何故、戦うのかしら。
 何故、武器を手にするのかしら。
 何故、『あそこ』へ赴くのかしら。
 ずっと、どこまでも一緒だと、思っていたの。
 今までと同じように、これからも同じ道を歩んでいくのだと。
 なのに、あなたは私を置いていってしまった。
 わたしとは違う道を歩んでいってしまった。
 いつもの微笑みも、その声も、同じようで違うものになってしまった。
 いつの間にか、知らない人へと変わっていってしまう。
 わたしの知らないところで。
 わたしの知らない場所で、私の知らない人と知り合っていく。
 大きな力を手に入れていく。
 どうして、今のままじゃいけないの?
 力で、何ができるの?
 わたしは待っているだけしか、出来ない。
 信じて、あなたの帰って来れる場所を守ることしか出来ないの。
 あなたが好きだから。
 あなたの力になりたくても、出来ないから。
 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 何故、あなたはこんな力を手にしたのかしら?
 何故、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのかしら?
 何故――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第15話 旅立ちの日




「……リナ、マリナ! 一体どうしたんだい、こんなところで立ち止まって。なにか悪い知らせだったのかい?」
「あ、ううん、違うみたい。……おばさん、アシュレーまたしばらく帰れないって」
「……そうかい。まあ、しかたないさ。ほら、あいつのぶんまでしっかり働かなきゃ!」
「……ええ。そうね……」
 マリナは頷き、夫から届いた手紙をそっと引出しの奥にしまいこんだ。
 ――すぐ帰るさ。ただのパーティーだからね。
 そう、言っていたのに。笑って約束してくれたのに。
 今日届いた手紙には、謝罪の文章が書かれていた。
 ――また、しばらく帰れなくなった。約束破ってごめん。でも、すぐに帰るから。心配しないでみんなで待っていて欲しい。子供達をよろしく。
 目を閉じれば、すぐに瞼に浮かんでくる。小さい頃の面影はすっかり消えて、もう大人の男になり、今では彼女の夫となった人の姿。
「嘘つき……もし、今度嘘ついたら浮気してやるから」
 そっと小さく呟くと彼女は全ての思いを胸にしまいこみ、歩き出した。
 信じること――それが、彼女にできる唯一のことなのだから。
 彼は必ずここに帰ってくる。
 彼女と、二人の子供たちのいるこの家へと。


