今現在、ファルガイアと呼ばれている小さな小さな世界の片隅。
 そのどこか遠くの場所で、2つの小さな紅玉色の宝石から光が瞬いた。
 禍々しい光を持った宝石のひとつは、とても遠い世界の果ての深海の底で……。
 美しい煌きを持ったもうひとつの宝石は、滅多に人の立ち寄らない森の奥深くで。
 それらはまだ新しく、そこに『在る』ようになってから5年と経っていないだろう。
 生き物の形跡の無い場所で。どちらにも原始の自然のものだけが存在していた。
 生命は確かに存在し、けれども決して『生き物』はいない場所。
 辺りには、人間の立ち寄った形跡はひと欠片もない。
 沈み行く泥が、あるいは枯葉が降り積もる中、『それ』の周りだけが美しい。
 それは常に妖しく、眩しく輝き、訴えているようだった。
 まるで何かが始まろうとしているかのように――。
 ひとつは、果てない運命に歓喜するように。
 ひとつは、限りある運命に悲嘆するように。
 『時』が近づいているのだと、訴えかけていた。
 しかし、それに気づけるものは『この地』に誰一人として存在しなかった。
 ただ、果てしない『空』のみに存在するもの達だけが、知ることができた。




時のきっかけ それは僅かなりしの焔のみ――
第4話 久々の再会




 荒野の中にある、小高い丘の上にそびえたつ古城。
 それがつい3年前まで、世界中を自由に飛び回っていた事を知らないものはこの辺りにはいない。
 あの時は誰もが空を見上げ、恐怖を思い浮かべると共にシャトーに希望を見出していた。
 それももう昔の話だ――昔と言い切れるようには、なっていた。
 城の主はもういないけれど、シャトーはその遺志を受け継いだ者たちによって大切に保管され、あの戦いの後、世界各地で残っていたモンスターの世界共同対策本部として今も尚活動している。
 辛い記憶と、人々の希望を背負っていた――背負い続けている平和への象徴。
 その城の名は、ヴァレリアシャトーと呼ばれていた。
 かつての主とその妹を称えた墓所は、わずかな者たちだけに教えられている。
 きっと、これからもずっとそうして人知れずひっそりとした時間を過ごすのだろう。
 自ら罪を背負い世界を守るために命を捨てた二人への、彼らからのささやかな贈り物だ。
 主のいない城は、彼らの意思を継いでいくはずだ。
 世界を守ると言う、何よりも大きな使命を――。
 そして今、荒野を独りの青年が早足でシャトーの向かって歩いていた。


*****


 砂漠の硬い砂を踏みしめ、旅慣れた歩き方で進んでいく。
 砂塵避けの厚いマントを身体にまとい、先へと目を凝らしている。
 青灰色の髪に、深みのあるグリーンの色の瞳をしている穏やかな瞳の青年。
 彼はなにやら急いでいるらしく、ほとんど駆け足に近くなっている。
 それでも決して砂に足をとられず、身軽に動けるのはさすがといったところだろう。
 さすがは――世界を救った英雄だと。
 しばらくそうして歩くと、彼は急に立ち止まった。
 ふわり、と足元を砂塵が舞っていく。
 ――風はそんなに強くはないようだ。それを気にもせずにがさごそと懐を探り、一通の手紙を取り出した。
 薄い緑地に薄紫の花をあしらった、趣味のいい封筒。
 それを開けると、乾燥した大地にわずかにだが瑞々しいラベンダーの芳香が漂ってきた。封を開いて随分経つが、まだ香りは残っていたようだ。
 同じ紙で出来た便箋に書かれた文章を読み直し、最後の『日時』を確認する。
 日付――今日。時間は――。
「えっと……やっぱり今日のお昼までだ!」
 叫ぶとさっと空を見上げる。太陽はさんさんと輝き、彼を真上から照らしている。
 それを見ると次に彼は封筒をしまい、すごい速さで駆け出した。
 折角懐かしい仲間に会えるのに――最後の最後まで泣きついて放してくれなかった子供達を思い出し、全力疾走しながらも彼はわずかに苦笑した。
 マリナが何とか押さえ、土産をもってかえるという約束と引き換えになんとか放してくれた。
 まだ2歳だが…言葉の意味をわかっているらしい子供達を相手にするのはなかなかに大変だ。これからが楽しみ――と、やや親馬鹿な思考でそこまで考えてからやっと、目前に見え始めた建物に気がついた。
 通い慣れた道――砂漠に道があればの話だが――を通ったので、意外と早く着けたらしい。
 テレポートジェムを使えば早いのだが、彼はあまり使いたいとは思わなかった。
 今の自分は普通の人と何も変わらない。ならば、普通の人と同じだけの苦労をしないと―― きっと、自分は自分を「普通」と思えなくなるだろうから。
 もちろん、その裏には経費がかさむをいう庶民的な思考があることは間違いが無いのだが。
 そして彼――アシュレーはそれほどたたずにシャトーまでたどり着いた。
 先ほどの時間だと、間に合わないかもしれない……。
 立ち止まらずに歩きつづけ、城の門番の立つ閉じた門と、隣の壁を見比べて声をかける。
 よし。これくらいなら大丈夫だ。……たぶん。少し鈍ってるけど。
 そして思いっきり――ダッシュする。アクセラレイターは未使用だが、充分に早い。
「おーい、今からそこ、飛び越えるから。ちょっとどいててくれよ!」
「――ほえっ? ……ア、アシュレーさん! ち、ちょっと何を……!!」
 全力疾走する彼に目を留め、驚愕に顔を引きつらせる門番の青年25歳独身、彼女なし。
 慌てて窓を閉め、門を開けようとするがそれよりも先にアシュレーは城壁にたどり着いていた。
「行くぞッッ!!」
 ハッ、という短い息の掛け声で彼は見事な跳躍を決めた。
 もちろん、着地も完璧に。軽々としたフォームも見事だった。
 そして彼は走り出しながら片手で門番に謝りつつ、スピードを上げていった。
 門番を務める青年は、それをぽかんとした眼差しで見送っていた。
 そして溜息をつきつつ、代わらないARMSのメンバー思って小さく苦笑していた。
 ついさっきにも、魔法少女が空から降ってきたばかりだったので。
 そして、彼は場内へと連絡を入れた。ARMS全員集合、と。


