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遠い、生きるものの存在しない場所で。

ドクンッ

誰も聞くことのない、小さな鼓動。

ドクンッ

誰も聞くことの出来ない、大きな鼓動。

ドクンッ

繰り返し繰り返し、鳴り響く鼓動。

ドクンッ

次第にソレは力を取り戻し、殻を破り捨てる。

ドクンッ

少しずつ、本来の力を取り戻すために。

ドクンッ

ゆっくりと、それは眠りつづける。

――――ドクンッ




邂逅という名の出会い それは運命により導かれたもの 偶然と必然の産物――
第20話 動き始めるモノ




「まったく……3人とも、いつになったら帰ってくるんだか」
「ええと、生体反応には異常ありません。たぶん、何かに夢中になってるだけでしょうけど」
「……はぁ」
 クルーの言葉を聞いて、アシュレーは深い深い溜息をついた。
 その原因はもちろん、『あの』3人組だ。
 マリアベルに伝言を残した後、2,3日で帰って来ると言っておきながらそれを超えても帰って来ず、連絡もない。こちらから連絡を取ろうとしても、何故か繋がらない(妨害などではなく、彼らが故意に受けない)し、更に3人が3人ともばらばらになり、しかも好き勝手に移動しているため迎えに行く事さえも出来ない。
 お陰でアシュレーは、シャトーに帰ってきてからというものすっかり苛立っていた。……それは、数日振りの帰郷で奥さんへの言い訳の苦労があったからかもしれないが。
「まったく。……3人とも一体何やってるんだか」
 呟くように溜息を洩らしたアシュレーの背後にある扉がすっと静かに開く。
 そこから出てきたのは、巨漢の男。年齢で言えばもうすでに中年といってもいいはずなのだが、鍛えぬかれた戦士の体がそんな弱々しさを感じさせない。
「アシュレー。どうだ?」
 のそり、と姿をあらわしたブラッドに、アシュレーはクルーに礼を言ってからそちらに向かってゆっくりとした足取りで歩き出す。
 二人でゆっくりと廊下を歩きながら、アシュレーは頼んで調べてもらった情報をブラッドに伝える。
「やっぱり、3人とも故意に連絡をとろうとしていないみたいだ。こちらからは手の出しようがない」
 疲れたようなアシュレーの言葉に、ふむと頷いたブラッドは顎に手を当てたまま静かな声でアシュレーに質問を投げかける。
 その様子は冷静そのもので、まったく焦っている様子はない。見ている方も落ち着いてしまうような態度だ。
「……それぞれどこにいる?」
「え、えっと……確かテリィがシェルジェにいて、ティムはバスカーに行ったらしい。リルカがレイポイントを回っていて、時々3人が合流しているんだ。だいたいそれの繰り返しだよ」 「ふむ……」
 足を止めて何やら考え込んでいるブラッドを見、アシュレーもまた足を止める。
 困ったような表情を浮かべながら、それでも小さく笑みを浮かべて――まさしく苦労性の『お兄ちゃん』といったような感じで――肩を竦めて見せる。
「とにかく、どうしようもないからね。こっちはこっちでやれることをやるしかないだろう?」
「……うむ。それが最善だろう。あとカノンが帰ってきたぞ」
 頷いたままさらり、と言ってのけるブラッドの言葉にワンテンポ置いてから反応したアシュレーは、ばっと驚いた表情を浮かべて振り返った。
「な……本当か!?」
「ああ。今ならまだ中庭にいるだろう」
「じゃあちょっと話を聞いてくる!」
 そう言うと見事なダッシュで駆けていくアシュレーを見やり、ブラッドは苦笑を浮かべた。
 あの時も、そう。
 慌しく、けれど自分の思った通りに進んでいくその姿に、どことなく惹かれる物を感じた。だから、自分は今でもここにいるのだろう。
「……変わったと思ったが……やはり、こういう慌ただしいところはそう簡単には変わらない、か」
 苦笑と共に呟いた言葉は、大きく開いた窓から飛び込んできた柔らかな風に流されていった。
 目の前にふわふわと漂う一枚の花びらに気付き、ブラッドはそっとそれを掌にのせる。風に運ばれてきたらしい桃色の花びらを手にし、彼は優しげな笑みを浮かべた。
(もう二度と……失わせるわけにはいくまい。あの笑顔を……そのためにも俺は……)
 彼の脳裏に、一人の少女の笑顔が浮かんだ。
 楽しげに笑う少女の姿を思い出し、今なお待っているであろう者たちの姿にもう一度、彼は笑みを浮かべていた。


