--------------------------------------------

+37.5+

--------------------------------------------



「……37.5度。立派な風邪だな」
「う〜……」


 ベッドに横になったあたしの横で、いつものように分厚い本を片手にして。
 体温計を見て、彼は呆れかえったような口調でそう言った。

 予想していたことではあったけど、やはりこうして断言されるのは面白くない。
 なので、少しばかりあがいてみることにする。
 あたしは普段よりも朦朧とする意識を誤魔化しつつ、


「風邪じゃないもの。ちょっと体温が上がってて、少し頭痛がして、だるいだけだもの」
「それが風邪だろ。間違いなく、どこからどう見ても、お前は風邪を引いてるよ」
「……う、うう」


 あがいてみたのが余計だったのか。
 必要以上に「風邪」と連呼されてしまい、あたしは今度こそ不貞腐れた。
 ばふん、と包まっていた布団に頭までもぐりこみ、彼に背中を向ける。


「拗ねるのはいいから、そのまま寝てろよ。おばさんは夜には帰ってくるらしいから」
「…………」
「キッチンに食い物が用意してある。薬もあるから、後で食べろよ」


 言う事を言うと、何も反応しないあたしに溜息をつき、彼はそのまま何も言わずに立ち上がる。
 ドキン、と胸が強く脈打つ。
 背後で何か音がするけれど、布団をかぶっているので判らない。


「…………」


 そのまま、沈黙。
 行ってしまったのだろうか、という不安が微かに胸に湧き上がるけど。
 すぐにその考えを打ち消すのは、あたしはそれを知っているから。


「……お前がちゃんと寝るまで、いてやるから」


 小さな声で彼がそう言ってくれる、そのことを。
 ぽん、と布団を軽く叩いて、ベッドの少し離れた場所で座り込む、彼。
 それを見なくても、本のページを捲るその姿まで目に浮かぶ。

 いつも、いつも。
 あたしが風邪を引いたとき、彼はそうして傍にいてくれるから。
 だから、あたしは。


「……風邪が治ったら、行きたがってたケーキ屋、つれていってやるから」
「ホントっ?」


 思わず起き上がり、勢いよく言いながら彼を見つめると。
 苦笑して「やっぱり起きてるんじゃないか」といいたげな彼の姿がある。


「起きてるなら返事しろよな」
「いいでしょ。それより今の、約束だからねっ!」
「はいはい、わかったわかった。だから、今はちゃんと寝てろ」


 今度こそその忠告に逆らわず、あたしは大人しく横になる。
 目を閉じる前に、最後にちょっと横を向いて。


「……ちゃんと、そこにいてね」
「わかってる」


 その言葉に安心して。
 あたしはゆっくりと目を閉じた。




 風邪を引いても、どれだけ不安でも、大丈夫。
 だって、彼はいつも傍にいてくれるから。


 あまくてほっとする、ホットチョコレートのような空気が、あたしを包んでいた。



--------------------------------------------
<管理人のひとこと>

なんというか、特効薬、という感じ。
弱ってるときは孤独が怖いもの。
だから、二人はいつも傍に。

--------------------------------------------


←企画TOPへ ←メルフォへ
Copyright(C) KASIMU all rights reserved.