歌と共に駆けよ 若き者 新たなる力を手にし者――
第一章 〜時の発端〜

【6】






――結局最後に残っていたのは?

――わずかな灰と何かの破片、そして水晶のような球形の石が数個だけ。

――どうしてあれだけの大きさの化け物が消えてしまう?

――何故、見たことも無い化け物が現れる?

――どうして彼らは変わってしまった?


――世界に一体、何が……?




 あの、謎の物体――生き物だろうとは思うが、 よくわからない――と遭遇してから、3日。
 未央と拓也、そして瞳はあのあとすぐに別室に連れて行かれ、何があったのかを聞かれた後 3人はバラバラに連れられ、そして再び――拓也達二人には始めての――執拗な検査を開始された。
 3人の誰とも会わせて貰えないばかりか、全員個室に閉じ込められてしまった。
 未央に至っては、勝手に脱走したとして酷い説教を喰らってしまったほどだ。
 おまけに彼女だけ夕食が抜かれ、たっぷりと"おしおき"を受けてさせられた。もちろん、夕食 がわりの点滴はつけられたが。
 ただそれは本人には知らされていないが、彼女が著しい消耗状態にあったからだった。
 他の二人も同じ様な状態で酷く疲労しており、彼らも結局は様子をみるということで夕食は 栄養剤たっぷりのおじやとなった。
 最初の日はみなショックが大きかったのか大人しく従がったが、次の日からは見違えるように 元気一杯に看護婦達に文句を言い出し、病院側としては頭が痛いほどだった。
 ただでさえ、信じられないような事態が立て続けに起きているというのに……壊れた病室は その周辺をすぐに封鎖され、警察やなんらかの特殊機関の者が現れて調査し続けている。
 未だ、『このため』の人員は組織されていないのが悔やまれる。そう思うものも少なくない。
 そして――彼らだけでなくほとんどの『大人』が最も頭をいためている事。
 それは、あの次の日から立て続けに今まで何をしても目覚めなかった人々が徐々に目を覚まし つつあるという事。
 そして、どんなに検査を重ねても彼らに目立った異常が発見できない事。
 彼らは戸惑い、そしてじわじわと恐怖を重ねていた。異常が見つからないからこそ。
 見た目では、あんなにはっきりとした『変化』があるというのに――。
 彼らは、一体……何?


