月の無い夜よりも暗く、空よりも広い世界。
 飛び散る鮮血と火花、そして『彼ら』だけが色をもって存在している。
 そこは永遠を約束されたものの一つ。
 決して人が来ることの出来ない、そんな場所。
『ここ』とは違う世界の一つ、ファルガイアという世界でひとつの戦いの終わりが訪れた時。
 彼らの戦いもまた、ひとつの終わりを迎えようとしていた。




時のきっかけ それは僅かなりしの焔のみ――
第3話 戦いの終わり




――ガキイィィィィンッ!
 激しい炸裂音。耳に聞こえた音は一つ。だが実際に打ち合った数はそれとは一致しない。
 何かと何かがぶつかって、すぐに離れる。刹那での打ち合い。
 ここでは、決して『死』が訪れることはない。だから、死なない。
 そして、ここでなら持ちうる力を限界上に発揮できるのだ。
 撃墜音の後、残るのは激しい息使いの音と、焔の残り火。他者が存在しないこの空間では、戦いの影響は残らない。
 もし、これが他の空間だったら星の一つや二つ、当の昔に滅びていることだろう。
 少女と同じく、ソレの力は限界以上の威力で少女に向かってくるのだから。
 そうしてしばしの間、睨み合っていた2つのモノのうち大きい力を秘めたほうが口を開いた。
「……なかなかやるではないか。突然仕掛けてきたので、些か驚いたぞ? それにしてもその剣は一体何なのだ? 突然現れたように見えたが……もしや、『それ』もガーディアンブレードの一種か?」
 楽しげな口調には、親しみと賞賛が見え隠れしていた、
 もっとも、そんなものありがたいとも思えないが。むしろうっとおしいくらいだ。
(何が驚いた、よ。そんな素振りこれっぽっちも見せなかったくせに)
 戦っていた相手――血塗れの少女が、無理やり今の戦闘の影響で荒くなった鼓動を静めながらこの戦闘が始まって以来、始めての声を出した。
 落ち着いたその口調は、死闘と呼ぶにふさわしいこの場には酷く不釣合いだった。
「知らないよ……そんなこと。どうだって意味の無いことでしょう? そんな事より、いいの?『彼』――『彼ら』はとうとうあなたに打ち勝ったようだけど……?」
 上気した頬にうっすらと笑みを浮かべて、苦し紛れに言い返す。
 それが相手にとって挑発にさえならないことは既にわかっている。それでも、言わずにはいられない――そんな感じだった。そして、それは正しいことだった。
「そうだな……まさか倒されるとは予想外だったが、たいしたことでは無い」
「自分の一部が滅ぼされたのにたいしたことが無いなんて、よく言えるじゃない」
 その言葉に意外なことに、彼は嬉しそうに言葉を続ける。
 恐ろしげな外見で、嬉しそうに、酷く楽しそうにくつくつと笑う様がなんとも異様に映る。
「確かにあれは私の一部だ。しかし一部とはいっても、あやつにつぶされた程度の力ならお前のおかげで元に戻ったからな! 確かに人の思いは侮れないが、私自身で無い以上、無意味だ。それに……そんなことより自分の心配をしたらどうだ? 片手では戦いにくかろう?」
