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+ふたりのそんな一日+
30のお題より 〜砂糖菓子〜
夢中になって時間を忘れていたことに気づき、あたしはふと、カレンダーを見上げた。 赤く丸印をつけられている日付は、12月24日。 そして、時計の針が指差しているのは――午前1時23分。 どうやら、1時間と23分も前に日付は変わっていたらしかった。 「よ……っと。これで完成、かな?」 写真と現物との差に落胆したりもしたけど、それでもなんとか満足できるものが出来上がったことに、あたしはにっこりと笑った。 これの出番はまだ先なのできちんと保存しようとし、ちょっと考えてからテーブルと冷蔵庫との間にある障害物を全部横にどかしておく。 前に、一度床に置いておいたじゃがいもの袋に躓いて転んだことを思い出したのだ。 そろそろと慎重な手つきでそれを箱に入れ、最後でヘマをしないよう、必要以上に緊張しながらそれを冷蔵庫に仕舞い込んだ。 扉を閉める前に見えた、ハーブにくるまれたまるごとの鶏肉がなんとなく胸を躍らせる。 これで準備は万全だ。 明日――もう今日だけど――、彼はどんな顔をしてくれるだろう? テーブルに残っていた飾りの残りの砂糖菓子をつんとつつき、ひょいっとそれを口に含んだ。 ……甘い。 「あたしだってやれば出来るってこと、見せてやるんだから」 わざとらしく口に出して呟いて、あたしはくすっとまた笑ってしまった。 別に、貶されたわけじゃないんだけど。 それでも、きっと驚くだろう彼の顔を想像すると、どうしても笑みが浮かぶのを止められない。 しんと静まり返った深夜、散らかり放題の深夜の台所を片付けながら、あたしはずっと小さく口ずさむように歌を歌っていた。 零れるのは明るいクリスマスソング。 そして、訪れるのは――きっと誰もが胸を躍らせる、クリスマス・イブ。 ***** 昔から、あたしの家はクリスマスになると幼馴染の彼の家族と合同で、数日間の旅行にでかけていた。 子供の頃はそれが楽しみで、そして大きな自慢だった。 実際には、たいしてお金のかからないしょぼい旅館とかだったことがほとんどだったんだけど。 それより何より、彼と一日中遊べるというのが魅力的だった。 あたしたちが大きくなってからは流石に泊りがけの旅行はやめたけど、それでもクリスマスにやるアイツの家族との合同パーティーは変わらずに続いた。 あたしたちが高校生になってからは、ウチの親と友人夫婦とで旅行に行き、その間あたしとアイツは置いてけぼり、というパターンが恒例になっている。 羨ましいと思わなくもなかったけど、流石に時間もなかったし、そんな年でもなかったから特に反論したことはないんだけどね。 両親がいない間、学校の友達と深夜までのクリスマスパーティーをした年もあった。 またある年は2人でご馳走を食べながら一晩中話したり遊んだりもして――どちらかというと、そっちの方が多かったかな。 幼馴染みの気安さから、そのまま深夜までビデオ鑑賞、気づけば朝、というのが定番だった。 それが何時の間にか、当然だと思うようになっていた。 お互い、恋人はいなかったから毎年2人だけのクリスマス。 それを寂しいと感じたことはない。 でも、もしかしたら……それも、そろそろ変わるのかもしれない。 そんな、不思議な予感がしていた。 ***** 「起きてるか?」 「……第一声が、それ?」 お昼も過ぎ、のんびりとするにはもってこいの時間帯。 彼はチャイムもなしに家に入ってきて、リビングでくつろいでいたあたしにそう言ってみせた。 読んでいた雑誌を広げたままじろりと睨んで見せるけど、彼はそれを気にしないまま「やっぱりもう行ったのか」と小さく呟いてひとり納得したように頷いてみせる。 「何が?」 「昨日はバイトで帰り遅かったんだ。そしたら朝起きたらもう誰もいなかったから、一応確認しとこうと思って」 「毎年の事だしね。……行き先は去年と一緒で、3泊くらいだって」 「ふぅん」 それだけ答えて、当然の顔をして冷蔵庫からお茶を取り出し、勝手にコップに注いでいる。 別にいつものことだし、あたしも彼の家では同じようなことをしているので何も言わない。というか、あたしたちはそれぞれの家に専用のコップを持ってるし。 あたしはちょっと肩をすくめ、雑誌に視線を戻した。 今月の特集は、クリスマスディナー。手軽に作れるメインディッシュから、本場モノを出してくれる洋食店の紹介まで幅広くやっている。 そのうちのいくつかはチェックしてあって、実は一昨日友達と行って来た後だったりする。 それが理由じゃないけど、今年もまた、手作り料理の夕食だ。 「で? 今年は何を作るんだ?」 何気なく聞いてくる彼に、あたしはぱっと顔を上げた。 だいたい想像はつくけど、と顔に書いていながらわざわざ聞いてくれる彼に、けれどあたしはそんなこと気にせずするりと立ち上がって、 「ローストチキン! ちょうど安く売ってたから、挑戦してみようと思って」 「だろうな。冷蔵庫にそれらしいのが入ってる」 「後はね、スープとサラダ。