〜出会い〜 【act.3】 人気のない、初めてエリナと会ったのと同じような森の中だった。 たった一人だとはいえ、相手はプロだ。普通のモンスター相手の戦いじゃない。 油断したら殺られるのはこっちだし、そうなったら俺だけじゃなくエリナまで死ぬことになる。 俺は躊躇わずに戦い、勝ち抜いた。そしてそれは、相手を殺す事でもあった。 エリナは俺の後ろの方でさっきから座り込んでいる。声一つ立てず、身動ぎ一つしないで。 顔を見る勇気はなかったが、俺は不思議と落ち着いていた。理由はわからない。 ただ、胸の奥にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。空虚な、冷たい感情が生まれていた。 「ここは、よくない。こっちに出口がある。そこまで行こう」 俺はおもむろにナイフについた血を拭うと、呆然と座り込んでいるエリナの腕を引っ張って歩いていった。 そのあいだ、俺も彼女も何も言わなかった。 死臭の漂う場所から離れて森の外れまで来て、俺はようやくエリナの腕を放した。 細い腕――今まで何度も感じていた通り、細い腕だ。見下ろした身体も、驚くほど小さい。 しばらくの間、辺りを重い沈黙だけが支配していた。 その沈黙に耐え切れず、俺は口を開いた。 「……危険なことに巻き込んで、すまなかった」 エリナがビクッと身じろぎした気配がした。怖いくらい、大きく。 ああ、もう終わりなんだな……と、悲しいと思った。 「――こんなつもりじゃなかったんだ。嘘をつこうとか思ったわけじゃないけど、君を巻き込んだのは確かだ」 辺りがうっすらと暗くなり始めている。夜の帳が降り、闇に月の女神が輝きだす。 これからは人間の時間じゃない。古の吸血鬼たちや、モンスター達の時間になる。 「君といたこの一月、俺は楽しかった。君が今、俺をどう思っていても――俺は本当に楽しかった。……ここから真っ直ぐ行けば町がある。そこに行けば安全だ。俺はもう二度と君の前に現れない。本当に、巻き込んですまなかった。……じゃあ」 涙なんてもの、とうの昔に捨て去っていたから流れるはずは無い。でも、できることなら……今ここで、思い切り泣きたいと思った。そうすれば、楽になれるのかもしれないと思った。 そんな感情は心の奥に築いた壁に遮られ、表面に出る事無く滞る。汚い感情と、一緒に。 最後に何か言おうとして、何故かその言葉が思いつかずに俺は口を閉じた。そのまま歩き出そうとした俺の上着が弱く、恐る恐るといったように引っ張られる。 エリナが俺の上着の裾を、掴んでいた。 俺は何故だか、その瞬間に動けなくなっていた。腕を軽くふれば振り払えるほどの弱い力なのに、何故かそうする事が出来なかった。 「――な」 「なんで、そんなこと、言うの?」 何を、と言おうとした俺の言葉を遮ってエリナは小さな声で呟いた。 俺は心底驚いた。まさかこんなことを聞かれるとは思ってもみなかったから。 今まで出会った人と同じ様に、俺を恐れているんだと信じていたから……。 「なんで、そんなこと聞くの? あれはフリックの所為じゃないんでしょ? だったら謝る事ないじゃない。……そりゃあ怖かったけど、フリックはあたしを守ってくれたんでしょ? なんであなたが襲われるかなんて知らないけど、全部をフリック一人で背負うことなんてないよ」 少しずつはっきりしてくる、小さいけれどしっかりと意思を込めて紡がれる声。 僅かに緊張にかすれ震える声と体を押さえつけ、それでも服を掴む腕越しにそれが伝わってくる。 俺はゆっくりと振り返り、エリナの顔を見た。 顔は血の気を失って青白くなり、握り締めた手は伝わり来るそのまま小さく震えている。 しかし、その瞳はなによりも真っ直ぐに俺を見つめていた。始めてあった時と同じように、俺の全てを見透かすようにして。見えない鎖に絡めとられたように、体が動かなくなっていた。 だが、俺の唇は意思とはまったく関係なく、意識化の言葉を紡ぎだす。 「俺が……怖くないのか?」 「怖くなんか、ないよ」 返事は即座に返ってきた。まるで、それが当然であるかのように。 その言葉を言った事に驚いたかのように軽く目を見開き、再び言葉を綴る。 「だって、フリックは何も変わってないよ。