*****


「カノン!」
 中庭から城の中にはいる入り口をまたいでいた女は、前方からかかった声にふっと顔を上げる。そして思ったとおりの人物が走ってくるのを実際に目にして、僅かに目を細めた。
 本人は自覚していないのだろうが、そうするといつもは冷たく感じる彼女の雰囲気が随分と和らぐ。
 アシュレーは足を止めた彼女の前で止まると、一度深呼吸をする。
 カノンはそんな彼に、呆れの混ざった声をかけた。
「どうした。……相変らず慌ただしいな」
「はは……それで、どうだった? ギルドグラードのほうは」
 そう問い掛けたアシュレーに、カノンはく、っと唇を吊り上げて見せる。
 ばさりと落ちてきた髪を軽く後ろにおいやり、
「協力は取り付けた。……少々時間はかかったがな。ノエルが協力してくれた」
「そうか……お疲れ様、カノン。これで本格的に動けるな」
 嬉しそうに笑うアシュレーに頷きを返し、ふと……いつもならいるはずの人影が見当たらない事に気付いたカノンは、不思議そうな声音でアシュレーに尋ねた。
「……それで、リルカたちはどうした?」
「ああ……あの3人は――」
 苦笑を浮かべながら何かを言おうとしてアシュレーはふと、口を噤む。
 カノンがそんなアシュレーの顔を見やると、アシュレーは視線をカノンの後ろ――――中庭の真ん中辺りに固定したまま目を見開いた。
「? どうし――」
「リルカ! テリィにティムも! 一体その格好はどうしたんだ!?」
 カノンの言葉を遮るように大きな声を上げたアシュレーは、すぐさま彼らの傍へと駆け寄った。カノンもまた、振り返って驚きに目を大きくする。
 彼女の目線の先には、ほこりにまみれてぼろぼろの格好をした3人が佇んでいた。
 ちょうど、ジェムを使ったような格好だ。その予想を肯定するかのように回りにはキラキラと魔力の残滓が輝いている。
 ぼろぼろになっているかと思いきや、近付いたアシュレーはリルカとティムは所々怪我をし、テリィはなにやら書物をたくさん抱えているのに気付いた。
 テリィとティムはアシュレーに気付くと小さく笑みを浮かべると、すぐにその場に座り込んでしまう。一人立っていたリルカはアシュレーの声に照れ笑いを浮かべ、3人の僅か手前で足を止めたアシュレーに向かってゆっくりと歩きだした。
 よろよろとした、頼りない足取り。けれど、その表情はどこか誇らしげで。
「えへへ……ただいま!」
「ただいまって……今まで何をしていたんだ? それにその格好………怪我は?」
 心配そうな声を上げるアシュレーにきょとん、としたリルカは己の姿を見下ろすとそのあまりの酷さにああ、と頷いてみせる。
「うん、へっちゃらへっちゃら。もう治ったもん。……だけど、ちょっと疲れた……かな……」
「うわ!? リルカ!?」
 言葉を途切れさせ、ふらっと身体をふらすリルカ。それに驚いて慌てて駆け寄ったアシュレーは、なんとか無事にその身体を抱きとめる。
 肩膝を立て、少女を座る形にして肩を揺さ振りながら声をかける、と。
「……くぅ……」
「おい、リル――……眠って、る?」
「おい、アシュレー。こっちもだ」
 安らかな表情で小さな寝息を立てるリルカに戸惑いの色を浮かべた声を上げるアシュレーは、カノンの声に顔を向ける。するとそちらでもカノンに支えられるようにしてテリィとティムがお互いに凭れ合うようにして眠り込んでいた。
 3人とも、くたびれた表情をしながら熟睡しているようだ。怪我もほとんど無いようで、服もどうやら汚れていただけらしい。
 その表情は、どことなく満足げな笑みを浮かべていて。
「なんだ……心配させて。それにしても、一体何を……?」
 そのようすにアシュレーが安堵の溜息をついたとき、そこにクルーが走り寄って来た。
 パタパタと軽い音をたてつつ、手を振りながら駆け寄る若い男。急いできたのか、額には汗が光っているさまが良く見て取れる。
「アシュレーさん! たった今、トニー君から連絡が入りました!」
「トニーから? ……わかった、すぐに行く。君はカノンと3人を運んでくれ」
「え? あ、はい」
 戸惑いながらも承諾の胃を伝えるクルーとこちらを見やるカノンに「頼む」と言い捨て、颯爽とアシュレーは再び駆け出していった。
 あいかわらずの慌しい様に、カノンはまたしても小さな笑みを浮かべていた。