*****


 美しい装飾と、静かに流れるオルゴールの音色がマッチした安らぎを感じられる空間で、彼らは待機していた。
 料理も大分準備が出来てきている。ぞくぞくと、コックが腕によりをかけた料理が大きなテーブルに並べられていく。
 その隣に取り皿を置き、会食のように仕立てられた空間は参加者こそ少ないものの、それこそ王宮のパーティーのような雰囲気をかもし出している。
 それを前に、食べ盛りの少年少女たちに待てというほうが辛い。
 当然、彼女も例に漏れず、お腹をすかせてその大量のご馳走を前に涙していた。
「おっそーい」
 可愛らしい、いつもよりも服装にこだわった感じの少女がテーブルにひじを付いている。
 リルカ・エレニアック――ARMSの隊員のひとり。魔法使いで、現在はシェルジェのケテル階級に在籍している少女だ。
 彼女はもう何度目かわからない台詞をつぶやき、目の前にある料理に恨めしそうな目を向ける。
 鳥のから揚げに、ブロッコリーの囲いがついている。
 マーマレード煮込みのスペアリブは、フルーツの甘い香りを辺り一面に漂わせる。
 野菜たっぷりサラダは、チーズとドレッシングでシーザーサラダに仕立て上げられている。
 外海風ブイヤベースからは、大きな蟹のはさみが見え隠れしている。
 あっさりとしたタコの辛み揚げは、ほわほわと湯気をあげている。
 オニオン・ソースの一口ステーキは、色とりどりの野菜と一緒に盛り付けられる。
 具沢山のホワイトシチューには、サーモンピンクの鮭の身が入れられている。
 トマト入りマカロニグラタンのチーズの焦げ具合が絶妙だ。
 他にもアジのグリーンソースがけ、貝の酒蒸し、ローストチキン、ベーコンとアスパラの包み揚げ……などなど。
 もちろん、テーブルの端にリルカのためのヤキソバが出される事もしっかりと知っている。
 ほかほかと湯気を立て、次々と運ばれてくるそられの料理をうっとりと眺める。
 つまみ食いしたいのだが、さっきやろうとしてケイトに思いっきり怒られたので我慢している、のだが。流石に我慢の限界になってきた。お腹がぐぅぐぅなくのもみっともない。
 チラッと周囲に気を配る。そのへんはお手の物。伊達で世界を救う冒険をした訳ではない。
 ブラッドとカノンは壁に寄りかかりながら2人でなにやら談笑している。あまり口数が多くない二人の事、よほど気が合うのだろう。
 ティムは……意外にも、マリアベルと一緒に何か話している。時々、「エーッ」とか言っているのはおそらく置き去りにしたトニー達の事でも聞いたからだろう。
 そういえばティムは随分彼らに会いたがっていたな……とそこまで考えたところで慌てて思考を切り替える。
(違う違う、今はそうじゃなくて……)
 誘惑に勝てず、何故か一緒についてきたテリィがケイトと話しているのを見、こちらを見ていないことをしっかりと確認してからそっとテーブルの上に手を伸ばす。
 本当は焼きそばが食べたかったのだが、まだないものはしょうがない。
(へへへ……。ちよっとくらい、いいよね)
 そして、湯気を立てている鳥のから揚げをそっとつまむ。
 ブロッコリーは巧みに避け、近くにあったやや小ぶりのものを手にとる。出来立てなので熱かったが、そこは我慢。この食欲を満たすため、ちょっとくらいの辛抱はしないと。
 ゆっくりと口に入れると、ジュワァッと肉汁が染み出てくる。
(ああ……お・い・し・い……)
 うっとりと目を閉じたリルカは、廊下を走る音に気づかなかった。
 その香りと鶏肉の旨味を、じっくりと味わう。
 そして突然ドアがものすごい勢いで開き、リルカは驚いて喉に鳥のから揚げを詰まらした。
「ぐっ!?」
「すまないッ! 遅れたッ――って、リ、リルカ!?」
 慌てたアシュレーが扉を開けてまず目にしたのは、しゃがみこんだまま顔を青くして必死に胸を叩いているリルカだった。
