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+永遠+

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 乾いた音をたてて、立ち尽くす青年の傍を風が通り過ぎていく。
 空に舞い上がる木の葉を見ながら、青年――フッチはひどく静かな気持ちで呟いた。


「永遠なんて、ないんだな……」


 視線の先にあるのは、湖畔の古城。
 此度の戦争の、本拠地となった場所。
 そして、自分にとって3回目となった、宿星の導きの――


「……ッ」


 不意に、脳裏にいくつもの情景が浮かび、思わず吐息を零す。
 かつてあった、暖かな日々の姿は……今では微かな痛みを伴うものとなっていた。
 それは、過ぎ行く年月のせいなのか。

 1回目のとき、自分はまだ幼い子供に過ぎなかった。
 それは2回目も変わらず、それでも少しはましになったと。
 そう、思えていたのだけど。


「あの頃は……哀しかったけど、でも、楽しかった」


 親友とも思える忍びの少年と、現在の相棒と出会い。
 今では師とも父とも慕う、かの戦士と共にいて。
 そうして、気が付けば、いつも自分のそばには――


「ああ。……なんだかんだ言っても、結構一緒にいたんだ」


 思い返せば、あの頃の自分の傍には、いつもあの人と、そして彼の姿があった。
 それは、戦争という非日常の中で数少ない同年代の仲間であったこともあり。
 過去の、そのころの自分の記憶には、必ずといっていいほどその姿があった。


「懐かしいなんて思うのは、僕も年を取ったかな」


 苦笑じみた呟きは、あの頃なら思ってもみなかった感情の色を含んでいる。
 それは、過去の自分に憧れを抱いているのか。
 それは、現在の自分になにを思っているのか。

 あのころの小さな自分は、その小さな手で槍を振るって拙く戦っていた。
 今は、かつては持ち上げることすら困難だった彼の大剣を、軽々と振るっている。
 それが可能なほど、時が流れたのだ。


「あれから、もう15年も経ったんだ……」


 あの頃、まだ小さく少年でしかなかった自分は今では青年と呼ばれるほどになり。
 かつて憧れた戦士たちと同じほどの年齢で、それに見合うだけの地位を手にしていた。
 ――そして、


「――君は、僕らの敵となった」


 最後の戦いは、目前となった。
 視線を動かせば、本拠地となった古城では多くの人々が動き回っている。
 明日には、かの遺跡へと足を運ぶこととなっている、その準備に。


「何を考えているんだろう。何を思っているんだろう」


 あのころ、自分と大差ない年だった彼は、素直じゃなくても悪いヤツじゃなかった。
 2度目の戦争が終わり、いつもと同じ仕草で手を振ったのを覚えている。
「また」と、すぐに出会えることを当然だと、疑いもせずに別れて。

 結局、それから一度も出会うことはなかったけれど。
 変わっていないのだろうとは、思っていたけれど。


「真の紋章を持っているから。だから、変わらないなんて……そんなこと、ないんだ」


 なまじ、竜洞という特殊な場所で育ったからこそ。
 幼い頃から真の紋章を持つ人をまじかに見てきたからこそ、想ってしまった。

 彼は、変わらないのだと。
 多少姿が変わったとて、彼は、いつまでもそのままであり続けるのだと――。
 それがどれほど愚かな思い違いかも、わからず。


「どうして、そんな風に想ってしまったんだろう」


 問い掛ける言葉に、けれど答えはすでに自分の中にある。
 ただ、信じていたかったからだ、と。
 あのころの思い出のまま、変わらず、永遠があるのだ、と。


「もし、……」


 呟きかけ、すぐに口を噤んだ。
 そんな想い違いをしなければ、こんなことにはならなかったのではないかと。
 そう想うことは、今ある全てを否定するだけだから。

 強くかぶりを振り、フッチはそっと踵を返した。
 夕焼けに染まりだした草原を背に、湖畔の古城へと歩を進める。

 明日の戦いに、自分もまたリーダーとなった少年と共に赴くことになっている。
 そのための準備もあるし、相棒の様子を見たりなど、やることは少なくない。
 本来なら、こうして佇んでいる時間も惜しいほどなのだ。


「…………」


 けれど、フッチは足を止め、わずかに振り返る。
 星が瞬きだした空と、沈みゆく太陽の混ざり合う場所。
 そこに目をやると同時に、やわらかな風が体にそっと触れ、そして離れていく。

 何かを言うこともせず、ただ、無言のまま流れる風を見つめ。
 やがて、そのままフッチは歩き出した。




 明日、たとえどんな結果になったとしても。
 あの頃の思い出と、気持ちは、決して変わらないから。
 決して忘れず、命ある限り覚えていくから、と。

 永遠に、彼に届くこともないままに。
 声なき声で囁いた想いは、きっとどこまでも風と共に流れていく。



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<管理人のひとこと>

きっと、仲間だったからこそ。
その想いはさまざまな色を含んでいたのだと想う。
わたしもまた、あの終末に混ざり合った色の想いをもっているから。

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