アシュレーはそっと、何かから隠れるかのように辺りをうかがった。 誰の気配もないことをしっかりと確かめ、しつこいくらいに慎重な動作でドアを開ける。 それは戦闘中もかくや、といった警戒ぶりだ。 目的の部屋に入ると、アシュレーは静かにドアを閉じ、ほっとため息を落とした。 「……はぁ、よかった、見つからずにすんで」 「誰に見つからないの?」 「…………!!」 ふいに、横からかけられた声にひどく驚き、すばやい動作で振り返るアシュレー。 その動きに驚き、目を見張って声の主――リルカは目を瞬いた。 リルカはただ、この大部屋でくつろいでいた所に突然やってきた青年に挨拶しようとしただけだったのだが。 「なんだ、リルカか……驚かせないでくれよ」 「あ、うん……ごめん」 ずるずる、と安堵したような吐息をもらしてドアに寄りかかる青年に、リルカは首を傾げる。 何か、ひどく警戒しているようだが、いったい何を恐れているのだろう? 今のところは緊急を要する事態も起きていないのに――と考え、ふとそれに気付いた。 「あれ、アシュレー……もしかして、風邪引いたの?」 「…………」 どこか青ざめた顔で押し黙るアシュレーに、リルカはさらに不思議そうな表情を浮かべた。 微かに頬を高潮させ、目も多少充血しているその様子は、まさに風邪そのもの。 だからといって、何もそんなに慌てる必要などないはずなのに。 「……リルカ、頼むからこのことは誰にも言わないで欲しい」 「? なんで?」 「なんででも! 僕は今から少し家に帰って、休んでくるから――」 と言いかけ、不意にドアがバーン!と大きな音を立てて開かれた。 すばやい動作でバッと振り返った二人に、ちょうど同じ数の人影が対峙する。 それを目にすると、リルカは途端に納得したような表情を浮かべ、アシュレーはさらに顔を真っ青にする。 「はーい、だめですよーアシュレーさん」 「風邪なら、私達が治療しますー」 にこやかな笑みで、そう言い放つのは無敵のナース・リンダとモモ。 ヴァレリアシャトーの医務室をに勤務する医師であり、かなり心配な治療を施してくれる二人。 アシュレーはどうやら、彼女達に捕まりたくなくて怪しい行動をしていたらしい。 「いや、僕はすぐに帰るし久しぶりにマリナにも会いたいし寝てればきっと治るから大丈夫だろうし!」 「いやですよー、風邪を甘く見ちゃダメですわ☆」 「そうです。きちんと治療してさしあげますからね♪ ああ、若い人の治療は楽しいわー♪」 数々の戦闘をこなし、力では到底勝負になりえないはずでありながら二人は楽々とアシュレーを引きずっていく。 必死の抵抗も空しく、アシュレーはずるずると医務室へと連れ去られていく。 「うわあああ、誰か―ッ!? リルカ、助けてくれーッ!」 「……ごめんね、アシュレー」 医務室へと姿を消していくアシュレーを一人見送り、リルカはそっと謝罪した。 そして、今度こそアーヴィングにまともなドクターを要請しよう、と心に誓ったのだった。 なんとなく、空を見上げた。 キレイな青空だった。 |