幸せだった日々を失って、初めてその事を悔やんだ。 涙が出るくらい悲しいと感じて、そしてまた新たな幸せを手にする事が出来た。 この『星』の民たちは、誰もが彼女に親切にしてくれる。 彼女の身に起こった事も疑う事無く、彼女より詳しく理解していた。 一見文化が遅れているように見えるが、その実彼女の知るどこよりも進んだ数多くの技術がそこには存在していた。 彼らは、遠い過去と呼ぶほどの昔に大きな過ちを犯したという。 それにより、この『星』は一度滅びかけほとんどの生物が死に絶えたと。 だから、その過ちを繰り返さぬように慎重に彼らはその技術を保ってきたのだ。 過ちを恐れるならば技術を捨てればいいと言った彼女に、彼らは苦々しく笑ってこう言った。 ――確かにそうだが、この技術を捨てれば我々は生き残れない。 生活の為などではなく、『戦うべき時』に戦力が足りないからだ、と悔しげに呟いていた。 その『戦うべき時』がいつかは教えてはくれなかったが、恐らくそう遠い刻ではないと感じた。 しかし、とても彼らが言うようには見えなかった。 彼らは一様に彼女の知る誰よりも強大な力を持ち、そして素晴らしい技術を持っていたのだから。 そんな彼らが対抗できない存在など、いるのだろうか――いつからか、彼女は疑問に思い始めていた。 そうしながらも、彼女は元のいるべき場所へ帰る方法を探し続けていた。 今では親友となった者達と共に数々の文献を漁り、平穏な日々を送っていた。 その間、彼女は間違いなく幸せだった。 この曖昧な、不思議な時がいつまでも続けば……そう願ってもいた。 だが、その願いは僅か数年後には破られる事になった。 遥か昔から定められていた、『戦うべき時』がやってきたのだ。 ![]() 第39話 シェルジェ攻防戦(7) リルカが魔法を放ち、テリィが離れる。『プロトブレイザーもどき』がそれを避ける。その繰り返しだった。 不思議な事に、交わされた魔法は狭い室内の壁にぶつかる前に何かに阻まれたように消え去る。 それに気付いてからは思い切り魔法を放てるようにはなったが……。 (随分気が利いてるじゃない! 嬉しくて涙がでるわよ) 結界の一種だとは思うが、二人ともこんなものは見たことがなかった。 更に言えば、どれだけ二人が必死になって放った魔法も阻まれてしまう。 それは、つまりそれだけイルダーナフと彼らとの実力の差が開いているという事だ。これは当然面白くない。 しかし、そんな事を考える前にまずは目の前の敵を倒さねばならない。今は魔法攻撃力の高いリルカが魔法を放ち、若干体力などにゆとりのあるテリィが敵の目を引きつけるという戦法をとっているが、それがいつまで続くかは判らない。 戦いは最早、持久戦になっていた。そして、それで有利になるのはどう考えても敵のほうだった。 「ああもうッ! そこの『もどき』、さっさと当たりなさいよ!」 「命名してる暇があったら、魔法を使え!」 リルカの苛立ちに一喝し、さっと短剣を持ち変える。……腕がしびれてきた。そろそろ危ない。 そのモンスターは尋常ならざるスピードと腕力で攻撃してくる。一応自分にクイックを重ね掛けし、物理防御力と攻撃力を上げてはいるものの、苦しい状態だ。 当たる魔法は3発に1発。明らかに相手の方が反射速度が高いためどうしてもダメージを与えられない。今はまだ彼らは攻撃を直接喰らってはいないが、それでも苦しい事に変わりはない。 二人が直接攻撃を得意としていなかった事が、何よりも悔やまれた。 (くッ! どうにかしないと、ここままじゃ勝てッこない!) 狭い室内、しかも障害物が数多くある場所だ。相手は身軽にそれを飛び越えるが、彼らは当然のごとくそうする事ができない。これが、大きなハンデとなっている。 焦燥が脳裏を掠め、苛立ちが正確さを削いで行く。しかし、どうしようもない。 「ハイ・ブレイク!」 地属性の高レベル魔法は、何処からともなく現れた隆起した岩の形となって現れる。それをさっと軽く避ける『モドキ(命名リルカ)』。 それを見て、ぎりっと歯を強く噛締める。どうにかしてあの素早さを押さえなければ……。 同じ様に、狭い通路で必死になって繰り出される爪を短剣で防ぐテリィもその方法を探していた。 一ヶ所に留まらせる方法。自分がひきつけるのは、恐らく無理だろう。なら、他にどんな方法がある? やや苦しげに眉を顰めたまま、テリィの一撃を避けた相手に向かって半ば適当に魔法を放つ。 魔力回復アイテムにも限りがある。これがいつまで持つのか……。 「ハイ・フリーズ!」 それは運良く『モドキ』に当たり、肩を貫き腕を凍らせる。ダメージは大きいが、致命傷にはなりえない。そんなに柔な相手では無いのだ。 しかし、それを見たテリィははっと目を開いた。そうだ。これならもしかしたら……! (でも、どうやってリルカに言う? ある程度の知能を持つって、どれくらい俺たちの話が理解できるんだ?) 