目覚めよ そして時を見上げ 明日を描き 空を歌わん――
第二章 〜目覚めの刻〜

【6】



――現われたるは ちいさな灯火
浮かび上がるは 儚い思い出――


それを、初めとするならば
果てない未来まで、続けていけるだろうから



 生死の堺を彷徨い、目覚めた淳との感動の再会の直後。
 つもる話に口を開こうとしていた未央達は、すぐにかけつけた医師たちに病室を追い出されてしまった。
 なにせ、相手はつい先日死にかけたばかりなのだ。『魔法』でほとんどの怪我が癒え、歩けるとは言ってもまだ手当てが必要だし、精密検査も行わなければならない、らしい。
 次の日は浜口に頼み込んだ末になんとか面会を許可してもらったのだが、前日の検査で疲れ切っていた淳が眠ってしまったため、それもすぐに終了となってしまった。
 相手が怪我人と言うこともあり、起すのも忍びないと思った3人は結局部屋へと戻しかなくなり、そのためきちんとした話ができたのは淳が目を覚ました、夕食後のことだった。



「でね、でね? その時あたしたちの手から――」
「未央……それ、いったい何度目?」
 嬉しそうな笑みを浮かべながら話していた未央の言葉を遮り、青みを帯びた銀色の髪の少年――淳がそっと上体を起こした。
「話したいのはわかったけど、同じところばかり話してもしょうがないだろう?」
「だって! どうしても言いたかったんだもの。凄かったんだよ? 真っ赤な炎が出てさ、化け物が包まれてあっという間に――」
「はいはい、それはもうわかったから」
 苦笑まじりに言い、呆れた風の拓也と視線を合せて再び苦笑を浮かべる淳。それを見て、未央はつまらなそうに頬を膨らませる。
 ずっと眠ってばかりだったくせに、何故こうもわかりきったような態度をするのか。何故か、とてつもなく不公平な気がしてしまう。
 呆れている拓也と顔を見合す淳に、未央はしかたなく先ほどの話の続きを思い出しつつ、再び口を開き、自分達の身にあった出来事を離し出した。
 横からそんな3人を見ていた瞳は、始終楽しそうにくすくすと笑みを洩らしている。何度も堂々巡りしてしまう未央にも、それをある程度わかっていて話させている拓也にも、それを楽しげにあしらう淳にも、それを見ている側からしてみればただ笑みをさそうだけでしかない。
 もっとも、興奮する未央の気持ちもわからないではない。
 あれだけの体験をして、その訳を理由を知りたくて。誰かに話したいのに、でも自分達以外の誰にも言えなくて。何があったのか、どうしてあんな事が起きたのか――3人だけで話しても、何もわからなくて。何も思いつかなくて。何も、知ることができなくて。
 ここ最近、ずっと抱えていたジレンマ。
 でも、淳になら。誰よりも自分達に近い、大切な仲間である彼ならば、話す事が出来る。
 4人が揃えば、きっと何かがわかると。信じているから。
 きちんと最初から自分達の手に入れた情報を話そうと決めていたのに、話しているうちに興奮してしまった未央が同じ話ばかりと繰り返し、それを落ち着けようとして――と、さっきからそればかりを繰り返す結果となってもどかしそうにする未央に、ついに拓也がいらついたように髪をかきむしった。
「あーっ、もう! いい加減にしろよ、未央!」
「だぁって〜」
 うう、と唸る未央の様子に、隣で笑っていた瞳が見かねたようにそっと口を挟んだ。
「もういいよ、未央ちゃん。後は拓也君が話して?」
「りょーかい」
 拗ねる未央を瞳が宥め、それを視界の端に留めながらも拓也はつっかえながらもこの数日にあった出来事、そして自分達の知っている事を改めて順番に説明していった。
 話自体はあまり複雑ではないので、すぐに終わる。それに彼らの知っている出来事や情報を加え、時折淳から発せられる質問に答えていく。そうすることで、いままで考えもしなかったいくつかの事柄が浮かんでも来た。
 先ほどの未央の説明よりもずっとスムーズに話す拓也に、それにテンポよく相槌を打ち、話を聞く淳。
