南の海に浮ぶ、小さいけれど緑豊かな無人島。 そこにはもう何十年も人は訪れなかった。 そこに突然、一人の傷だらけの少女が現れた。 それとほとんど時を同じくして、2人の人間が訪れた。 この出会いは、後の戦いにおいて大きな意味を持っていた。 それは、偶然だったのか。 それは、必然だったのか。 それは、運命だったのか。 彼らはいつか、出会うことになる。 それがいつかは解らないが、そう遠くないことだろう。 そしてそれは同時に多くの争いと涙を生み出すことだろう。 それを正しく予想できたのは、おそらく『彼ら』だけ――。 ![]() 第7話 ARMS再び ティムがぽつり、と洩らした一言を聞き取り、カノンがゆっくりと振り返った。 「……なんだって?」 問い掛けるその目には、剣呑な光が宿っている。鋭い刃物のような眼差しで、仲間である少年をきっと睨み据えている。ティムはそれに怯えたように身を引いた。 「ですから、突然ガーディアンの力が弱くなってきてたのは……もしかしたらそれの所為かもしれないって思って……」 「それは、一体どういうことだッ!」 「カノン!?」 「お前はそんなこと一言も言ってなかっただろうッ!」 突然、カノンは怒気をあらわにして席を立ち上がった。テーブルについた手のあたりは、多少撓んでいた。それだけ強い力を込めているのだろう……無意識のうちに。 「いつからそれに気づいていたッ!」 「えっと、ついさっき……」 「なら、何故早くそう言わなかったッ!」 「お、落ち着いてください、カノンさん」 「まあまあ……」 慌てて皆が仲裁に入る。ここでいきり立ったカノンにビートイングラムでも使われてはたまらない。彼女は冷静そうに見えて凄く短気なのだ。 「落ち着け、カノン。今は争っている時じゃないだろう。……しかしカノンの言うとおり、何故もっと早くに言わなかった? 何か隠す理由でもあったのか?」 落ち着いた声音で訪ねるブラッド。 それに気圧されたように俯いたティムは、大きく良きを吸い込んでから話し出した。 「……実は、あの戦いの後、ガイアから教えられてたんです」 「一体何を?」 「……ロードブレイザーによって、遥か昔からの長い時の間に大きくなっていた綻びが大きくなって、そしてこのファルガイアは荒廃の道を歩んでいたそうです。だから、ほとんどのガーディアンたちで傷ついたこの星を癒していくから、しばらく力が弱まるだろうって……だから」 「なあ〜んだッ。だったら心配ないじゃない」 「いえ、そうじゃないんです」 ほっとしたように明るく言い放ったリルカに、冷たいほどきっぱりと言い返すティム。 むっとしたような表情をしたリルカに、慌ててティムは手を無理ながらも言い募る。 「確かにそう聞いてたし、ガーディアン達の気配はいつもも感じてたんです。でも、それがここ2,3ヶ月急に弱くなって……」 「突然に、なのかえ?」 「はい。それに、今ではもうガーディアンたちの気配はほとんど感じられないんです。特に、あの地震から今も気配は弱まっていて、もうほとんど感じられなくて……」 「そんな……」 「どうしてこうなったのか、見当もつかなくて……」 しゅん、と力なく項垂れてしまうティム。ゾアプリーストたる自分自身が、何も出来なかったのが悔しいのだろう。無理も無い。 しばし、誰もが言葉を失ってしまう。彼の苦悩を思い遣って。その隠された事実と世界で始まっていた大きな世界救済の理由に。 しかし、それからしばらくして突然アシュレーがさっと顔を上げた。 「皆、ここでずっと考えてもしかたないよ――ケイトさん。あの光の調査ってどれくらいの時間がかかりそうですか?」 「え、えっと、確か2,3日でわかると思いますけど……」 「それまで僕らは僕らに出来ることをするしかない。