敵を倒せるかもしれない方法。だが、それを伝える手段がない。言葉で伝えれば必ず『モドキ』もそれを耳にする。もし、それで相手がそれを理解したら、恐らく二度とその手は食わなくなるだろう。 「……なんて、厄介なんだッ!」 「テリィ!」 テリィが小さく吐き出した時、リルカの悲鳴にも似た声が響く。それと同時か若干早く、『モドキ』が飛びかかってテリィに向かい、爪を振るう。 それを今までと同じ様に短剣で防ごうと手を動かす。ガキン、と大きな音が響いてテリィの短剣が爪を阻んだ。瞬間、彼の胸元から地飛沫が上がった。まったく同じタイミングだった。 彼が防いだ手とは逆の手で、『モドキ』が同時に攻撃を繰り出したのだ。 自分でも意外なほど、勢いよく血が噴出す。真っ赤なソレは『モドキ』にも降りかかる。 痛みは、それからやってきた。 「――グッ!!」 「……! この、――ハイ・アクア! ハイ・スパーク!」 怒りに目を輝かせたリルカが飛び出して牽制以上の目的をもった魔法を連続で放ち、『モドキ』がそれを避けるために後退する。 倒れこむように壁に寄りかかったテリィは、駆け寄ろうとしてリルカを鋭い眼差しで見やって止め、白くなるほどに力を込めた手で肩を押さえる。 右の胸から左の肩へ、ばっさりとやられている。傷は深く無さそうだが、出血が多い。これ以上激しい動きを続ければ、命に関わる可能性も出てくるだろう。 彼は高位の回復魔法を唱えながら、自分の迂闊さを強く呪った。 (完全に、俺のミスだ。……ちくしょう、こんな時にッ!) 自分が動けない以上、リルカが接近して戦うしかない。彼女とて数年前は今以上の死闘を経験しているが、あくまでもソーサラーは後方支援を得意とする。リルカもアシュレーたちが戦うのをサポートしてばかりで、接近戦は得意ではないはずだ。 まして、彼女の武器はシェルジェでも一風変わった傘だ。いかに魔法能力が高いとはいえ、物理的な力が弱すぎる。いまや、完全に彼らが不利となっていた。 (早く決着をつけないと……もう、あまり保てない) 集中力はそのまま魔法に直結する。今の自分では、そう何回も高位魔法を放てないだろう。回復アイテムを使っても、消耗が激しいために変わらない。 (ほんの少しでいい……あいつの足を止められれば!) そうすれば、少なくとも勝てる可能性が出てくるのだ。 「……ハイ・フレイム!」 たった一撃で、酷い疲労感が身体を襲う。思った以上に先ほどの攻撃が効いているらしかった。 燃え上がる火炎の柱は、丁度足を止めた『モドキ』の身体を包み込み、一層強く輝く。 さっと飛びずさって離れたリルカが気遣うような視線を向けるが、それに答えられるだけの余裕が今のテリィには、ない。 今の攻撃も、相手に若干のダメージを与えるだけに留まっている。ただ、流石に今まで蓄積した攻撃はそれなりに相手を痛めつけていたようで、『モドキ』も警戒するように彼らから距離を取る。 リルカとテリィは『モドキ』を挟むような位置についていた。これで、アイツに隙ができれば。 (駄目、なのか……?) 弱音を吐きかけた、その時。 「――ハイ・フリーズ!」 若干裏返った、聞き慣れない声が当たりに響く。誰にとっても予想外であったその攻撃は同じく今正に動こうとしていた『モドキ』をしっかりと狙い、氷の氷柱で包み、貫く。 胸を、腹を、体のいたるところを貫かれ、足を凍らせて『モドキ』は動きを止めた。 (今しかない――!) それが誰の物か詮索している暇はない。『モドキ』は直に氷を壊して動くだろう。最初で最後のチャンスだ。なりふり構っていられない。 よろめく身体を全力で支えて驚くべき速さで立ち上がる。血が再び勢いよく噴出すが、無視した。 「リルカ、合体魔法だ! 同時にやるぞ!」 その声に同じく驚いた顔をしていたリルカは、一瞬で彼の考えを理解してさっと2枚のクレストグラフを取り出した。 意識を集中し、魔力を込めたカードがぼんやりとした光を放つ。それを放ったのは同時。 「――カロリック・ノヴァ!」 「――アカシックリライター!」 二人の全力の最高魔法が、動きを止めていた『モドキ』に向かって炸裂する! 「――――――――――!!!!!!!!」 凄まじい絶叫。それに対するように、魔法の起こす音は一切聞こえなかった。 テリィは閃光の消えた中に、敵の残骸が消えていこうとしているのを見てほっと力をぬいた。 (よかった……なんとか、終わったんだ……) 「リルカ先輩、テリィ先輩!」 振り返ると、驚いた顔をした後輩が立っていた。確か、あれは先日リルカに伝言を頼んだチームの一人……名前は、たしか。 (アレフ……だっけ。なんで、こんなところに?) 彼はテリィに向かって駆け寄ってくる。反対側にいるリルカも凄い勢いで走ってくるのが目に入った。 二人とも、笑いたくなるほど蒼白な顔をしていた。 (なんでそんな顔してるんだ?) そう、問い掛けようとして――テリィの意識は闇に閉ざされた。 |