 いつもとは少し違うその光景に、瞳は少しだけ目を細めた。
 どことなくふてくされている未央も横目でその光景を見て、瞳と同じように目を細め――そして、小さな笑みを浮かべていた。
 普段なら、何かを説明するのは淳と未央の役目だ。拓也は二人の話をサポートし、瞳は場の雰囲気を損なわない程度に口を挟む。それがいつものパターンなのだが、今回は説明を受けるのが話し役の淳であること、そしてもう一方の未央が興奮しきってしまったため、かわりに拓也が説明を請け負う形になっている。
 もともと、拓也は説明が下手な訳ではない。ただ、他人に何かを話すのに4人の中で最も適切なのは淳で、そして未央だった、というだけの話だ。
 淳は誰よりも冷静に物事を受け止め、それを順序立てて説明するのを得意としている。未央は逆に話し上手ではないが、素直に感情を表す事で相手に本音を言わせる事ができる。その二人が組めば、大抵の場合を乗り切れるのだ。
 拓也もそういったことができなくはないが、若干他人に対して警戒心が強いため、苦手としているのだ。そのため、普段はこういったことをしようとはしない。……相手が身内や未央たちなど、親しい人である場合は別だが。
「――とまぁ、これで終わりかな」
「そう、だな……」
 決して長くはない、けれど短くもない会話が終わり。
 疲れた様子の二人を横目で見たあと、何気なく時計に視線を走らせた未央は思いのほか時間が過ぎていて、そして消灯時間が迫っている事にふと、気付いた。
 窓の外に視線をやれば、そこはもう星の輝く闇の世界。
「あー、のど渇いた。水もらうな」
 淳のために用意してあった水をコップに注ぎ、勝手に飲み干す拓也。
 なまぬるくなったそれが、けれど乾いたのどには何よりも心地よい。それをゆっくりと飲み干しながら、話を聞き終わってからずっとなにやら考え込んでいる淳を気にしつつ、つまらなそうな顔をしている未央から瞳へと視線を移して拓也は目を瞬いた。
「……何、一人でわらってるんだ?」
「えー? だって、嬉しいんだもん」
 その言葉に、未央と淳も彼女に視線を向けた。
 3人に見つめられている瞳は、けれど変わらずに嬉しそうな笑みを浮かべて微笑んでいた。
「何が?」
「こうしてみんなでいられることが。なんか、凄く懐かしい気がしない?」
 心からの喜びを浮かべて微笑む瞳につられるように、難しい顔をしていた淳も、若干機嫌の悪かった未央も小さく笑って見せた。ふわ、と笑みを洩らして拓也は瞳の頭に軽く手を乗せ、ぽんぽんと叩く。
 それが合図となったように、ほっとしたような、暖かなものが溢れた。
 すべてを話し終わったせいか、未央たち3人は目覚めてからいつも付きまとっていた何かが重さをなくしていくのを感じていた。
「……そろそろ、だよ」
「ん?」
 例え様の無い安堵を感じながら、未央がちいさなためいきと共に消灯時間が近いことを知らせる。それを聞いた淳が彼らに退出を静かに促し、拓也と瞳はしぶしぶながら立ち上がる。
 自らそれを告げた未央は、苦笑を浮かべて立ち上がっていた。それから身を起そうとする淳にいいよ、とかるく手のひらを降って見せる。
「じゃあ、またあとで」
「消灯から1時間くらししてからだから、寝ててもいいよ。起こすから」
「うん、大丈夫。起きてるから」
「辛かったら無理しないでね?」
 口々に言いながら部屋を出ていく3人に手をふり、淳はベッドに横たわった。
 それを見計らったように看護婦が訪れ、体温などをチェックして部屋の電気を消し、出ていく。
 しん、とした静寂の漂う病室。先ほどまで暖かな雰囲気が、まるで嘘のようだ。
 誰もいなくなった部屋で、淳は小さく溜息を洩らした。
 正確には誰もいない、というのは間違いだ。
 ここには淳を含めた6人の人間がいる。彼と同じように「変化した」人々が。ただ、淳以外の誰ひとりとして、まだ目覚めていないだけ。
