赤々と燃える炎。 俺たちの眷属が、初めて恐ろしいものなのだと知った。 それまでは、恐れなど抱かなかった。 なぜなら、炎とは俺たちの半身なのだから。 生まれる前から共にあり、死んでもなお共にあるものだから。 そして、自分の力が他の誰よりも強いのだと教えられた時……俺は、封じられた。 何一つ知らなかった俺を、あいつらは封じ込めた。 だから、復讐した――復讐したかった。 そして、閉じ込められ、眠りについている時に『それ』を見つけた。 俺と同じく、負の感情を持っていたモノ。 俺はより強い力を求めた。求めていた。 何よりも、どんなものよりも貪欲に、醜いまでに。 そして、全てに俺と同じ絶望を与えたい。 無知が罪だというのなら、俺を封じた事を忘れ去ったあいつらが死んだのも当然だ。 忘れること――そして知らない事とは、無知の証なのだから。 最初にそう言ったのは、奴らなのだから。 あの時の封印で、俺は孤独と言う感情を知った。 『彼女』との封印で、絶望というモノを知った。 たくさんの『負』を、とりこんだ。 存在する全てのものに、絶望を与えるために。 でも……それは、果たして俺の本当の願いだったのだろうか――? ![]() 第27話 偽りの邂逅 「……何もないな」 監獄島内部。かつてたくさんの人がいたこの場所も、いまではすっかり沈黙を手にしていた。 しん、とした静けさのなかで彼は誰に言うともなく呟いた。微かな寂しさを込めた口調が嫌に響く。辺りを見回し、彼の仲間と共に溜息を落とす。 随分奥まで進んでみたが、魔物はおろか、動くものさえ見当たらない。生き物の気配が無いことを再度確認してから、後ろを振り返った。 「一体、どういうことなんでしょうか?」 「わからない。報告では、ここで確実に何かがあったはずなんだけどな……」 「でも、生き物一匹見当たりませんよ。前に来た時もこんな感じだったんですか?」 「いや、囚人達やモンスターもいたし……こんなに静かではなかったよ」 むぅ、とアシュレーを含む3人で唸り、考え出したがもちろん何かがわかるはずもない。 すぐに彼は立ち直るとさっと通信機を取り出し、それとティムに手渡す。彼はチャンネルを合わせながらアシュ―レの言葉に頷いて見せる。 「とりあえず、ブラッドたちに連絡しておこう。ここにはもう何もないようだからな」 「はい。……で、あの……この奥には何があるんですか?」 「え?」 あまりに意外な言葉に、アシュレーはマヌケな声を出してしまった。ティムが不思議そうな顔で指し示す先には、暗い通路が続いている。見覚えのない通路だ。 おそらく、以前来た時には見落としてしまっていたのだろう。これは奥につながる通路だから。あの時彼らはここから脱出することだけを考えていたから。 ひたひたと水の流れる小さな音だけが木霊する中、暗闇に沈んだ通路が酷く不気味に感じられる。すごく長く、深い通路らしい。澄ました耳に聞こえるのは、ティムの話し声だけだ。 「ここは……気が付かなかったな。以前来たときはこっちには来なかったし。テリィ、地図には何か書いてあるかい?」 「エイミーさんがくれたヤツですね。えっと……」 テリィがごそごそと取り出した監獄島内部の地図によれば、この通路はどうやらは昔に作られた礼拝堂に続く道らしい。礼拝堂とはいっても、利用するものがいないので無いも同然になっていたようだが。 監獄島にはそういった意味のない場所が数多く存在し、彼らを大いに戸惑わせていた。 しかし、礼拝堂とは……。 「今まで殆どの場所を見て回ったから……ここで最後じゃないですか?」 「そうだな……ティム、ブラッドたちはなんて?」 「特に何も……外はモンスターの姿が見られるようですよ。気をつけて行けって……」 「ブラッドらしいな……」 腰につけたポシェットに通信機をしまいながら、ティム。アシュレーは苦笑を顔に貼り付け、銃剣を担ぎなおす。 「とりあえず行って何もなければ――」 ドオォ……ン 「――ッ!? 何だ!?」 「アシュレーさん、向こうからです!」 「どうします?」 テリィの質問――ただ決まりきった事を聞いただけのような口調だ――に、彼は手早く答える。 彼の顔を一瞬、鋭い光が過っていった。