--------------------------------------------

+君は誰+

--------------------------------------------



 暗くて狭い部屋だった。
 小さく幼い子供は、ぼろきれのような格好でその部屋の隅に座り込んでいた。

 真っ赤に泣きはらした目。
 ひくり、と喉を震わせ、途切れることなく嗚咽を繰り返す。
 寂しさと、不安と、恐怖と、……たくさんの感情が溢れ、子供にはそれらが理解できない。

 だから、絶え間なく溢れる感情に恐怖した。
 そして、絶え間なく繰り返す惨劇の夢を恐れた。


「っく……めんな、さい……ごめん……な、さいっ」


 口からでるのは、嗚咽と謝罪の言葉だけ。
 それだけを繰り返し、子供はただ、涙を零す。

 突然の出来事が重なり合い、混乱するうちに連れてこられた遠い場所。
 知るものが何一つない場所で、かけられる言葉はとても怖いものばかり。
 今までだっていろいろな言葉をかけられたけど、ここで聞く言葉はもっと痛い。


「ごめんなさい……っ」


 自分が壊してしまった街の姿が、眠りにつくたびに脳裏によみがえる。
 ただただ、怖くて差し出される手の全てが、おそろしいものにしか見えず。
 子供は、じっと閉じこもっていた。


 ――困ったものだ、何を言っても食事を取ろうとせん。

 ――触ろうとすると暴れるのだから、どうしようもないだろう。

 ――だいたい、何故あのようなモノを引き取るなどと言うのだ、あの方は。


 ドアの外から漏れる声に、子供はビクリと体を震わせる。
 言っている事の意味よりも、今はただ、ただ、聞こえてくる『声』が怖い。
 だから、子供は必死になって耳を塞ぎ、涙を零す。




 *****




 それから、どれくらいの時がたったのだろう。
 泣き疲れて眠ってしまったのか、窓から見える空の色がずいぶんと変わっていた。
 体が寒さに震え、疲労した体は指一本動かない。


(このまま、しんじゃうのかな……)


 ぼうっとしたまま、泣きはらして腫れたまぶたをゆっくりと動かす。
 と、外からまた何か『声』が聞こえてきた。
 恐怖を呼び起こす『声』に、子供は身をすくめた。


 ――ここ、ですか?

 ――うむ。年の近いお前さんなら、どうかと思っての。

 ――……しかし、やはり僕では……。

 ――まあ、とにかくお前さんにまかせたからの。


 『声』が途切れ、ゆっくりとした足音がひとつ、遠ざかっていく。
 何も聞こえなくなったことに安堵すると、それを邪魔するかのように大きなため息が聞こえた。
 ビクリ、と体を震わせ、手近にあった毛布を引っつかんで丸くなる。
 ちょうどそれと同じくして、コンコン、と誰かがドアをノックした。


「……入るぞ」


 それだけ言って、開かれた扉。
 入り込んできたまぶしい光に、子供は反射的に目を閉じた。
 それとは逆に、部屋に入ってきたメガネをかけている少年は、驚きに目を見張った。

 ――沈黙が、部屋を覆う。
 光に慣れるに従い、幼い子供は目を瞬かせながら部屋に入ってきた人物に恐る恐る目をやる。
 その少年は、何故か自分をじっと見つめていた。


「…………」
「…………」


 上から下へ、何度も往復する視線。
 毛布からはみ出たガリガリに痩せた手足と、放り出され手付かずのままの食事。
 そうして彼は黙ってドアを閉め、キッと目を吊り上げると、


「君は――君は、馬鹿か!?」
「……っ!?」


 突如浴びせられる怒声。
 驚きと恐怖に身を硬くすると、目の前の少年はそれを気にせずズカズカと歩み寄ってきた。


「何を考えているんだ、いったい!?」


 すごい勢いで言う少年に幼い子供は思わず恐怖を忘れ、きょとんと目を瞬いた。
 何故食事を取らない、こんなに痩せているのだからすぐに倒れるだろう、汚い、きちんと寝ているのか、など……
 一時も途切れることなく言い募る少年に、子供はただ、呆然としていた。


「全く、師範もどうしてここまで放っておいたんだ……ほら、来るんだ」


 きちんと清潔にして、食事を取らないと――と言いながら、少年は子供の手を取った。
 誰も、『汚い』と言って触ろうとしなかったのに。
 その、ちょっと冷たい手のひらが……ものすごく暖かかった。

 だから、子供はぽろり、と涙を零した。
 それに驚いたように動きを止めた少年が、言葉を捜すかのように口をパクパクさせた。
 それを見上げ、子供は涙を零したまま、小さく問い掛ける。


「……れ?」
「な、なんだ?」
「だ、れ……? あなたの、なまえ、は……?」


 泣きすぎて枯れ果てた喉から無理やり声を絞り出し、それだけを口にして。
 子供はぬれた頬をぬぐいもせず、少年を見上げた。

 少年は戸惑ったような表情のまま、それでも子供の声に安堵して表情を和らげた。
 片頬を、ほんのすこしだけ緩めただけの、ただそれだけの表情。
 それが、びっくりするぐらい優しく感じられた。


「僕は、ネスティ。ネスティ・バスクだ」


 そう言って、少年――ネスティはもう一度、さあ、と子供を促した。
 子供――トリスはそれに逆らわず、頷いて少年と共に歩き出した。




 たとえ、先に待つのがどんなに辛い出来事だとしても。

 出会えたことだけは、確かな幸運だったと知っている。



--------------------------------------------
<管理人のひとこと>

初書きネストリ〜子供時代バーション。
むしろ出会い編。
二人の出会いは、きっとこんな感じだと思うから。

--------------------------------------------


←企画TOPへ ←メルフォへ
Copyright(C) KASIMU all rights reserved.