 突然意識を失ったため、転んだりして怪我をしたものばかりが集められた病室。この部屋の誰もが色鮮やかな色彩を纏い、そして眩しいほどに真っ白な包帯をつけている。
 ひとつひとつのベッドにはカーテンがひかれ、淳以外の誰も、動かない。
 どうやら未央達の部屋もこことあまり変わらないらしい。ただ、拓也のいる男部屋は彼の他にもあと2人、目覚めた人がいるらしい。ただ、その二人は目覚めたばかりなのですぐ検査に回されてしまい、まだまともな話もできていないと言っていた。
 そんなことを思い出しながら、ちらっと淳は視線を動かした。
 カーテンで隔てられた、いくつものベッド。
 その中にいつのは、自分と同じように包帯を身に纏い、そして眠りにつく人々。だが、淳はもうひとつ、自分と彼らに共通点があることに気付いていた。
 誰一人として、見舞いに来る人もいない。
 ひっそりとした、静かな病室。
(……誰も……)
「――ッ!」
 ズキ、と胸を貫く鋭い痛みにはっと息を飲む。
 そんな自分に気付き、淳はほろ苦い笑みを浮かべた。彼らのいる前では決してすることのない、暗く、そして冷たい自嘲を含んだ笑みを。
 知らず知らずの内に、またくだらない事を考えていたらしい。
 彼らと共に過ごすようになり、それから随分と思い出さなくて済むようになったのだと思っていたのだが――。
「まだ、駄目なのかな……僕も」
 しばしの時間を置いて、瞼をおろして零れた溜息に全ての想いを乗せて呟く。
 どうやら、また少しナーバスにでもなっているらしい。
 今度は諦めを含んだ笑みを口元に浮かべて淳は無理やり思考を切り替えた。……そうでもしないと、抜け出せなくなってしまう。
 ゆっくりとした呼吸を繰り返し、閉じた瞼を開いて薄紫と金の目でじっと宙を見据える。
 かすかに胸の奥にわだかまる、微かな残滓をふりきって。今彼らを取り巻く現状へと、想いを移してゆく。
(――そう、僕達はある日突然にして、髪と目の色が変化した。何故? 何もなかった人達と僕達の違いはなんだ? そして)
 とても信じられない。けれど、彼らがこんなくだらない嘘をつかないことも知っている。誰よりも、何よりも。けれど、だからこそ、容易に信じることができない。
 けれど、たぶん。それはきっと本当のこと。
 心のどこか奥深い場所で、“何か”が変わったのだと。
 新しいモノが芽生えたのを、知っているから。
(『魔法』が……“ありえない”はずの奇蹟が、起きた……だって?)
 昨日と今日、検査に立ちあった浜口医師がこっそりと教えてくれた。
 自分が本当なら死人だったのだと。よくて植物状態、という状態のはずだった、と。
 そして、これは言われなくてもわかっていたことだが――異常なほど、怪我の治りが早い。それは今ではもう普通とかわりないほどだが、『魔法』が使われたという夜にほとんどの傷が癒されてしまったようだった。
 こうして淳が重傷者用の病室で寝ている必要も、もはやない。まだしばらく安静にする必要はあるが、傷自体はもうほとんどが完治したといっても過言ではないのだ。
 それらを簡単に説明した上で、彼はこうも言っていた。「これを奇蹟ではなくて、何と言うんだろうね?」と。
 ……もしかしたら、彼は何かに感づいているのかもしれない。どこか、探るような眼差しを向けられた時、ふとそう思った。決して、口には何も出さなかったけれど。
 それらすべてを踏まえ、そして未央達の話を繋ぎあわせれば否が応にも『魔法』の存在を認めざるをえない。
 現実には起こり得ないと思っていた。起こるはずがないのだと。それが当然の摂理なのだと。だが、それはただ誰も知らず、成し得なかっただけで存在していたのかもしれない。だとしたら、それは存在しているのと同義。それならば、これは夢ではありえない。
「奇蹟が現実になった……なら、それは何を意味するんだろう?」
 小さく呟き、淳はそっと身体を起こした。ベッドの上に座り、枕にもたれて己の手をじっと見つめる。その白い手のひらを見て、淳は軽く口を歪めた。
