何故、戦ったんだろう。 何故、武器を手にしたのだろう。 何故、『その』場所へ赴いたのだろう。 何かを守るために。 失わないために。 誰も、悲しまないように。 そう誓って、約束して。 力を持つことを、己に許した。 見せ掛けの正義で覆い隠して。 それが正しいのだと、信じていた。 世界、友達、自然、好きな人……人の命。 それを担うには、まだ時間が短すぎたから。 一つ間違えば、守りたいものも壊してしまうほど、大きな力。 何故、わたしたちはこんな力を手にしたのだろう? 何故、何かを傷つけて生きていくことを己に許したのだろう? 何故――――? ![]() 第9話 小さな邂逅 「――……から、きっと……」 「しかし、……とは限らないわけで……」 「……っと、そうだって! だからさ、あいつらに……」 なにやら頭上から、複数の話し声がする。真剣に、何かを話あっている。 声からして恐らく……自分と同じくらいの少年だろうと推測できた。ただ、その声はどこかで "聞いた"ような覚えがあるのだけど……。 しかし、何故自分の頭上で言い合っているのだろう? そんな疑問が頭脳裏をさっと掠め、少女はなんとか重い瞼をこじ開けた。強い眠気が少女を襲うが、それを無理に押し込める。目を開いてしまえば、なんとかなる。 始めに見えたのは、真っ白い天井。そして、綺麗なカーテンといくつかの小さなシミ。 大して広くない部屋におかれたベッドに、少女は寝かされていた。お日様のにおいのするシーツがベッドを覆い、柔らかく少女を包んでいる。 太陽のにおいと同時にキツイ消毒薬の匂いがして、少女は眠る前の状況を思い出した。 (ここは、病院……? じゃ、あの声は……?) そっと上体を起こして顔を声のした方に向けようとした瞬間、鋭い痛みが全身を走った。 ズキ、とつま先から脳天までを痛みが走りぬけた、と感じた。そして、 『いっっっっっったあぁぁぁーーーーーっい!!!!』 思わずみっともない悲鳴をあげてしまった。結構大きな声だ。 どうやらその声に声の主たちは驚いたらしく、彼らかは慌てた様子で少女の顔を覗き込む。 「お、おい、大丈夫か?」 「あんまり無理に動かないほうが……」 さっきの痛みもどうやら無駄ではなかったらしい。 うっすらと涙の浮かんだ視界の向こうには、二人の少年が心配そうにこちらを見つめていた。 「あのさ。あんた無人島に倒れてたんだ。俺たち船に乗っててあんたを見つけて、んで、そのまま運ぼうと思って、ここについて、そしたら……」 「……トニー君。少し落ち着いたほうがいいのでは?」 「わ、わかってるよ! それくらい!」 どうやらトニーという方はかなりそそっかしいらしい。その名前にも、少女は心当たりがあるような気がしていた。何故か、思い出せないけれど。 もう一人のマジメそうな少年がため息をつきつつ、状況説明をし始めた。 「はじめまして。わたくしの名前はスコットと申します。こちらは友達のトニー君です」 (友達……) その響きにズキッと胸が痛む。もう、自分が失ってしまっただろうものの名前。 しかしそんな様子に当然ながら二人は気付かずに話し始める。 「俺たち船に乗ってたんだ。マリアベルが――ッと、マリアベルってのは俺たちの仲間なんだけど、そいつに置き去りにされてさ、だから船で追いかけてたんだ」 「テレポートジェムもあったのですが、何分値段がそこそこ高いので失敗した時の事を考えて、自力で行くことにしたんです」 「そんで海を渡って、途中で無人島で休んでたんだ。んで出発しようとしたらなんかが光ってたの見付けてさ、そこで血まみれのあんたを見つけたんだ。医者に見せようと思ったけど医者なんていないし、船で一番近い大陸の町に行くのも時間がかかるって言うんで、ジェムでひとっ飛び! ってわけさ」 「そしてヴァレリアシャトーから遠く離れたこの街まで来てしまったわけです。