なんで、戦ったのだろう。 なんで、武器を手にしたのだろう。 なんで、『あそこ』へ赴いたのだろう。 変わらないのだと、思っていた。 自分と、何一つ違わないと。 みんなと一緒だから。 それでいいと思っていたんだ、ずっと。 だけど、あいつは違ったんだ。 気がついたら俺なんかよりもずっと先に行ってしまっていた。 あいつが少しずつ変わっていくのがわかった。 なのに、なんで俺は変わらないんだろう。 変わることが出来ないんだろう。 先に進むことを、しようとしなかったから。 あいつが先に進んでいくとき、俺はここで足踏みしていたから。 でも、本当にそれでよかったのかな。 そう思ったから、ほんとはイヤだったけど勇気を出してみたんだ。 たった一歩分の、勇気を。 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。 なんで、あいつはこんな力を手にしたんだろう? なんで、何かを傷つけて生きていくことを己に許したんだろう? なんで――――? ![]() 第17話 煙と疲労と 朝。眩しいほどの日差しに、海の光がキラキラと反射して美しい。さんさんと照りつける太陽。 こんな風な所に旅行に行きたいな……などと、若干現実逃避した事を考えながらアシュレーは薄汚れた姿のまま、通信機に向かい合っていた。 ぐったりとした顔、くたびれた服……怪我こそしていないが、疲労が濃い。まるで戦闘でもしてきたと勘違いしそうな恰好である。 『アシュレーさん、何やってたんですか3日も! 連絡なくて心配してたんですよ! 反応には異常はないのになんで連絡しなかったんですか!』 「ああ……いや、ちょっといろいろあってね……はは。"ちょっと"浜辺がなくなっただけだから、心配しなくてもいいよ」 『は? ……何がなくなったんですか?』 「……いろいろ、だよ。これからそっちに帰るから……じゃあ」 『あ、ちょっと待っ――――』 プチ。続けようとした声を全て聞く前にスイッチを切り、ゆるゆると後ろを振り返るアシュレー。 テリィが受け取ったそれを仕舞ってから、全員同じタイミングで深いため息をつく。 「……どうしよう、これ」 「どうしようもないだろ……こんなになっちゃったら」 「マリアベルさん……起きて下さいよー」 心底困ったように話し合うリルカとテリィ。そして、気持ちよさそうに熟睡しているマリアベルを起こそうと一人奮闘しているティムを見て、アシュレーは深々とした溜息と共に言葉を吐き出した。 「……とりあえず、ホバーは無事だったんだから。一端帰ろう」 「……でも、どうするんですか? 本当の事なんかとても言えませんよ。マリアベルさんが暴走して浜辺を破壊して、森の半分が燃えて消化してたら3日も経ってた、なんて……」 テリィの言葉にしん、とした沈黙が辺りを包み込む。誰もが口を閉ざし、目を合わせないようにそっぽを向いている。 あたり一面には草木の焦げた香りが漂っている。この島には小動物はほとんど住んでおらず、ここにいた鳥達もすぐに飛んでいったのが唯一の救いかな、とアシュレーは想った。 ところどころ、煙があるのはみんな見ないようにしている。ほんわかと体が温かいような気がするのも。それはつい先程まで炎があった証拠だと言う事だったりするのだが。 これであの歪みもなくなってしまった。もちろん、あの血痕も、である。 マリアベルの攻撃により、きれいさっぱり全てが消えてしまったのだ。これで証拠はマリアベルの持っている欠片だけとなってしまった。 そしてそのマリアベルはというと……あれから一人、ずっと熟睡していた。。 「いい加減に起きろよ……マリアベル」 誰の声にも反応せず、よっぽどストレスを発散し尽したのか心底気持ちよさそうに寝ているのである。 思い切り揺さぶって起こしたい所だが、みんなそんな力は残っていない。 しかたなく、声をかけてひたすら彼女が起きるのを待つばかりである。 そして、数十回目のチャレンジでやっとマリアベルは目を開いた。 「ううむ……なんじゃ、うるさいのう……起きればいいのだろう」 面倒そうに言うマリアベルに力なく頷き、みんなをそっと促すアシュレー。 貴重な数日を無駄にしてしまったという、それしか頭にない。彼はふらふらとしながらゆっくりとホバーへと歩き出した。 その後をぞろぞろと、これまた幽鬼の行列のように連なるブラッド達。 「さっさと帰ろう……ここにいても仕方ないしね」 「あ〜、つかれたよ〜。早く帰ってベッドで休みたいね」 「「「「誰のせいだ」」」」 リルカの疲れきった声に、奇しくもほぼ全員の声が重なった。それだけ怒っているという証拠なのだろう。アシュレーとテリィの額には青筋が浮かび、ブラッドとカノンはひくひくと口の端を歪ませている。ティムはもう諦め顔だ。 「まったく……骨折り損のくたびれもうけじゃないか」 「まあまあ、アシュレーさん。とりあえず帰って、それからにしましょう」 「ああ……」 「これでしばらくはまた待機、だね」 「ああ、そうなるだろう」 「……できる事、ないのかな」 さすがに罪悪感を感じて沈んだ声を出していたリルカは、不意に小さな声で呟いた。 歩きながらそんな事を言うリルカに、カノンはあっさりと告げた。 「ないだろうな」 「そんな〜……カノン〜」 「待つのは苦痛だが、それが一番正しいということだ。感情とと現実とは違うからな……」 「……うん。そうかもね」 冷静そうに見えて実はメンバーの中で一番激情家のカノンが言うと、妙に説得力があった。 誰もが、その言葉に勇気付けられる。 過ぎた事――それこそマリアベルやリルカの事を考えていくよりも、先を見据えた方がいいに決まっている。……それらを直視したくないから、というのもあるが。 「……よし。さっさと帰ろう。体調を整えたりするのも大切なことだからな」 「はい!」 ホバーに乗り込み、ブラッドが無言で操舵室へ入って操縦する。 ゆっくりと、初め訪れたときとは多少見掛けが変わってしまった島から離れていく。 いったい、ここで何があったのだろう。 それは、彼らにいくつもの疑問を残して消えていった。 |