 未央達の話だと、ソレは手から立ち上ったのだと言っていた。
 淡い、柔らかな光が。暖かく身体を包み、そして力を放ったのだと。
「魔法……か。僕も使えるのかな?」
 苦笑混じりの言葉を零して、疲れたように瞼を下ろして身体中の力を抜く。思っていたよりも疲れているらしい。体がいつも以上に重く感じられる。
 何故か、まぶたの裏にふと、灯火のカケラが浮かんだ。
 小さいころのいつかに見た、ホタルの光にも似た小さな炎。穏やかに、柔らかく揺らめきたゆたうもの。
「光……」
 懐かしさに微笑み、淳は知らず知らずのうちに小さくその言葉を口にしていた。
 別にそれを願った訳でもなく、なんの気なしに呟いた。
 ただ、それだけだったのだが。
「――え?」
 淳は思わず小さく呟き、そして大きく目を瞠っていた。



 ひた、ひた……という小さな足音が廊下から響いてくる。
 規則正しく聞こえるものと、少しおどおどしたようなものと。微かに聞こえる、布のこすれる音。
 それらが誰の物なのかを正しく把握している淳は、手のひらから顔を上げた。
 それと同じくして、ちょうどこの部屋の前のあたりで音が途切れる。
 わずかな沈黙の後、ゆっくりと開けられるドア。その隙間から覗いただろう顔に、淳はひっそりとちいさく笑みを洩らした。隣のベッドが邪魔になって、それは見えないのだけれど。
「だいじょうぶ。はやく入ってきなよ」
 囁くと、それに後押しされるように予想通りの者達がやってきた。ご丁寧に、ドアもぴったりとしめてきている。声が洩れないように、との用心だろう。
 さっとベッドまでかけよってきた瞳が、カーテンにそっと手を伸ばす。拓也は窓がきちんとしまっているかを確認し、こちらもカーテンをきっちりと閉めなおす。
 未央があたりの様子を窺い、3人共が淳のベッドのわきに立ったのを確認してから瞳がさっとベッドと自分達をカーテンで囲む。
 それがきちんと終わって、やっと彼らは吐息を洩らした。
「はぁ……緊張したぁ……」
「随分と慎重なんだね?」
 淳の足元に座りこみ、胸を撫で下ろした瞳に淳はくすくすと笑いながら問いかける。
 とたんにじろっと睨んできた拓也に、淳は何も言わずに軽く肩を竦めてみせた。『僕は何も知りません』、というわけだ。
 そのジェスチャーにむっとしつつも、ベッドの脇に置いてあったイスを引き寄せてそれに座りこむ拓也。未央は瞳と共に、ベッドの下方に腰をおちつけた。淳も足を踏まれないように、背を起して座る位置を整える。
 それぞれが座り、落ち付いたのを確認してから拓也はむっとした表情のまま、口を開いた。
「……途中でナースのおねーさんと鉢合わせしそうになったんだよ。慌ててトイレに隠れたら、未央のやつがくしゃみしそうになって。ったく、心臓が止まるかと思ったよ」
「あはは……ごめーん。つい、我慢できなくってさ」
 照れ笑いを浮かべる未央をきつく睨み、その詫びれない様子に溜息を洩らす拓也。
 そんな彼らの様子にくすくす、と再び笑みを洩らす淳。そんな彼に、瞳は軽く首をかしげた。
「ねぇ、どうかしたの?」
「何が?」
「だって、淳君なんか嬉しそうだよ? 何かあったの?」
「ああ……」
 答えながらも口の端に笑みを残したままの淳に、未央と拓也も不思議そうに顔を見合わせた。
 どうやら彼はかなり機嫌がいいらしい。淳はいつも穏やかに微笑んでいる事が多いのだが、それでもここまで楽しそうに笑い続けるのは少ない。
 そんな淳の様子に興味を引かれ、拓也がわずかに身を乗り出す。
「何? いいことでもあったのか?」
「いいこと……うん、いいかどうかはわからないんだけど」
「じらさないで、はやく教えてよ」
 拓也と同じように身を乗り出し、じっと注がれる未央と瞳の視線。
 それを受けて、やっと淳が口を開く。相変わらず、楽しそうな笑みを浮かべたままだ。
「どう言ったらいいのかな……上手く、説明できそうにないんだけど」
