□□□揺れる大樹の下で




 世界が救われた。


 ただそれだけのことに、どれほどの想いが流れていったのだろう。
 決して少なくない犠牲を払い、数え切れないほどに幾重もの涙を重ね。
 そして得たこの平和は、きっと、すべてのものへ。









 世界が平和を得てから、いったどれほどの月日が流れたのか。
 大地を支える礎となる、世界樹と呼ばれる大きな一本の樹。
 それがかつて、手折ることも出来るほどに小さな苗木だった頃があると、誰が思うだろう。
 美しく、そして力強く枝葉を広げたその周りは、静かな時が流れている。
 その大樹のそばに、今、一人の青年の姿があった。


 青年はゆっくりと歩を進め、大樹の根元にたどり着く。
 ふぅわりとした、暖かさをふくむ風に柔らかく目を細めた。
 と、瞬くほどの時の合間に、音もなく淡い光が現れる。
 強い光は、けれど決して痛みを伴わない優しさを持ち、そして――
 そこに、一人の女性の姿があった。


 流れる風に、音は無く。
 視線を交わし、どちらからともなく、微笑んだ。




「久しぶりだな」
「ええ、本当に」




 交わす言葉は短く、込められた想いは幾千の。
 ――前に、こうして言葉を交わしたのはどれほど前のことなのだろう。
 ふと、思い返した時間の長さに青年は小さく笑った。




「どうしたのです?」
「いや。あれから、ずいぶんといろいろあったんだなって思ってさ」
「……ええ」




 そう言う女性の言葉は、万感の想いを含み。
 同じくそれを知る青年は、頭上に広がる巨大な樹を見上げ、再び顔をほころばせた。
 交わす言葉のない二人の間に、風に流された白い綿毛が舞い踊る。




「……行くのですか?」
「ああ。せっかくだし、便乗させてもらおうと思って」
「そう」




 唐突に投げられた問いに、返る応えは迷い無く。
 そして紡がれた短い言葉は、どのような感情も感じさせない、淡々としたもの。
 けれどそれは冷たさを感じさせるものではなく、紛れもない優しさが込められている。
 それを知る彼女は、だからこそ、そっと空を振り仰いだ。
 青年は、ちょっと笑って彼女を振り返る。




「無責任かも、知れないけどな。……でも、もう大丈夫だと思いたいんだ」
「――――」
「また、人は間違いを犯すのかもしれない」




 瞼を閉じ、思い返すのは今まで幾千幾万と目にしてきた争い。
 悲しみを産むだけのそれに、けれど。




「それを正そうとする人だって、いる。だから、」
「時を越え、世界とこの樹とを救った彼らのように、ですか?」
「ああ」
「――かつての、貴方達のように?」




 その言葉に、彼は今度こそ苦笑を浮かべた。
 刹那のうちに、怒涛のように懐かしい記憶がよみがえってくる。
 痛みと、甘酸っぱい想いとともに湧き上がるそれは、遥かな過去の思い出。
 忘れることなどありえない、大切で、掛け替えのない――。




「それに、いつかは行ってみたいと思ってたしな」
「…………」




 流れる風に目を細めれば、父親譲りの茶色の髪が揺れる。
 年を重ねるごとに、父の色を濃くしていった自分の姿。
 かつての仲間たちとは、よくそれを話題にして盛り上がったものだった。


 逢えるのだと、想っている訳でもないけれど。
 もしもまた出会えるのなら、知って欲しいと願い続ける物語が、ある。
 そして今度こそ、聞きそびれた「家族」の話を聞きたいと――。




「どうなってるかなんて、わからないけどさ。……だからこそ、見に行ってみたいんだ」
「そう、ですね。……貴方の手を離れても、これからは、きっと」




 言葉の先を口にすることなく、彼女はふと両手を差し伸べた。
 そこに柔らかな光が集まり、何かのかたちを成す。
 「大いなる実り」と呼ばれたそれは、大樹の種子。
 世界が必要とするだけのマナを、生み出すことの出来る大樹の。


 それを静かに見つめる青年の前で、彼女はさらに手を差し伸べる。
 現れた優しい光が包み込むそれは、人の姿をしていた。
 世界を滅ぼさんと人々を襲い、魔王と呼ばれた美しく、そして優しすぎた青年。


 目を閉ざした麗しい金の青年に、大樹の種子が同化する。
 彼を包む光が強くなっていく中、それを見ていた青年はふと足を進めた。
 ゆっくりと、確かめるように眩く優しい光に包まれたソレの傍に佇み。
 そっと目を閉じて佇んだ後、青年は彼女を振り返った。




「マーテル。……ありがとう」




 そういって青年が微笑んだ、その表情は。
 かつて――もう誰一人として知る事のない過去に浮かべていたのと、何一つ変わらぬ笑み。
 それを目にし、世界樹ユグドラシルに宿る精霊マーテルもまた、微笑んだ。


 ゆるりと流れる光――マナに導かれるように、青年の背に美しい光の翼が生まれる。
 彼の愛した少女とも、そして彼の父親とも違うその翼を揺らし。
 いま、飛び立とうとする、遥かな過去に英雄と呼ばれた青年に、マーテルは呼びかけた。




「ありがとう、ロイド。……かの星に、芽吹く大樹の恵みがありますように」




 差し伸べた手に、彼は僅かに驚きの表情を浮かべ。
 微笑みと共に握り返す青年の手の甲で、金の装飾のついた石がキラリと瞬いた。
 最後に交わされた言葉は、それで終わり。


 手を離すと同時に、静かに浮かび上がる種子と青年に、マーテルは声に出さずに呟く。
 同じように、光で出来た翼を羽ばたかせる青年もまた、大樹とその傍にある女性へと囁く。




 ――ありがとう、と。




 永い長い年月、世界を支えてくれたことに。
 遥かな過去に、そして今まで世界を守ってくれていたことに。


 数え切れない感謝の想いを、その言葉に乗せて。









 遠い空の彼方に光が吸い込まれると同時に、大樹もまた、静かに葉を揺らす。









 世界はまた、新しい道を歩み始めた。











以前、トップに出したものの修正バージョンです。
設定としては、クラトスルートでED後にロイドは天使化、ToPのEDのあたり。
もしかしたら、あったかもしれない物語の一つとして、読んでいただけると嬉しいです。

が。これは実はわたし的にもパラレルな物語だったり。
わたしの中では、ロイドはコレットと人間として幸せに暮らしたと思ってますし。
あくまで、可能性の中の物語としてお考え下さい。

では、最期までお付き合いくださり、ありがとうございました。





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