あれは、いつだったのだろう……。 3人で旅をして、いろんな場所を見て、いろんな経験をして。 そして、時が流れて――自分だけが生き残った。 当然の結果だろう。自分は彼らとは違うのだから――。 それから長い時を過ごした。ひとりで、あるいは複数で。 そして、彼らの仲間になった。それを望んでいたのかはわからない。 いつのときからか、自然とそうなっていたのだ。 そして、懐かしい人たちに会った。 随分昔のはずなのに、全てを鮮明に覚えていたのが自分でも意外だった。 涙が出るほど、嬉しかった。 彼らは自分を待っていてくれたのだった。 そして、それからの時間もずっといっしょにいてくれた。 彼らがいたから、自分は自分でいられた。 今思えば、昔からたくさんの人に助けられたのだと思う。 だから、どうしても助けたいと思った。 彼らに助けてもらったように、彼らを助けてあげたい。 生きる事を望む、彼らを。 ![]() 第32話 開戦 地下に作られたシェルジェにしては幸いなことに大きな被害もなく、死者も少なくてすんだ。 ただ密閉された空間で出入り口が一つのため、火災によって起きた煙などによって負傷者は数多く出てしまった。 しかし、これでも僥倖といえるだろう。ARMSの隊員である2人がちょうどいたからこそ、この程度の被害ですんだのだから。 もし彼らがいなかったら――パニックによってもっと悲惨な、最悪の結果になっていただろう。 もちろん、魔法研究の最先端であるここでは彼らより実力のあるものも、多くは無いがいないわけではない。 しかし、彼らとて実戦経験があるものはほんの僅かしか存在しない。 『魔法を使えること』と、『魔法で戦えること』はまったく違う。生死を賭けた戦場でどう対処できるのか――それは、戦う事全てに共通する。その時の行動一つで、全てが決まるのだ。 魔法は万能ではない。しかし、魔法ほど簡単に大勢を守り、大勢を相手にできる力はあまりない。 だからこそ、ソーサラーと呼ばれるのもには常に責任が付きまとう。その背後には必ず守るべき『何か』があり、前には戦うべき『何か』が存在するのだ。 彼らの一挙動、そして決断、早さ――その全てが優れていなければ、魔法で戦うことなどできはしない。 そして幸いなことに3年前からのARMS隊員であるリルカは戦闘経験も豊富だし、新しくメンバーとなったテリィもその僅かな実戦経験者であった。 そしてその二人ともが、戦いにおいて素晴らしいほどの才能をもっていた。――それが幸いと呼べるかどうかはわからないことではあるが。 そんな彼らの指揮のもと、冷静さを取り戻した学生中心に被害の食い止めや負傷者の救出・避難をし、現れた魔物は2人を中心とした攻撃魔法が使えるメンバーでなんとか仕留める事ができた。 そして5日間に及ぶ攻防戦の後、なんとかシェルジェはもとの静寂を取り戻していた。 ***** ヴァレリア・シャトーにシェルジェ襲撃の知らせが届く6日前、ちょうど休暇になりみんなと別れたあと。 リルカとテリィはやっと故郷であるシェルジェに帰ってきていた。 昼前に出かけたのにもう夕日が沈みかけているのは、はりきったリルカがテレポート地点をなんども間違えたためである。 そしてようやく彼女からジェムを受け取り、テリィが使用して帰る事ができたのだ。 「まったく……だから最初から俺が使ったほうがいいって言っただろう?」 「う、うるさいわね! いいじゃない、結果的には来れたんだから!」 「俺のおかげで、だろ」 「うっ……」 押し黙ったリルカを見て勝利の笑みを浮かべ、テリィは颯爽と歩き出す。 その先にあるのはシェルジェのちょうど真上にある建物。ここに、魔方陣が張られていてそれを使ってシェルジェへといくことができるのだ。 「ほら、行くぞ。