「へぇ! 意外なこともあるんだね! 心配してくれるわけ? 『あなた』が!?」
「ふふっ、そう言うな。長い付き合いだろう?」
「……そうね、確かに長い付き合いかも知れない。もっとも、それももう終わりでしょうけど」
「そうだな……もうそろそろここにも飽きたし、ちょうどいいことに『穴』も開いた。お互いにそろそろ……外へ出て自由になってみないか?」
「いいえ。お断りよ」
 静かに――しかしきっぱりと、彼の言葉を否定する。
 確かに、ここから出て自由になるというのには心惹かれる。でも、それは出来ないと知っているから。
 なぜなら――
「その代わりに、あの世界の人達を見捨てるなんてできるわけ無いじゃない」
 それは、彼女の本心だった。もう一つの、真実。
 もしここから出られてもそれが人の命と引き換えなら――永遠にここに留まるほうを選ぶ。
 それが、自分の同朋たちとの約束なのだから。
「それに、あんたをこんなところに放って置く訳には行かない……」
 もしこのまま彼を放って置いたら、また同じ事が起きるだろう。
 あの世界が故郷と同じ道を歩むなんて、絶対に耐えられない。
 あんな悲劇を、決して繰り返させてはいけない。
「あなたは、ここで滅ぶの。この何も無い沈黙だけの世界で。そして、私は未来を掴むの。みんなと共に生きるために……あの、懐かしい世界へ帰るために」
 すっと彼の目が細くなる。負の感情を秘めた、『漆黒』の瞳が。
 同時に威圧感がぐっと増し、それにより始めて右手の感覚がなくなりかけているのに気づく。体の側面に流れる熱いものが、逆に少女の意識を覚ましていく。
 それでも、絶対に諦めるわけには行かない。
 未来を信じつづけること――それが、それだけが守るべき彼との約束なのだから。
「だから、私は……『あなた』を倒す」
「……どうあっても私に立ち向かうというのだな……」
 ゴウッと再び焔が燃え上がる、無限の力。彼女と同じ、彼女と違う黒い焔。
 思わずその気迫に気後れし、恐れを抱いてきつく握り締めた剣の柄から温かく、穏やかな気がそっと流れ込み、彼女に語りかけてくる。
(大丈夫……君は『独り』じゃないんだよ。それを、忘れないで)
 その声に、焦り始めた心が静まっていくのがわかる。
 頬を暖かな涙が伝わっていく。それでも決して視界が歪むことはない――
(ロディもガーディアンも力を貸してくれている――そうだ。私は帰るって決めたんだ……あの懐かしい世界へ。今でもあるかわからないけど、だからこそ、信じる。未来を、希望を)
 自分に残ったありったけの最後の力――たったこれっぽっちで何ができるのだろう?
 でも、諦めなければ、きっと何とかなると信じていよう。
 そうすれば、きっと道は開いていくのだから。
 信じること。すべては、それから始まっていくのだから。