まあ、荒野の真ん中に着くよりはよかったですが……ふぅ」 「なんだよ! お前だってそれしかないって言ったじゃんか!」 「しかし、こんな離れた町にくるとは言ってなかった訳ですし……」 互い違いに説明をしていた二人はいつしかけんかごしになってしまっている。 それを見ていた少女に思わず笑みが零れ、笑い声が口をついて出た。 『ふふふっ……』 ぱちくり、と驚いたように瞬いた2人にさらに可笑しさがこに上げるが、それをなんとか堪える。 『ふふっ、ありが……』 そこまで言って自分が故郷の言葉を話しているのに気がついた。ここの世界と彼女の故郷では使っている言語が少しだけ、違うのだ。 長い時の間に覚えていたこの星の言葉に、思考を切り替える。使うのは初めてだ。 「――……あ、りが、とう」 完璧に言葉は覚えていたが、緊張による微かな発音のぎこちなさに彼らは気づかなかったらしい。 二人とも嬉しそうな顔に好奇心を一杯に浮かべ、質問をしだした。 「なあなあ、何であんなとこにいたんだ? 遭難したのか? その怪我、どうしたんだ?」 「わたくしなりの結論といたしましては……」 「なあなあ、あんたどこから――うわあっ!」 勢い込んで身を乗り出していた二人を、太く逞しい腕が押さえつけた。 「この悪ガキども、怪我人相手に何してんだい!? しかも相手は女の子なんだよ! さあさ、着がえるんだからあっちに行ってな!」 そう言って反論も聞かないまま2人を追い出し、ドアを閉めて戻ってくる。 恰幅のよい、気のよさそうな中年の女性だった。褐色に焼けた肌が健康そうだ。 何やら小脇に小さな袋と小箱を抱えている。 「まったく。目が覚めたら知らせるように言っといたんだけどねえ。あたしはジラ。ほら、包帯を替えるかね。傷は痛む? 起きられるかい?」 「あ……はい。助けてくれて、ありがとうございます。……それで、あの、ここは……?」 今度はきちんとこの世界の言葉を話す事が出来た。 背中を支えてもらって起き上がると、微かに痛みが走るが耐えられないほどじゃない。 それだけ確認すると、少女は包帯をはずして背中を拭ってくれているジラに声をかけた。 「ああ、ここはエレンシアっていう小さな町さ。よそ者たちが集まっていって、いつのまにかこんなに大きくなったのさ。だから知ってる者もほとんどいないし、地図にだって載ってない」 どこか誇らしげに、嬉しそうに自慢をするジラを少女はどこか眩しそうに見つめた。 ジラは手際よく薬を塗り替え、持っていた袋から包帯を取り出して再び体に巻いていく。 その手際は見事なほどで、話をしていても少しもその速度は衰えを見せない。 「ここは町で唯一の病院さ。本職じゃないけどね! お嬢ちゃんは2日前、あの子達が運んできたんだ。あの時は驚いたねえ」 言葉とは裏腹に嬉しそうに笑っているジラに、少女は不思議そうな表情を向ける。 「驚いたって……?」 「この街はもともと荒野に迷って辿り着いたものが住み着いて出来てる。だから怪我人はよく見かけるけど、あんた等みたいなのは初めてだからね。さあ、終わったよ。しかし……」 急にジラは眉をよせて見せる。その目には先ほどとはうってかわって真剣な光が浮かんでいた。 「こんな怪我、一体どうしたんだい? あの子達も事情は知らないって言ってたけど、あんたみたいに若い子がするには酷すぎる怪我だ。モンスターのやったものにしては変だし、かといって……」 「――ごめん、なさい。言えないんです」 少女は小さく、けれどきっぱりと断言した。それ以上言う気は無いと、言外に意を込めて。 そのすまなそうな表情に何かを感じたらしい。ジラは軽くため息をつくとさっと立ち上がった。 「まあ、いいさ。あんたも何か訳ありなんだろうよ。ここに来るやつらの大半はそうさ。しかし、これで大損だねえ」 さっと身を翻すと、近くにあるテーブルから先ほど持ってきた荷物を取って振り返る。 「何がですか?」 「お金だよ」 「……え? あ!」 