ぽつぽつと、空から雨が零れてくる。 空は晴れ、雲も太陽も見えるのに柔らかな雨は降り続ける。 ――こういうの、なんて言うんだっけ。 幼い子供は、ふと首をかしげた。 祖母からいつも、教えられていたことなのだけど。 少し考え、そしてそれを思い出す。 ――そうだ。「キツネのヨメイリ」だ。 そんな天気の日は、外に出ちゃあいけないよ、と。 おキツネ様に連れてかれちゃうからね、と教えられたのはつい最近のこと。 真剣な顔をした祖母を思い出し、子供は迷うかのように身を震わせた。 かくれんぼをして遊んでいた仲間は、すでにいない。 隠れている子供を見つけ出せず、みんなやがて帰ってしまったのだ。 だから、ここにいるのは、ひとりだけ。 ――へいきだもん。キツネなんかこわくないもん。 意地を張るように座り込んだまま膝を抱え、子供は口を曲げた。 大きな木の根本、ややくぼんだ影に身を潜めたまま。 ぱらぱらと降り続ける雨を、きっとにらみつけた。 ――あれ? あれは、なんだろう? 雨の中、少し離れた場所に、いくつもの人影が見える。 人通りの少ない森の中、誰もいないはずの森に、誰がいるのだろう。 ちょっぴりの不安と、同じだけの好奇心を持って子供は少し、身を乗り出した。 ――あ、こっちにくる。 子供はそのまま、じっとその人影を見つめた。 この小さな森を歩くのに不自然なほど多くのの人々が、ゆったりとした速度で歩んでいる。 子供がいることには気付かず、森の奥へ奥へと進んでいった。 ふと、行列の中ほどにキレイな服を着た二人がいることに気が付いた。 それは美しい装いをした男女で、子供はそれで彼らは結婚式をしているんだ、と思った。 ――でも、どこまで行くんだろう。この先には建物なんてあったかな? そう、首をかしげたのと、一人の女と目があったのは同時だった。 その女は驚いたように目を瞬き、辺りをそっと伺ってから子供のそばに走り寄った。 ――おまえ、こんなところで何をしているの? ――かくれんぼ。隠れてたんだけど、鬼もみんなも帰っちゃった。 そう答えると、そう、と女は困ったように頷いた。 すこし考えるように黙った後、女は子供に合わせるようにしゃがみこんだ。 ――いい、よくお聞き。今から少しの間だけ、目をつむっておいで。 ――どうして? ――そうしないといけないの。そうしたらきっと、雨もやんでいるのだからね。 そう言った女の顔がやさしかったから、子供は素直に頷いて目を閉じた。 ふわりと頭を撫でられる感触がする。 ――いい子だね。絶対に、目を開けてはいけないよ。 ――いつまで、目をつむってたらいいの? 問い掛ける子供に、女は少し笑ったようだった。 そうだね、と言ってから、女は子供に小さなものを握らせた。 ――おまえが心の中でゆっくり十を三度も数えたら、目を開けてもいいだろう。 ――とおを、さんど? ――そう。そしたら、その土産を持っておうちへお帰り。 そうして、女は子供を残して歩いていった。 子供は女の言ったとおり、ゆっくり十を三度数えた。 数え終わると、もう目を開けていいのかしら、と首をかしげた。 ――数えたよ。もう、目を開けてもいい? 答えはない。 子供はどうしよう、と呟き、やがて思い切って目を開けた。 目の前には、さきほどの人々の痕跡はひとつも残っていなかった。 あたりを見回しても人影一つなく、足跡のひとつもない。 そして、雨はキレイにやんでいた。 家に帰って祖母にそれを言った子供は、あれはなに、とたずねた。 祖母はやさしい顔をして、 ――お前はおキツネ様の嫁入りをみたんだね。 と教えられたのだった。 女が握らせてくれたのは、キレイないろをした石と、みずみずしい葉っぱだった。 子供はいつまでも、それを大事に持ちつづけた。 |