*****


「トニーからの連絡だって?」
 扉が開くや否や、駆け込んできたアシュレーを見たオペレーターは――何故か、エイミー達の姿はなかった――僅か一瞬、驚きの表情を浮かべるとすぐに頷きを返す。
「あ、はい。代わりますね」
 もう既に知らせを受けていたのだろう、先に来ていたブラッドやその他のクルーの見つめる中、アシュレーは席を譲り受け、席に腰を下ろしながらマイクに向かって語りかける。
「こちら、アシュレー。トニーかい?」
 ザザッというノイズの後、ワンテンポずれて久しぶりの声が届く。
《―――お、あんちゃん久しぶり! 元気してたか?》
 どこか、昔よりも低くなったような気がする。昔はもっと高い声で、自分の感情のままに話す子供だと思っていたけれど。
 そんな事をふと思いながら、アシュレーはマイクに向かって声を出す。
「ああ。スコットもいるのかい?」
《―――ああ、ここにいるよ!》
「それで、今はどこにいるんだ? マリアベルと一緒じゃなかったけど」
 その答えに安堵しながらも、改めてその事を不思議に思う。
 彼女は「ひとりの方が気が楽だから」とだけ行っていたのだが……どうせ、面倒になって置いていっただけだろうが。
《――クアトリーだよ! ついさっきついたんだ》
 楽しげなその口調で告げられた地名に、アシュレーは驚きに目を見開く。
 何故、どうやったらそんな場所にいるというのだろう?
「クアトリー!? なんでまたそんなところに?」
《――話すと長いんだけどさ~、まぁいろいろあってさ。あ、そうそう! 大事な事忘れてた》
「大事な事って?」
《――あのさ、そっちでまたなんか起こってるんだろ? 俺たちも手伝うよ!》
「手伝うって……なんで知ってるんだ?」
 はっきりとした驚愕に、マイクを握る手に力が篭る。
 その声を聞いていたブラッドは、さきほどまでトニーと会話していたクルーに視線を向ける。  しかし、視線が合うと彼もまた戸惑ったように首を横に振っている。「何も話していない」と、その表情が何よりも雄弁に語っているようだ。
 ならば、一体どうやってトニーたちはその事を知ったのか。
 半ば椅子から立ち上がっているアシュレーに視線を向け、トニーからの言葉を待つ。
 だが、そんな彼の答えは巧妙にはぐらかされていた。
《――へへ……それはまあ、おいといて。どうだい? 俺たちだって役に立つよ! あの時は何も出来なかったけどさ。これでも鍛えたんだぜ?》
「トニー……」
 昔と少しも変わらない彼の言葉に僅かに苦笑し、しかしその言葉が嘘ではない事を誰よりもよく理解できたアシュレーはそんな彼らに頼もしさを感じていた。
 あの時は、巻き込んではいけないのだと思っていた。でも、今は違う。
 僅かな沈黙の後、アシュレーは微笑みながら力強い声で二人に語りかけていた。
「後悔、しないんだな? 無茶はしないと誓えるか?」
《――もちろん! 誓うって!》
 背後を振り返り、ブラッドと視線をあわせる。
 小さく笑って頷きを返す彼に、アシュレーもまた微笑みを持って頷きを返す。
「……なら、いいだろう。僕たちARMSは、キミたち2人に強力を要請する!》
《――やったあ!》
 ノイズごしに湧き上がる歓声。微かに、スコットの喜びの声も聞こえてくる。
 ひとしきり騒いだ後、多少落ち着きを取り戻したトニーから再び言葉が届けられる。
《――それで、俺たちは何したらいい?》 
「それなんだけど、こっちもまだ方針が決まってないんだ。とりあえず、各地の情報を集めてくれないか? こっちでもやるけど、僕らだと顔が知られてるから情報が限られてしまうんだ。ここ最近の事に関して、特に調べて欲しい。地元で隠されてしまうような、そんな情報を」
《――任せときなって! あの地震で遭難しかけたり、大変だったぶん、むしゃくしゃしてるからな! 思いっきり働くよ!》
 頼もしい言葉の途中で聞こえた不思議な単語。それにアシュレーは思い切り、眉を顰めた。
 何か、つい最近にその言葉に関係した出来事があったような……?
「……遭難?」
《――そうそう! マリアベルの奴、俺たちを置き去りにしやがって! 船で行こうと思ったらあの大地震! まあ、無人島にたどり着けたから良かったんだけどさ》
「……無人島って……トニー、それって――!」
《――じゃあ、また何かあったら連絡するから! じゃあ!》
 慌てて静止の声を上げたアシュレーに構わず、言うだけいってさっさと無線を切り上げるトニー。無線からはツー、ツー、という電子音だけが沈黙の降りたブリッジに広がった。
 ギギ、というような動きで後ろを振り返ったアシュレーは、ぐぐっと眉を顰めているブラッドに恐る恐る、といったように声をかける。
「……ブラッド」
「……なんだ?」
「『あの島』にあった足跡って、15,6歳の男のものだって言ったよな?」
 つい先日訪れた、無人島。その浜辺にあった足跡を見て、ブラッドははっきり自分がそう断言した事を思い出して頷きを返した。ゆっくりと。
「……ああ」
「船は2,3人用のものだったとカノンは言ってたよな?」
 あのカノンが言うのだから、まず間違いないだろう。それに一応自分でも見てきたが、あれは間違いなくちょっとの金をかければ手に入る、安物のボートだった。少人数用の。
 それを更に思い出し、溜息を着きつつ、そっと頷くブラッド。
「……そうだな」
「…………」
 汗を滝のように流しながら、ギギギッと首を動かしアシュレーは酷くゆっくりと口を開いた。
「あの足跡って、もしかして……」
 その先は、さすがのブラッドも言う事が出来なかった。