とりあえず今はゆっくり休んで、明日からまた頑張ればいい。せっかく久しぶりに皆に会えたんだしね」 「……それもそうだな」 ふっとブラッドの顔が優しくなる。 緊張が一気に解け、テリィやリルカ、ティムはほっと安堵の吐息を洩らした。 「うん。そうそう。ゆっくり休まなきゃ何にもできないよ!」 「……リルカは今のうちに宿題でも済ませておいたほうが良いんじゃないか?」 「何よー」 二人の毎度の言葉のやりとりに、ティムはくすっと笑みを洩らした。 しかし、いつもならば直に言い返すはずのテリィはそれには答えず、アシュレーの方を見つめた。 じっと何かを考えるように目を瞑り、そして目を開く。強い決意の色が現れたゆるぎない眼差しは、その若さそのものを象徴するようにまっすぐ彼を貫く。 すっと息を吸い込むと、彼は拳を握り締めながらアシュレーに告げる。 「アシュレーさん。――俺もARMSに加えてもらえませんか?」 一呼吸分、みなの動きが止まる。突然の言葉に、誰もがその意味を捉え損ねていたのだ。 ゆっくりとその言葉が脳裏に染み込み、それから驚きがやってきた。 「「ええぇッ!?」」 そう言って全員で彼の顔を凝視した。 テリィは全員の視線を充分に意識しながらも、まったく表情を変えない。変えることは無い。 それはもう先ほどからずっと――恐らく、ソレよりも昔から頭のどこかにあったことだから。 「何言ってんの、テリィ。そんな突然――」 「お願いします」 そう言って真っ直ぐにアシュレーを見つめる。強い、意思の宿る眼差しを向けて。 その真摯な光に、アシュレーは小さく笑った。見覚えがあるような気がする眼差しだ。 たぶん、それは数年前の自分自身だ。懐かしく、そして恥ずかしさにもにた感情が沸いてくる。今はここにいない『彼』も、同じ様なことを考えていたのだろうか。 彼はきっと、きちんと全てをわかっているのだろう。ならば何もいう事は無い。 「君は本当にそれでいいのかい? 危ないことも多いし、最悪死ぬ可能性だって――」 それは、儀式のような物。決まりきった事実を、改めて確認するだけの事。 そして、恐らく彼はそれをも判っていたのだろう。笑みさえ浮かべ、しっかりとした声音で堂々と言の葉を紡ぐ。 「構いません。俺は、わかっているつもりですから」 「……そうか……」 アシュレーはそう言ってブラッドたちを振り返る。――笑みを堪えるのに、耐えかねたのだ。 振り返れば、ブラッドたちもまた苦笑を顔に刻んでいた。こうなる事をわかっていたかのようだ。リルカは戸惑い、きょときょとと彼らを見比べている。 ティムは同じく驚きながらも、嬉しそうだ。 それを知りながら、アシュレーはわざとらしく顰め面をして彼らに問いかけた。 「二人はどう思う?」 「本人がやる気になっとるんじゃ、やらせてみればいいじゃろう?」 「ああ。俺も同じ意見だ」 「……勝手にすればいい」 それぞれ『らしく』言い募る彼らに、ティムは顔一面に喜色を浮かべて立ち上がった。 リルカは一人なんとか抵抗し様としながらも、それが叶わないとわかってぶーたれている。 「テリィさんなら大歓迎ですよ!」 「……だ、そうだ。これからもよろしくな、テリィ!」 「――はい!」 強く手を握り締めた2人の横で、リルカが未練たらしく文句を言っている。 こうしてこの日、ARMSの新しい仲間が増えたのだった。 そしてそれは、後に重要な鍵となる。 それを、今はまだ、誰も知ることはないけれど。 ***** 木漏れ日の射す木立の中。そこは暖かな日差しと素晴らしい花の芳香が漂っている。しかし、今そこには噎せ返るような血臭がしていた。 一人の少女を中心にして、瑞々しい赤の血の池が広まっていた。 全身いたる所が傷だらけで、おまけに左腕が肩からすっぽりと無くなっている。