もっとも、歳若い二人はそれに気づくことは無かったが……。 「決まってる。気をつけていくぞ!」 『はい!!』 そう声をそろえると、彼らは共に憧れを抱いた青年の跡を追って走り出した。 ***** 「ねえ、今のって……」 「十中八九、アシュレーたちの方だろうな。ここに俺達以外のものがいるとは考えられん」 不思議そうな声を打リルカにあっさりと告げたブラッドは、それ以上何の反応も見せずにそのまますたすたと歩いていく。 「あ、ちょっと待ってよ!」 その後をリルカが追い、少し離れてカノンが歩く。 さくさくと草を踏む音は以外にもブラッドのも多く、カノンは足音を立てない。経験の差か、やってくるモンスターに気づくのも彼らが最初で、リルカは彼らの反応で初めてそれに気づくのだ。 もっとも、倒す方は彼女も立派に役に立っている――役に立つ以上の働きをしているが。 「だって、今の!!」 「アシュレーは銃剣を使う。もしかしたらそれの音かもしれない」 「でも……」 嫌な感じがするんだよ……。 声にならない呟きを零し、切なげに目を落とす様が彼女が成長したことのように感じる。以前はただがむしゃらにしていた彼女も、今は出切るだけ考えて行動しようとしている。 もちろん全部がそうできるわけではないが、今もこうやっていられることが確実に成長している証のようなものだ。 昔なら『どうするのよッ!?』とか叫んでは走っていた彼女は、今では深く洞察することを身に付けたようだ。 それは、苦い経験が生み出したもの。 「……あれはアシュレーの銃剣ではないだろうな」 「――えっ!? じゃあ、大変じゃない!」 カノンの声にリルカがにわかに慌てだす。 だがブラッドはとくに歩調を変えぬまま、冷たく「放っておけ」と言い放つ。 「だって! 心配じゃないの!?」 「……リルカ。落ち着け。いいか? 俺達が世界最強とまで自惚れる気はないが、それでも俺達は強いと思っていい。まず、普通の人間では敵わない……違うか?」 「…………」 違う、と言いたいのに声が出てくれない。かわりにテリィの悔しそうな声が脳裏に木霊する。 (お前はどんどん強くなってる。もう俺でも勝てないかもしれない……) ついしばらく前の、シェルジェでの実地試験。何気なく『何時も通り』の威力で放った魔法は、あまりにあっけなく教師の張った結界を破壊した。 テリィとて、弱いわけではない。魔法の威力とて、現存するソーサラーのレベルで言えば高いほうなのだ。それでも、彼女の魔法には敵わなかった。 少し悲しそうに呟く言葉が、切ない響きを含めていたことが悲しかった……。 「また、普通のモンスターでも俺達の障害にはならない。それに、テリィとティムもいるんだ。まず心配する必要はない。あいつらをもう少し信用してやれ。それに、俺達の役目は何だ?」 「……外に異常がないか、調べること」 「そうだ。だから、よっぽどの事がない限りここから離れるつもりはない。いいな?」 「……うん。わかった」 カノンはその会話を何とはなしに聞きながら、空を振り仰いだ。 一羽だけの渡り鳥……確か、この季節に渡る鳥ではなかったはずだ。 空が翳り、雲が集まりだしている。彼女の暗い色の髪を、荒々しく風が掻き乱していった。まるで、彼女の心を表しているかのように。 「……一体、どういうことなのだ?」 ***** 「一体、何処まで、続くんですか!?」 「確か、そんなに長い通路じゃなかったはずなんです!」 走り続けるアシュレーも、不安を隠せなくなってきている。 走り出して、未だに通路から出ることが出来ない。以前取り込まれた異空間とかに再びはまったのかと疑いたくなってくるほどだ。 それを押し殺し、ひたすら前を見据え――わずかな光が見えたのは、それからもう暫くたった後だった。 「……見えた! あそこだ!」 その声に身体を緊張させ、入り口手前でいったん立ち止まる。 綺麗な文様の描かれた扉。材質は欅だろうか? やや古ぼけて見える。扉の下のほうから溢れ出した光は、弱々しいものだった。 振り返って3人で頷き合い、そっとアシュレーが扉に手をかける。ふ、と息を詰める。 「……いくよ」 キイィィ…… 小さな音と共にゆっくりと扉が開く。完全に開いてからばっと飛び出すと、彼らは拍子抜けした。