(ここは……どこ?) 真っ暗のようで、光り輝いているような空間に、少女は漂っていた。 身体に感覚は無く、ただ波間にいるような安心感だけが感じられる。 (えっと、たしか学校から走って帰ってくるときに、何か光が) 身体に感覚が戻ってきた。しかし、少女はそのことに気がつかなかった。あの、光を思い出したから。 少女は無意識に両腕で身体をきつく抱きしめ、身体を小さく丸めた。震える身体を抱え、脳裏に焼きついた不思議な情景を反芻する。 一瞬聞こえた、不思議な『声』。 一瞬だけ感じた『何か』の違和感。 そして、空に浮かんでいた蒼い彗星。 冷たい風が吹いたような錯覚にますます身体をきつく抱きしめた時、やっと少女は身体の感覚が戻ったことに気がついた。 (あれ……身体が動く? 寒くも無いし) そろそろを腕を解き、辺りを見渡した。 薄暗いような、明るいような、そんな闇の中を少女だけが存在している。 ――いや、していた、というほうが正しいかもしれない。 「服、どこいったのかなぁ? 裸だし……誰もいないからいいけど」 ――それは、あなたがそう感じているだけのこと―― 「!? 誰! どこにいるの!?」 ≪ここですわ。この空間そのものが、わたくし。わたくしたち≫ 身体を手で覆い隠すようにし、厳しい眼差しで辺りを見渡す。 するとと前方が僅かに明るくなり、そこから『何か』が現れてきた。 「……何? 人間なの? あたし、死んだの?」 ≪いいえ。死んではいません。そう……ここは、あなたたちの言う『夢』の世界に近いのでしょうね≫ 「……夢? なんで夢で話せるの? あたしの妄想?」 ≪違います。無理に理解しようとしなくても構いませんわ。いずれ、忘れることでもあるのだから≫ 微かにわかる輪郭は、彼女と同じ背格好の少女のものだ。しかし、その背に当たる部分には黒っぽい翼のようなものが垣間見えていた。 幼い声とは裏腹に、凛とした口調がそのシルエットから伝わってくる。 少女は僅かに警戒を解き、『それ』を見つめた。 「あなたは、いったい何者? 何があったの? あの光は、一体何なの!?」 ≪それを理解するのは難しいでしょうね。わたくしたちでさえ、完全には理解できていないのだから≫ 「どういうこと?」 ≪あなたは選ばれた訳ではない。ただ、『権利』を手に入れただけ。『未来を作る』という≫ その声が、何故か悲しみを込めているような、そんな感じがして少女は影を見つめた。 影はただ、曖昧な姿で少女に語りかけるだけ。 ≪選ぶのは、誰にでもできるでしょう? 権利をどのように利用するのか、それを決めることが出来るのははあなたであり、あなたではない≫ 「権利? 利用する? 未来って……なんの話なの?」 ≪今は理解する必要はないわ。ただ前に進んで欲しい。自分で、決めて欲しいだけ≫ ざあっと強い『風』が吹き、少女は目を庇うようにして腕を交差しながらも、叫び返していた。 ここで見失っては、いけないのだと感じたから。 「あなたは、あたしに何をして欲しいの!? 何を決めて欲しいの!?」 ほんの刹那、二人の瞳が交錯した。 あの翼を持った少女の瞳は、七色に染まっていた。 小さな可能性を持った少女の瞳は、『蒼く』輝いていた。 存在自体が薄れゆく中、彼女が最後に何かを言い放ち、そして―― たくさんの夢が、未来が交錯していった。 冷たく光る剣を持ち 先へと向かって走り出す ――どうして、こんな事になったんだろうね……。 悲しげに呟いた少女は、ただ自らの手のみを見据えていた。 数え切れぬ程多くの血と、哀しみの涙に染まった掌に。 ――俺達が負けたら、諦めたら……終わりになるんだ。 悔しげな声音の少年の瞳は、しかし強い意志の光に輝いていた。 それが例え辛くても、ただ、前だけを見据えてゆくから。 ――やろうと思う事。きっと、それが一番大切なんだよ。 空から零れ落ちる冷たい雨を浴びた少女は、優しく笑いながら微笑んだ。 それだけしかできないのだと、知っているから。 ――夢ではなかったという事。僕はそれに感謝したい。 穏やかな眼差しで囁いた少年は、ゆっくりと手を差し伸べた。 ずっと共に歩いてゆく、何よりも大切な仲間へ。 ――助けてって、言うのはダメなのかな? まっすぐな眼差しで呟いた少年は、まだ何も知らなかった。 その双肩に背負う事になる、決して小さくはない宿命を。 ――化け物が! お前らがいるから、俺たちは……! 根拠の無い蔑みの言葉は彼の心を救い、若者たちの心を傷つけた。 たった一言で、人は死ぬことができるから。 貴方に潜む感情を 狂気も全てが現実で あなたの欠片であることを ――ねえ、きっと大丈夫なんだよ。 そんな声が聞こえた次の瞬間、膨大な情報に流されていた少女は自分が別の場所にいることに気がついた。 (何? ここ……誰か、たくさんの人がいる) 初めに目に飛び込んできたのは、たくさんの色。 赤、緑、紫、金、銀、黒、茶、様々な色彩を持った、少年少女たちの『髪』。 10代半ばを中心に、たくさんの若者たちが集まっていた。その彼らの『瞳』は、一人として同じ色を持っている者はいなかった。個人を現すかのような違いをもった『瞳』と『髪』を持った彼らは、悲しみと喜びの表情を浮かべていた。 (何、これ……外人? コスプレ? 夢……なの?) 理解できない――したくない――人々が、彼女を無意識のうちに真実から遠ざけようとする。その時。 ――きちんと前を見つめなきゃ、できないんだ。 凛、とした高い声。男とも女とも取れるような、優しくも強い声がした。 (え? 誰?) たくさんの若者たちの中に佇んだ、4人。今の少女よりもいくつか年も上だろう。 しかしその表情は年不相応に見える。その誰もが空を見上げており、そのうちの一人の少年と少女の目が合った。 黄色に近い、金髪の髪。そして、美しい蒼の瞳。 こざっぱりとした、見慣れない服を着ている。でもそれは明らかに男物だろう。だが、その少年はどう見ても――。 (あの色……あの光と、同じ! しかも、あれ……あたし!?) 自分と同じ顔をした、違う色彩を持った少年――少女を、驚きと共に見つめる。 今の自分よりやや歳を得ているような感はするが、それでも生まれてからずっと付き合っている顔をそうそう簡単に忘れるわけが無い。 (なんで……どうして!?) 『これからわかるよ』 少女の聞こえない呟きに、もう一人の少女が声無き声で囁いた。 優しい微笑を、浮かべて。 『今はまだ、辛いけど……頑張れば、できるから』 すっと、差し伸べた掌から温かい光が零れ落ちてゆく。全てを癒そうかとするように。 ほかの3人も彼――彼女と同じ様に手から光を零しだす。ただ、彼らの顔はぼやけて見ることはかなわなかった。 暖かな光。冷たくもなく、熱くもなく、ちょうどいいぐらいの光が、溢れ出してくる。 『頑張りなよ。やればできるんだからさ。諦めないで』 (なんで……) 『いつか、わかるよ。頑張ってね、<未央>』 少女は自分の名を囁き、軽く手を振ってみせた。満面の笑顔が、眩しいと思った。 そして再び視界が閃光に塞がれ、今度こそ少女――『未央』は意識を失った。 朝日の届かぬその場所で 希望へ向かって歩き出す 自分の道を 探すため ―――見つけてね――― ―――貴方たちだけの、未来を――― |