歳若い少女にはあまりに残酷な仕打ちであろう。一生消えないだろう傷とて、数多くある。 このままでは、恐らくそう長い時を待たずして死が訪れるだろう。歴然とした事実。 それは彼女にとって、一つの救いの形でもあった。それを知る者はいないけれど……。 天さえ彼女を見放したかと思えるその時、急に暖かな光と共に少女の隣に一人の少年が現れた。空中から溶け出すように現われ、気付けば実体としてそこに佇んでいる。 美しい青い髪が流れ、赤いバンダナを額に巻いている。夕焼け色の輝く瞳は、優しい光と同時に深い悲しみを宿しているようであった。 彼はそっと跪き、静かに細心の注意を払って慎重に少女を軽く抱き起こした。 さっと額のバンダナを外し、彼女の頭に負った大きな傷に巻きつける。 次の瞬間にはそれにはじんわりとバンダナに深紅の色が滲み出していた。どんどんそのバンダナは深い赤に染まり、再び雫となって流れ出す。それを彼は悲しげに見つめていた。 そのまましばらく少女を抱きしめた後、そっと優しく地面に降ろした。 「……ごめん。今、ここで力を使うわけにはいかないんだ……」 失血により青白い肌になった少女にそっと語りかけ、頬に張り付いた髪を優しい手つきで除ける。額を伝わる血の雫を払い、痛みと何かの感情に顰められた眉を見て再び悲しみに顔を歪めた。 この状態を強いる事になった自分を、心の中で責める。 少年の身体がゆっくりと柔らかい白銀色の光に覆われていくが、彼はまったく頓着しない。 それはまるで、傷ついて地に沈んだ少女を救いに現れた天使の絵にも似ていた。 「でも、君はきっと助かる。そう『定められている』から……」 それはまるで何かに対する懺悔の言葉のようだった。搾り出すように、小さな声を紡いでいく。 それが自身に課せられた命であるかのように。そして、それは半分は事実なのだ。 「僕はこれくらいしか、君の力になれない。『今』はまだ……」 光が一層強くなっていく。空に輝く星の一つが降ってきたかのような輝きだ。しかしそれでも傷ついた少女が眼を覚ます事は無い。 「大丈夫。君ならきっとやり遂げられるよ」 それは、憶測ではなく事実。そして、彼自身が抱き、望んでいる希望。 優しい光に遮ぎられ、人の形さえわからなくなっていく。 それでも彼は微笑みを浮かべていた。 「『彼ら』を探して。きっと君の力になってくれるはずだから」 眩い光が少女の身体に吸いこまれていく。そして少年であったものは同時にその吸い取られていくように姿を少しずつ消していく。現れたとき同様、溶けるように。 「忘れないで……」 その光は少女を包み込んで、どんどん膨らんでいく。限りないように増幅し、そして大きな球形となった時にその動きを止めた。 動きを止めた光は、次に少女の左手のあたりに集まって新たな腕として甦った。 ――信じていて……『未来』を――。 ふっ、と輝きが唐突に消え失せる。まさに一瞬の出来事だった。 しんとした静けさがあたりを包むと同時に、離れた場所から音が近付いてきた。 それは規則的に続き、人の足跡のように聞こえる。また話し声も聞こえるようだ。 「ほんとなんですか? ただでさえ時間が無いのに……」 「うるさいな、ほんとだって! ここら辺で何かが光ってたんだよ!」 「しかし――」 「あーもうっ! だから行って見れば解るって……お、おい、スコット!」 「何ですか?」 「大変だ! 人が血まみれで倒れてる!」 「まさか、そんな……ッ!?」 2人は少女を一目見るなり、その身体を担いで元来た道を辿っていった。 急いで船に乗り、少女を医者に見せるために。 傷だらけの見知らぬ少女の命をを助けるために。ただそれだけのために。 そして、新しい歴史は回りだした。 |