早くしないと日が暮れるし、また吹雪になるかもしれないんだからな」 「わ、わかってるわよ!」 歩いていく彼の後を、小走りになって追いかけていく。 その後ろで、珍しく晴れた空がゆっくりと太陽が沈んでいっている。 これから、夜になる。そして、新しい『朝』が始まる――。 結界陣に入ると一瞬後、暖かい光が現れてテレポートジェムを使用したときの感覚によくにた感じがする。そして、本当の地価都市――シェルジェに辿り着く。 移動し、懐かしい故郷の空気を吸ったあと、まずテリィは今後どうするか尋ねた。 「で、今日はどうする?」 「もう遅いでしょ? 一旦寮に……帰れるようならかえるのは? 明日になってから、長期休学届を提出した方がいいでしょ? もう遅いし」 「それもそうだな。じゃあ、明日の朝、始業ベルが鳴る時間に、ここで落ち合おう」 「おっけー。じゃあ、またね〜!」 明るく笑うリルカに手を振り、テリィは苦笑した。 なんだかんだいってもリルカは凄いな、と思う。 テレポートジェムと相性が悪く、滅多に目標の場所に行く事が出来ない。しかし、そこにも彼女の才能の一端が現れているのだ。 単に失敗すれば、どういうことになるかわからない。海に出るかもしれないし、下手したらどこかの山の上に現れるかもしれない。前者ならば海に叩きつけられ、そして救助がくるまで海に漂っていなければならず、山の上に出たらあとはもう生存の確率は低い。岩山であれば言うまでもなく、深い森の中でもそう簡単に抜け出せないからだ。 しかし、確かに彼女は失敗はするものの、そういう場所に出ることはマズない。 だから失敗しても笑って済ませられるし、すぐに帰る事もできる。 それはイコール、彼女の潜在能力が無意識の状態で危険を回避しているととる事もできるのだ。 もっとも、失敗しているのには代わりがないからあまり意味は無いのだが。 「失敗するのって、リルカは目的の場所をうまくイメージできてないってことだよな……」 くすり、と小さく笑みを洩らし、彼もまた自分の使っていた部屋へと帰っていった。 途中で仲間たちに会い、結局部屋で寝ることが出来たのは夜が大分更けてからの事だったが。 そして朝、学校へと行く級友たちを見送ってからテリィは約束の場所へと急いだ。 ***** その、しばらくの後――。 「さて、どこからやるか」 世界のどこかにある小高い丘の上で、一人の青年が明るい口調で呟いていた。 涼しげな風の中、彼の立つ場所だけが不思議な――凍えるかのような雰囲気を持っている。 世界の全ての優しさを拒絶し、己の力でのみ生きる物のもつオーラ。 生来の優しげな顔立ちには強い感情が渦巻き、元々の表情を押し隠している。現れているその表情は、鋭い抜き身のナイフのような表情。冷酷で、滅びと殺戮を楽しみと感じる者特有の――。 その深紅に染まった双眸には楽しげな光がかんでいる。まるで、玩具を見つけた小さな子供のようだ。 「ふむ……『あいつ』がどこにいるかわからない以上、どこからでも構わないか。無駄な力を使う事になるが――宣戦布告と考えれば、まぁよかろう。彼らにも、『私』から挨拶しておかねばな」 くすっと小さな笑みを洩らす。そして、その青年は組んでいた右の手を前に差し出す。 そこにポゥ…と赤い小さな光が明滅する。それが少しずつ妖しげな動きを繰り返しながら次第に大きさを増し、やがて人の背丈とほぼ同等の大きさをもつまでになる。 「とりあえずは、これくらいでも良いか。だが……あまり力が回復していないな。もっと吸収しておかなければならないな。まぁ、今はこれでも充分だろう」 そう言うと、その赤い光――今ではどす黒い光の塊を手の平から放つ。それはふわっと漂いながら彼から数メートル離れた場所で中に浮いたまま静止した。 それを満足げに見、頷いた後辺りを――世界を見渡した。 