称えよ 黙せよ 全ての犠牲となりし者 全ての先駆けとなりし者 そなたに永遠なる賛辞を送らん――
間幕 《1》




彼らを救うべき神は、どこへ……?


「あ〜あ……次は――っと、全部終わったんだっけ」
 小学校低学年ほどの年齢に見えるその少年は、つまらなそうに呟いて手に握っていたゲームの コントローラーを放り出し、ぱたっと身体を仰向けに倒した。
 つまらない……もう何もする事がなくなってしまった。
 何日か前に起きた事件で、学校はほぼ閉鎖。多くの人――とくに生徒たちの多くが原因不明 で倒れ、学校は連絡があるまで休学になった。
 それに、彼は何かはわからなかったが、とにかく恐ろしい化け物が現れて人を襲う、というの だ。
 だから外出は禁止と学校から言い渡されたし、両親もしつこく彼に家から出るなと言い つけていた。
 彼の両親は共働きで、彼は一人っ子だ。
 学校が無くなって嬉しかったのは最初の日だけで、すぐに一人はつまらない事なのだと嫌と いうほど思い知らされていた。
 友達と遊べないなら、学校が休みだって面白くない。
 ずっとやろうと思っていたゲームソフトは全部やり終えてしまったし、彼はしかたなしに立ち 上がり、テレビをつけた。
 これも、あの『事件』――彼は実際に何があったのか知らなかったが――の後はテレビが つかなかったのだ。母親は「回線が切れたのよ」といっていた。
 ぶん、と音を立ててテレビが起動する。床に座り込み、チャンネルを回すがどこも同じ様な ニュース番組だ。
 内容は彼には難しい事ばかり。なんでも、彗星が落ちてきて、未知のウィルスとかがあって 一部の人が感染して、それでどうたらこうたら……という事らしい。
 彼の好きだったアニメ番組もその特報に潰されてしまっている。
 ぶつん、とテレビを消してリモコンを乱暴に放り投げ、彼は再びつまらなそうな顔をして床に 寝そべった。
 ばかばかしい、と思う。
 なんで外に出てはいけないんだろう。だって修理屋さんは こないだ来たけど、その人たちは外に出てたし。お父さんやお母さんだって外に働きに行ってるのに。
 化け物なんて絶対嘘に決まってるんだ。きっと僕を外に出さないために、皆みんなで嘘を 言ってるんだ。
 大体、化け物とかモンスターなんてゲームの中にしかいないって事ぐらい、僕だって 知ってるのにさ。
 そこまで考えて少年はびっくりした顔を上げた。隣の部屋から突然、電話のベルが 鳴り響いたからだ。
 彼は少しビクビクしながら受話器をとるが、次の瞬間には彼はすぐに満面の笑みを浮かべて いた。心なしか竦めていた身体を、しゃきっとさせる。
 クラスメイトからの電話だ。数日振りなだけなのに、すごく懐かしい気がする。
 久しぶり、という挨拶から始まり、次第に電話の前に椅子を持ってきて長話になり、そして その内にクラスメイトも彼と同じように退屈しているのを知った。
 共に両親が共働きなので、よく一緒に遅くまで遊んでいる親友だ。
 そのうち、そのクラスメイトが家に遊びにこないか、と誘いを掛けてきた。
 幸いなことに彼らの家はそう離れてはおらず、10歳になったばかりの彼の足でさえ10分と かからない距離にある。
 そうだ。これくらいだったら親も許してくれるかもしれない。大体何度も通った道だから間違 えようもないし、危ない物など何もないのだ。
 二人いれば退屈しないですむ。それだけでもう素晴らしく魅力的なことのように彼は感じて いた。一人ではないという事が、とてもすごい事だと初めてわかったのだ。
 ――彼には……彼だけでなく、ほとんどの者は本当の危険という物を理解していなかった だろう。大人たちでさえ、テレビで話していた凶暴な野性動物か何かが暴れているだけ、というのを 信じていたのだから。
 少なくとも、突如現れたその危険の正体を少しでも理解している物ならば、このような油断は する事はなかっただろう。
 たとえ、それが滅多に現れないものなのだとしても。
 友達にすぐに行くと電話で伝え、彼は小さなリュックにお菓子とゲームソフトをありったけ 詰め込んで彼は戸締りを確認した後、最後に電話を留守電に設定してから家を飛び出た。
 もちろん、ただ外を歩く、ということが彼にとってどれほど危険なものなのかなんて知る由も なかった。
 それはまだ、昼を少し回ったばかりの頃だった。



「あ〜、疲れた!」
「ちくしょ〜……あとちょっとで勝てたのに!」
「へへん! どっちにしろ俺の勝ちだし〜?」
 にや、と笑っていた少年はふと時計を振り返って顔をしかめた。
「わり……そろそろかーさん帰ってくるや。なんかさ、パート早引きしてくるって……心配 だからとか言ってたけど……どうする? このまま俺の家にいるか? 怒られるかもしれないけど ……それでもいいか?」
 酷く申し訳無さそうに言い出すクラスメイトの顔を見て、彼は酷くつまらなそうな表情を 顔一面に浮かべてみせた。
 なんだ。結局みんな同じじゃんか。
「……ふ〜ん。じゃ、いいよ。僕帰るから」
「ごめんな〜。また明日、昼間遊ぼうな!」
 元気よく手を振り、送り出す少年に小さく手を降り返して彼は邪魔そうにリュックを肩にかけ てとぼとぼと歩みだした。
 通い慣れた道を、どうしてかその時は通る気になれずに少しだけ、いつもとは違う遠回りに なる別の道を通って。
 ――時刻は、4時を過ぎた辺り。ちょうど夕陽が沈む頃……。
 それを、古き者たちは『逢魔々時』と呼ぶ……。



