何故、あの時わたしはあんなことをしたのかしら? わたしがもう生きて戻れないことは解っていた。 どんなことよりもはっきりと、鮮明に。 本能とでも呼ぶべきところで、理解していたのに。 なのに、何故、あの子を助けたの? 死に行く命を放っておくなんて、出来なかったから? そこまで、堕ちているとは思いたくなかったから? そんなの、ただの自己満足なのに。 わたしの望みを、すべてあの子に託した。 生きて、幸せになることを。 必ずそれを果たすなんて保証はないのに。 他人に託された願いが、どれだけ辛いものなのか、知っていたのに。 そうせねばならなかったことが、何よりもくやしい。 だから、願った。悔しいほどの願いを、託した。 機会があるのなら謝りたいと、思う。 でも、それが叶わないと知っているから…… 。 祈るならば、どうか――人々の未来に明るい灯火を。 ![]() 第24話 始動 今はもう主のいない、思い出だけが残る部屋で。彼らは数多くの本棚を背にした大きな机を中心に集まっていた。 どこか切ない懐かしさを感じさせる空気に、誰もが一度、小さく目を伏せた。 やっと目覚めたリルカたちは眠そうに瞬き、アシュレー達はやや緊張した面持ちで。そして、『彼』の椅子に偉そうに腰掛けたマリアベルは気難しい顔をして口を開く。 「……さて、今のところはどこにも動きは出ていない。表面上は、じゃが」 「各国の協力は取り付けたから、これで世界中どこでも活動できることになった。だから今のうちに情報収集をしておきたいんだが……まず、リルカ」 「え、何?」 きょとん、として瞬くリルカにアシュレーはやや厳しい眼差しを向ける。その横に立つテリィとテイムは薄々何を聞かれるか察しているのか、やや緊張した面持ちをしている。 「ティム、テリィ。3人とも、今まで……何をやっていたんだ?」 尋ねられ、ブラッドやカノンにも視線を向けてから戸惑うように3人は顔を見合わせ、探るように視線を交わし――やがてはっきりと頷いた。 わずかにお互いを見つめた後、まずは、とでも言うかのようにテイムがすっと前に出て、口を開いた。 「まずは、僕から言います。……僕は、バスカーに行っていました。コレットと一緒に夢見について調べていたのと、以前にもこういった事がなかったか里の記録を見せてもらったんです」 のどを大きく動かし、テイムは難しい表情を浮かべたままアシュレーをまっすぐ見つめた。 怒られるような、そんな事をしていたわけではない。だから、胸を張って、まっすぐに立って。そして、前を見据えて。 「期待したような記録は何もなかったけど……でも、3年前にも同じような力を帯びた微震があった事がわかったんです」 「そんなこと聞いたこともないが……」 驚いたような表情を浮かべるカノンに顔を向け、頷きを返す。 彼女は何故か、ティムと共にバスカーにいることが多かった。それ故にバスカーのことについてはティムの次に詳しかったが、それでもすべてを知ることは当然不可能だし、3年以上前のことなど、到底知る由もない。 「微震といってもそういった物理的なものではなくて、なんというか……「力」を伴ったものらしいんです。僕らが戦った日から2,3日たった頃。それ以外は何もなかったので、誰も気にしなかったそうですけど。だから、すごく曖昧で……何人にも聞いて、やっと確かめられたことです」 「……それで、コレットは何を見たと?」 「……炎を。それと、何かを滅ぼす果てしない力と、何かを守ろうとする大きな力。それだけしか見えなかったそうです。それも、一瞬だけ……」 すまなそうな表情を浮かべるテイムに気にするな、と言ってブラッドはテリィに視線を向けた。 それを受けたテリィはひとつ頷き、あらかじめ持ってきておいた物を手に取った。 ちら、とリルカに視線を向ける。わずかに緊張しているテリィとは違い、彼女はずいぶんとリラックスしているようだ。 これが、違いなのだろうか。3年も前の、経験の。 「俺はシェルジェでここ最近の各地の情報を貰ってきました。地震のときの天体の変動、海流の変化などの調査結果です。それと、過去の歪みの発生時の詳しい資料」 アシュレー達が見つめる中、テリィはそう言うと大量の書物とレポートを無造作に卓上に放り出した。ゆうに数百ページはあろうかというそれを、忌々しそうに見つめる。 マリアベルが無言のまま手を伸ばし、それをパラッとめくる。ブラッドも目の前に置かれたそれを手にとり、じっと眺めた。 テリィはだが悔しそうな表情を浮かべ、唇を噛締めながら、 「結果は……ここで観測されたものと大差はありませんでした。過去の資料も、今回のものには参考になりそうになくて……」 ひとり資料をめくっていたマリアベルも、しばらくそれらに目を通すとそれを放った。 「たしかに、大して意味はないようじゃ」 俯くテリィにアシュレーは肩に手を置き、最後の一人を振り返った。 複雑な表情を浮かべているリルカに目を向け、 「それで、リルカはどうだったんだ?」 「えっとね、わたしはレイポイントを見てきたの。でも、おかしいのよねー」 「? 何が?」 二人とは違い、あっさりとした口調のリルカの言葉にアシュレーは首をかしげる。 軽く首をかしげ、眉をよせて何かを思い出すようにしながら、 「一番奥までは行かなかったんだけど、前に行ったときよりもモンスターが少なくなってたのよ」 「それは、今も起きていることだろう?」 冷静なカノンの指摘に、ムキになったように頬を膨らませるリルカ。 苛立たしげにかぶりをふり、その拍子に顔にかかった邪魔な髪を乱暴にかきあげる。 