「なんだよ、それ」
 わずかに不満そうな表情をする拓也に、再びくすくすと笑った淳は未央と瞳に視線をうつす。
 その、まっすぐに向けられた視線に未央は目をまたたいた。
 嬉しそうな色を纏った2色の瞳が、意味ありげに未央をじっと見つめる。その眼差しは細められたままだ。
「な、何?」
「たぶん、驚くと思うよ。だから大きな声を出さないで欲しいんだ」
「……何、それ」
「だから、大声を出さないで、って。瞳も拓也もね」
「なんであたしに最初に言うの」
 不満げな顔をした未央にごめん、と言う淳。けれどその間も笑ったままで、結局怒る気も失せてしまったかのように未央は肩を竦めた。
「……わかった。大声を出さなければいいんでしょ?」
「んなの、当然じゃん。それとも、俺達が驚くようなことでもあったのか?」
「うん、そうなんだけど。……言うよりも直接見てもらったほうが早いと思うんだ」
「見てって、何を?」
 淳の言葉に未央達は不思議そうな表情を浮かべて顔を見合わせた。瞳が呟き、淳へと改めて向き直る。どことなく緊張した様子で、瞳はベッドの上で正座している。
 淳はそれを気にせず背中に枕を当てなおし、姿勢を直してから右の手のひらを上にして、組んだ足の上のシーツに置いた。左手は右の手首を軽くにぎるようにしてから一度顔を上げる。
「静かにして、見てて」
 それだけ言うと、目を閉じて傍目からもわかるほどはっきりと体の力をぬく。だらん、と置いただけの手が、白いシーツの上にあった。
 何をするのかわからないまま言われたとおりに口を閉ざしていた拓也は、そのまま動こうとしない淳に訝しげな表情を向け、小さく身じろいだ。
 静かに、と言って動こうとしない淳に、疑問ばかりが膨らんでいく。
 それでも言われたとおりに口を開きたいのを我慢して、それから数分が過ぎる。
 黙りこくったままなんの変化もない淳の様子に、拓也はいらいらと髪をかきむしった。
「なぁ――」
「しっ!」
 堪えかねたように口を開こうとした拓也を、未央が鋭くさえぎった。そのあまりの強さに、言われた本人である拓也ばかりでなく隣にいた瞳までもが、驚いて未央を見つめた。
 その真剣な色を帯びた眼差しは、未だ淳に向けられている。
 彼女はいったい、何を感じたのだろう。何を感じとったのだろう。
 何故、とそれを疑問に思ったその時。
 ふっと、『何か』が流れるのを感じた。
(あ……)
 以前にも感じた、暖かなそれ。
 目に見えない流れが現れたのを、体の奥深くの何かが感じ取った。
 慌てて視線をその流れの先――淳へと向け、拓也は大きな驚きに包まれた。
「うそ……」
 すぐそばで、瞳が小さく洩らしたのが聞こえた。けれど、拓也はそれに応えることが出来ない。
 目の前にいる淳の、その手のひらの上に。
 小さな白い輝きが生まれていた。
 確かめて見るまでもなく、それが人工の物でない事は明らかだった。
 先程まで何もなかった手のひらの、その10数センチ上にゆらゆらと揺らめくまるい光。最初は白かったそれが、ゆっくりと時間をかけて色を少しずつ変えていく。白から黄へ。一度として同じ色はなく、どれも薄く淡い色合いで、柔らかな印象を抱く色彩。
 移り変わるそれは様々な色を浮かべ、それと一緒にゆらゆらと揺らめきながら数センチ上に浮かび、そしてまた下がる。それを幾度となく、繰り返す。
 そして何より、ソレと、ソレを手に浮かべる淳から感じる暖かい『何か』が。それが、それこそが魔法なのだと、本能に近いモノがそれを知らせてくる。
「……すごい……」
 思わず、といったかのように洩らしたその声は未央のもの。
 その声に触発されるように、それまで目を閉ざして身動き一つしなかった淳がわずかに瞼をふるわせ、そっと目を開いた。不思議なふたつの色を持つ瞳が姿を現す。
 わずかに虚空を彷徨っていた瞳がなんとか目の前の拓也に焦点をあわせる。すると、それにあわせるように浮かんでいた小さなまるい光がわずかに小さくなり、光を薄れさせた。
