『時』が、目覚めだしていた。
 この星に人が生まれるよりも前から常に存在していたものたち。
 『それら』がここに『来た』のは、もっとずっと後のことだったけれど。
 『それら』は傷つき、苦しみ、喘ぎながらも常にこの星を見つめつづけていた。
 新しい光に輝き、希望に生きる人々の暮らす美しい世界。
 それは、彼らを憧れと羨望を持って見つめていた。
 それは、彼らを憎しみと怒りを持って見つめていた。
 それは、常に孤独だった。
 それは、常に怯えていた。
 だから、それらはずっとその世界を見つめ続けていた。
 だから、それはその世界を欲していた。
 だから、それは彼らを羨んでいた。
 そして、時が静かに満ちていった。




時のきっかけ それは僅かなりしの焔のみ――
第6話 少年の想い




「どう? 何か変わったことはあった?」
「……だめです。この2点を中心にサーチしてみましたが、どこにも異常は発見出来ません。まったく平和そのものです――一部を除いて」
「そう……しかたないわね。5時間おきに同じ範囲をチェックしておいて。何か異常あったら 知らせて」
「ハイ、了解しました」
 ケイトはそう言うと、目で彼らを元の部屋に促した。そのまま全員、言葉なしにぞろぞろと引き返した。誰もが、言うべき言葉が見つからないようだった。
 そして、席について随分経ったとき、始めに口を開いたのは以外にもテリィだった。
「あの、……一体どういうことなんですか?」
「……わからないの。今、シルヴァラントとメリアブールに調査を依頼したから、その結果が届くまでは、まだなんとも……」
「そうですか……」
 ふっと、それきり会話が途切れる。
 不意に、それまでずっとうつむいていたリルカが震える声を絞り出す。
「……なんで?」
「リルカ?」
「どうして……」
 みなの注目する中、少女は肩を震わせる。
 さっと上げた顔に浮かんでいたのは、強い、何かに対する怒り。漠然とした物に対する、大きな感情。
 思わず誰もが言葉を呑みこんでしまう。それほどの迫力を秘めていた。
「せっかく、平和になったんだよ? みんな、戦う必要もなくなったのに、またあんな事が起きるの? また、誰かが傷ついたりしなくちゃいけないの? 誰かが悲しい思いをしないといけないの? そんなことがもう無いように、もう二度と起こらないように、私たち、戦ったんじゃなかったの?! ねえ!? 違うの!?」
「……リルカ……」
 辛い声で叫んだリルカは、それっきり再び俯いてしまう。
 ぎゅっと握り締められた両手が、小さく震える。
「違うよね……? そんなこと、ないよね……」
「…………」
 そんな少女にかけるべき言葉がみつからず、誰もが口をつぐむ。誰もが感じていたことだからこそ、言うべき言葉ががない。
 アシュレーが視線を逸らした時、意外な人物が顔を上げた。
「何弱気な事言ってんだよ、この馬鹿リルカ!」
 先ほどのリルカに負けないほど、怒りの表情を浮かべたテリィがリルカに向かって怒鳴り散らす。いつになく真摯なその表情に、リルカも思わず気圧されてしまう。
「な、何よ……」
「何、じゃない! いっつもお前、自慢してたじゃないか!」
 唐突な言葉に、リルカは目を瞬く。
「……え?」
「私は世界を救ったんだって! 『みんな』と一緒に英雄になったんだって! そう言ったのは、おまえだろ!」
 そう怒鳴ったテリィと、その言葉に誰もが驚きを待って見つめた。
 ふっと息を吐き、一転した穏やかな口調で、しかし強い眼差しでリルカを見つめる。
「俺、お前が羨ましかった。誰もできないって言われてたのに、すごい化け物を倒したりして。世界も救って。そんなこと、普通はできない。リルカはARMSの仲間たちがいたから、自分もがんばれたって。世界も救えたんだって言ったけど、他のやつじゃ絶対にそんなことできないよ」
「テリィ……」
「アシュレーさん達と同じくらい、お前も強いって事解ってるのか? 他の誰でもない、ここにいる皆だからこそ、全員がそろっていたからこそ、世界を守れたって事。だから俺、すっごく羨ましかった。リルカはどんどん強くなっていってる。世界一の仲間を手に入れて、どんどん俺の先をいって……俺を置いていって」
「テリィさん……」
「俺、あの時まで俺が一番なんだって思ってた。ケテル階級まで行って、同い年の仲間の中では一番なんだって、それが自慢だったんだ。でも、そうじゃなかった。リルカが世界を救ったって聞いたとき、俺……自分がすごく恥ずかしかった。でも、それよりもっと嬉しかったんだ。知り合いが英雄になるなんて、そうあることじゃないだろ? リルカに抜かれるのは悔しいけど、それだけお前は凄いんだ」
 どうしたら、この想いをわかってくれるのだろう?
 恥ずかしいと想った自分自身。英雄を友に持った自分が誇らしかったあの時。
 たくさんの思いを、たくさんの願いを感じたあのときを。
 テリィの眼差しに、リルカは小さく呟くを洩らす。
「……私、が?」
「こんなとこで弱気になってるリルカなんて、リルカらしくない。俺の敵わないって思ったリルカはぐずぐずしたりしないで、すぐに何とかしようって頑張ってるんだ」
「…………」
「だから、もっとちゃんとしなよ。おまえには、世界一の仲間がいるんだろう? だったら、何があったって、平気じゃないか。こんなとこで泣き言いってないで、さっさと行動しろよ」
 そんな彼の言葉に、俯いたリルカに僅かな微笑が生まれる。
 もっとも、それは誰にも見えなかったけれど……。
「…………」
 ボソッと、リルカが何かを呟く。 
「え?」
「……テリィの癖に、生意気だって言ったのよ!」
「うわあッ!?」
 恥ずかしいので、リルカは照れ隠しにいきなり耳元で大声を出してやる。
 テリィは驚いたのと耳の痛みで机に突っ伏した。それに被せるように声を張り上げる。
「言われなくたって、それくらい解ってるわよ! ちょっと愚痴ってみただけよ!」
 そう言って怒るリルカはすっかりいつも通りだ。元気に笑いながらテリィと言い合いを始めている。
 思わず全員から息が零れる。アシュレーやティムは、リルカが元気になってよかったとの安堵の息。マリアベルやブラッドは、これからの未来を作る頼もしい若者たちへの苦笑を。
 カノンは珍しくも僅かに苦笑しながら、そんな彼らに言葉を送る。
「そろそろやめておけ」
「「だって!!」」
 声をそろえた二人はまた顔を見合し、再びケンカを始める。
 そんな二人を今度こそ呆れを込めた苦笑で見ながら、アシュレーが笑う。
「まあ、何にせよリルカが元気になってよかった」
「ああ」
 そこに突然今の騒ぎにもくわわらなかったティムが、突然口を開いた。
 困惑したような、何か大きな隠し事をばらすときのような――。
「……あの」
「どうした? ティム」
「……えっと」
 たまたま隣に座っていたブラッドがそっちを向く。
 不思議そうな表情に、一瞬だけ口篭もるがすぐに気を取り直し、はっきりとした口調で話し出す。
「あの、さっきの変な反応って、もしかして最近ガーディアンの力が弱まったことと何か関係があるんでしょうか?」
「……なんだと?」
 この言葉には喧嘩をしていた2人やそれを止めようとしていたアシュレーの動きを止めるには十分な言葉だった。


