あの戦いから3年が過ぎ、平和と呼べる世界が戻った。
 しかし、それに伴って起きたいくつかの出来事に気づいたものはほとんどいなかった。
 あれから、モンスターが少しづつ変わっていっていることに。
 あれから、世界各地で微震が起き続けていることに。
 何かが、目覚め始めていることに。




時のきっかけ それは僅かなりしの焔のみ――
第5話 二人の目覚め




 チュン、チュン……。
 外から小鳥の鳴き声がする。この荒野にあって、シャトーの周りだけが緑を保っているのでこういう渡り鳥なんかが多くあつまるようになっている。
 大きな窓からの暖かい日差しが顔にあたって眩しい。お日様の匂いだ。
「……ん……」
 まだ眠気の冷め切らないティムはちいさく声を漏らす。
 それを避けるようにして寝返りを打ってから、いつもと違うことに気づいた。
(あれ……ベッドが広い……?)
 小さな違和感。いつもならここで足や手がベッドからはみだすはずなのだ。
 ぱちっと目を開け、そのままの勢いで起き上がるとその拍子にプーカがシーツから落ちた。
 辺りを見回すと、美しい装飾がひっそりと要所要所に飾られた部屋が視界に入ってくる。
 窓の外には、晴れ上がった空。赤茶けた大地の色。
「あ……そっか。ここ、ヴァレリアシャトーなんだっけ」
 思わずそう呟くと、下から何かのうめき声が聞こえてきた。
 それは、まさしくつぶれた犬などの声によく似ていた。
「うう……痛いのダ……ひどいのダ、ティム」
「あ、ごめんごめん」
 慌てて小さなふかふかの毛皮をした体を拾い上げる。
 落ちたときにぶつけたらしい、僅かに膨らんだ頭をそっと撫でてやる。
「痛かったのダ」
「だから、ごめんってば」
「ひどいのダ。プーカは怒ったのダ」
「あはは、ごめんって。じゃあ、これから朝ごはん食べに行こうよ」
「……わかったのダ」
 プーカから手を離し、寝巻きから着がえる。プーカはそのまま宙に滞空している。
 そして、ベッドを適当に整えるなり、さっさと食堂へと駆け出す。
「行くよ、プーカ」
「待つのダ、ティム。置いてっちゃ、やなのダ」
 パタパタと騒々しい音を立てて駆けて行く。
 このあたりは3年前とちっともかわっていないと言われる所以でもあるだろう。
 途中であった懐かしい顔ぶれのクルー達にも朝の挨拶をしていく。
(何だか、今日はいい日になりそうだな……)
 そんなことを考えながら、空腹を訴えだしたお腹をなだめつつ明るい笑顔で駆けていった。
 しかし、彼の予想はものの見事に外れることになった。
 いい日どころか、すべての始まりとなる日になったのだから。
 いや、全ては始まっていた。とっくの昔、彼らが生まれるよりも前に。
 動き出したのは、彼ら自身の運命という名の時間――。


