第一章 〜時の発端〜
【5】
――願うはたったひとつだけ 叶う事のない願い
世界が闇に閉ざされたって 僕らが諦める事はない
"出会うこと" それだけを望んで――
もし出会えなかったのならば、それは必ず奇跡となろう。
ならば、この胸に抱く存在さえも奇跡によって出会えるのか。
それは、叶わぬ夢、抱く事も許されない想い――
安らかな寝顔で眠り続ける親友たちを、未央は呆然と見つめていた。
幼い頃からの友で小学校で彼女だけ転校して別れたが、中学で再会以来ずっと今まで『親友』 している仲間だ。昔より少しだけ成長して、「異性」を意識するようになっても変わらずの『仲間』 であり『親友』であったものたち。
未央は家が離れているものの、もともと3人はご近所どうし。俗に言う幼なじみだ。
つい先日、あの『光』に出会う直前にも当然のように彼らに会っていた。
そして――こんなところで、再会するなんて。
「……拓也」
(よ、未央。遊びすぎて高校落ちんなよ!)
ふざけた掛け合いの声、楽しげな表情の少年。
前から陸上部の練習で日焼けしていて髪も茶色っぽくなっていたけれど、ここまで色が明るく は無かった。小麦色の肌も、心なしか色が濃くなったように感じる。
「……瞳」
(未央、未央ちゃん、みーちゃん! 明日も一緒に遊ぼうねっ!)
くるくるかわる表情そのまま、猫の子のようにくっついてきた親友。
背中の中ほどまであった髪は、彼女の自慢だった。その綺麗な黒い髪は、今は緑がかっている。 美しい深緑の天使の輪が、髪をきらきらと静かに飾っている。
運動嫌いな彼女は、誰が見ても羨ましい白い肌をしている。
それが、緑の髪と相まって一層可愛らしい顔立ちを青白く見せていた。
「なんで……」
点滴を受けながらただひたすらに眠り続ける2人を見つめるうち、唐突に脳裏に一瞬の映像が 過る。
差し伸べた小さな手のひらから広がる、柔らかい光。
微笑む若者たち。4人の人影。全員が意志が強そうだと感じた眼差しを持っている。
自分とまったく同じ顔の、少年の姿をした者が頭上を見上げている。
その横で、同じ様な姿勢をとった者たち。彼らの顔を覆っていた霞が、一瞬で晴れていく。
涙が出るほど懐かしく、暖かな想いが湧き出てくる感じがする。 たった今見ている、彼らの面差しを多く残した顔。
大切な――何よりも大切な、かけがえの無い仲間たち。
思い出せた。その3人の者たちのうちの2人が、今ここで眠っている2人と同じ 顔立ちなのだ。
「でも……どうして」
彼らは眠ったままなのだろう。彼女だけが目覚めた理由は、一体なんだったのだろう。
思い出せない夢の欠片に関係しているのだろうか――。
考え込みながら、彼女はとりあえず二人の手に刺さっていた点滴のチューブを抜く。小さく 盛り上がった一粒の血を、適当に掌で拭い取る。
それでもしばらく思考に沈んでいた未央は、不意に顔を上げた。
「いつまでも考えててもしょうがないよね。とりあえず……どうしようかな」
ゆっくりと、未だに力の入らない両足でベッドに手をつきながらも立ち上がる。
ふう、と溜息をついてなんとはなしに少年――拓也の顔を見下ろした。
小さい頃に見たのと同じ、安らかに眠った顔がなんだか憎たらしい。
と、そう思った瞬間にやはりというかなんと言うか、彼は彼らしく小さく呟いた。
「……ん……部活が……メシ……」
「あ……あんたはぁ――っそれしか言う事ないのっ!?」
さっきまでの心臓が止まるかというほどの衝撃を完全に忘れ、怒り狂った少女は一気に元気を 取り戻して拓也の青いスプライト柄のパジャマの胸倉をぐっと掴み、がくがくと揺さぶった。
「あたしが! 心配して! こぉ〜んなに苦しんでるのに! 何ひとりでいい気で眠ってんの! あんたは!」
やや誇張された主観的事実を羅列し、それが昏睡状態に陥った患者である事を
とうの昔に忘れ去っていつものとおり、有り余るほどの力で首をゆすり続ける。
目じりにうっすらと涙が浮かんでくる。悔しくて、悲しくて――目覚めてほしくて。
「……っぐ、……て、あぁ……あ?」
「大体! 拓也は! いっつも自分だけ……!」
「……ん、……もうっ! 未央ちゃんうるさいよ〜」
寝ぼけたような二つの声が、未央の怒りの声に重なって響く。
その瞬間に未央はぴたり、と動きを止めた。ぐっと重さのかかる手を支えきれずに、手の中 から布地がすべって少年の体がベットに倒れ付す。
「わっ! ……つ、つつ……何すんだよ〜」
「もう……眠いのに〜……目が覚めちゃったじゃない」
今の声と衝撃でか、未央の両脇のベットから二人がゆっくりと身体を起こす。
拓也は痛そうに背中をさすり、瞳はしょぼしょぼする目を一生懸命にこすっている。
それを呆然とみやり、未央は再び力なく床に座り込んだ。驚きのあまり、浮かんでいた涙が ひっこんでしまった。
「……拓也……瞳……」
「……あれ? なんで瞳がいるんだ?」
「拓也くん、なんでそこにいるの? それにここ、病院じゃないの?」
「あぁ〜っ! お前いつの間に髪染めたんだよっ!?」
「それ言うなら拓也くんだって! あ、しかもカラコンつけてる!」
目覚めた時の未央と同様に、辺りを見回しながら思いついたことをそのまま疑問として 声に出す二人をじっと凝視する。そして、思い切り脱力してへたり込んだ。
なんだか、とっても疲れた気がする。それこそ十年分くらい――といったら誇張になるだろう けど。
(もしかして、思いっきり声を出して起こせば皆おきるんじゃぁ……?)