*****


「おかしいのぅ……こんなことはありえんはずなのじゃが……」
 ヴァレリア・シャトーの薄暗い地下室で、マリアベルは独り言を呟きながら何かを思案していた。
 その目の前には、すでに結晶と化した小さな血の塊と何らかのレポートが置かれていた。
 その数枚の紙束で構成されたレポートには、先ほどまで彼女が苦労して分析していた血液の結果が余す所なくびっしりと書き込まれている。
 それを彼女は厳しい表情で見つめていた。
 何度も検査を繰り返し、品を変え方法を変えてやり直したのだ。間違いなどあるはずがない。なのに彼女の表情は冴えず、細く美しい眉はしっかりと眉間に寄せられ、その眼差しは驚くほどに鋭く細められている。
「これは、ファルガイアにはあるはずがない……新種、特異体質でもありえん。なのに――」
 溜息をつきつつ、少女の白い陶器のような肌をした手が机の引出しからそれとは別のレポート用紙の束を取り出した。
 そこに貼り付けてあるのは、20歳前ほどの青年の顔写真。そして、こっそりと彼女が調べ上げた詳細なデータ。もちろん、血液情報もしっかりと記入してある。
 それには、一番左上の欄に『アシュレー・ウィンチスター』と書きこまれていた。
 その二つを見比べ、彼女は厳しい眼差しで一欠けらのみ残った血をきっと睨み据えた。
「アシュレーのものとほぼ一致しておる。これは一体何を意味するのか……」
 しばしの熟考の後、思い溜息を洩らしたマリアベルはそっと二つの書類を机の引き出しに仕舞いこむとそこにしっかりと鍵をかける。
 それを己のポケットに入れると、マリアベルはゆっくりとした足取りで地上へと歩き出した。




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