=====追憶の語り部=====

〜出会い〜



 今宵は何を語ろう?

 明るく輝く月夜の晩に、思い出すことはそうないけれど。
 君に――君たちには知っていてほしいから。

 俺の過去には辛いことの方が多いけど、それでも、それらの全てが今の俺を形作っているから。

 記憶に留めていなくてもかまわない。
 ただ、感じていてほしい。


 俺がいて、彼女がいて、君が確かにそこにいたことを。


 そしていつの日か、そっと思い返してほしい。
 俺が今から語る、つまらない思い出を。

 ひとりの男の、小さな心の音色を。

 月の雫のように、ひっそりと流れゆく想いを―――――――。








【act.1】



 俺の名はフリック。家名なんて気のきいたモンはない。
 これはもちろん偽名だが、本名なんて誰であっても教える気はない。

 知ってるのは俺と、俺の両親だけ。何があっても、決して使われることのない名前だ。

 しかもその意味と来たら――どこかの国の昔の言葉で『死を運ぶ者』だと。信じられるか?
 子供にそんな名前をつけるなんて、気が知れてるって何度も思ったよ。

 俺には兄が一人いるけど、そいつは名前どころか俺の存在自体知らない「はず」だ。
 理由は簡単、俺の両親が共に普通じゃない身の上だったからだ。

 父親は世界に数ある暗殺者ギルドの1つ、『影』の頭領。今だ現役バリバリだ。
 母親は小国の王女で、現在では何処かの国の王妃だかをやっているらしい。

 どういう経緯で二人が出会ったのか俺は知らないが、とにかく彼らが愛し合った結果、二人の間に俺が生まれたってワケ。
 母親は俺を自分の子供として育てたがっていたらしいが、もちろん無理だった。

 当然の話だ。王女様が実は結婚する前に子供を生んでいたなんてばれてみろ。その座を追われるばかりでなく、後継者問題まで発展しかねない。いや、必ず発展してただろうな。

 結局俺は父親に引き取られ、ギルドの片隅でひっそりと内密に育てられた。

 それが愛情なのか、それとも他の考えがあったのかはわからない。
 だからって、俺は別に暗殺者ってわけじゃない。それに近いものはあるけどな。

 俺の兄貴ってのがまた野心家で、どうやってか存在さえ隠されていた俺の事を知ると、トップの座を狙われると懸念してしょっちゅう殺そうとしてたんだ。

 親父は俺を生き延びさせようと、あらゆる暗殺術やら裏の世界のことなんかを俺に徹底的に叩き込み、10歳のときに外の世界に逃がしてくれた。

 そのとき、親父が言った言葉は今でも覚えてる。



「お前は一人で生き延びなくてはならない。お前にはそれだけの技術を教えてある。生き延びて、逃げ延びてみせろ」


 だとさ。10歳のガキに言うことじゃなだろ、ったく。


 俺は親父の事はなんとも思ってないが、逃がしてくれた事に関してはすごく感謝してる。
 ま、言いたいことは他にもたくさあるけど。


 そんなわけで俺は「外の世界」に逃れ、片田舎の村に落ち着いた。
 これで命を狙われることもなくなると……そう思っていた。

 でも、物事はそう簡単にはいかなかった。
 俺はわずか10歳で、この世の現実をまざまざと思い知らされたんだ。









 ずっと焦がれていた、外の世界。
 人々はみんな優しく、命を狙われる事の無い――そんな、夢のような世界。

 それは確かに、俺の夢に過ぎなかった。外の世界は理想とはかけ離れていた。

 俺はまだ10歳だったし、この世界はガキ一人でやっていけるほど甘くはなかったんだ。
 まあ、親切な人が多かったのは本当だけど、それだけじゃなかった。

 実際、俺はその村から1年もしないうちに出て行くはめになった。
 理由は簡単。兄貴が、俺に刺客を送ってきたんだ。

 幸い、俺は親父に教わった技術――暗殺術とか、そういった武術――でなんとか助かったが、それを知った村人たちは次第に俺を恐れ、疎んじるようになった。

 腕っ節が強くなるのとは反対に、俺と村人との間には深い溝が出来ていった。
 そして、俺はその視線に耐え切れずにその村から出て行った。





 それから俺は一人で旅人に混じって旅を続けていった。
 年を偽ったりして、最初は大変だったな。

 旅のキャラバンに同行させてもらって、大陸を横断したりもした。 いくつもの国を渡り、いくつもの街を、景色を見てきた。
 俺に親切な人はいっぱいいた。でも、それも長続きはしなかった。

 しばらく一緒にいるうちに俺の腕っ節が尋常じゃなく強いことに気付くとすぐに俺を恐れ、態度がよそよそしくなっていくんだ。

 そうなると俺はそいつらから離れ、一人で旅立つようにしていた。

 俺を恐れなかった人も、刺客が襲ってくるとガラッと態度が変わるんだ。




 優しかった夫婦は、悲鳴を上げて俺から逃げていった。


 勇敢な旅人たちは、俺を殺して刺客たちから逃げようとした。


 傷ついた俺に食べ物を与えてくれた老人は、俺のことを指差して『悪魔の申し子だ!』って叫んだ。




 数え上げたらきりがないくらいだ。
 仲間だと思っていたら刺客だったって事もあったな、確か。

 そんなふうにして何年も経つ頃には、俺はすっかり人間不信になっていたんだ。
 当然の成り行きだろう? まぁ、俺が元々甘かったってのもあるだろうけどな……。

 そして時が経つと同時に俺は親父に教わった技を隠し、普通の旅人としてやっていく事を学んでいった。

 人と接するのは極力避け、できるだけ怪しまれないようにして必要以上に他人関わらず、自分の中に入ってこられないようにした。

 次第に俺の心の中には厚く、巨大な壁が出来ていった。
 ときどき誰かと一緒に旅する事があっても、1月以上一緒だったことはなかった。


 そんな風にしてやっていた頃だった。




 俺が、彼女に出会ったのは。





『夢の欠片達』へ  次へ進む
Copyright(C) 2001- KASIMU all rights reserved.