何故、戦ったのだろう。
 何故、武器を手にしたのだろう。
 何故、『あそこ』へ赴いたのだろう。
 平和が欲しかった。
 誰もが笑って暮らせる国が。
 そのために戦い、俺たちは負けた。
 平和を求めた戦いが逆に人々を苦しめ、故郷を奪う結果になってしまった。
『あいつ』は、みなを助けるために一人で飛び出し、一生癒える事のない怪我を負った。
 心と、身体に。
 だから、俺はその罪を被った。
『あいつら』と戦ったのは、どうしてだかは分からない。
 でも、それが正しいのだと、感じた。
 戦争屋の俺には決して得ることの出来ない自由な心を、持っていた。
 そして、こいつらと共に戦うのなら、今度こそ平和を取り戻せると思った。
 誰もが笑っていられる、世界を。
 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。
 何故、俺たちはこんな力を手にしたのだろう?
 何故、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのだろう?
 何故――――?




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第16話 歪み




 パチパチッ……
 拾ってきたばかりの薪が、小さな音を立てて爆ぜながら燃えていく。赤い炎は一瞬大きさを増し、そしてまた再び元の大きさまで戻ってくる。幸いな事に、煙はあまりでない。
 アシュレー達は小さな無人島での捜索を切り上げ、浜辺でキャンプすることにしていた。
「……結局、ほとんど何も分かりませんでしたね……」
「ああ……」
「じゃあ、わたしたち無駄足だったの!?」
 その言葉に眉をきっと上げ、リルカは甲高い声を上げる。アシュレーがそれを宥める前に、そんな彼女にブラッドが低い声をかける。
「そうじゃない。落ち着け、リルカ」
「でも……!」
「気づかなかったのか?」
「……え?」
 ブラッドの後を継ぐようにして声をかけたカノンの言葉にリルカは動きを止めた。
 そんな彼女同様に、ティムとアシュレーも不思議そうな顔をする。ただ、テリィだけは全く動揺した様子もない。
 マリアベルだけは意外そのもの、といった顔で頷いて見せた。
「ほう? おぬしらも気づいたか」
「……まあな」
「ああ」
「だから、なんなんだ?」
 なにやら頷きあう3人――それとテリィに、アシュレーがじれたように問い掛ける。そんな彼の様子にマリアベルが呆れたような顔をして、彼らの方を見やった。
「本当に気づかなかったのか? まぬけだのぅ」
「……それで、一体何があったんですか?」
 ふるふる、と拳を振るわせるアシュレーを気にしながら、ティムがマリアベルに引き攣った笑みを見せながら問い掛ける。
 そんな様子を面白そうに見やってから、マリアベルは横柄に頷いて見せた。
「うむ。あの血痕があった場所には、僅かな歪みがあったのじゃ」
「歪み? 何の?」
 きょとん、とした顔でまたもや問い掛けるリルカに、テリィは脱力したように肩をがっくりと落として見せた。
 じ〜っと下からリルカをねめつけ、小馬鹿にしたような声をだすテリィ。
「リルカ……お前本当に、ぜんっぜん習ったこと覚えてないんだな……」
「なッ! 何よ、じゃあテリィには分かってるっていうの!?」
「あたりまえだろ」
 胸を張る訳でもなく、当然のように告げるテリィの姿にリルカはショックを受けたらしい。ふらっと上半身をわざとらしくよろめいてみせた。芝居がかった仕草で片手を口元に持っていき、絶望したとでもいうような声をだす。
「そんな……テリィ、抜け駆けなんてずるいわよ!」
「お前が忘れたのが悪いんだろ。……さっき二人が休んでる時に、マリアベルさんに頼まれたんだよ」
「え? マリアベルが?」
「そうじゃ」
 あっさりとテリィの言葉を肯定してみせたマリアベルは、ごそごそと懐からちいさな透明の袋を出して見せた。その中には、赤とも茶ともつかないものの破片が幾つか入っていた。
 どことなく、見たことのあるソレを無造作にリルカに手渡す。
「ほれ」
「何、これ?」
「……あの、マリアベルさん……それって、もしかして……」
「あの血の破片じゃ」
「……うえええっ!?」
 慌てて持っていた袋を投げ飛ばして大げさにその場を飛びのくリルカ。見れば、隣にいたアシュレーも若干身を引いている。ティムは真っ青になっている。
 飛ばされた袋をアカとアオにキャッチさせたマリアベルは、そんな彼らの様子に起こったような声を出した。
「そんなに驚くでない! 全く……あの場所は魔力の歪みがあっての、通常人には気づかれにくいようになっておった」
 それを聞いて、アシュレーはぱっと身を乗り出した。