「全く、酷いよね。いきなり軟禁なんて」
「それだけじゃないよ! あたしなんて、最初の日夕飯なしだったんだから!」
「それってさ、お前が病室抜け出したからだろ? 自業自得じゃん」
「うっ……で、でも! あたしが来たから2人は目覚めたし、第一あたしが来なかったらアイツに 二人とも殺されてたかもしれないじゃないの。そうでしょ?」
「まぁ、そりゃそうかもしれないけどさ」
「でも、やっぱり抜け出すのは……」
 夜のひっそりとした病室で、彼らは床に腰を下ろして小声で話し込んでいた。
 ここは瞳の使っている――使う事になっている、一人用の病室。
 始めは突然の事態にただ驚いていた3人だったが、彼らは元々『大人しくする』というのが 大嫌いな少年少女。すぐにそれぞれで考え、動き出してそして今日やっと、3人は彼らを監視する 目から逃れて瞳のいる部屋にやってくる事ができたのだ。
 部屋の場所は、事前に『散歩』と称して院内を探検をしていた未央が大体の場所を把握していた おかげで見つけられた。同じ階に部屋があったのも幸運だったのだろう。
 彼らには迷惑な事に監視と称した看護士達が見張りに立ったのだが、それも完全ではない。
 昼などの昼食の時間、そして夜はその見張りもいない。――もちろん、そういうプロでもない しその必要もないだろうと判断したのだから当然といえば当然なのだが。
 監視がいなくなる時間を見計らい、またもや病室を抜け出した未央が首尾よく瞳の部屋を 見つけ、そして彼女をそのままにして拓也を探し出し、この病室へと集まったのだ。
 ただ彼らが合流するのには、消灯してから2時間がかかっていた。既に夜はふけ、辺りは 静けさだけが存在し聞こえる音は風のものだけ。
 ときおり巡回の看護婦などが廊下を通る音だけがあたりに響き渡る。無機質な音が。
 ちなみに瞳を残したのは、彼女は少々トロい――未央と拓也に比べれば、の話だ――からだ。
 昔から運動が得意だった未央や拓也に比べ、彼女は体を動かす事は嫌いではないが、得意では なかった。別に、運動音痴というわけではなかったのだが。
 手を叩き合わせ、瞳と未央は抱きあってお互いの無事を確かめ喜び合った後、自然に彼らは この3日間にあった自分達の境遇やらなんやらの文句を言い始めていた。
 どんな食事が出たか、どんな検査をしたか、どんな看護婦や警官がいたかなど。
 幸いな事に、彼らはたった3日の内の出来事だけで話題に困る事はなかった。
「でも、あの検査ってなんなの? 私、X線とか取られたよ?」
「あ、俺も俺も。それに血ぃ抜き取られた。献血みたいに。あれって結構痛いのな。未央は?」
「あたし、それ最初にやったもん。あたしはあんたたちとは違って、ほとんど監禁されてたの。 だからずっと退屈だったの。もう、誰も会いに来ないしさ」
 くりん、と手にした月に輝く己の髪を掴んで回し、浅い溜息をもらす。
 誰にも見つからないよう、できる限り窓の側に寄って小声で話す。消灯時間をとっくに過ぎ、 既に病院中が静寂に覆われているのでちょっとでも大きな声を出せば見つかってしまうだろう。
 電気も付けられないため、カーテンの間から顔を出す大きな満月だけが彼らをそっと照らして いた。柔らかな燐光が、窓からゆるゆると降り注いでいる。
「……でもさ。実際、何があったんだろうな……」
「わかんない。……あたしも、3日間寝ていたって事しか教えて貰えなかったもん。あんな…… 怖い化け物がいるとか、凄く大勢の人が寝ているとか、全然教えてくれなかったし」
 しょぼん、とした未央に同じように溜息をつく拓也をみやり、鮮やかな深紅を煌かせる瞳を 瞬きながら瞳は躊躇いながらも二人に声をかける。
「……ねぇ。本当に良かったのかな。"あれ"、言わなくて」
「信じてもらえると思うのか?」
 瞳の言葉に少しの間も空けず、すぐに拓也が返す。それはもちろん、彼女自身も感じていた事 ゆえにすぐに次の言葉を出せなくなってしまった。
 突然現れた化け物。それに恐怖し、3人が無意識のうちに掲げていた掌から灼熱の炎が溢れ 出して気付けばその化け物は燃え尽きていた、など。
 どうして、言えるというのだろう?
 誰もよりも一番、自分達こそが信じられないでいるというのに。
「だから、あたしたち本当の事言わなかったんでしょ。誰も信じてくれないってわかってたから」
 もしかしたら、信じてくれたかもしれない。
 あんな化け物が現れているくらいだ。大人たちだって、少しは彼らの言う事を信用してくれた かもしれない。
 それでも。決して言えはしない。
「言えっこないだろ。俺たち、只でさえこんな風になってるのに……もし、信じてもらえなかった としたら? そしたら俺達、一体どうなるんだ!?」
 懸命に声が大きくなるのを抑えながらも、深緑の色を湛える瞳に鋭い光を浮かべながらキツイ 口調で囁く拓也に、その言葉に、瞳は顔を俯けた。
 今でさえこうして閉じ込められている。それは、この容姿のため。他の何が変わったわけでも ないはずだというのに。少なくとも、自分達はそう感じているのに。
 だが、もしこれに加えて彼らが『翳した手から炎が出た』と本当の事を言ったとしたら?
「良くて精神鑑定に回されるか、悪くてどっかの研究所に行かされて解剖される……とか?」
「……冗談じゃねぇよ。そんな、漫画じゃあるまいし」
 茶化すようにわざと明るく言った未央の言葉も、項垂れたままそれを否定する拓也の声にも 力が篭っていない。
 その冗談のような話がもし現実になれば……自分達は一体どうなるのだろう。
 気付けばしん、とした静けさが3人を包み込んでいた。
 月はとうに空の頂点を追い越し、ゆっくりと朝への道筋を辿り始めていた。
 あとどれくらいで朝になるのだろう。ぼんやりと、月を見上げた瞳がそんな事をとりとめなく 考えていた。
 あの綺麗に光る月は、これからも変わらないのかな……例えば、私達が死んだとしても。
「……でもさ。もしそれを言わなくても、きっと元通りにはならないよね……」
 ぽろり、と零れるように未央の唇からそんな言葉が漏れる。
 その目にうっすらと涙が溜まり始める。その雫が零れ落ちないよう、目を必死に見開いたまま。
「だって、髪も目も、こんなんなっちゃったんだよ? あたしはどこも変わっていないのに、 父さんも母さんも……『あの後』何回か会えたけど、……少しだけだけど、態度が違うの。いつもと 違う……それが凄く気持ち悪かった……」
「……俺はまだ誰とも会ってないけどさ、きっと俺んトコも同じだろうな。みんな、どうなった のかな……」
「もう、会えなかったら……やだな」
 未央は両親に会う事が出来たけど、それよりも後に目覚めた二人はまだ家族の誰とも――それ どころか未央以外の知り合いの誰とも顔を合わせていない。
 この心細さは、消えない。
「もう、二度とここから出られなかったらどうしようね」
 ほろ苦い笑みをすぐに泣き出しそうなものに変え、未央は慌てて顔を隠そうと頭を下げた。
 ずきん、と鋭い痛みが胸をつく。


モシ、ココカラ出ラレナカッタラ……?



