ……そんな経験、決して欲しいとも思えないが。
「ティムとりルカは?」
「最初にいた浜辺で休ませてきた。それより……」
 すっとカノンの眼が細まる。片方しか見えない瞳がきらんと瞬き、ぐるっと周りを見渡すとやがて再び血溜まりに視線を戻す。そしてアシュレーを見据え、彼女はやっと口を開く。
「……変だとは思わないか」
「え? 何が?」 
「この……」
 と言って血溜まりを顎で指し示す。
 まるで、これ以上不快なものは無いといった風に。
「血の量だ。これだけの手傷を負ったとなると何らかの争いがあったはずだが、そんな形跡は一切ない。自殺だというなら話は別だが……だとしたら死体が無いのは可笑しいし、何より事故というのはまずありえない。この島にはモンスターだっていないのだからな」
「だろうな」
「ブラッド」
 カノンの言葉に、ブラッドも深く同意する。
 顎に軽く手を添え、戦闘の最中のような厳しい目を地面に向かって真っ直ぐ向ける。まるで、そこに軌跡を残した少女や少年達の姿が見えているかのように。
「ここには怪我を負っていた少女が倒れていた。それは確かだ。そして、あの乗り捨てられた船。二足分の足跡はこっちに向かって歩き、戻って行ったようだった……」
「それじゃあ、足跡の2人が女の子を怪我させたんですか?」
「……いや、そうではない。恐らく――何らかの理由で森に入った二人が傷だらけの少女を見つけ、連れ帰ろうとして戻った。しかしここからでは時間がかかると思い、テレポートジェムを使って何処かの町にでも連れて行ったのだろう。そうすればあの足跡の謎も説明できる」
 そう説明するブラッドに、テリィはふと疑問を感じて首をかしげた。……相変わらず顔色は悪く、血の匂いに寄ったようではあるがわりと平気そうだ。
「じゃあ、なんでその……彼女は怪我を負っていたんですか?」
「…………」
 その台詞に、ふっと黙り込むブラッド。
 彼はしばらく考えた後、あっさりと首を横に振る。
「……わからん」
「おい、アシュレー」
「? なんだ? マリアベル」
 それまでただひたすらに、一人でじっと血を見つめていたマリアベルが顔をあげた。
 手には、もうほとんど凝固している塊のような血のカケラが載せられている。それをみてなんとなくアシュレーは体を引きながらも彼女の顔を見下ろした。
 そんな態度を取るアシュレーをいつものように笑う訳でもなく、彼女はマジメな態度のまま手にしたソレをころころと転がして調べている。
「この血、全部が新しいものじゃ。簡単に言うと、ここにある血の全ての鮮度が同じだと言うべきか」
 もうこの血が流れてから数日経っているんだから、鮮度も何もないんじゃないかなー、と思いつつも彼女が何を言いたいのかわからずに問い返すアシュレー。
「えっと、どういうことだい?」
「全く……相変わらずお主はにぶいのう」
「…………」
 わからない事を質問しただけで"にぶい"と断言されてしまったアシュレーに代わり、やや慌てたテリィがマリアベルに声をかけた。
「あ。そ、それで、なんなんですか?」
「うむ」
 その声に満足げに頷くと、彼女はよくぞ聞いてくれたとでも言いたげな態度で解説を始める。
 とりあえず自分の話を聞いてもらえれば満足だったらしい。
「血という物は、傷を負った場所からだんだんと流れ出していくものじゃ。それくらいは知っておろう?」
「はい。……それで?」
「しかし、この血はどうにも変でのう……まるで一気に溢れ出たようになっておる。普通ならばありえん事じゃ。これだけの量の血が一気に出るなど、それこそ全身を一度に深く切り裂かれたとしても難しい。どうやったらこんな状態になりえるのかのぅ……それに、この血は少々変わった味がするしの……はて、どこかで知っている味なんじゃが」
「……味?」
「うむ……はて、どこだったか……」
 そんな事を言いながら考え込むマリアベルの様子に深い溜息をつき、ブラッド達向かってアシュレーは話し掛ける。
 軽くもときた方向を手で指差しながら、
「テリィ、悪いけどホバーのところへ行ってケイトさんたちに、ここ5日以内に大怪我をした15歳前後の女の子が運ばれてきた病院がないか調べてもらってきてくれ。ついでにリルカ達の様子も見ていて欲しい」
「はい、解りました」
 テリィがふらふらと若干頼りない様子で頷いたのを確かめてからブラッドとカノンを振り返る。マリアベルの事は放っておくのが一番だと判断した。
「僕らはこの辺りに変わった様子がないか、もう一度調査しよう。調査隊だってこの血に気がつかなかったくらいだ。何かあるかもしてない」
 何故、気付かなかったのか……その理由を考える事も無くアシュレーは告げ、ブラッド達さえもそれに気付かない。彼らはアシュレーの提案にそれぞれで頷く。
「ああ、そうだな」
「ふむ……無駄だろうがな。付き合おう」
 そう言って4人が動き出そうとした矢先に、マリアベルがさっと身を起こした。
「おお! 思い出したぞ!」
 やたらと目を輝かせるマリアベル。彼女はやたらと嬉しそうに笑いながら――といっても着ぐるみごしだが――きっぱりと力強く宣言する。
「この味はアシュレーのと同じじゃ!」
『………………は?』
「うむ! ほとんど変わらん! 瓜二つと言っても過言ではないのう!」
 彼女はその事を思い出せたのがよほど嬉しいらしく、一人はしゃいでいる。
 そんなマリアベルの様子に4人は一様に脱力したように肩をがっくりと落とした。
 ……期待して損した。そんな思いが去来する。
「というか、いつのまに僕の血を吸ったんだ……マリアベル」
「……アシュレーさんの生き別れの兄弟とかですか……」
「いや……そういった話は聞いたことないから……おそらく偶然だろう……マリアベルの言う事が本当なら」
「何を言う! ノーブルレッドたるわらわが言うのじゃ、間違いはない!」
「……わかったから、さっさと行くぞ」
 ブラッドの声に彼らはぐったりとしたまま動き出した。
 一人嬉しそうにしているマリアベルを残して。




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