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+遊園地+
きっかけは、親が貰ってきた遊園地の割引券。 お互い週末の予定はなく、やりたいこともない。 ならば、となんとはなしに、俺達の週末の予定は決定した。 久しぶりの遊園地、ということで彼女はとても嬉しそうにしていた。 彼女はお弁当を作るのだ、と張り切っていて。 だから俺も、その日が待ち遠しいな、と思っていた。 ***** 「あ〜あ、びしょびしょだね」 「……だな」 ぽたぽたと雫の垂れる髪を払い、俺は目を細めた。 彼女は隣で、同じく水浸しになった服のすそを両手でしぼっている。 楽しみにしていた日曜日。 予定通り、朝から電車とバスを乗り継いで遊園地に行った。 天気はすばらしい晴天で、気温も穏やか。 まさに行楽日和だった。 ――なのに。 「あれだよね。なんで休憩しようかって時に限って、降り出すかな」 「……まぁ、午前中は遊べたからな。それで我慢しろってことじゃないか?」 ざあざあと、止む気配なく降り続ける雨。 とある遊園地の外れにある、ちいさなちいさな休憩所。 そこで、俺達は足止めを食らっていた。 2,3のアトラクションを楽しんで、腹が減ったと言い出したのは、俺。 せっかくだから人の少ない場所で食べよう、と言い出したのは、彼女。 そうして、遊園地の奥にある公園に足を向けて。 「どうせなら、ここに着いてから雨、降って欲しかったね」 「ま、気付かなかったんだからしょうがないだろ」 「……それは、そうだけど」 空模様は相変わらず、これっぽっちも止む気配はない。 俺はため息を零し、木製のベンチに腰掛けた。 「仕方ない、止むまでここで休んでるか」 「……ん」 どこか面白くなさそうに、くちびるを尖らして。 それでも彼女はわりあいあっさりと、俺の正面のあたりに腰をおろした。 「むくれたってしょうがないだろ?」 「わかってますー。ああもう、風邪ひいちゃうじゃないっ」 「だから、怒るなって」 彼女はショルダーバッグからタオルを二つ取り出し、一つを俺に差し出す。 サンキュ、と短く言ってそれで簡単に顔や手、髪をぬぐった。 上着を脱いで隣のテーブルに広げて置き、彼女を見やって――僅か、目を奪われた。 「――何? どうかした?」 「あ、……いや、別に」 「ふぅん……あ、私も上着置こう。乾くかな?」 ぽん、と軽い仕草で立ち上がる。 上着を広げるその手、その横顔が、何故かいつもと違って見えて。 どこか、違和感が。 「――乾いたって、雨が止まなきゃどうせ濡れて帰るんだろうけどな」 「それはそうだけど、ね」 「それより、弁当作ったんだろ? 食べないのか?」 俺の、小さな戸惑いには気づかなかったらしい。 彼女は俺の言葉に慌ててバッグから大きなタッパーと魔法瓶をふたつづつ、取り出して見せた。 どことなく嬉しそうな表情を浮かべて、胸を張ってそれを差し出す。 「じゃーん。今日は自信作っ! 定番メニューにコーヒー、そしてチキンスープつき!」 「定番って、サンドイッチ? それとも米?」 タッパーの片方を空けると、少しだけ形のいびつなおにぎりと卵焼きがいっぱいに並んでいた。 もう一つも空けると、そちらには唐揚げときんぴら、ポテトサラダなどのおかずが詰め込まれている。 確かに、どちらも定番のメニューで、そして――俺の好物だったりする。 「へぇ、今回はそんなに失敗しなかったんだ?」 「失敗してたのは昔の話でしょ。今は違うよーだ」 「クリームシチューがビーフシチューにしかならなかったクセに?」 それは、もう何年も前の、それこそ始めての彼女の手料理で。 実際には味は悪くなかったのだが、俺は事あるごとにそれを口にする。 彼女も俺がからかっているのをわかっているので、ふん、と怒ったフリをしてみせる。 「いいのよ、お陰で今じゃシチューは得意料理だもの」 「それまでの経緯に、俺がどれだけ貢献したか覚えて言ってるのか?」 「忘れましたーっ」 言いながら、差し出された皿と箸を受け取る。 パキン、と割り箸を割る俺の前で、彼女はプラスチックのカップにコポポ、とスープを注ぎ込む。 次に別のコップにコーヒーを注ぎ、椅子に座った。 「んじゃ、いただきます」 「どーぞー」 そっけない口調で、けれどその目線はしっかりと俺を捕らえている。 小さく苦笑して、俺はわざとゆっくりと少し焦げた感のする卵焼きを箸でつまんだ。 そ知らぬ顔で卵焼きをほおばり、 「――あ」 「な、何っ? まずい? ダメ?」 「いや……」 どうしようか、と少し視線をさまよわせ。 不安でいっぱいという顔の彼女に負けて、俺は「美味いよ」と笑って見せた。 ほっとしたように笑う彼女と、予想以上に美味しい卵焼きに、俺は少しだけ目を細めた。 俺が好きな、和風だしの卵焼き。 彼女の家庭では甘いのが普通だから、これはきっと、俺の為に作ってくれたもので。 それが、ふんわりと胸を暖かくさせる。 「ま、こんな休日もいいんじゃない?」 「……そうかもな」 俺達は顔を見合わせて笑い、そしてゆっくりと弁当を味わった。 雨はいつのまにかやみ、気づけば綺麗な虹が空に浮かんでいた。 |