焔の末裔 外伝
思い出 〜遥かなる『未来』の呟き〜





 どこまでも続く、深い闇の深淵。
 何も聞こえず、何も見えず、生命の息吹さえ感じられない。
 暑いのか、寒いのかも解らないような、そんな闇。

 ここは、全てのものが滅び、また生まれる場所でもあった。
 ここではどんな生物でも生きてはいられない。

 この深い闇の世界へ入ってこられるのは、ほんの一握りの強大な力を持つものたちだけ。
 たとえ来られたとしても、己自身や、必死に呼びかける『彼ら』を感じることのできない者は、絶望にその身を染めながら散ってゆくしかない。

 ここに在る事ができるのは強い力と強固な意思を持ち、自ら光を放てるものだけ。
 ここに在るのは、永遠に続く虚無と、『彼ら』。

 そして――すべてを司るものたち。


―――――『ガーディアン』




*****




 (初めまして……は、ちょっと変かな?)


 (風や、大地や、光を感じる……そして、わたしや、あなたを……)


 (ならば、『生きる』とはいったい何だというのだ?)


 (嫌……イヤ、イヤァァァ――あああぁぁぁぁぁッ!?)


 (似ているな……ここの空気は。懐かしの俺たちの世界に)


 (我等は「異物」。この世界にいる限り、我等は永遠に『バケモノ』でしかないのだッ!)


 (おぬしはそうやって、ずっとわしらの――を見守っていたのかえ?)


 (あなたは傷ついていた。でも、傷ついたのは本当にあなただけだったの?)


 (ずっと、夢見ていた。こうして、あなたに会えることを……)


 (また会えるよ。とっておきのおまじないがあるもの。ホクスポクスフィジポス、ってね!)


 (あのとき助けてくれて、本当にありがとう。……今はこれしか、言えないけれど)


 (ずっとそうやってきたんでしょ? だから……私が、継いであげる)


 (ならば、皆でやればいい。違うのか?)


 (死にたくない……死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくないぃッ!)


 (幸せを、探してみたかったの。ただ、それだけだったんだよ)


 (この子だけは……死なせるわけにはいかない)


 (生き延びて。彼らがいたという記憶を、途切れさせないで!)




*****




 夢を、見た。

 知らないはずの情景が、懐かしいと感じた。
 知っている筈のものたちが、新鮮に感じた。

 黒と、白と。 悲しみと、喜びと。
 相反する全てのものが、彼にダイレクトに伝わってくる。
 もしかしたら、それは夢ではなかったのかもしれない。

 でも、確かに『いつか』の出来ごとで。
 それが、未来であっても、過去であったとしても。

 きっとそれは、これから起こることの断片。
 これから生まれてくる人々の想い。
 どこかに存在する人々の、心。
 時の欠片となった人々の涙の欠片。

 そして……




*****




「泣いているのですか?」
「……え……?」

 どこからともなく、優しく慈愛に溢れた声が響く。
 そっと顔に手を伸ばすと、たしかに何かが流れたあとがあった。冷たいのに、温かい涙。

 自分が存在するという、『彼だけ』に与えられた特権。
 『彼ら』には与えられなかった、いくつもの権利の一つ。

「へえ、何だ、泣きべそかいてたのかよ?」
「ち、ちがうよッ!」

 後から響いてきたのは、逞しさと共に強靭な意思を秘めた声。
 気恥ずかしさから、慌てて顔に伝わった涙を拭う。

「泣いてたんじゃなきゃ、なんだってんだよ?」
「からかうなよッ、もう……」
「ふふっ。それで、いったいどうしたんですか?」
「……うん……」


 彼は静かに『瞳』を閉じ、『耳』を澄ました。


「聞こえたんだ」
「……何が、ですか?」
「たくさんの、懐かしいような『声』」

『瞳』を閉じると、よりはっきりと聞こえてくる。
『彼の力』が、全てのモノへと行き渡ってゆく。優しく、穏やかな力の波動が。

「たくさんの、想いが……」


 そこですっと『瞳』を開く。


 目に映るのは、闇の深淵と小さな光。彼の、何よりも大切な仲間。

「そして――『俺』を呼ぶ声が」
「……『あなた』を、ですか?」
「……うん」
「そう……か」
「また……『あの時』のような争いが起きるのかしら」
「……解らない……」
「例えそうだとしても、『おまえ』を信じることができるやつがいるんだ。きっと、 だいじょうぶさ!」
「……うん。うん、そうだよね」


 そうしてまた『瞳』を閉じると、再び声が聞こえてくる。


 その中のひとつに、何故か強く惹かれるものを感じた。
 温かくて――でも、とても強い感情。

 かつての彼と同じ思いを抱いた、一つの魂を。
 何よりも強く輝いている、想いを。


「ねえ……俺……」
「解ってるって! 俺たちがいったいどれだけ一緒にいると思ってんだ?」
「そうですよ。わたしたちは仲間でしょう?」
「うん……ありがとう……」

 その一言に、溢れんばかりの思いをこめて。

 彼らがいなかったら今の自分は存在しなかったかもしれないのだから。
 今はこれしか言えないけれど……。




*****




『行くのか?』
『うん。誰かが俺を必要としているから』
『そうかぁ……つまらなくなるね』
『ふふっ。確かに、そなたたちが居なくなると淋しくなるな』
『でもそれは、ヒトの子がわたくしたちをまだ忘れてはいないということ』
『ならば、仕方がないであろ』
『僕らの力が必要になったら、いつでも呼んでよ!』
『いくらかは、力を貸せるだろう。それに、あそこにはアイツがいる』
『どうか、彼らに力を』
『そして』
『守って』
『我らの愛する世界を』




*****




「行こう、あの世界へ」


「――僕らの星、ファルガイアへ!」





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