*****


「お〜い、準備できたかー?」
「ごめん、まだなの!」
「え〜? 早くしてくれよ、俺たちはもう準備できてるんだからさ」
「わかってる!」
「先に行ってますよー!」
「うん、後から行く!」
 手をふるスコットに声を返し、リリスは急いで荷造りを再開した。
 あれから3日。
 砂漠の連絡網は正確で――でないと彼らは生きていけないのだ――きっかり3日で馬車はこの村にやってきた。たくさんの商品を二台に詰め込んだ、2頭の幌馬車。
 村の住人は彼らを快く出迎え一晩の宿を提供し、その間に物資を交換していく。
 ここでは手に入らない食料、衣服、生活雑貨と砂漠に埋もれた機械や、鉄鉱などを。
 そして、時には人間も。
 リリスとトニー達はこの馬車に乗せてもらい、砂漠のはずれの町、クアトリーまで連れて行ってもらうことになった。上手く交渉してくれたのは、もちろんジラだ。
「ええっと、私の持ち物はこれだけで……」
「ほら、食料は用意してあげたよ。着替えの服もね! もう馬車の方に乗せてもらってる。日差し避けの布は持ったかい?」
「あ、そうだった」
 リリスは病院の一室で慌ただしく動き回っていた。大き目のバッグに幅広の布を押し込む。
 彼女の持ち物自体は少なかったのだが、村の住人たちが旅に必要なものを分けてくれた為に意外と多くなり、整理に手間取ってしまったのだ。
 これでも最初の量からは随分と減らしてあるのだ。最初は現在彼女の持っている者の倍以上はあっただろう。
「しかし、こんなに早く行くことはないんじゃないかい? まだ怪我だって完全には治ってないんだし……」
「……ええ。でも、……今じゃなきゃ、いけないんです」
「……そうかい。じゃあ覚悟しときなよ。砂漠の旅はあんたたちが思っているほど楽じゃないんだからね!」
「ふふっ。はいはい、もう何度も聞きました」
「まったく……」
 村人に用意してもらった砂漠用のブーツの紐をきちっと結び、薄手の長袖の上着を羽織る。ズボンも足首でしっかりと結び、手袋をはめる。どれだけ熱くなろうとも、火ぶくれを防ぐためにはこれくらいの装備は最低限必要だった。
 最後に大きめのショルダーバッグを肩にかけ、ジラと共にトニー達の待っている村の外れまで歩いていく。名残惜しそうに、ゆっくりと。この風景を目に刻みつけようとするかのように。
「いいかい、ちょっとでも傷が痛んだら休むんだよ。御者に言えば止めてくれる。包帯はこまめに替えて、薬もきちんと塗るんだよ。痛み止めも――」
「もう何度も聞いたからわかってる。そんなに心配しなくでも平気よ。私、頑丈だし」
「そうは言ってもねぇ……」
「もう……」
 商人達が来たら旅立つと宣言してからずっと、ジラとリリスとの間で何度も繰り返された会話をまた繰り返していく。心配そうにしているジラを、リリスが軽くあしらう。
 トニー達は元々ここに留まる予定はなかったから、馬車が来たらすぐに旅立つのはわかっていた。
 けれど、彼女はまだ怪我が治りきっていない。それでも、彼らと共に行くといって聞かない彼女に負け、それまで絶対安静を言い渡し、3人全員に村人総出で装備を用意してくれた。
 ジラたちにはいくら感謝してもしたりないくらい、助けてもらった。
 でも、ここに留まって入られない。それは彼らの恩を裏切る事になると、知っているから。
(もう既に、あいつも目覚めている……早く、何とかしないといけないから……ごめんなさい)
 胸の中で小さく詫び、リリスはさっと足を早めた。
「お、来た来た! 早くはやく!」
「トニー君、そんなに焦らなくても……」
「だって、早い方がいいじゃんか」
「まあ、それはそうですが……」
 あいかわらずの彼らに笑みを誘われながら、小さく謝りつつ荷台に荷物を放り込む。それからトニーに手を貸してもらい、さっと乗り込むリリス。
「遅れてごめん! 仕度に手間取っちゃって。それにしても、二人とも結構な荷物だね」
「まあな。用意してもらったものとか、他にもいろいろとあるし」
「ふーん」
「ほら、さっさと乗んな! そろそろ出発ぜ!」
「あ、はーい!」
「ちょっと待っておくれ!」
 慌てて座ろうとしたリリスを、走り寄ってきたジラが呼び止める。
 いつになく厳しそうな目をしらジラに、心なしか体を引きながら応じるリリス。
「え、えと、何?」
「いいかい、本当に体に気をつけるんだよ。クアトリーについたら手紙出してちょうだい。 その後も、時々でいいから手紙を出してとくれよ。クアトリーに古くからいる商人達なら"エレンシア"って名前を出せば必ず届けてくれるから。……それからあんた達!」
「は、はいっ!」
「うへっ!? な、なんだよ」
「いいかい、男なんだから一緒にいる間くらい、この子を守ってあげるんだよ! いいね!?」 「そんなことわかってるよ!」
「……はい、もちろんです!」
「よし。じゃあ本当に頼んだよ。……あんた達のおかげで、久々に楽しかったよ。元気でね」
「……うん。本当にありがとう、ジラ。お元気で」
 ジラにぎゅっと体をかたく抱きしめられ、暖かな温もりがリリスの身体を包み込む。
(……母さんと、同じにおいだ……)
 懐かしさと感謝の気持ちがこみ上げ、目頭が熱くなる。それを隠すように顔を伏せ、ぎゅっとジラの体を抱きしめ返す。
「……また、ここに来ます。きっと」
「ああ、楽しみにしてるよ。……あんたたちも、いつか遊びにきなよ!」
「おう!」
「はい! 楽しみにしていて下さいね!」
 体を離し、笑顔を浮かべて微笑みあう二人を見て御者の青年は大きな声を出した。
「じゃあ、出発しますよ!」
「この子達を頼んだよ!」
「まっかせてください! ……はいッ!」
 ピシ、と手綱を打って馬を走らせる。少しずつスピードの上がっていく場所から後ろを振り返るが、しかし誰も手を振ろうとはしなかった。
 手を振らないでする別れの挨拶は、再開を願うまじないだという。この辺りにある、いつ生まれたのかもわからない不思議な伝統。
 それは別れを惜しまず、出会いを喜ぶためのもの。
 少しずつ小さくなっていく人影に、3人はそれぞれの思いを込めてじっと眼差しを注ぎ続ける。その姿が見えなくなるまで、ずっと。
 やがて完全に姿が消えたとき、やっと彼らは居住まいを直して座りなおした。つかの間の休息は、彼らの心を癒していった。
 小さな町、エレンシア。そこはオアシスのある、暖かな町だった。
「……それで、リリスはクアトリーに着いたらどうするんだ?」
 思い返したように問い掛けるトニーに、リリスは不思議な微笑を浮かべてみせる。年齢不相応の笑みで、どこか哀しみを感じさせる……。
「うーん、なんて言ったらいいか……あのね。探したいものが、あるんだ」
 己の手を見つめながら、ぽつりと告げるその言葉にトニーとスコットはふぅんと頷く。
 誰にだって、聞かれたくない事はあるものだ。でも一応礼儀としてスコットは問い掛ける。
「なんですか、それ?」
「当然、秘密♪ 2人は?」
「俺たちはほら、言っただろ? アイツにも合いたいからARMSに連絡を取るんだ。それでどうするか決める。何かが起こってるようだから、俺たちにできるのは情報収集だけだけど、それでも」
「私たちでできることを、やっておきたいんです」
「そっか。……じゃあ、クアトリーでお別れだね」
「……ああ」
「また、きっと会えますよ! そうでしょう?」
 力なく頷いたトニーを励ますかのように、元気よく告げるスコット。その姿を見て苦笑したリリスは、再び力強く頷いた。
「――うん、絶対に!」
(君達があいつに関わるのなら……いつか、絶対に)
 その胸中の想いを彼らが知る事はないけれど。
 今があれば、きっと平気だから。再会を信じていけるから。
 リリスの言葉にトニーはにやっとした笑みを浮かべた。
「そうだな。じゃあ、しばしの別れってやつかな」
「そうそう♪ ……あ、クアトリーまで結構時間かかるらしいし、それまであの曲の練習でもしてようか?」
「ええー!?」
「あの、……本当にするんですか?」
「もちろん! どうせやるなら最後まできちんとね!」
 晴れ渡った空に、明るい歌声が響いていった。




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