「違うの! それだったら強くなってるはずでしょ? なのに、前よりも全然弱くなってたの」 「最初は俺たちもリルカが強くなったと思ってたんだけど、実際に行ってみたら明らかにそこのモンスターは弱かったんです」 「それに、そこかしこに力尽きたモンスターの屍がありました。外傷はなく、衰弱してたんです。……ほかのレイポイントも同じでした」 「とにかく、全部がそんな感じだったの。最深部まで行ってたら時間がかかるからやめたんだけど、……奥に行けば行くほどモンスターの数は少なくなって、弱くなってたの。わかったのはそれだけ」 リルカの後を継ぐようにテリィとテイムも言葉を沿え、最後を再びリルカが言い終えた後、それが確かな事であると言う3人。 その内容に、アシュレー達は深い困惑の色を浮かべた。 「それは……どういうことだ? 世界中のモンスターは凶暴化して力も増しているというのに……」 小さくもらしたブラッドの呟きは、この場にいる全員の疑問でもあった。 それっきり、その場を沈黙が支配する。 伺うような視線を投げかけるリルカたち3人に気づいたブラッドは、やがて小さく笑みを浮かべ、はっきりと頷いて見せた。 「……この状態では、貴重な情報であることは確かだな。よくやった、3人とも」 珍しいブラッドの賛辞に、照れたような笑みを見せる3人。それを見て、アシュレー達だけでなくマリアベルまでもが穏やかな表情を浮かべた。 マリアベルが言葉のないままアシュレーをふっと見上げると、アシュレーもそれに気づき、頷いた後はっきりと口を開く。 「それじゃあ、まずはリルカ達の調べてくれたことを整理して。すぐに全員でレイポイントに――」 向かう、と言いかけた、そのとき。 突然にして、つい最近にも聞いた覚えのあるブザーがかかるとと同時に、城内放送がかかる。 『異常発生、異常発生! クルーは持ち場へいって! ARMSのみんなは早くブリッジへ!』 珍しく慌てたようなエイミーの声の後ろに、わけのわからないことを口走っているケイトの声が微かに聞こえてくる。 誰一人、何かを言うこともなく、一斉に駆け出してブリッジに突入する。 まっすぐに駆け、慌しげに扉を開くとそこには慌ただしい様子で駆け回るクルーに指示を出すエイミーとエルウィン、久しぶりにパニくっているケイトがいた。 辿り着いたとたん、鋭い口調でブラッドが声を投げかける。 「状況は?」 「えっとね、局地的な地震が発生。場所は――――旧イルズベイル監獄島!」 「世界各地に、一時的なものと思われる磁場が発生! それと同時に、強力なモンスターが多数発生したとの情報が入っています!」 「各国に通達! 至急対策を立て、モンスターの侵入を防ぎ、退治すること!」 「連絡できる市町村に、注意を呼びかけました!」 「渡り鳥ギルドに、応援を要請!」 エイミーを初めとするクルーたちが口々に伝えて来る状況に、彼らは改めてそれを感じ取った。 また、始まったのだ。そしてそれは、手に届く所までやってこようとしている。 慌ただしく動き始めたクルーたちとは反対に、アシュレー達は冷静な表情で顔を見合わせた。 ブラッドやカノン、そしてリルカたちもが緊張した面持ちながらも強い意志を持つ色を浮かべ、真剣にアシュレーを見つめていた。 落ち着いた表情に、わずかに緊張の色を浮かべたブラッドがさっきとは打って変わって静かに口を開く。 「さっそく動き出したらしいな……黒幕が誰かは知らんが、乗ってやろうではないか」 「どうせ、俺たちに出来ることなんてたかがしれてる……それでも、出来ることをしないとな」 「まずは、腕試しね!」 頼もしげに彼らを見て、アシュレーははっきりと頷き、そして――窓の外、その方角をまっすぐに見つめ、力強く言い放った。 「ARMS活動開始だ! 目的地は――旧イルズベイル監獄島!」 ***** 広大な海原の上に、ひとつの異形な姿のモノが浮かんでいた。 どことなく翼を思わせるフォルムに、闇を纏ったかのような黒を持つそれは、例え様のない禍々しさを漂わせている。 全てを覆い隠す闇と全てを飲み込み、滅ぼす炎の色を纏った魔神。 この星に生きる者たちが、かつて――『ロードブレイザー』と呼んでいたモノ。 それは今、愉悦を纏った笑みを浮かべ、遥か彼方を見据えていた。 「ふふ……さて、『あやつ』がどこにいるのか解らない以上、『彼ら』に動いてもらうことにしよう。まだ完全ではないゆえ、余興にもならんが……その間に私は力を蓄えるとするか。このままでは遊びにもならんからな。やつらにハンデをやるのも面白い……そして、より深い絶望を味わせてやろう。全てを、滅ぼすために――」 そう言い終えると、それは大きく両腕を広げ、空にかざしてみせた。 恐ろしげなそれの姿が歪んだかと思うと、わずか一瞬で全く違うものへと変化を遂げた。 もし、それを見ていたものがいたら、どれほどの驚きに包まれただろうか。 その姿は、どこから見ても普通の人間と変わらない。違う所など、ひとつとしてない。 確かめるように手を閉じたり握ったりするその姿は、20代半ばの、黒髪の鋭い目をした青年のものだった。街角ですれ違えば、何の違和感もなく忘れてしまうだろう、そんな姿に。 それはどことなく、”あの少女”と似通った面差しをしていた。そして、それでいながら彼女と決定的に違う――血の色の瞳を持っていた。 『彼』は優しげに微笑み、鮮血の色をした瞳を細めた。 途方もない力を秘めた魔神でもある青年は、そっと口を開いた。いっそ優しいとも思えるような声音で、死を告げるかのように。 「「我が望みをかなえる為に」」 その唇からは《2人分》の、深い深い憎悪にまみれた声が溢れていた。 |