コンソメとポタージュどっちがいいか迷ったから、両方の材料があるよ」 「あ、じゃあカボチャで作っていいか? なんとなく食いたい」 「じゃあ、サラダはシーザーね」 言いながら自宅から持ってきた飾り気のないエプロンをつけ、例年のように台所に入っていく彼。 あたしは雑誌をぽいと放り出し、後に続いていった。 手渡しされたエプロンを身に付け、シンクに出された野菜を洗っていく。 他はどうか知らないけど、あたしたちはこれが普通。 二人で料理を食べるなら、作るのも二人。食べたいものがあればそれを自分で作って、2人で食べる。そして次は前回食べた方が作る、という順番。 特に何かを意識したわけじゃないけど、なんとなくそういうルールが出来上がっている。 クリスマスとか、たくさんの料理を作るときは二人でやるというのも、今では暗黙の了解だ。 ちなみに、あたしの料理の腕は……まぁ、時々失敗するけど、レシピを見れば作れるってレベル。 彼は料理が上手だといわれてるけど、実際にはあたしと同じくらい。失敗しそうなものは作らないから。 「美味いパンとバター、買ってあるから主食はそれでいいか?」 「それって大通の駅前の? だったらオッケー。……あ、カボチャない」 「あと足りないのは?」 「え、と……トマトくらいかな」 「ん」 エプロンを外して気軽に自宅に戻る彼に、よろしくー、と声をかけた。 冷蔵庫と戸棚の中にある材料と、今日の献立とを考えながら材料を挙げていく。足りないものがあれば、大抵はもう片方の家にあるからそれを使う。なければ諦める。 それが当たり前だったし、普通はそんなことない、なんてことを知ったのは確か高校生になってからだ。 そんなことを考えながら、洗った野菜を切り始める頃には彼が戻ってくる。 二人でさっさと下ごしらえをし、時間のかかりそうなものだけ先に作っておく。 そうしてだいたいの料理が完成一歩前、というくらいになったころ、やっとあたしたちは手を止めた。 「チキンはどれくらい焼くんだっけ?」 「覚えとけよ……オーブンで1時間30分、蒸らしで15分」 「んー……どうする? もうやっとく?」 「そうだな、いいんじゃないか?」 了解を得たので、オーブンをセットして加熱を始めた。 ブウゥン、という小さな音を立てて明るくなったオーブンを残し、あたしたちはエプロンを外してリビングのソファーに腰掛けた。 「で、どうする? ビデオはもう借りてあるけど」 「飲み物、少し買おうかと思ってたんだけど……あ、今年はお酒飲んでいいんだ!」 丸ごとの鶏肉が焼きあがるまでの退屈な時間、ただぼーっとするのではつまらない。 最初は大量に借りてあるビデオを見ようと思っていたんだけど、ふと何気なくつけたテレビコマーシャルであたしは自分が成人を迎えていたことを思い出した。 うちの両親はかなり放任主義な部分があるけど、飲酒と喫煙にだけはすごく厳しい。 おかげで、あたしはこの年まで新年の祝い酒のほかは、ほとんど酒と名のつくものを口にしたことがない。 彼の方も似たようなものだけど、流石に男だし。大学とかバイトとかで、幾度か飲んだことはあるらしい。 そんなわけで、あたしは自分が酒を飲んでもいいのだということを思い出すと、すぐにそれを実行したくなってしまったのだ。 「……酒?」 「そう! ね、せっかくだし、飲もう!」 「…………」 「シャンパンとか、ワインとか。ずっと憧れてたんだー」 「…………」 「缶チューハイでもいいかも。フルーツの美味しいの、飲んでみたいな」 「……本当に飲むのか?」 「……何、イヤ? ダメ?」 何故か眉間にしわを寄せ、難しい顔をして黙り込んでしまった彼に、あたしはしょんぼりして問いかける。 せっかく美味しい料理を作ったのだから、出来れば楽しい気分でいたい。 どこか乗り気じゃない彼に、あたしはそれでも少しだけ食い下がってみる。 彼の表情は、嫌だというよりも困惑している、というほうがピッタリだから。……なんでなのかはわからないけど。 「そんなに強いのは飲まないから、ね?」 「…………」 「少しだけでいいんだけど……」 肩を落としながら言ってみるけど、反応はなし。 どうやら、クリスマスのシャンパンはまだお預けみたい。 がっくりと頭を落として「うう……」と小さく呟くと、不意に大きな手が頭を撫でた。 誰のものなのか、問い掛けるまでもない。 「……少しだけ、だぞ」 「え、いいの!?」 「まぁな」 困ったヤツ、と顔に書いて笑って見せる彼に、あたしはにっこりと笑いかけた。 今日はクリスマスイブ。実際は神様の誕生日(候補)だとか、家族ですごす日だとか、そんなの関係ない。 あたしたちにとって、楽しい日であればそれでいい。 「じゃあさっさと買いにいこ!」 「はいはい。コート着てくるから、先に出てろ」 「うん!」 ワクワクと胸躍る感触に笑みを零しながら、あたしはぱたぱたと小走りで自室にむかった。 空からは柔らかな雪が降り注いでて、地面はうっすらと白く染まっている。 クリスマスイブは、まだ続いている。 残り半分の時間に、きっといつもと同じでいつもと違う、そんなワウワクが起きてくれるはず。 財布とコートを引っつかんで、あたしは彼を迎えるためにドアから飛び出す。 そしてカギを閉め、隣のドアから出てくるだろう彼を待ちながら。 あたしはにやけてしまう口元をどう誤魔化そうかと、必死になっていた。 |