何故、戦うのだろう。
 何故、武器を手にするんだろう。
 何故、『あそこ』に赴くんだろう。
 初めて会ったときは、普通の人だと思った。
 そのうちに、だんだんとそうではないことが解ってきた。
 何かを守ることに必死になっていた。
 自分を守るのではなく。
 力のない人たちの力になってあげたいと言っていた。
 傷ついて、苦しんでいるのは自分なのに。
 恐れられても、守れるなら構わないと、その瞳が語っていた。
 どうして、そんなに熱くなれるのか解らなかった。
 いつも冷静でいるのが自分の役割だと信じていたから。
 彼はそうして自分の大切な物を最後まで守り通した。
 そんな姿がかっこよくて、憧れた。
 そんな風に、自分の思いを貫き通して守れるものなんて、あるのだろうか。
 探して、見つけて、守っていきたい。
 そのために、力が欲しかった。
 1つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 何故、わたくしたちはこんな力を手にしたのだろう?
 何故、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのだろう?
 何故――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第14話 若鳥たちの歌




「だから、そうじゃないって。ほら、そこはレの音」
「……あぁ〜……」
「……ん? あ、あれ?」
「あ、そっちも違う。あのねスコット、そこはもっとゆっくりとしたメロディーなんだよ。もうちょっと綺麗な音を出すイメージでやってみて」
「……こう、ですか?」
「……あれぇ? ……なぁんか、どっかが違うような気が……?」
「……あーっ! 疲れたー! ……なあ、そろそろ休まねえ?」
「えぇ? う〜ん、しょうがないなぁ……そうだね。そろそろ休憩にしよっか!」
「やったー!」
 リリスのその声に、青い空に響いていた稚拙な音楽が唐突に止んですぐに明るい声が響きだした。
 手にしていたハーモニカをポケットに仕舞い込んだトニーは3人の中心に置いてあったバスケットに手を伸ばし、中に入れてあったビスケットを手にして早速口の中に放り込む。
 それらは全て、ジラが昼食代わりに用意してくれた物だ。
 中身は焼きたてのクッキーとビスケット、メインに鶏肉と朝採ってきたばかリという野菜を豊富に挟んだサンドウィッチには野菜の他に、回復の早くなるという薬草やハーブも一緒に入れてある。
 他にもデザート用にと3人で頼んで入れてもらった果物の砂糖漬けなどもある。丁寧な事に、リリスには傷に効く薬まで用意してあった。
 スコットはトニーとは少し違うハーモニカを丁寧に布にくるんでしまいこみ、あまり動くなとジラに厳命されているリリスの為にポットから紅茶をカップに注いで手渡す。
「あ、ありがと♪ ……でも、2人とも結構上手だよね。歌もハーモニカも。こんなに早く上手になるとは思わなかったもの」
 カップを受け取って笑顔でスコットに礼を言うと、リリスはにこにこと笑いながらトニー達の上達振りを褒め称えた。
 その言葉に恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな表情で顔を見合わせる二人。
「そうですか? まあ、元々音楽は好きでしたし、それに厳しい人がいましたからね」
「そうそう、アイツ、ちょっとでも間違うとすぐ怒鳴るんだもんなー」
「あぁ、その人が? へぇ〜」
 リリスは今日、病院の屋根で簡単な音楽教室を開いていた。本当は病室でも構わないのだが、雰囲気が出ないとトニーがごねたのでここでやることになったのだ。
 お相手はもちろん、トニーとスコットである。彼らは持参のハーモニカを手に、リリスの歌を聞きながら曲を教わっていた。
 リリスはその曲を故郷に伝わる古い歌だと説明した。彼女の故郷がどこにあるのかという質問は巧妙にはぐらかし、「遠いところ」と告げるだけに留めて。
 彼らは思っていた以上に音感があり、教えだしてから1日も経っていないにも関わらずもう随分と上達している。まだまだ完璧というには程遠いけど。
(昨日は解んなかったけど……確かにあの時、この2人も一緒だったのよね……彼らと)
 彼女は闇と流れる事のない時に支配された亜空間にいる間、こちらの世界をずっと見守ってきていた。
 自分の罪を忘れないために。ともすれば闇の中で狂ってしまいそうになる自分の弱い心を守るために。
 その為に、彼らARMSの事もよく知っていた。彼らがどうして戦う事になったのか。トニー達とどう関係したかも。だが当然そんなことは知らぬ振りをし、彼らからあの戦いについて、昨日丸一日かけて聞き出したのだ。
 そして今日、彼女の故郷の歌を教えていたのだ。是非にと請われればそれを拒む理由もなかった事だから、と。
「そういえばさ、リリスの怪我ってもういいのか?」
 3つ目のサンドウィッチに手を伸ばしながら、トニーが不意に思い出したかのように問い掛けてきた。
 その言葉に今更何を、と言うかのように目を瞬かせるリリス。
「怪我? ううん、まだ直ってないよ。当然でしょ?」
「おいおい、それじゃこんな事してたら良くならないんじゃないのか?」
「……それって、今更じゃないですか? もう遅いと思いますが」