「……そんなこと考えるの、やめようよ。大丈夫だよ、きっと。……もう、寝よう?  遅い時間に悲しい事考えてたら、泥沼にはまるんだよ。知ってた?」
 にこ、と弱々しい笑みを浮かべた瞳がじっと床を見つめていた未央と拓也に囁いた。
「また、明日にでも話そうよ。きっとなんとかなるし、ならなかったらなんとかする方法を 探そう? 諦めなければ、大丈夫だよ!」
 未央たちと同じ様に不安だろうに、それを押し隠して笑う瞳に拓也は顔を向けた。
「……そういえば、お前って意外と諦め悪いよな」
 その言葉に、思わす未央も笑みを零した。
 そう、変わらないものだって、ある。自分達が変わらなければいいのだ。
 なんて簡単な事。
「そうだね。また明日、会って話せば少しはいい事思いつくかもね」
「そうそう。疲れてると、マイナス思考になるってよく言うでしょ?」
 それに、と瞳は一人微笑む。楽しそうに、嬉しそうに。小さな華が、ゆっくりと綻ぶように。
「もしかしたらね。明日起きたら、もう『なんとか』なってるかもしれないでしょ?」
 それは魔法の言葉。
 心を軽くする呪文が込められた、誰もが使える摩訶不思議な呪文。
 でも、それは彼女だからこそ使えた、そんな魔法。
「そうだね。そうなることを祈ろう?」
「瞳の『なんとかなる』は昔からだしな」
 くすくすと笑いを零し、そっと二人は立ち上がる。――もといた部屋に帰るためだ。
「でも、あんまり頼りにはならないんだよな、それ。その代わりに、俺たちがなんとかするため に走り回るんだ」
「だから、結果オーライなんでしょ?」
「そうそう。3人いれば大丈夫だよね」
「これで“アイツ”がいれば最強じゃねぇ?」
 ドアに耳を当てて外に誰もいないのを確認し、にやりと笑って部屋に佇む瞳を振り返る。
「もしかしたらいるかもね、ここに」
「“アイツ”の事だからまだ寝てるんだって、絶対」
「起こしてあげなきゃ。仲間外れにしたら可哀相だし」
「起こすの俺、やだかんな。“アイツ”寝癖悪いんだから!」
「ここにいるんだったら会いたいね。そうしたら私たち、無敵でしょ?」
 おやすみの言葉の代わりに交わすのは、前と変わらぬ笑顔のみ。
 そして、たった一つの言葉。
『またね』
 鮮やかな笑顔を残し、互いに手を振りそれぞれのいた場所へと足を忍ばせて歩き出す。
 そっと音を立てずに扉を開き、身体を滑り込ませる。そしてすぐさま冷えたベッドに疲れた 身体を横たわらせた。
「明日になったら……なんとかなってると、いいな……」
 そしてそのまま、彼女――彼女達は眠りについた。
 月が、そして"彼女達"がそんな未央達を見つめていた。



(……あれ? ここ、前も来たような……?)
 明るくもあり、暗くもある――そんな不思議な空間に未央は漂っていた。
 以前にも同じ場所にいたことがある、と頭の片隅から『何か』が囁きかけてくる。
 その時の記憶はなくしてしまったけれど、でも心のどこかに大切な"カケラ"として残されて いたものがある。それは忘れる事のない、紛れも無い事実。
 心に刻まれた、確かな記憶。その断片。
 前と同じく、身体には何も纏っていなかったが何故か羞恥は感じない。それは恐らく、身体の 感覚が希薄だからなのだろう。
 それだけでなく、体がうっすらとぼやけ、輪郭も曖昧なものとなっている。全身に淡い光を 纏い、手も足も――体全体が透き通ってもいた。幽霊にでもなったような気分だ。
 それでも恐れを抱く事は無い。ここは彼女の知るどんな場所よりも安全だと知っているから。
 まるで海の波間に漂っているかのような、懐かしさを感じる安堵感が胸を満たしている。
(……なんで、"ここ"にいるの?)
 きょときょとと辺りを見回すと、覚えているはずの無い"前"とは違ったような感じを受けた。
 一体何が違うのか――それはすぐにわかった。周りに『人』がいるのだ。
 彼らも自分と同じ様に一矢纏わぬ姿だが、別に恥ずかしいとも何も思わない。
 よくよく辺りを見回せば、数え切れないほどの若者達がいるのがわかる。
 彼らは彼女と同じ様に一様にぼやけた輪郭を持ち、そして誰もが鮮やかで不思議な色彩を髪と 目に持っていた。そしてよくよく眺めてみれば、誰一人として同じ色を持っている者はいない。
 その中には、彼女の親友である者達もいたが彼女はそれに気付かなかった。
 ただ、周りにいる人々全てが自分の"仲間"であることだけは理解できた。
 彼らこそが、彼女の新たなる同胞。同じ者を持つ、大切な仲間たる者たち。
(どうして、ここにいるんだろう?)
 不思議な感覚だけが、今この場所での彼女の全てだった。
 現実での想いのほとんどを、ここではない場所へと置き忘れてきているのだ。