 流石にこれにはみんなも気付き、慌てて駆け寄ってくる。
「うわあっ、ちょっと、リルカさん!?」
「何をやってるんだか……」
「ああ〜っ! つまみ食いしたな、リルカ!」
 苦しむリルカに水を渡し、落ち着かせる。水を飲み干してつっかえたものを飲み込んで深呼吸したリルカに、全員がやや白い視線を向ける。
「……ふう。助かった〜」
「まったく……意地汚いのう、もう少し位待てなんだか」
「ほんと。あれほど待ってくださいっていったじゃないですか」
「へへへ……。だって美味しそうだったんだもん」
「しょうがないのダ」
「まったくだ。しかし……久しぶりだな、アシュレー」
「ああ、久しぶりだな、ブラッド、みんな。テリィも」
「ハイ、お久しぶりです」
「しかし、何故お前まで着いて来たのだ?」
 マリアベルが突然ふりむき、びしっと指をテリィに突きつけた。
 きょとんとしてから指を指されたテリィはああ、といって軽く笑った。
「リルカは放っといたら、ここに着くまでに何年かかるか解らないから……」
「そんなことないわよっ!」
「だってリルカ、買い物に行くって言ってテレポートジェム持ってダムツェン行ったら、3日も帰らなかったじゃないか。ジェムが切れて」
「ううっ! そ、それは……!」
「リルカ……まだお前の方向音痴、治らないのか?」
「だって!」
 呆れ半分のブラッドの口調に、みんな同調して頷く。
 しかしブラッドと言い合うリルカはまるでじゃれている子猫みたいで、何だか笑えてしまう。
「くくくっ」
「くすくす」
「はははは……」
「あっ! ちょっとみんな、笑わないでよ!」
「はははは、ご、ごめん」
「もうっ」
 怒ったリルカの様子に、更に笑みが零れる。
 ひとり笑われて怒っているリルカと、その様子が可笑しくて笑いがとまらなくなるみんな。いつまで続くのかというそこに、やっと酒とジュースが配られた。
 笑みをひっこめ、それを受け取りつつ再び再会を喜び合う。
 なんだかんだいって、こうして全員が揃うのは2年ぶりなのだ。
「みんな、アシュレーさんを待ってたんですよ」
「えっ! そうか、みんな、遅れてほんとうにごめん」
「まあ、たいして待った訳ではないからのう」
「やっぱり、みんながそろったほうがいいですし」
「乾杯の音頭を上げるのは、お前と決まっているからな」
「さあっ! 早く!」
「ああ」
 ワインのグラスを手に、ぐるっとみんなの顔を見渡す。
 ブラッドは少し老け込み、リルカやティム、テリィは少しづつ、成長している。
 流石にカノンとマリアベルはあまりかわったようには見えないが……。
 懐かしい顔ぶれ。こうしていると、あの時を思い出す。
 辛かったと同時に、充実した日々。たくさんの矛盾を知り、何かを捨てて何かを手にした、あの頃。
 ほっと安堵すると同時に、言い知れぬ不安がする。
 まるで、幼い日に見た悪夢のような、漠然とした、恐ろしい予感。
 しかし、アシュレーはそんなことは露ほども出さずに明るい笑顔を振りまいた。
 せっかく懐かしいメンバーが揃ったのだ。わざわざそんな不確かな事でみんなを不安にさせるわけにはいかない。
「それじゃあ、久々の再会を祝して!」
 それぞれのグラスを高々と掲げる。
 ワインの赤と白、ジュースのオレンジ色がシャンデリアの光に反射する。
 その光を見つめ、彼らは息を揃えて笑いあう。
『かんぱーい!!』
 澄んだガラスの音と一緒に、楽しげな笑い声が響き渡る。
 それは、彼らの胸に隠された想いの欠片のようでもあった。
 それぞれが何らかの思いを抱えたまま、楽しいときを楽しく過ごそうとする。
 彼らの僅かな不安を胸に、美しい星の煌く夜はゆっくりと更けていった。




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