ちょっと、驚いただけだもの」 そしてぎこちなく、けれどはっきりとそれと分かるような笑顔を浮かべて見せる。 暖かい笑み。幸せを知り、人の暖かさを何よりも知っている顔。 「別に、別れなくちゃいけないなんて事ないよ。危険だって言うのならフリックがあたしを守ってくれればいい事だし。あたしはまだフリックに教えてもらいたい事がいっぱいあるんだから」 ……俺は、心の何処かでこんな言葉を待っていたのかもしれない。 俺がただの一人の人間であると、言ってほしかったのかもしれない。何も恐れる事は無いのだと。 「危険なんて、一人で旅してたらいくらでもある事だよ。だったら、一緒の方がいいと思わない?」 少しずつ血色の戻ってきた顔に、変わらずに笑みを浮かべる彼女を見て、突然胸が熱いと感じた。 今までに感じた事のない、暖かなそれが溢れだしそうで――。 その言葉が嬉しくて、切なくて――俺は足元にしゃがみこんで顔をうつむけた。 「……フリック?」 「…………」 「何? どうしたの?」 俺の両の目から止めどなく、暖かい涙が溢れ出した。初めての感触だった。 もう俺にはそんなもの、なくなっていたと思っていたのに。なくなったはずなのに。 俺はそのまま俺の顔を覗き込んできたエリナの腕を強く引き、力をこめて抱きしめた。 この温もりを、暖かさを失わないように。強く、優しく。 涙を隠すように、エリナの小さな肩に目を強く押し当てて。 「な、ちょ、ちょっと――フリック!?」 腕の中の温もりが心から愛しいと感じられる。今まで感じた事のない感情。自然と、微笑が生まれる。 誰も俺を分かってくれないと思っていた。けれど、そんなことなかったんだ。 彼女がいたから。彼女に、出会えたから。 これはきっと一生に一度の出会い。運命の、といってもいいだろう。 もし生まれ変わりがあったとしても、もう二度と出会えない。絶対に。 他の誰かにとっては意味のない存在でも、俺にとっては何よりも大切なもの。 今なら、そう心から信じられる。それが真実なのだと思う。 親父たちもこんな想いでいたんだろうか……と、心の何処かで思った。 「ね、ねえ……どうしたの、フリック」 「……違うよ」 「え? 何が?」 「俺の、名前。本当は、……シオンっていうんだ」 シオン――紫苑の、花。別名『死を運ぶ者』。今まで忌み嫌ってきた、本当の俺を唯一現すもの。 そっと腕を離し、顔を上げた俺の涙の後を見て彼女はそっと優しく微笑んだ。 信じられないくらい優しい笑みで、もう一度俺を抱きしめてくれた。 「シオン……いい名前だね」 エリナは何も聞かずに、そう言ってくれた。それだけだった。 あとで教えてくれた。 『シオン』とは、『死を運ぶ者』という意味の他に別の言語でもう一つ、意味があるのだと。 それは――『風の翼』。 『ぴったりだよね、シオンに』 エリナはそのあと、そう言って楽しそうに笑った。俺と一緒に。 どうしてぴったりなのかは教えてはくれなかったけどな。 彼女は俺を救ってくれた。 傷つき、血を流して心を硬く閉ざした俺を。 自分でも開け方の忘れてしまった心の扉の鍵を、どこからか探し出してくれた。 それは単なるきっかけに過ぎないけれど、それがなかったら俺はきっと駄目になっていたんだろう。 彼女はきっと、一生知ることはない。 俺が、どんなに君に救われ、癒されたのかを。 でも、君がいる限り、俺は俺でいられるから。 またきっと、人を信じられるようになるだろう。 裏切られる悲しみだけじゃなく、その優しさを信じる強さを知ったから。 君が、側にいてくれるから。 君に出会えて、よかった――。 END□□□□□
+あとがき+ これは、わたしがやっている『リレー小説』の登場キャラが主役のお話です。 パッと考えて作ったキャラだったのですが、今では随分と愛着があって……。 気がつけば、ごたいそーな設定も出来てたりして(笑)。 これは、彼らの過去にあった事の一端です。 エリナとフリックはこの後も長い付き合いになるんです。その予定。 また、リレー小説を知らなくても関係なく読めます。短編としてね。 機会があれば、また彼らを書いてあげたいと思っています。 よろしければ、感想などをいただけると嬉しいです♪ |