――ふふっ。


 不意に、どこからともなく笑い声が響く。それはどこか遠くから届いたようであり、 またすぐ隣で響いたような気もした。
「……だぁ、れ……?」
 少し離れた場所にいた、17、8歳ほどのオレンジと黄緑の髪と目をした女の人が、そっと 怯えたように"呟く"のがわかった。それが、聞こえた。
 『声』として伝わった訳ではないのに、それは確かにそういう内容の『言葉』となって彼女の 脳裏に『声』を聞くのと同じ様に響いていく。
≪ここにいる何人かとは、以前に会った事がありますわね≫
 そう、幼い少女の声が楽しそうに告げる。また、デジャ・ヴュが襲ってくる。
(……何?)
 確かに、違和感が残る。それは一体なんなのか……。
 未央がその違和感に眉を顰める合間にも、その『声』は穏やかに言葉を紡ぎ続ける。
≪本当は、もう干渉しないつもりでしたの≫
「干渉って、一体何に?」
 未央の隣にいた、懐かしさを感じさせる赤茶色の髪と深緑の瞳の活発そうな少年が短く尋ねる。
 ふわ、と空気にも似た何かが辺りを流れていく。
≪それがわたくしたちが最初に定めたルールだったのですもの≫
 干渉は、一度だけ。それが約束。それがルール。全てにおいての最初に決めた事。
 少年の問いに答える事無く、不思議な『声』は歌うように穏やかな響きを乗せて囁く。
「ルール?」
≪今のこれだって、ルール違反ギリギリですのよ? "あの子"に頼み込んでここにあなた方を 連れてきて貰ったのも≫
 その少年の未央を挟んだ反対側にいた、緑の黒髪と深紅の瞳の少女が不思議そうに首を傾け ながら呟くのにも、その『声』は答えない。答える事は無い。
≪でも、このままだとわたくし達の望むようにはならないようなのですもの。だから、仕方なく わたくし"あの子"に頼んで少しだけ干渉する事にしましたの≫
 どこか不機嫌そうに、そして嬉しさを隠したような口調で。
「一体あんたは誰だ? 何をするんだ?」
 離れた場所にいた薄紫の髪と栗色の目の20歳ほどの青年が、苛立ったように少しだけ声を 大きくして言う。彼は言い知れぬ安堵感と不安に挟まれ、顔を複雑そうに歪めている。
 それの言葉は、彼女に届いたようだった。
≪わたくしは……ヒトではないもの。それしか言えないし、言ったとしても理解できないで しょう。わたくし達とあなた方は、あまりにも違いすぎるから≫
 謎かけのような答えに、しかし満足したものはいないはずなのに何故か誰もそれ以上を尋ね ようとはしなかった。
 まるで、それが禁忌であるかのように。
 その時、未央は不意に違和感の正体に気付いた。そして、確信する。
 あたしは、この『声』を聞いた事がある。この『声』の主に出会ったことがある、と。
≪まだ、あなた方の存在はこの世界では少し早かったみたいですの。このままではすぐにあなた 方は『異端』として世界から排除されてしまう……それでは、わたくし達の望むようにはならない。 だから、ほんの少しだけ干渉させてもらいますわ。あなた方以外の者達の意識を、ほんの少しだけ 変える……そうすれば、とりあえずの自由が手に入る≫
 一体どこから誰が何を排除するのか。
 その言葉の意味は誰にも理解できなかったし、またそれを『声』の主も理解しているようでは あったけど、でもそんなことには構わずに『声』は続ける。
 己が言った事の断片が、それぞれの意識の片隅に残る事をだけ祈っているから――。
≪でも、干渉するのはほんの少しだけ。その結果どうなるかはわからない。とりあえずの自由を 手にしても、そのすぐ後に絶望が待っているのかもしれない。それでも、あなた方はそれまでの短い 間に己の望む事ができる。そして、その結果次第では違う未来が待っているかもしれない……≫
 不意に、その空間の空気――空気があるのかわからないが――が変わる。
 穏やかなだった海から、荒れ狂う海原へと放り出されたかのような感じがした。