 何度も目をまたたかせ、自分の手のひらの上に確かに光がまたたいているのを確認し、そして3人が自分を凝視しているのを目にし、今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「これを、みんなに見せたかったんだ」
 光を湛えた右手をすっと上にあげる。すると、それに従うかのように光もまた右手と同じ分だけ、静かに浮かび上がる。右へ、左へと動かす右手。そして、その光。
 驚愕の表情を浮かべて絶句している未央達を前に、すっとそれを差し出す。
「さっき偶然に出来て――何度か試すうちに、できるようになったんだ」
 嬉しそうに言う淳に、けれど3人はふよふよを漂う光に視線を取られている。今は赤い色を纏っている光に照らされ、拓也の髪がますます赤茶けて見えた。
「確かな、魔法だよ。……間違いなくね。まだ長時間は無理だけど」
 その言葉と共に、ふわっと一度浮かんだ光はすっとしぼむように姿を消した。
 夢でもみているかのような表情で、ただ呆然とする3人に淳は優しい視線を向ける。かなり長い沈黙の後、やがて夢から目覚めるかのように未央は苦笑を浮かべて頭を降った。
「……やっぱりずるいね、淳は」
「ずるい?」
「だって、そうでしょ?」
 はぁ、と溜息をついて、隣で呆然としている瞳を見て、そして困惑した顔をして乱暴に髪をかきまぜている拓也にも視線を移す。
「いつもさ、あたしたちばっかり心配させて。こなだだって、いつ起きるのかって……そしたら、『君たち誰』ってくるんだもんね」
「ああ、それは……」
 今度こそ苦笑を浮かべ、つかれたかのようにそっとベッドの上部にもたれかかる淳。それを見て、はっと瞬いた瞳が慌てて手を伸ばした。
「大丈夫?」
「うん、少し疲れただけだから……。あの時はね、間違えたら困ると思ったんだよ」
「はぁ?」
「だからね。未央と拓也と瞳だと思ったんだけど、そんなに変わってただろう? もし人間違いだったのだとしたらとっても失礼だから、とりあえず名前を聞いておこうと思って」
「そんな変な事をしなくたっていいだろうが」
 なんともいえない表情を浮かべてこつ、とかるくこぶしで叩く真似をする拓也に、ごめん、と淳が苦笑を浮かべながら小さく誤る。それを見て、瞳と未央は顔を見合わせてくすくすと笑いあった。
 光のない、くらい病室のベッドの上にしずかな笑い声がひろがる。
 暖かいものが満ちる中、瞳はにっこりと微笑んでみんなを見渡した。
「これで、やることが決まったね」
「は? やることって?」
 きょとんとした未央と拓也に、淳もまた笑顔を向ける。
「これから僕らがしていかなければならないこと、だよ」
「退院するまで……ううん、してからも、だけど。――淳君に教わって、魔法を使えるようにしよう? じゃなきゃ、もったいないよ」
「それに、情報収集もね」
 誰からともなく手をあげ、そしてそれをパチンと打ち合わせる。
 これからが、始まりだ。


――浮かんだのは、白いひかり
望むのは、夢へと続く虹の道――


それは、始まりでしかない
すべては、これからにかかっていると
それを、確かに理解しているのだから




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日付は一日ずれだけど、無事、二章最終話を更新できました!
なんか微妙に中途半端な終わり方ですが、これでいいんです。
三章はとうとう病院から離れ、彼らの世界も広がっていくことになります。
とりあえずまだ淳がいるので病院からは離れられないのですが(苦笑)。
未央達の家族、そして街の人々。
少しずつ、彼らの知らない『変化』が現れていくのでしょう。
そんなに遠くないその時、彼らの思うこととは?
次の更新はそんなに遅くならない予定ですので、どうかしばしお待ちくださいませ。
もちろん、もういたずらはありませんので(笑)。