そこではっと、一つの疑問がうかんだ。
アレだけの声を出して、どうして誰も来ない のだろう――?
急に胸が騒ぎ出す。ざわざわと落ち着きのない気分になっていく。 胸元をきゅっと握り、静かに立ち上がる。
「ね、未央……何か知ってる?」
「おい、未央……聞いてんのか?
「しぃっ! 静かにして!」
「「……は?」」
訳もわからずきょとんとする二人を尻目に忍び足でドアに行く未央に興味をそそられ、 二人は顔を見合わせた後その後を付いて行く。その行動は一糸乱れず、伊達で10年近くも 『親友』をやっているわけではないのだ。
「ちょっと、何ついてくるの!?」
「だって気になるし……なぁ?」
「そうそう! それで、何があるの?」
「いいから、黙って!」
二人の顔を押しやり、そっとドアを細く開く。すると、どたばたを院内を走り回るナースたち の姿が見えた。誰もが血相をかえ、真っ青な表情で必死になって走っているようだ。
よく耳を澄ますと、ドォン、ドォン……という音も聞こえてくる。
『…………』
沈黙のままドアを閉め、3人揃って部屋の中ほどまで這いつくばった姿勢のままじりじりと 後退する。固まったまま、顔を見合わせてまつことしばし。
最初に口を開いたのは、ある意味では当然というべきか――唯一の男手の拓也だった。
「……なぁ。一体、何があったわけ?」
「……それがわかれば苦労しないよ。あたしだって、起きてから何も聞いてないし」
「ね、ね……今、何が起きてるのかなぁ?」
引きつり笑いをしつつ、瞳の発した質問をそっと二人は聞き流す。
なんだかとてもいやぁ〜な予感がする事だけは確からしい。未央と拓也は勘が鋭い事でクラス でも有名だった。その二人ともが、冷や汗をかいて押し黙る。その様子に特に勘が鋭い訳でもない 瞳も、嫌な予感を抱く。
「と、とりあえず……ここで待機するのと外へ出るの、どっちがいい?」
怯えたような未央のその問いには、第三者が答えとなるものをもたらした。
ぐおおおおおおぉぉぉぉぉん!!!!!