 それなら、もしや。
「だから、捜索隊は気がつかなかったのか?」
「ああ。恐らくな。しかし魔力に免疫がある者や、気の聡い者なら気がつく程度のものだ。現に、俺たちには効かなかっただろう?」
 ブラッドの言葉になるほど、と頷くティム。あの場所にあった不思議な感じは、それがもとだったのだ。
「そういえば……そうですね」
「私たちには魔力などに対する免疫があるからな。だがあれは……自然にはできないものだろう」
 ふっと、カノンが呟くとマリアベルが大きく頷く。
 当然、といったような態度を取り、再び袋をごそごそとしまいこむ。ちなみに、今は夜なので彼女は着ぐるみを脱いでいる。
「その通りじゃ。……しかし、人為的とはとても言えぬ威力じゃ。なんらかの事故の影響と考えるのが一番自然なのじゃが……」
「それで、それを確かめるために俺がそこに向けて魔法を撃ったりしたんです。歪みという物は魔法などの力に対して、何らかの影響を及ぼすという事でしたから。そして、拡散された」
「テリィの魔法がへなちょこだったんじゃないの?」
「そんなことないっ! ……とにかく。どんな魔法も全部綺麗に消えたんです。まさに、消滅って感じでした。合体魔法は試せませんでしたけど……」
「それは、珍しいことなのか?」
 不思議そうに言ったアシュレーを、マリアベルとテリィは若干呆れたような顔をして見返す。
 そんな二人の視線に、アシュレーは気まずそうに身を引いた。
「当たり前じゃろう。こんなことがそう簡単にあるはずあるまい」
「たしかに以前にも発生したことはあるそうですが……魔法を消滅させるほどの威力を持った歪みはまずありえません。普通の人の力ではとうてい出来るとは思えませんから」
「……じゃあ、大きな力を持った何者かの力が作用したってことですか? それも、凄い力を持った……ロードブレイザーのような」
「…………」
 ティムが恐る恐る、といったように言ったその言葉に、アシュレーは静かに拳を握り締める。幸い、それには誰も気づかなかった。
 恐れを滲ませた表情のティムに、ブラッドは小さく首を振って見せる。
「恐らくそれはないだろう。あいつは消滅したんだからな」
「そうですよね……じゃあ、一体誰が?」
「わからん。あれは間違いなく人為的に作られたと思うのじゃが……とりあえず、この血のサンプルを後で調べてみる予定じゃが」
 真剣な表情で告げるマリアベルに、リルカが一言言いはなつ。
「あれ、それマリアベルが食べるんじゃないの?」
 一瞬の間を置いて、ほぼ全員が顔色を青くして立ち上がった。そして悲鳴のような声を上げる。
「リルカッ!?」
「リルカさんッ!?」
「え、何?」
 全く何も考えてないリルカの台詞に青ざめたメンバー達は、ざっと後ろに座っていたハズのマリアベルを恐る恐る振り返る。
 彼女は顔を俯け、ふるふると体を震わしていた。
 地の底から這い上がってくるかのような低い声が、ゆっくりと響く。
「……いい度胸じゃな、この小娘が……」
「何よ! 小娘じゃ――――むぐっ!?」
 その言葉にカチン、ときたリルカが立ち上がって反論し様とする。それを止めようと、アシュレーとブラッドが飛び出してリルカを押さえつけ、口をふさぐ。
 テリィとティムはその前に飛び出して懸命に手を振りながら弁解に努める。
「ごごごご、ごめんなさい!」
「ちょっと、口が滑っただけですよね!?」
「効き間違いだって!」
「落ち着け、マリアベル」
 そんな彼らを尻目に、カノンはちゃっかりと遠くへ避難している。
 ずるいぞ、とマリアベルとリルカ以外の全員の視線が物語っていたが、カノンは沈痛な表情で首を横に振ると姿を消した。ずるい。
「……ふ、ふふふふふ……」
「マ……マリアベル?」
 不意に低い声で笑いだいたマリアベルに驚いて、リルカの口を塞いでいたアシュレーの手が思わず緩む。その瞬間を狙っていたように額に青筋をつけていたリルカがこれ幸いとばかりにその手を振り解き、マリアベルに向かって――。
「――ぷはっ! 気味悪いわよ、この変態吸血鬼!」
『リルカッ!!!』
「…………」
 今度こそ絶体絶命か、と彼らは動きを止める。マリアベルはぴたっと彫像のようになり、リルカは荒い息を繰り返す。
 辺りを、不気味なほどの沈黙が包み込む。
 そして、突如マリアベルが立ち上がった。
 彼女はその瞳を赤く煌かせると、ぴっと片手を空に向かってかざし、力強くさけんだ。
「……キュベレイッ!」
「うわあああああああああ!!!!!!」

 そして、夜はふけていった。
 この日、無人島の浜辺の一角が消え去ったという……。




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