「ならば、我が血肉となって滅ぶがいい……」
「……私は諦めない……」

 二人のかざした手に力が集まっていく。
 片方は禍々しさを秘めた、漆黒と鮮血の色を呈した焔。
 もう片方は美しい輝きを秘めた、純白と希望の力。
 次元に開いた『穴』は、少しづつ小さくなっている。
 あと少し、せめてあいつを引きとめられたのなら――。

「リリス……『真なる災厄』の名を受けし娘よ……」
「……絶対に、掴み取る……掴み取ってみせる……」

 少女の持つ剣から眩しい、けれど暖かく力強い光が放たれる。
 ソレの手から、凄まじいまでの力を持つ焔が浮き上がる。

「消えうせるがいい、呪われた一族の末裔よ!!!!」
「私自身の、そしてみんなの未来を、明日を!!!!」

(ロディ、わたしに、力を――!!!!)
 二人の力が同時に放たれる。
 空間が、その力に耐え切れずに亀裂を生じさせる。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」




そして――――。
それから、3年の月日が流れてた。


*****


 空に浮かぶ雲の美しい日。シェルジェ自治領にて。
 とある建物の内部を独りの少女が全力疾走していた。
 濃い栗色の髪、明るいグリーンの瞳をした、16,7歳くらいの活発そうな少女だ。
 その少女は驚いた顔で振り返る級友達を気にもせず、ひたすら急いでいる。まるで、何かに終われているかのように感じられ何人かは思わず後ろを振り返ってしまった。
 しかし、どうやら違ったらしい。少女は捲れそうになるスカートを抑えながら全力疾走しなおかつ叫んでいる……見ようによっては器用だ。
「ふええぇぇ〜ん。デートに遅れちゃうよぉ〜」
 何人かは見慣れた光景に苦笑し、何人かはへぇ、というように驚いてみせる。
 ちなみに、お相手はついこの間やっと両思いになったばかりのテリィだ。それも彼の気持ちにず〜〜〜っと気付かなかった彼女の所為なのだが。
「おっ、デートかぁ、やるじゃん、リルカ」
「がんばりなよー」
 級友たちの励ましと冷やかしの言葉。ちなみに、テリィにはもっと優しい台詞が向けられる。
 冷やかしの声をなんとか聞き流し、リルカは自分の部屋まで走っていく。そして、やっと部屋の前に来たときには走ったことと、恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。
 なんというか、初々しさがありありと表れている。
 それがからかわれる原因の一つだと、彼女はきっと気付かないのだろうが――。
「もう、テリィの所為でからかわれたじゃない、まったく!!」
 どうやら、みんな彼の所為になるらしい。完全な八つ当たりだ。この分だとテリィは大量のヤキソバパン(マリナお手製)を買う羽目になるだろう。ケンカをして彼女に勝てるものは多いが、テリィはまず勝てないのだから。
 呼吸を落ち着けてリルカがドアを開けると、一枚の手紙が落ちてきた。どうやら隙間に挟まっていたようである。
「ん? ……なになに……?」
 しばし手紙に夢中になったかと思いきや、突然顔色を変えて慌てて今日の目的地に走り出す。一刻でも早く、このニュースを伝えたいから。
「急がなきゃ! はやく、早くしないと! みんなに会えるのに!!!」
 それはそよ風の吹く、気持ちのいい午後だった。


*****


 ピーッ、ピーッ、ピーッ。

「う、むうううう」

 ごそごそ。

「何じゃ、まだ昼間ではないか……いったい……なにごとじゃ……」
 聞いてるほうが眠くなってくるこの声の持ち主は、『自称』ファルガイアの真の支配者ノーブルレッドの最後の生き残り、マリアベルのものだった。ちなみに彼女はとことん夜型だった。今は真昼間である。
「うーむ……ヴァレリアシャトーから……?」

 がしがし。
 ぽちっとな。

「いったい何のようじゃ……? わらわはまだ寝てる時間だというに……」
 眠そうに瞬いていた紅い瞳が次第に輝いてくる。
 それはトニーによれば、『いつか見た美味しい血を見つけたときの表情』に酷似していたらしい。そして通信を切るや否や、マリアベルは急いで彼女専用の『ベッド』から飛び出していく。しばし広い城内を早足で歩いたあと、とある部屋の前で足を止める。
 そこからは微かにいびきが聞こえていた。扉には『俺らのへや』とでかでかと書かれている。お世辞でも決して綺麗とはいえない、しかし元気のよさそうな字である。
 その扉を思い切り音を出して開ける。ただし、傷つけないように細心の注意は払っているが。そして息を吸うと、大音量でそこで眠っていた2人に叫んだ。
「起きんかッ、おぬしらッ!」
「……うぁ?」
「はあ……なんでしょう……」
 城がびりびりと響く声にびくともせず、しかしなんとか目をしばたかせた少年達がいた。
 そこにいたのはあの少年ARMSの2人、15歳になったトニーとスコットだ。彼らは夜型のマリアベルに付き合っているうち、それに慣れてしまったらしい。
 ちなみにトニーはランニングシャツにズボン、スコットは緑地のパジャマとお揃いのナイトキャップをして寝ていた。
「何だよ……まだ昼間だろー?」
「いいか、わらわはしばらくヴァレリアシャトーに行って来るから、おぬし等はおとなしく留守番をしておれッ! さもなくば自力で来るがいい。ではな!」
『……は?……』
 そう宣言するとさっさとあの戦いからなんとなく共にいるロンバルディアに乗って旅立っていった。どうやら年長者同士、気が合ったらしい。最近ではよく機械の話などをして盛り上がっていたという話だ。それにえんえんと付き合わされた2人はちょっとだけ、不幸かもしれない。
 意気揚々と鼻歌交じりにしていた若きイモータルの少女は、微かに眉を顰めた。
「久しぶりじゃのう。……しかし、何か悪いことでも起きなければよいが……」
 そう、小さく呟いた。
 



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