予想していたのとは違う、小奇麗な礼拝堂が眼前に広がっていた。 「何も……ない?」 「だって、さっきはあんなに大きな音が聞こえたのに……」 「……いや。そうでもないみたいだ」 「え?」 アシュレーの緊張した声に振り返り、ティムは目を見張った。 四角くなった部屋の隅で、何か大きな魔物が倒れている。そして、その前に置かれた教壇に腰掛けた人影――青年が、いた。 後ろ向きに座ったその姿からは、年齢も判らないが。判るのはそれが男で、黒い髪をしているということだけだった。 テリィはきょとん、と目を見張り、魔力の媒体を握る手を緩めた。 (何だ……人だったんだ。良かった……) 安心したように息を吐き、何気なく横を向き――彼ははっと息を呑んだ。 ついさっきまで自分と同じように笑っていた年下の少年が、歴戦の戦士のような厳しい表情で後ろを向いた人陰を睨み付けていた。 そして自分達の前に立つ青年の背中は、痛みさえ感じるほどの緊張感を漂わせている。 「……君は、何者だ?」 アシュレーの鋭い剣のような口調に、テリィはわずかに身体をすくませた。その人影はその声を予想していたかのようにゆっくりと振り返る。 黒い髪。漆黒と称してもよさそうなほど、闇を抱いている。まだ若い――アシュレーより2,3年上の青年だった。整った顔立ちをしているが、とりたて目を見張るほどでもないだろう。 しかし、その鋭すぎる面差しは――瞳は、血の色を呈していた。 「これはこれは……ARMSか。時間がかかったようだな?」 「……僕らを知っているのか?」 「もちろん。当然だろう?」 くく、とさも可笑しそうに小さく笑う男に、アシュレーは銃剣を差し向ける。 冷たい金属の光がキラリ……と流れていく。 「もう一度聞く。君は、一体何者なんだ?」 「見てのとおりのモノだ。それ以上でも、それ以下でもありえない」 いや……と思い直すかのように小さな呟きを放ち、自嘲するかのような笑みを浮かべてみせる。嘲りと、悲嘆と。 澱んだ空気のたまるこの場所で、何故か冷たい風が流れたように感じたのは……僕だけなのだろうか? テリィの……そしてアシュレーとティムの戸惑いの中、その男は唇を歪めて囁くかのように宣言した。 「『私』は見てのとおりのモノ。しかし、これが真の姿ではない……か」 「何が言いたい。それに、そのモンスターは一体どうしたんだ? どうやってここに来た? 君は何者なんだ!?」 「……いずれ、わかるだろう。今はまだ『教えたくない』からな……まずは『彼女』を見つけなければならない……『俺』には時間が無いからな」 「どういうことだ? 何を言っている!?」 カシャン、と一歩踏み出しながら銃剣を構える。 わずかに臭うのは、あのモンスターの腐臭だろうか。吐き気がこみ上げてきて、テリィはそれを必死にせき止めていた。 「焦りは禁物だ。言われなかったか? 冷静さを失う事こそが何よりも危険なのだと」 「何……?」 さっとその青年は立ち上がると、身軽に歩き出す。それにより警戒し、彼らも戦闘体制を整えた。 「プーカ!」 「わかってるのダ!」 今までポシェットに隠れていた亜精霊が姿をあらわす。ガーディアンの力が秘められたプレートを、きつく握り締める。 「戦う必要は無い。いや、今は……か」 「……もう一度だけ聞く。君は何者だ?」 「そうだな……」 彼らを警戒する様子も無く、中央の教壇までいくと彼は正面のステンドグラスを見上げる。 ただの色の螺旋が描かれたそれは、多数の宗教を持つものが集まることの証。そしてそれは、見ようによっては炎のようにも見えた。 彼を滅ぼし、また彼が焼き尽くした炎。 彼女と共にあった力。懐かしい原始の理(ことわり)。 「……イルダーナフ。俺の事はそう呼ぶといいだろう」 「イルダー……ナフ?」 「また逢う時が必ず来る。その時までに腕を上げておいたほうがいい……これは『俺』からの忠告だがな」 「! まて!!」 アシュレーの叫びは大きな音によってかき消された。 「うわっ?!」 「痛いのダ、危ないのダ!」 「なんだよ、一体?!」 もうもうと立ち込める煙の中、砕け散ったガラスだけが残っていた。 アシュレーは無言のまま立ちすくんでいた。 「一体……何なんだ……」 |