 今まで親鳥の加護の下に会った雛たちが、急に親鳥自身から突き放されたかのような虚しく 悲しい孤独感がそれぞれの胸を突く。そしてそれは例え様の無い自愛を含んだものでもあった。
≪頑張って御覧なさい。あなた方は"資格"を手にしたのだから。それをどうするかは、あなた 方の自由だけれど。それでも、チャンスはありますのよ? 選べる自由は、少なくともあなた方は 最初から手にしているのだから。それを生かすとどうなるのかはわかりませんけれど≫
 再び、暖かなものが戻ってきた。先ほどとは少し違うけど、でも確かな温かさが。
 くすくすと、軽やかな笑い声を響かせながら『声』は言葉を残していく。
≪全ては、あなた方次第……そう、"資格"を生かして選ぶも、それを放棄するも≫
「何を、選ぶの? 僕達に何をして欲しいの?」
 黄緑の髪と群青色の瞳の幼い少年が、大きな目を見開いて上の方を見上げながら声を出す。
 まるで、そこにその『声』の主がいると思っているかのように。
 そしてそれはたぶん、正しい事なのだと誰もが心のどこかで理解していた。
 もしくは、ここの空間全てが彼女なのであると。
≪そう……それがわかれば、苦労はしないのですけれど≫
 苦笑しているかのような口調で、呟くようにそっと『声』をもらす。
 幼い彼にも理解できるよう、優しい口調で母親のような雰囲気で。
 彼女は全ての命の母。全てを想像し、想像したもの。それと同等の存在。
 だから、彼女はここにいる全てのものの母。産みの親であるのかもしれない――。
≪いつか、わかるときがくるでしょう。あなたたちにでも……わかる日が、きっと≫
 ふわ、と全ての者達の体を柔らかな『何か』が包み、優しく遥かな高みへと持ち上げる。
 それは漆黒の翼。その羽の一枚一枚が輝き、空の美しさをもち会わせている。
 闇の色は全てを飲み込むのではなく、包み、安らぎを与えてくれる。
「……また、あなたと会う事はある?」
 未央は不意に、そう『声』の主に問い掛けていた。
 何を考えている訳でもなく、ただ、その言葉が口を突いて出た――そんな感じだった。
≪それは……≫
 突然の言葉に、その『声』も驚いているらしかった。
 今まで、彼女にそう問うてきたものはいなかったから。そんな言葉を与えられるとは今まで 一度も考えた事さえなかったから。
≪そう……もしかしたら、出会うかもしれませんわね。あなたと。あなたではないここにいる 誰かと≫
 少しだけ、心からの歓喜を込めた吐息を洩らす。同時に彼らの意識も一気にもとの場所へと 浮上していく。
 ここでの出来事のほとんどをここに置き去りにして。
 ただ、最後に聞こえた『言葉』だけは、全ての者の心の奥深くにそっとしまいこまれた。
 それは不思議な嬉しさを感じさせる言葉だったから。
≪いつか、あなた方の内の誰かと出会えることを楽しみにしていますわね≫
 そうして『声』は途絶え、彼らは現実へと再び舞い戻っていった……。


新しい朝が、彼らに訪れる。
それは一つの転機となり、一つの分かれ目となるだろう。
彼らが最初に選ぶのは、何……?




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気がつけば、最後にアップしてからどれだけが経ったのか……。
とりあえず第一章の最終話です。
これで、未央達の話に小さな区切りをつけたつもりです。
次からはきちんと病院から外へ出られることでしょう♪
しかも、何気にゲームマスター登場……どうしてだろう……?
最初は出すつもり、全然なかったのに……不思議でたまりません。
彼女が出てきた理由は、弟と裏のネタ話で
「このままだと、未央たち病院から出られなくならない?」「え? なんで?」「だって、 髪とかの色が突然変わったんだったら、もっと検査とかしそうだし。簡単には解放してもらえない んじゃないの?」「あ……」となったから(笑)。
彼女達の言葉の意味、そして未央達の話に出てきた"アイツ"の存在。
これらが次の章から少しずつ出していければと思います♪