「まずはどこが良いか。少しは抵抗してくれた方が楽しめるのだが――」 そして、とある一点を向いたとき、青年は目をすっと細めた。獲物を狙う猛禽類特有の、鋭い目付きだ。 「……そうだな。まずはあそこにするか」 そして一言、「……行け」と呟くとその光は凄まじいスピードで宙を駆けて行く。 ある一点を目指し、風よりも早く。より多くの負の感情を生むために。 「さあ、諸君はどう対処する? そして……お前は一体どうする? ……いるのはわかっているのに……今、どこでどうしているんだ、リリス――」 小さな呟きは、途中より口調がわずかに変化する。それと同時に彼の眼差しに刹那、今までとは違う光が浮かんだ。 その悲しげな声を聞いたものは、この場所には存在することはない――。 ***** 「はぁ、緊張した〜」 「何言ってんだよ。あれの何処が『緊張した』態度なんだ?」 昼前の時間、校舎から長期休学届を提出した二人はぶらぶらと町を歩いていた。 さきほどの学長室での事を思い出し、リルカは顔を顰める。 「だって、学長がわたしの手を握って『がんばってくださいよ』とか言うのよ? もうやんなっちゃう」 「それだけ期待されてるんだろ? それにさ、休学が認められて良かったじゃないか。これが却下されたら、学校辞めるしかなくなるところだったんだし」 「……そうだけど! もうっ!」 ふるふると顔をふるリルカに、テリィは苦笑する。 こういうところはかわらないな……と。 今は昼の時間で、とりあえず『雪』は降っていない。毎日僅かな時間だけ、雪がやむ。今日は今がその時間帯らしい。 小さな町並みに、美味しそうな匂いが漂ってくる。食べ物屋が開き始める時間となっているのだ。 まだ正午には少し早いが、食堂に詰め寄って昼食を食べている人もちらほらとみかける。 それを羨ましそうに見つめるリルカの視線に気付いたテリィは、ちょっと自分の財布事情を考えた。 (こいつに奢ったら……この金くらい、簡単に消えるだろうなぁ。でも、機嫌が悪いからほっとくとあとで辛い目にあうかもだし。どうするかなぁ……) これは結構切実な問題だ。確かに魔法使いは精神的に大量のエネルギーを必要とするため、普通より大量の食事を必要とする者も多い。だが、リルカはそれにはあてはまらない。 彼女はとにかく食べる。凄く良く食べる。魔法使いのエネルギーが……なんて、関係ない次元の量をペロリと平らげる。 彼女に食事を奢ろうと考えるには、それなりの覚悟とまとまった金額が必要なのだった。 (……まぁ、たまにはいいか。安い店を選べばいいんだし) ふうっと溜息を付いて顔を上げると、リルカがいなかった。 「え!? リ、リルカ……どこいった?」 慌ててきょろきょろと見回すと、近くにある料理店の店先に佇んでいるのを見てテリィは急いで駆け寄った。 「おい、なにしてるんだよ!?」 「え? あ、あはは……つい、お腹がすいて……」 てへ、とテレ笑をしてみせる少女に、テリィは軽い溜息をついた。 これさえなければ、いいのに……と。 「判ったよ。おごるよ、昼飯くらい」 「ほんと!? やった〜! ええっとね、どこの店にしようかな〜♪」 「あっ、高い店は駄目だぞ! それから、一人で先に行くな!」 とたんに上機嫌になって歩き出したリルカに、照れたようは表情をしたテリィがついていく。 結局、ちょうどいい店を見つけるのに30分もかかってしまった。 シェルジェ一の大食いと異名をとるリルカのこと、食べ物屋では恐れられている。 そして今日も、彼女は小さな町の一角で新たな記録を作っていった。 「あ〜、お腹いっぱい♪」 「当然だろ、あれだけたべれば……」 学生食堂と呼ばれる、値段が安くて量が多く、美味しいと評判の店。 テリィは二人がけのテーブルに座って溜息を付いていた。