*****


 穏やかにうねる大海原。
 エメラルドグリーンとコバルトブルーが見事なコントラストを描いている。
 その海の奥深く……地図上で言えば最北端にあたる位置。
 深い深い亀裂の奥、おそらく世界で一番深いであろう所に、それは漂っていた。
 決して生命をもったものたちが訪れず、降り積もるプランクトンの死骸だけの世界で。
 この豊かな世界に幾度となく争いの炎を生み、悲しみの涙を生み出した元凶。
 もしもその姿を『彼ら』が見たら、驚きの声を上げていただろう。
 自分たちがあれほど苦戦させられたあいつが、何故こんな姿になっているんだ、と。
 だがしかしそれの傷の大半は、誰かにやられたものではなく、無理な力の使い方をしたからだった。
 閉じかけた空間を無理やりこじ開けるという荒業をしたがための。
 そして残りの傷は、『それ』と血を同じとするひとりの少女によるものだった。
 彼はそれを確かめ、残った力で自らの周りに結界を張り、力を取り戻すことを優先することにした。

 ―――まあ、いい。あいつらを探すのは力が戻ってからでも十分間に合う。待っているがいい、アシュレー・ウィンチスター、そしてリリスよ――。

 彼はそして大地からエネルギーを吸収していった。
 己の力を取り戻すために。
 この世界を自らのものにするために。




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