「だってさー」
「ん、でも私って怪我が治るの早いし。……特異体質みたいなものでね。現に、もうほとんど痛みはないんだよ? ジラの薬のおかげもあるけどね。もう数日もすれば動くのには支障はなくなるし、あと2,3週間もしたら完全に治るよ。痕だって半年もしたら無くなるしね」
「へえ……あ、なら良かったな」
「え? 何が?」
 不思議そうな顔をするリリスに、トニーは急に照れたような顔をする。そっぽを向きながら鼻の頭をかき、ちらっと横目でリリスを見やり、口を開く。
「……だってさ、女の子に怪我の痕が残るのって、よくないし……」
「わ、わ、トニーっていいトコあるんだね!」
 嬉しそうに微笑むリリスに、何と無く照れてトニーは顔を赤くする。そんなトニーを見てスコットも笑みを洩らし、リルカに向けてこっそりと囁く。
「時々だけ、ですけどね。トニー君は本当は優しいんですよ」
 それを聞きとめたトニーががばっと動き、スコットの首にヘッドロックをかけながら照れた顔のまま頭に拳をかける。
 痛そうな顔をするが、もちろん大した力は込めていない。
「なんだよそれ! おいスコット、失礼だろ!」
「歴然とした事実だと思うのですが?」
「ぁんだとー!?」
「あはははは、そうかもね〜」
「なんだよ、リリスもスコットの味方か?」
 そう言って情けなさそうな顔をするトニーと、笑みを顔に残したままのリリスとスコットで顔を見合わせると自然と笑いが溢れてくる。
 ぷ、と誰かが零せば次第に全員で笑だし、しまいにはおなかを抱えて目じりに涙を浮かべるほどの笑いの衝動が溢れてくる。
 浮かんできた涙を拭いながら、リリスは暖かなものに包まれているのを感じた。
 懐かしさが胸に込み上げ、柔らかな風が髪を撫でながら流れてゆく。世界の全てが、こんなにも優しくしてくれる……。
(いいな、こういうの……)
 ふわっと流れていく風を見つめ、微かな微笑みを浮かべる。流れゆく雲も、空を舞う鳥達も、大地を生きるたくさんの生命も、今を懸命に生きる人々も。美しいと思う。
 全てが、優しい世界。
 自分はもうこんなにも穢れてしまっているのに、それなのに……風も水も、あの世界と同様の優しさをもって彼女を包んでくれている。
 ずっとこうして、ここに留まっていたい。全てを忘れて。けど、それは出来ない。
 時が来たら。旅立ちを告げる商人達の馬車が到着したら、旅立たなくてはいけない。
 自分の過去を――この身に流れる血の持つ罪を清算するために、彼らの未来を紡ぎだすために。
「……ス、リリス? おい、聞いてるか?」
「――え、何? ゴメン、聞いてなかった」
「あのなー」
 慌てたように声をかけた少年を振り返って詫びるリリスに、まぁいいけど、と言って呟くトニー。
 そんな彼に片手で謝るようにし、問い掛ける。
「で、何? 何かあったの?」
「ああ、いまジラが来たんだ。リリス気付かなかっただろ? ぼーっとしててさ」
「なんでも、馬車がすぐ近くまできてるみたいで。あと3日もすれば来るって、さっき連絡があったそうです」
 リリスはぱちくり、と目を瞬かせた。
 まさか、そんなに早く"時"が来るとは思っても見なかった。
 この辺りは電話はないからよく調教された鷹や鷲を使って手紙を運ぶんですよね、とスコットが物知り顔で説明してくれる。
 それをなんとなく聞き流しながら、たった今聞かされた言葉を反芻するリリス。
「……馬車が? もう?」
「ええ」
「……そっかぁ……」
 微かに寂しげな表情を浮かべたリリスは、スコットがしっかりと頷いたのを見て溜息を付きながらさっと青空を見上げる。
 それを不思議そうな顔で見つめるトニー達も、なんとなく声がかけづらくなってしまい、辺りを沈黙が包む。
 やがて、ぽつりとリリスが前を向いたまま言葉を零す。
「ね……トニー達は、その馬車で何処かに行くんだよね?」
「もちろん! アイツを追っかけなくちゃいけないしな」
「このまま置いてけぼりはゴメンですからね。是非とも追いつかないと」
「そっか。じゃもうすぐお別れだね。私も……行かなきゃいけない所があるし」
「あ……!」
 その台詞に絶句した彼らにさっと向き直ると、リリスは満面の笑顔で笑いかけた。
 さっきまで存在していた寂しさは既に姿を消し、いつもと同じ微笑みを浮かべる。軽く歌のワンフレーズを口ずさむと、にやっとしたイタズラをたくらむような笑みを浮かべた。
「でも、まだ先の事でしょ? だったらそれまでにあの曲、完璧にしてもらわなきゃ。今のままじゃ、とても人に聞かせられないよ。歌詞だってまだ覚えてないでしょ?」
「ええ? まじかよー」
「あと一週間で、ですか?」
「そう! それじゃあ、張り切ってがんばろー!」
 楽しげに告げるリリスに、二人は揃ってげっそりとした声を出す。嫌ではないけど、と言外に告げるような声に、リリスは楽しそうな笑い声を上げる。
 バスケットを閉じ、紅茶などをさっと片付けるとさっそく二人にハーモニカを出すように、と言うリリス。その勢いに押されたように二人もしぶしぶ――けれど、楽しそうに動き出す。
 彼らの頭上を渡り鳥が行きすぎていく。
 彼らは平穏の中にいた。
 今は、まだ。




前に戻る  『焔の末裔』トップへ  次に進む
Copyright(C) 2001- KASIMU all rights reserved.