*****


「ふっふふ〜ん♪ やっきっそば〜、やっきっそばぁ〜、やっきそっばぱ〜ん〜」
「……おい、リルカ」
 食堂にて。朝から元気いっぱいのリルカは、注文したヤキソバパンを待ちきれずに歌いだしていた。
 歌詞は相当怪しい物だが、声自体は悪くない。それをテリィが必死になってやめさせようとしていた。
「る〜んる〜ん、おっいしっい、おっいしっい、やっきそっばぱ〜ん」
「……リルカ」
「たっべたっい、たっべたっいな〜っと――」
「おい! リルカ! いいかげんにしろ! 静かにしないと――」
 そう怒鳴ってから慌てて口を抑え、そうっと彼らを見る。
 彼らがいるテーブルの、ちょうど反対側。音が伝わりにくいと、普段から犬猿されている席である。そこに、今日は珍しく3人も座っている。
 彼らは一応に青い顔をし、それぞれに頭を抱えていた。
「う、ううっ……」
「…………」
「くっ! あ、あたしとしたことが……」
 アシュレー、カノン、ブラッドは昨日飲み過ぎたとかで、二日酔いに喘いでいた。
 もともとそんなに酒に強い訳ではないアシュレーはともかく、究極の酒豪に近いはずの他の二人はどうしたかというと――。
「ブラッド、なんでもメリルちゃんにお酒飲むの、止められてたんだって」
「へえ、じゃあそれでいつもよりも飲みすぎたんだな。じゃあ、カノンさんは?」
「さあ? なんでだろう……ただだから、だったりして」
 テーブルにうつ伏せて唸る3人、というのはなかなか怖いものがある。
 しばし悩んでいた2人だったが、朝食ができると同時にそんなことは忘れてしまう。
 育ち盛りなので、まず食べ物、なのである。量も味も申し分ない。
 と、そこへ、
「おっはよーございますー!」
「は、早いのダ」
 元気いっぱいのティムとプーカがやってきた。
 その声と同時にうめき出す3人。ちょっとの声でも頭に響くらしい。だからこそ声の届き難い席へと移動していたのだろう。
「うううっ……」
「……ふ……」
「くっ……まさか、あたしが……」
「あれ? どうしたんですか?」
 きょとん、とそのようすにティムは目を瞬かせた。
 慌ててティムを手招きし、静かに、のジェスチャーをする二人。
「しーッ! しーずーかーにー」
「こっちこっち」
「……?……」
 首をかしげながら2人の近くの席につくティム。
 ちなみに、彼らの席はこの食堂でも一番日当たりのいい席だ。中央に飾られた花が、可愛らしい。只ならぬ様子に、自然と声が小さくなる。
「あの、アシュレーさんたち、一体どうしたんですか?」
「みんな、二日酔いなんだって」
「今、マリアベルさんが薬を作りにいったんだけど……」
「情けないのダ」
 突然、ずばっとみんなの本音を大声で言いふらすプーカ。その声は遠慮してないだけあって、部屋の隅々まで響き渡った。もちろん、彼らのテーブルにも。
「いい大人がそろいもそろって二日酔いなんて、情けないのダ」
「プ、プーカ……!」
「そんなに苦しむんだったら、そんなに飲まなければいいのダ」
「そ、それはそうだけど……!」
「ティムはそう思わないのダ?」
 いちいち鋭い突っ込みを入れてくるプーカ。もう誰も止められない。
 慌ててティムたとはプーカを押さえ込もうとするが、空を飛び回るプーカはもちろん逃げるのでなかなか捕まらない。結局、大騒ぎになって行く。
 二日酔いグループは、あまりの騒々しさと頭痛で呻き声さえ出てこない。
「なんじゃなんじゃ、なにやっとるんじゃ」
 そこへなにやら怪しげなカップを3つも持って、楽しそうに入ってくるマリアベルとエイミー。
 何故エイミーも、との疑問は捨て置いた方が良いだろう。
 なんだかんだで仲がいいらしい。
 その後ろから、なんとも言えなさそうな表情のケイトがついて来る。
「ほら、これを見よッ!」
 やけに自信一杯で差し出したカップには緑色の液体が入っていた。
 明らかに怪しい。匂いはそれほどないものの、とってもどろどろしていて怖い。毒といっても信じられるような物体だ。
「う……わぁ……」
「……ねえ……マリアベル……これ……何?」
「うむッ! これは我がノーブルレッドに伝わる秘伝の薬じゃ!」
「……薬って……これ、毒薬じゃ……?」
「失礼な! ちょっとつまらなかったんで、改良しただけじゃ! 色はその結果なのじゃ!」
「改良って、何をしたのよ!?」
「臭いも、なんか変ですよ?」
「何を言っておる! これはよく効く薬なのじゃ! 試してみればわかる! ほら、グイッといくのじゃ、アシュレー・ウィンチェスター!」
 何故にフルネーム。と、ここにいたほぼ全員が思った。
 しかも、彼女の態度も微妙におかしい。きぐるみで表情は見えないが、すこし動揺しているようにも見えなくもない。何より、エイミーが心底楽しそうなのが気になる。
「ううっ……」
 避けようにも動けないアシュレー。迫り来る恐怖に、必死になって耐える。
 そして……ついに、マリアベルの魔の手が!
「う、わああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
 あたり一面に悲鳴が響き渡った。
 それから暫くの間、悲鳴の数は3つに増えて近くにいた鳥達は一羽残らず消え去ったという。