もう、後悔していた。 (確かにこの量を食べてこの値段なら財布にもやさしいし、いいと思う。美味しかったしな。でも、やっぱり限度というものがあるんじゃないのか!?) 次々と重ねられた食器の山。向かいに座るリルカの顔も見えないほど、たくさんつまれている。 なにやらメニュー表をじっくりと眺めていた彼女は顔を上げるとウェイトレスを呼び出した。 「じゃあ、デザートは……」 「まだ食べるのか!?」 「当然でしょ? えっと、すみませ〜ん! このパフェ3つ、ケーキ全種5こずつくださーい!」 調理室からひえーっという声がかすかに聞こえてくる。この調子だと今日の分のデザートは全滅するだろう。食事の方は焼きそばばかりたくさん食べたからあまり影響はないだろうけれど。 「し、信じられない……どうしてこんなに食べるんだよ」 「だって、魔法を――」 「魔法なんて使ってないだろ、今は!」 もぐもぐごっくん、とチーズケーキを飲み込んでからテリィを上目使いで見上げる。 心なしか、胸を張る。 「わたしはね、『食べ貯め』してるの!」 「うそつけ」 折角の言い訳も、速攻で切り捨てられる。 むう、と膨れるが次いで運ばれてきたパフェ各種にすぐに満面の笑みを浮かべる。 「わぁ。おいしそ〜!」 「……ああ、そう。俺は胸焼けしたけど」 甘い匂いと凄い量の食器に、彼は胸をぐっと抑えて呟く。 ちなみに、彼の食事はミックスサンドセット。サラダとジュースがついた満足の一品だ。 リルカの食べた『メニュー』は、焼きそば、レディースサラダ得盛り(リルカ専用)、ハンバーグ、コーンクリームスープ、などなど。それをどれだけ食べたかは想像するしかあるまい。 彼女の食欲を見たものは例外なく、食べ物に手をつける前に立ち去っていく。 「……これって、一種の営業妨害かもな」 そしてリルカが2つめのパフェに手を伸ばしたとき、かすかな振動が辺りを震わせた。 スプーンを口に加えたまま、リルカは動きを止める。眉を顰めながら、あたりをゆっくりと見回していく。 テリィはそんなリルカに気付かず、氷の浮いた水をちびちびと飲んでいる。 「ねえ、テリィ……今、何か感じなかった?」 「何かって……なんだよ?」 「なんていうか……その、よくわかんないんだけど」 緊張した面持ちで、食べかけのパフェをおいて立ち上がる。彼女がすでに準戦闘態勢に入っているのを見て、テリィも空中に漂う異様な違和感を感じ出す。 財布からお金を出すと、つりが出ないようにきっちりと料金をテーブルに置いて彼もまた立ち上がる。 「あっちの方からじゃない?」 「ああ。……おやじさん、お勘定、ここに置いてきます」 さっと暗いもやがかかったようなシェルジェ特有の空を見上げ、二人して通りに立つ。 ずん、ずん……と足の裏を伝わってかすかな振動がやってくる。 「どこかで、何かが起きてる……それも、そう遠くない――」 「――あっち!」 テリィの呟きに被せるようにしてリルカの鋭い声があがる。 それと同時に、若い女性の悲鳴があたりに響き渡った。そして、モンスターの咆哮と何かが壊れる音も。 リルカの示したのは、街の入り口付近。そこから、かすかに煙がなびいている。 「どうして……ここは結界が張ってあるのよ! モンスターはやって来れないはずじゃ……!?」 「おい、あっちにも!」 彼が指した先には、そこも街の入り口同様に煙がなびいている。街のいたるところで、悲鳴や咆哮が響く。そして街を混乱に巻き込んでいく。 「……とにかく、行こう! 何が起きてるのか、確かめないと!」 「うん!」 力強く頷きあい、そして互いの武器を握り締めて彼らは駆け出した。 雪が降るシェルジェの街。そこで、かつて無い恐怖が表れようとしていた。 その感情こそが、『彼』に力を与える事だと知ることが無いまま――。 |