「まあ、あの二人だって望みは無いだろうし、わかってたから別にいいけどね」 そう言って手に持っていた物を渡す。 片目を閉じて、おどけたウィンクをしてみせるジラ。 「冗談だよ。お金の心配はしなくていいさ。こっちの好意と思っていいからさ。ほら、あんたの持ち物だよ。一応血は拭っておいたけど。それで全部だと思うよ。着ていた物はほとんど穴が開いてたり血のシミがあってもう着られそうに無かったからね、悪いけど捨てさせてもらったよ。ほかは今洗って繕ってるからね」 てきぱきと包帯や薬をかたずけて立ち上がった。 それらを小さな小箱に詰め直し、乱れたシーツを直してから少女にきっと指を突きつけた。 「いいかい、もう起きられるからといって、無理するんじゃないよ! 少なくとも明日までは誰にも会わないでおとなしく寝てること! いいね!」 「は、はい」 「よしよし。……ああ、そうそう。あんたの名前は?」 「私は……リリスです」 その答えに満足そうに頷くと、ジラはドアを閉めて出て行った。忙しそうにかける足音が響いていく。そして階段を下る音。 階下で先ほどの少年達の声がし、ジラがそれに答えるのが判る。 少女――リリスはそんな声を聞きながらジラに感謝しつつ、渡された荷を確かめた。 どれもこれも、彼女が持っていた物だ。さすがに着ていた服は駄目だろうと思っていたが、洗っていると言うからにはどれか無事だった衣服もあったのだろう。 残っていたのは殆どが貴金属で出来たものやカバンなどに入れておいたものばかりだった。 細長い、鮮やかに日の光を反射する金色の三角形のプレートでできた片耳だけのイヤリング。 炎と力を象った彼女の一族の紋章の描かれた、古ぼけた青銀色のペンダント。 ショートソードほどの長さの短剣には精緻な装飾が目立たぬように施されている。詳しい者ならそれがこの世に存在するどの金属とも違う物で作られていた事がわかっただろう。 複雑な刺繍のしてある丈夫そうな皮のベルトにも、目立たない程だが幾つか血のシミが出来ている。 端の擦り切れた大きめのポシェットと、その中に入れておいた幾つかの装飾品。どれも宝石などがあるわけではないが、その見事な装飾だけで売ればかなりの額になるだろう。 そして、うっすらと中央の部分に血のシミがついている見慣れない大きな赤いバンダナ。 これが、これだけが少女が『むこう』から持ってこれた物の全てだった。 どれもが彼女にとって大切なものだ。約束の証も、得手としていた武器もきちんと揃っている。彼女が長から渡された物も、親から与えられた物も、大切なものは何ひとつ失っていなかった。 おそらくジラがきちんと気を遣ったのだろう。それらのどこにも血はついていない。 ポシェットの中にあった物はとにかく、ベルト以外は綺麗に拭われ、保管しておいてくれたのだ。 リリスを世話した分の料金など、目ではないほどの金額分の物に全く手をつけずにとっておいてくれたのだ。 これだけあれば、十分彼女は生きていく事が出来る。それだけの最低限の武器と、そしてお金になる装飾品がある。他に必要なものがあっても、すぐ補充する事が出来るだろう。 それらの物の内、リリスは見覚えの無いバンダナを手にとった。血の匂いに混じって微かに別の匂いが混ざっている。 知らないはずなのに、リリスはこれが誰のだか知っていた。どうしてこれがここにあるのかは判らなかったけど、でも――。 「……ありがとう、ロディ……」 溢れる想いのまま、リリスはそっと胸にバンダナを抱きしめた。まるで、そこにそのまま彼の優しさが宿っているかのような気がする。 穏やかな気持ちが胸を満たし、いつしか少女は横たわり、眠りの世界へと導かれていた。 傷ついた少女にはまだ、休養が必要なのだ。 深い眠りに誘われながら、少女はこの世のすべてに感謝していた。 生きていられたことに。 再び『あいつ』と戦えるチャンスを手にしたことに。 そして、少女は己に眠ることを許した。 |