大きな獣の咆哮のようなものと同時に、しゃがみこんでいた3人を突然大きな衝撃が 襲った。
「……っ!!!!」
誰かの悲鳴らしき物が聞こえた。身体に何か、勢いのあるものがぶつかっていく。
一瞬のようで永遠のような時間がたった後、やっと衝撃がやむ。
そっと目を開くと視界にはもうもうとした煙と縮こまったお互いしか視界に入らない。
小さな音しかしなくなってから、未央たちはぎゅっと硬く抱き合った姿勢のまま背後―― 先ほどの咆哮が聞こえた方向をゆっくりと振り返った。そこには。
「ぎゅるるるる……」
「……ひっ!」
「な、な……!」
爬虫類が人間になったらこんな感じだろうとでもいうような、気色の悪いモノが突如壁に 開いた大穴から顔を出し、こちらを見ていた。 大穴は、大型の機械で無理やり開けた穴の周りを高熱の炎であぶったようになっている。
そこにそれはしがみ付いていた。上半身を乗り出すようにしているので大きさはわからない。 黄色いぬめっとした複眼。生々しいピンク色の二つに分かれた舌を、口から出したり引っ込めたり している。肩に当たる部分に、なにやらきらきら光る石のようなものをくっつけている。どくん、と 時折動くそれは宝石のようであり、命そのものであるかのような趣を呈している。
一体それがなんなのかはわからないが、なんとなく惹かれるものを3人は感じ取っていた。 しかし、それを感じるよりも先に未知なる物への恐怖がその感情を打ち消す。
「あ、ぁあ……」
「こ、こっちに来るなぁっ!」
震えながらも未央はソレを睨み、瞳はふたりの腕を抱えるようにして喘ぐ。拓也は気丈にも そんな二人を庇うかのようにして、二人の前に出る。
かつて無い恐怖を感じ、震え、畏れながらも驚くほど強靭な意志をもってソレを見つめる3人 の瞳には、ある共通の光が浮かんでいた。意識することなく、彼らの体を淡い光が柔らかく包む。 それはゆるくなびき、異質の髪をそっとゆらめかせていた。しかし、彼らはそれに気付いてはいない。
その『化け物』は目を細め、警戒を強める。ソレにはその光が恐ろしい物だと本能で 理解しているようだった。
カタ、と零れ落ちた瓦礫の音が混乱しきった意識をほんのわずかだけ、明確にさせる。
怖いという思い。しかし、何か――違うものを感じている自分たちの心を感じていた。
その化け物の目の光に、恐怖と畏怖を抱くと共に『何か』を感じ取っている。
それは彼らだからこそ、感じ取れた事。頭でも心でもなく、肌で感じた『モノ』。
ソレ自体でさえ、形を理解できず存在さえわかりえなかった、感情以前の小さな想い。
(……何?……)
だが、その不可思議な想いもソレ自身の咆哮でもって途切れさせられた。
「ぐるぅぅぅぅぅうおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
小さく固まった3人を眼前に収め、ソレは大きく手を上に翳した。
大きな爪のようなもの。手にあたる部分の数倍以上の大きさを持っているだろうそれは、 まさしく鋼の輝きを纏っていた。鋭さとその重さでもって命を奪うもの。
コンクリの欠片にまみれ、更には赤いねばねばした液体が絡み付いている。
ゆっくりと翳した爪から、その赤いものが床に零れ落ちる。
――びちゃ。
赤、というよりも黒に近いそれが人間の血だと理解したのは3人ともがほぼ同時だった。
全ての感情が凍りつく。凍りついた事さえ、理解できなかった。
ただ、『何か』を願った。それは『力』であり、『夢』でもあった。
その瞬間、熱いものが体の内部を満たし、それは瞬時に『外』へと具現化する。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
生まれて始めて心の底からの悲鳴をあげた3人は、まったく同時に無意識の動作で片手をソレ に向けていた。
それが何を意味するのかもわからずに。その結果、どうなるかもわからずに。
そして、声の消えぬまに――爪の切っ先が拓也に突き刺さる寸前に、その掌から凄まじいほど の熱量を持った業火が生まれ、その化け物を包み、一瞬にして消し去った。
なんの声もあげず、一瞬で消し炭になったソレの残骸を見つめ、未央たちは呆然と座り込んで いた。
大穴から強い風が入り、残骸から立ち上っていた炎がゆれる。
やがて人々の声と足音が近付き、厳重すぎる装備に身を包んだ自衛隊隊員に保護されるまで ――3人はずっと、それを見つめていた。何が起きたのか――それを理解することはできなかった。
――叶う筈の無い 小さくささやかたる願い
もし叶うというのなら 僕らは全てを捨てるだろう――
それは、それまでこの世に無かった『想い』。
初めて生まれたソレは、小さく、激しく願った。
叶うともしれない、永遠なる『想い』。
それを理解できるものは、現れないだろう事を知りながら……。
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ウラネタ暴露会
一瞬で滅んだ魔物の名前は、グランザでした(笑)。
生命の危険により力に目覚めた3人が共鳴して放った魔法。
それはこの世界で始めて行われた『魔法』です。
その影響により、今まで眠りについていた『魔法使い』たちが次々と目覚めます。
元々未央が最初に目覚めたのはただの体質。他の人々も、実はあと数日しないで目覚めるものでした。
それが突然現れた『魔物』の影響で『魔法』がこの世界に存在するようになり、目覚めが早まったのです。
世界のほかの場所では、未央よりも早く目覚めた魔法使いはいるはずです。ただ、彼女たちが この世界で始めて『魔法』を使ったということで事態が一気に加速したのです。
そして、彼女たちはこれにより始めて『異変後の世界』を目にする事になります。 また、世界も彼女たち『魔法使い』を注目する事になります。良いか悪いかはわかりませんが……。