*****


「どうじゃ、ちゃんと効いたであろう?」
「……ああ」
「凄まじい味だったがな……」
「……ありがとう……マリアベル」
 一人元気なマリアベル。アシュレーたちは二日酔いこそ治ったものの、別の意味で顔色が青かった。
「……ねえ、あれってやっぱり、毒かなんかだったんじゃない?」
「でも、現にアシュレーさんたち、治ってるしなぁ……」
「一体なんだったんでしょうね」
 3人にはおそらく永久に解けないであろう謎が残った。もちろん、それをマリアベルに確かめる気があるものがいないからだ。
 と、そこへクルーの一人がひょっこりと顔を出す。
「あのー、みなさん。エイミーさんたちが、会議室に集まるようにと……」
「へえ……。それじゃあ、いってみよう」 
 そう言ってぞろぞろと会議室へと集まる一同。
 そこにはテレパスメイジの2人と、操舵士である自称ナンパ師エルウィンが居た。
 ほかには誰もいない。なんとなく、嫌な予感にカノンが顔を顰めていた。
「どうも、すいません」
「いえ、それで、僕らに用って……」
「大した事じゃないんです」
 そうエルウィンは苦笑気味に言って彼らに座るように進める。手元にあった資料のような物を手に取り、自分も座りなおす。
 部屋の中心の席は空席のまま。しかし、誰もそれを指摘しようとも思わない。なぜなら、そこは彼の席であり、ARMSの指揮官だけが座る席であるはずなのだから。
 彼の目配せを受けて、ケイトが話し出す。
「実は、伝えようかどうか、いろいろ話し合ってたんですが……」
「やっぱり言っておいたほーがいいって、ミーちゃんがいったの!」
 突然会話に割り込んできた、幼い口調にほぼ全員が苦笑いする。
 それを嫌そうにやめさせるケイト。
「いいから、黙ってなさいよ! ……それで、実は3年前から世界各地で規模の小さい地震が発生しているんです」
「ほう」
 それにカノンが興味を示した。
「そういえば、そんな気がしないでもなかったが……」
「ハイ。実際そうなんです。それに……」
 ケイトに代わって今度はエルウィンが話始める。
 やや、苦しげな顔。苦汁を飲む、といった表現がぴったりの表情だ。
「……世界中のモンスターが強くなってるんです」
「なんだって!?」
「そんなはず無いと思うけど……」
「みなさんは、他の人達よりも強い力を持ってますから。それに、モンスターたちの数も少しずつ減ってきているんです」
「それは……一体どういう事なんですか?」
 やや青ざめた表情で聞き返すテリィ。モンスターの脅威を、ケイト立ち以外でここにいる誰よりも感じているのは彼だろう。
 ARMSは3年前の戦いからモンスターの強さを知り、油断するべきではないが怖くはないと感じている。しかし、彼は一般人だ。モンスターは恐ろしい物だと、そう『知って』いる。
 その言葉に、小さく頭を振る2人――3人。
「解りません……実際モンスターの数は減ってきてるし、強いといっても、倒せないというわけじゃありませんから。でも……何か、変なんです」
「……それが、今回相談したいといってきたことかい?」
「ええ……一応、皆さんにも知らせておいたほうがいいと思って……」
 そう言ったきり、黙り込んでしまう。言葉を捜すかのように思案しているのだろう。
 そしてやっと彼女が口を開こうとした時、突然大きなブザーが鳴り響く。
 同時に館内放送が大音量で流れ出した。
『異常発生、異常発生! 緊急事態です! 各自の持ち場へと至急急いで! ARMSはブリッジに来てください! 繰り返します、異常事態発生……』
「皆さんは早くブリッジに!」
「ああ!!」
 さっと駆け出し、懐かしい通路を通ってブリッジへと駆け込む。
 彼らが辿り着く頃にはもうメンバーの全員がそろっていた。
「一体何が……!?」
 その声に答えるように、モニターやレーダーを確認していたクルーが声を返す。
「大変です! 突如高エネルギー反応が二つ、現れました!」
「そこを中心に、大規模の地震発生! 大きい!」
「場所は!?」
「外海の端、北の深海と、南の……未確認の孤島の中心です!」
「何でそんなところから……!?」
 ビー、ビー、と鳴ってた激しい警報が静まる。しかし緊張感はまったく損なわれない。
 先ほどのクルーが悲鳴に近い声を発する。
「エネルギー、測定不能!? メーター、振り切れてます!」
「――!? 地震、収まりました!」
「そんな――!? エネルギー反応、二つとも消失! 世界中のどこにも存在しません!」
 どこか呆然としたような、震える声がアシュレーの唇から零れ出る。
「一体……何が起こるというんだ……?」
 彼らはそれぞれの思いを抱えながら、果てしない空を見上げていた。


*****


 遥か遠く、離れたところにある2つの紅い宝石。
 ひとつは、深い海の底で。
 ひとつは、深い森の中で。
 『目覚め』に必要なだけの力を蓄え、目覚めだしていた。
 それらは紅く輝き、凄まじいまでの力を放出し、自らの『身体』に亀裂を走らせていった。
 その亀裂が全体を覆いだすと同時に、大規模な地震が起こりだした。
 そして、それが砕けきったとき――。
 このファルガイアに新たなる存在が2つ、現れた。
 ひとつは、恐ろしい魔人の姿で。
 もうひとつは、片腕の無い傷だらけの少女の姿で。
 2人は未だ、深い眠りの世界にいた。
 これから2人が巻き起こす、新たなる戦いの日々を知らずに。
 己の使い果たした力を取り戻すため、自分の夢の世界を漂っていた。
 これからの、自分たちの未来を夢見ながら――。




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