 かつん、と小さな石ころを蹴って暗くなり始めた道をゆっくりと歩く。
 彼の家へ通じる道の中で、一番遠回りで一番暗く、人通りの無い道のり。
 どうしてか、彼は真っ直ぐに家に帰ろうとは思えなかった。しかし、かといって彼にはこの 辺りで遊んでいける場所など数えるほどしかない。
 そのほとんどは友達の家で、先ほどの少年以外はみんな家族や兄弟がいて遊びにいけない。 例外は先ほどの少年だけだったし、その他の場所も、無意味に広い広場や公園だけなのだ。
 それだって、みんなでサッカーや野球をするのに使うだけ。一人でいったって、何の意味も ない。皆で遊ぶから、楽しいのだ。
「……ちぇ。帰ったらどうしようかな……お母さんたち、今日は帰ってくるの遅い日だし…… あ〜あ。ほんと、つまんないや」
 再びこつん、と石ころをつま先でつつく。気がつけば足取りは止まっていた。
 寒くなってきた。諦めて家に帰ったほうがいいかもしれない。
「家帰って、肉まんあっためて食べよ〜っ!」
 ぶん、と腕をふるい、思い切り伸びをした後、彼はすたすたと歩き出した。
 ――その彼の足元に、ふいに大きな影が降りた。
 もう夕陽は完全に落ちている。外は気がつけば暗くなっており、明かりは月の光と街頭の 明かりのみ。
 だったら、この影は一体なんなんだろう?
 彼は不思議そうに顔をかしげた。誰か、後ろにいるのかな?
「……?」
 しばらく歩いても、その影は変わらない。大きさも、何も。
 それに、何か変な匂いがする……そうだ。台所で時々する、生ゴミのにおいだ。
 もしかして今日は生ゴミの日なのかな? どうだったっけ?
 でも、だったらなんで夜にゴミを出すんだろう。お母さんは夜にゴミを出しちゃいけないって 怒ってたけど……。
「……るる、ぐるる……るぅ……」
 突然、犬の唸り声のような声がして彼はびくっと身体を震わせ、立ち止まった。
 正確に言うならばソレは犬の唸り声などではなく、強いて言えば人の呻き声にこそ近いもの だったのだが。
 どちらにせよ、ソレは彼が今まで聞いた事のないような声――音、だった。
「な、何……?」
 彼は身体を縮こまらせたまま、小さく呟いた。
 ひた、ひたという足音は今になって聞こえてきた。
 そういえば、今の今まで自分以外の足音は聞こえなかった。なら、この大きな足音は一体 何なのだろう?
 おそるおそる、酷く怯えた様子で振り返り――そして、彼はソレを目にした。
「ぐりゅるるるるおぉぉぉ――――ぉぉん」
 不気味な唸り声を上げるソレは、彼が今まで目にした事の無い姿をしていた。
 彼にはそれが何に似ているのかもわからなかった。
 ただ、酷く怖い、と感じた。
 そして、ああ、ゲームのモンスターってこんな感じなのかな……と、酷く納得した。
「……――あっ」



 ――結局、彼は最後までそれが何なのか、また自分に何が起こったのかを知る ことはなかった。――永久に。
 次の日、その町の一角で一人の少年の遺体が発見された。
 その付近は酷い血溜まりができており、また少年の遺骸――屍体も酷い有様で、結局いくら 経っても五体全てが揃う事はなかった。
 ……まるで、何か大きな獣に食い荒らされたように。



 今まで何度も正体不明の生き物に何人もの人が襲われ、また殺されていたが、 今回の惨劇が明らかになって始めて、人々はソレに恐怖した。
 彼らが今まで知らなかった、新たなモノ達が生まれ始めていた事を知ったのだ。
 それは彼らに取っての『味方』であり、また『敵』でもあるもの。
 それを決めるのは、これからの彼ら次第。
 また、全ての人類に共通した『敵』も生まれていた。



彼らを救うべき神は、もういない……。
神に値する者達は、見守る事を決めていた。
もはや、彼らを救うのは彼ら自身以外にはありえない――




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何故か、第6話よりも先に完成していた第7話。しかも本編にはあまり関わりがない(笑)。
この話が「間幕」な理由は、これもまたあの世界の一面だから、です。
謎の光によって多くの若者達が変異して、モンスターが現れて。
世界はもちろん、少しずつ変わっていくはずですよね。
それを是非、メインのキャラ以外の人物の視点から書いてみたい、と思ったのです。
謎の光の影響が全くない家庭の少年。彼が見たこの事態。そして、そういう人々の捕らえている現状。
これから未央たちはそろそろ元いた所に戻る事になっていきます。
そして、今までと同じ場所、同じ人々との今までと全く違う生活が始まるのです。
異質なモノとなったのは、彼女たちなのか……それとも、世界そのものなのか。
ある意味、これが次のプロローグ――第二章の序章のような感じですね♪